さて、私が書きたいシーンに辿り着くまであと何話かかるか…。
『リィエルが、羨ましい』
分からない。
『「グレンの為に生きる」。その想いだけで、ここまで強くなれる。死ぬのを恐れてる様子もない』
……分からない。リーナだって、強いし、恐がってるように見えないのに。
『わたしは、違う。感じられなくなっているだけよ。……もう、手遅れ。兄様、悲しむわね』
………分からない。リーナが何を言っているか、分からない。
『…そう。じゃあ分からなくてもいいから、これだけは覚えておいて』
……?
『次に再会した時、もしもわたしがあなたを覚えてなかったら———』
……??
『———わたしに、過去の話をしないで。『今』のわたしは無理だけど、きっと『未来』のわたしは幸せになれるはずだから』
……何を、言ってるの?
————新たな転入生の噂は、瞬く間に学院中に広がった。
リィエル=レイフォード。見た目も雰囲気も、まるで人形のような少女。だが、噂の内容は見た目に反してえげつない。
『授業で剣を錬成して投げ飛ばし、的のゴーレムを粉々に吹き飛ばした』
『グレン先生に説教していたハーレイ先生に斬りかかり、ついでに学院の壁を吹き飛ばした』
『ハーレイ先生の頭髪が3割ほど犠牲になった』
などである。
これから述べるのは、その真相を伝えるエピソードだ。
「《雷精の紫電よ》!《
システィーナの放った【ショック・ボルト】が、残りの三つの的を的確に撃ち抜いた。呪文の短縮改変と、学生の中でもトップレベルの魔力制御。実に鮮やかな手並みで、将来は宮廷魔導士団志望と言われても納得のいく実力だ。……彼女の志望は魔導考古学の研究者なのだが。
「やっぱすげーな、白猫。文句なしの満点だ。この距離で全弾命中はすげえぞ」
「ありがとうございます、先生」
上機嫌なシスティーナは、しかしハッとなってそっぽを向いた。
ルミアは6発中3発命中。ウェンディは魔術発動中にこけて4発命中。今のところ、全弾命中はシスティーナしかいない。
「次は、わたしね」
次は、リーナの番。復帰後初めての実技の授業だ。
周囲が固唾を飲んで見守る中、彼女は気楽に臨む。
「《紫電》———《六連》!」
詠唱呪文をアレンジし、【ショック・ボルト】を高速連射。予め連続発動する魔術を決めておき、威力と向きだけを発動時に指定する事で高速発動できる魔術。思考の速さと正確性を求められる技能だ。
結果は満点。生徒達の反応は驚くというよりも安堵した様子だった。
一方、リーナは。
「……60点といったところね。威力にバラつきがある。もっと安定してコントロールするには、術式のどこを変えれば…」
ゴーレムに近づき、的を凝視して唸っていた。
そもそも彼女にとって、今回は
———これは、魔術を起動する為の魔術。事前に詠唱を済ませて、ストックをしておく事のできない魔術師の為に作った魔術。6連射程度で失敗するようでは、汎用的に使われるようになるまでまだまだ。目標は、軍用魔術を10回まで連射できる魔術式だ。
そもそもの話、ただ連射したいのであれば事前詠唱した魔術のストックを溜めておき、後で連続起動すれば良い。マナ・バイオリズムを制御し、連射した後でカオス状態になるように調整すればリーナならば6連と言わず20連くらいはできる。だが、研究者とは常に追い求めるもの。既存の『個人の技量に依存した』方法ではなく、ある程度汎用的に使える方法を、リーナは生み出したかった。すなわち、その野望は『汎用魔術の開発』である。
「後がつかえてるから、考察は後でな」
研究者の顔を出したリーナを強引に引き剥がすと、次はリィエルの番、なのだが。
「《雷精よ・紫電の衝撃以って・打ち倒せ》」
リィエルの手から放たれた電撃が、…外れる。1発、2発、3発。全く当たる気配がない。
「…あれ?」
クラスメイト達は苦笑いし、システィーナとルミアは困惑する。
————てっきり魔術の腕が立つと思っていた二人は拍子抜け。
「…あいついつも剣で戦ってたからな。でもまさか、普通の魔術がここまでできないとは……」
グレンはかつての同僚、リィエルの戦闘を思い描く。
『私が先に突っ込む。……いやぁぁぁーーっ!』
『ん。よく分からないけど、斬る。————いやぁぁぁーーっ!』
『敵。全員斬る。………やあぁぁぁーーっ!』
(駄目だ、思い出す場面が突っ込むところしかねえ……)
まさしく猪突猛進。作戦は意味をなさず、彼女は任務の内容を理解せず。ただひたすらに剣を錬成し、斬り伏せ、突っ込む脳筋仕様。格上だろうと気合いで倒すのでお構いなし。セリカとは別のベクトルで理不尽な存在だった。
「…ねえ、グレン」
「ん?」
少し昔を思い出している間に、リィエルはグレンの裾を掴みながら眠たげな表情で見上げていた。
「これって、【ショック・ボルト】じゃなきゃダメなの?」
「いいや?ただ、学生がこの授業で使える魔術が【ショック・ボルト】くらいしかないってだけだ」
「…つまり、呪文はなんでも良い?」
「…ああ、まあそうなるな」
ただし、【ショック・ボルト】が使えないようでは他の魔術も期待できそうにないが。
「軍用魔術は使うなよ」
「ん、大丈夫」
他の生徒に聞こえないように耳元で囁いたグレンに、リィエルは自信満々の様子。ついでに、リィエルに近づいたグレンを見てリーナは面白くなさそうな様子だった。
自信満々の状態で、リィエルは詠唱する。
「《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」
「「「……っ⁉︎」」」
クラス一同の胸中が驚きで満たされた。
ただの呪文の三節詠唱で、リィエルが大剣を錬成したのだ。———それも、かなりの強度を持つ鋼を。
「ちょ、おま、待てっ⁉︎」
グレンは焦る。あれはリィエルお得意の錬金術。遠距離の
「…あれ、は…?」
そして、リーナの驚きは皆のものと異なるものだった。
(わたしは、あの魔術を、……知っている?)
リーナの知識の中に、何故かあの魔術についての情報がある。しかし、どこでそれを知ったのかが分からない。本や資料ではなく、
(……やっぱり、わたしとリィエルは昔から面識があった)
以前からの疑惑が、彼女の中で固まった。
————リィエルにグレンの制止は効かず、そのまま大剣を投擲。放たれた大剣は高速で回転しながらゴーレムに衝突。衝撃波で全ての的が破壊され、ついでに学院の校庭にクレーターを作り出した。まさしく惨劇。
「…6分の6」
クラスメイト達が呆然とし、あるいはドン引きする中、当の本人であるリィエルはドヤ顔だった。
これが、リィエルによるゴーレム吹っ飛ばし事件の真実。すなわち、噂は真である。
「グレン=レーダス、貴様また私の試料を勝手に使ったらしいな⁉︎何をしてくれる⁉︎」
「…あ、ハーレム先輩!ちわーすっ!」
グレンの軽口をハーレイは無視した。あるいは、訂正する余裕もないのか。
「あの試料、錬成するのにどれだけ手間と金がかかったと思っている⁉︎ただでさえ金銭的にキツイというのにっ!」
「あー、あれハードル先輩のだったんですか。放置してあったんでてっきり共用のものかと」
「貴様っ!ラベルを読め!私の名前が書いてあっただろう!」
いつも通りのやりとり。だが悲しいかな、実態は給料を半年分取られた挙句、せっかく錬成した材料を勝手に使われ、いよいよ後がない悲劇の被害者ハーレイ=アストレイと、
———ここまでで十分過ぎるほど可哀想なハーレイ=アストレイだが、今日はさらなる不幸が待っていた。
「もう我慢ならん!今日こそ決闘だ!白黒はっきりつけてやる‼︎」
「グレン、その人、敵?」
———そう。何を隠そう、人の話を聞かない猪突猛進娘がそこにいたのである。彼女の猪が如き直感は彼をグレンの敵だと認定し、臨戦態勢に入っていた。
しかしそれに、ハーレイは気付かない。いくら優秀とはいえ、彼は研究者。魔術による戦闘力が高くとも、学者であって戦士ではないのだ。
「…貴様が噂の転入生か。聞いたぞ。貴様、授業中の態度が随分と悪いらしいな」
ハーレイは至極真っ当な事を言っている。このような時でも教師として一生徒に説教するのは、まさしく学院講師の鑑と言っていい。だから一つ問題を挙げるとするなら、『相手が悪い』というその一点に尽きた。
リィエルはハーレイの高圧的な態度を『敵対』とみなし、説教を『威嚇行為』と認識した。故に————。
「……おい、待てリィエル。落ち着け」
「《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」
やはりグレンの制止を聞かず、リィエルは大剣を錬成。
「やめろって言ってんだろおおおうっ⁉︎逃げて、ハーリー先輩早く逃げて⁉︎」
「剣⁉︎まさかこの精度で錬成をっ⁉︎」
「逃げろって言ってんだろーっ⁉︎」
結果。
その場にいたグレンの奮闘により、ハーレイは怪我こそしなかったものの髪をいくらか削られ、さらに監督責任でグレンは器物破損の分の弁償と減俸を背負わされる羽目になった。
すなわち、『ハーレイの髪が3割ほど犠牲になった』という部分には多少誇張があるものの、流れている噂の全てがほぼ真実である。
さて。
そんな問題ばかり起こすリィエルではあるが、クラスでの評判はあまり悪くない。最初こそ錬金術による大剣錬成に驚き、多少不気味がっていたクラスの面々であるが、クラスの中心の三人娘により、現在はマスコット的な地位を得ている。
「ほら、リィエル。口元汚れてるよ」
「ん」
「…このいちごタルト、半分あげるわ。わたしには濃い味だから」
リィエルのマスコット性が発揮されるのが、昼食の時間である。
彼女の目の前には、いちごタルトが大量に積まれた皿。ルミアが甲斐甲斐しくリィエルの口周りを拭き、リーナは半分に切り分けた自分のタルトをリィエルに譲っていた。
当の本人は一心不乱にいちごタルトを頬張る。その姿、まるで小動物の如く。
「ほら、リィエル。いちごタルトばかり食べていないで、少しは野菜も食べないと」
システィーナが勧めるが、リィエルは聞いていない。いちごタルトに夢中なのか、はたまたタルト以外に興味がないのか。相変わらずの様子に、システィーナは溜息を吐いた。
「……子供に振り回される世の母親の気持ちが少しだけ分かった気がするわ」
「野菜を食べないなんて、勿体無い。身体に最も優しい食べ物なのに」
「…リーナはリーナで、味気無さそうな食事ね」
授業が眠くならないようにあまり食べないようにしているシスティーナが言えたことではないが、自分は家できちんと野菜を摂っている。リィエルはこの様子だと、学院以外の食事も野菜を摂ってなさそうだ。
一方リーナは栄養バランスに限っては完璧と言っていいかもしれない。皿の上には大量の野菜、炒めた卵とソーセージ。主食に小さなパンもついている。
しかしながら、野菜にはドレッシングがなく、ただの生野菜。おかずもシェフに頼んで、かなり薄味にしてもらっているらしい。
「味気ない、なんてことはないわ。むしろなんでみんなこんな味が濃いものを食べられるのか不思議なくらいよ」
聞くところによると、リーナは家でも薄味らしい。『味覚が鋭いのは健康面においても良いことだとは思うけど、外食の時などに困ったりしないのかしら』、などとシスティーナは思った。
「まるであそこは
「ああ、ほのぼの。心が癒される…」
システィーナ、ルミア、リーナ、リィエル。この4人の光景は、昼食時の食堂の名物になりつつあった。
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