ハークを見送ったアーチャーとライダーは事の顛末を報告しに、ランサーとダーニックの待つ玉座の間へと来ていた。敵対する意思があるわけではないことを、誤解のないよう口頭で説明した方が良いというアーチャーの提案によるものだ。
フィオレに仔細の説明をするという約束を交わしているアーチャーは、どうせ同じ内容を話すのなら、と全員に話そうという心つもりである。
念話でそれを伝えた時のフィオレは少し不満そうにしていたが、すぐにそちらの方がずっと合理的だと判断し、他のマスターとサーヴァントに声をかけて集めている。
「と、いうわけだ。君に聞いた話も含めておいたが、訂正すべき箇所はないかライダー?」
「ううん! 全然ないよ、モーマンタイ。ボクが彼に助けを求められて、助けた。アーチャーにも協力してもらった。以上だね」
ライダーのあっけらかんとした態度に明らかに苛立ちを覚えている様子のキャスター。だが声を上げる気配はない。これ以上余計な諍いは起こしたくないのだろう。
なにやらあのホムンクルスは彼の宝具に必要な存在だったらしく、貴重な新たな戦力を確保できるチャンスを逃した事にダーニックを含むいくらかのマスターは困惑していた。
彼らの思考では、ホムンクルスはあくまで道具。自我を持ったとして、道具を助けるという事の意味が分からなかったのだ。
逆に、魔術師らしい精神性を持ちながら柔軟な思考をすることが出来るカウレスなどは、起きた事柄を素直に受け入れ、なるほどと頷いている。またフィオレも、流石にライダーの破天荒さには動揺していたが、アーチャーとそれなりに主従の絆を育んでいた故に彼の行動に納得の意を示していた。
「……そうか」
一見憮然とした様子に見えるランサーだったが、その表情には多少の笑みが浮かんでいる。
たかがホムンクルス一体を逃した事などどうということもない。確かに貴重な機会だったが、キャスターの宝具の件は代わりの効くものであり、それよりもセイバーとゴルドの主従関係に改善の兆しが見えた。仮にもセイバーはネーデルランドの竜殺し、ドイツの国民的英雄ジークフリート。彼ほどの英雄が、あまりにマスターに従順過ぎる態度はいささか危うく感じていたのだ。
そして、助けたいモノを助けるというアーチャーとライダーの英雄らしい行動にも理解を示す。むしろ彼らの原典を鑑みればその行動は納得のいくものだった。英霊とは、英霊の座に登録された時点で存在が固定され成長のしないものであるからこそ、彼らの行動理念がサーヴァントとして召喚されたからといって変わることはない。
と、ふいにダーニックが口を開く。
「王よ、ここミレニア城塞に接近するサーヴァントが1騎、おそらくルーラーかと」
「ふむ、分かった。予定通りこの玉座に招き入れるがいい」
は、と了承したダーニックは踵を返し玉座を後にする。ルーラーを出迎えに行ったのだ。
ダーニックとランサーはルーラーがユグドミレニア側に現れる事を予見しており、それを踏まえてあわよくば味方に引き込んでしまおうという魂胆だった。
「アーチャー、ライダー。余の近くで控えておいて貰いたい」
目の前に立っていたアーチャーとライダーにそう言うと、他のサーヴァントとマスター達もそれに倣っていく。残念ながらセイバーはいない、あれから数時間が経過しているがゴルドが目覚めないためだ。故に彼のそばを離れるつもりのないセイバーは動く事ができない。
そしてダーニックが道中に指示を出していたのか、戦闘用ホムンクルスも続々と玉座へと入ってくる。
これに普段のランサーならば不機嫌な顔にでもなりそうなものだが、今回は王の威を示す事を優先してダーニックに許可を出しておいたのだ。
数十分後、この玉座の間に接近してくるダーニックとルーラーの気配。
不安そうなフィオレの横顔を見ながら、ダーニックとランサーの企みは上手くはいかないだろうな。とアーチャーは予感していた。そもそも彼らは前提を間違えている、と。
☆
ダンッとランサーが力強く玉座の肘掛を叩く。苛立ちを表す為だ。直後にこの苛立ちの原因ともいえる、目前に佇む金髪碧眼の鎧を着込んだ少女に猛る。
「望みがないだと? ふざけるな! 余は知っているぞ、ジャンヌダルク。何もかもに裏切られ、奪われ、非業の最期を遂げたお前に望みがないはずがなかろう!」
激昂しているランサーの言葉もどこ吹く風とルーラー・ジャンヌダルクは顔色一つ変えずに淡々と答える。
「誰もが皆、私の最後を無念だと言います。復讐を、あるいは救われる事を望んでいるだろうと。ーーですが、私は、私が駆け抜けた人生に満足しています。故に、聖杯にかける望みはありません。あるとすれば……そうですね、この聖杯戦争が正しく調律されること。それのみです」
そのルーラーの言葉にも納得した様子をみせず、苛立ちながら疑問をぶつけるランサーとルーラーのやり取りを見ながらアーチャーは多少なりとも感銘を受けていた。
ルーラーは聖杯が召喚した裁定者、いわば聖杯戦争に対する抑止力。初めから私情など持ってはいまい、どのような餌をぶら下げて勧誘しようとも首を縦に降ることはないだろうとは思っていたが……よもやここまで精神が完成しているとは。
ジャンヌダルクといえば、年若くして祖国フランスを救おうと立ち上がり、駆け抜け、そして年若いまま火刑に処され死んだというのが聖杯に与えられた知識にある。策謀に踊らされ、結論ありきの裁判にかけられ、救ったはずの祖国にも見捨てられ殺されたと。それほど理不尽な目にあっておきながら欠けら程の後悔も持ち合わせていないとは、ギリシャにはいないタイプの英雄であるな、とアーチャーは感想を抱く。
既にランサーによる質疑は終わり、昨夜起こった出来事の説明も済んだようで「それでは」と部屋を出て行くルーラー。
それを見送るとそれぞれが自然と解散しだす、ルーラーがいなくなったことでこの場に残る理由がなくなったからだ。
カウレスと話している様子のフィオレに「すぐ戻る」と伝え、ルーラーの後を追うアーチャー。気配を辿ると、案内をしていたホムンクルスと共に裏門へと向かう後ろ姿に追いつく。気配遮断をしていたわけでもないので接近に気づいていたであろうルーラーは振り返ると首を少し傾げながら、アーチャーが口を開くよりも先んじて声をかける。
「どうかされましたか? 私に何か用事が?」
「脱走したホムンクルス、ハークのところに向かうのだろう? ならば一つ頼みたいことがあってな」
「む、何故それを……いえ、それよりもルーラーたる私に頼み事を? ……申し訳ありませんが、貴方方『黒』の陣営に利があるような事はしませんよ」
例え力付くだとしても。と顔を強張らせるルーラーに少し苦笑しつつも、そんなつもりはないと前置きをしてから要件を告げるアーチャー。
「この裏門の先にあるのは彼が向かっていった山しかない。そして先程ハークが進んだ方角を聞いただろう? ならばそう連想するのは当然だ。……ハークの事だが、出来れば近くの教会辺りで一度保護してもらいたい。既に私達の手から飛んだ彼に対して少し過保護かもしれないが、ハークはまだこの世界のことを知らなすぎる。少しでも人と触れ合う機会が欲しい」
「それは構いませんが、そうするかどうかは実際に会ってみて、彼がどのような人物なのかを確認してからになります。一般人に危害を加えるような方だった場合は、『黒』の陣営の関係者として相応の処断をしなければなりませんから」
律儀に細かな説明をするルーラーに、「ならば大丈夫だ、彼の人畜無害さは一目でわかるだろうからな」とアーチャーは迷いなく断言した。
「とにかく、そこを踏まえて頂けるのであれば了承します」
その言葉を最後に森の奥へと消えていくルーラーから背を向け、ミレニア城塞へと戻るアーチャー。フィオレは既に部屋に戻ったようで、戻って来る際は直接自分の部屋に来て欲しいという内容の念話が入る。それに従い、まっすぐにフィオレの部屋へと向かう。
☆
「『黒』のアーチャーはヘラクレス……ですか。間違いありませんね?」
そう困ったように発言したのは赤いフード付きマントを神父服の上に羽織った少年、名をコトミネ・シロウ。アサシンのマスターであり、現在『赤』の陣営のサーヴァント達の前に顔を出す唯一のマスターでもある。
その言葉に応えるように続けて『赤』のアーチャーが発言する。
「間違えるはずがないだろう、私は生前かの男を直接この目で見ている。それに帰還した時のライダーの様相は汝も知るところであろう」
例え姿を偽っていたとしても、あのアキレウスをあそこまで容易く追い詰めることが出来る者など、私には奴以外考えられぬ。とアーチャーが言うとシロウはそばに控える『赤』のアサシン、セミラミスに声をかける。
「……どうしましょうか?」
「なさけない声を出すでない、それでも我が主人か」
アサシンはそう自分のマスターを叱咤する。
「それにヘラクレスであるならば、我が宝具は切り札となりうるであろう。
「それは確かにそうなのですが、アレは限定的な状況でしか真価を発揮できないでしょう。その場面にどう誘導するかも考えなければいけませんね」
シロウとアサシンが『黒』のアーチャーの対策を立てる為に思考を巡らせる。彼ほどの大英雄に事前に対策を立てるのとたてないのとでは今後の作戦に大きな影響が出る事は間違いないのでアーチャーの手柄は大きい。
だがそれと同時にこちら側のライダーの真名、そして自身の真名もバレたはずだと言うことも既にアーチャーから聞いた。
本来、1騎の真名と2騎の真名では等価交換とは言い難いのだが『黒』のアーチャーの場合はそれも例外だろう。
ライダーの攻撃もその謎の頑強性に阻まれたようで、恐らくはネメアの獅子の裘の効果ではないかと検討をつけたがどうやらそれだけでは無いようだ。
「ライダーでは些か相性が悪いようですね……ならば、ランサーを当てますか? 彼の『黒』のセイバーともう一度戦いたいという意思は尊重してあげたかったのですが、どうにもそう悠長に言ってはいられなくなりました」
「そうさな、それがいいだろう。ライダーが劣るとは言わないが、あのランサーの黄金の鎧と神殺しの槍ならばどうにかなるやもしれぬ。そうと決まれば説明をせねばならんな、念話にてランサーを呼ぼう」
「すいません、お願いできますか」
アサシンにお礼を言いつつ、最悪の状況を想定するシロウ。それは、ランサーをぶつけたとして『黒』のアーチャーがそれに応えるか。ライダーの不死性を突破できるものが『黒』のアーチャーしかいなかった時、ユグドミレニアは『黒』のアーチャーをライダーに当てるしかない。最も恐ろしいのが、『黒』のアーチャーにライダーとランサーを2騎共に抑えられた場合。
もしそうなった場合は、計画が頓挫してしまうだろう。流石にそれはないと思いたいが、万が一を考えると……とシロウがブツブツと呟いていると突然後方で声があがる。
「シロウ、『黒』のアーチャーとは俺にやらせてくれ」
振り返ると、そこには煮え滾る闘志を抑えきれずに漏れ出しているライダーがいた。全身に深い傷を追い、骨は折れ重傷という酷い有様だったのだが自身がかけた回復魔術はしっかりと機能したらしい事に安堵するシロウ。と、そこでちょうどランサーが現れる。
「何かあったか」
いえ、とランサーに軽く返事をしてライダーを見つめなおすシロウ。そして自身を見るアサシンに軽いアイコンタクトを送るとライダーに向けて口を開く。
「わかりました、では『黒』のアーチャーに関してはライダーにお願いしたいと思います。今度はアーチャーの援護をつける事はありませんので悪しからず。それでも構いませんか?」
「構わねぇよ。姐さんの手を煩わせるまでもない、初めから戦車を全力全開で使う。そして今度こそ必ず踏破してみせる……!」
そのライダーの言葉にわかりました、と了承するシロウ。一度はやられたとはいえ、ライダーもれっきとした大英雄。アーチャーに救われて撤退した事がよほど腹に据えかねているのか、二度も無様な姿を晒す事はしない。と誓いを立て、もう一度大きな壁へと挑戦しようとしている。シロウはその意思を尊重した、例えここでダメだと言ったところで意味がないことを理解しているからだ。
「ランサー、来て貰ったところ申し訳ないのですが、貴方に伝えようとした要件はなかったこととなってしまいましたので、事前の作戦通りにアーチャーと協力して『黒』のセイバーと『黒』のランサーの相手をお願いします」
「承知した」
さて、と一息つくシロウ。ここで少し皆さんを驚かせたいと思います、と苦笑を浮かべる。それを見たライダーとアーチャーはどういう事だ? と疑問符を浮かべる。
「アサシン、お願いします」
「おうとも、我がマスターよ。皆の者、外を見るがいい」
シロウの言葉に応える形でアサシンが言うと、各サーヴァントは首を傾げつつも移動し、外を見やる。するとそこには驚愕の光景が広がっていた。
「コイツ、ただの城じゃなかったってのかよ!」
「飛んでいる……のか?」
「…………!」
三者三様に驚きを露わにした様子に満足しつつも、アサシンは視線を外し、気分が高揚しているシロウに口角を少し上げて目を細める。そのアサシンの視線に気づいたシロウは軽く咳払いをすると3騎のサーヴァントに説明する。
「
そのシロウの言葉にライダーは快活に笑い、アーチャーは微笑を浮かべながら目を伏せ、ランサーは静かに戦意を高め始まる。
決戦の時は近い。
書き終わって気付きました、『赤』のキャスター忘れてた。
ま、まぁ部屋に篭って執筆でもしてるんでしょうそういうことにしとこう。
ではまた来週(来週とは言ってない)。
Fake読み返してて改めて思ったんですが、ヒッポリュテちゃんあんな可愛らしい見た目してるのにヘラクレスに子作り迫ったとか興奮するんですけど。FGO実装はよ
自分を殺した相手なのにリスペクトしててアルケイデスに激怒してる理由が「大英雄ヘラクレスの誇り」が感じられないからとか……ヒロインかよ