32
微睡む。ここではない、かつて
嘗ての記憶、願い、思い、そして、罪悪感。
ユラユラと揺れる水面のように、かつての生涯を自分の視点で自分以外が見ているような感覚。
自分が生きている間に都市世界が崩壊することはなかったが、すべての文明に滅びがあるように、都市理力と呼ばれる力を持った都市世界も崩壊した。
原因は、流体量の急激な減少。理由はよくわからないがこの事象のせいで崩壊したらしい。
映像が塗り替わる。永遠と見ていた同じ光景から、誰か別の記憶へと。
生まれた時に、男じゃないと落胆された。
会社を継ぐのは男だと、親戚一同はそう信じてやまなかったらしい。
気に入らないから、実力をつけた。古武術、バイオリン、学習塾、ピアノ……。
それでも、女は男の付属品だと、政略結婚させるためにと薄らと自分の欲を満たそうとする顔を見て、ああ、こいつらはダメだと気づいてしまった。
幼稚園の間に、同年代が越えられないような成果を残した。
余計に柵に囚われるとも知らず。小学生になる前から、政略結婚の申し出が湧くようになった。
そこで思い知ったのだ、人間とは斯も欲深い生き物だと、醜い生き物なのだと。
小学生の時、憂さ晴らしに紫髪の少女のカチューシャを奪った。
ドつき合いの喧嘩になったけど、あの視線に比べればマシだった。
なるほど、アリサの記憶か。
あの日、仲裁に入った俺となのはもそこそこ攻撃を食らったが、心の痛みに比べればマシだったのか。
私は、あの子に■をした。
視界が晴れるとともに、意識が遠のく。
「うっ」
目が覚めた。体が重い。頭も痛いし気分も悪い。
少しのどが渇く。視界の中に薄らと線が見える
起き上がろうとして、動けなかった。
筋肉が動かなかったわけじゃない。上に予想以上の重みを感じたからだ。
頭だけを動かして状況を把握する。
見覚えのないどこかで見たような
金髪のまもなく蕾が開くような少女が体の上で寝ていた。
上からシーツをかけられているが、互いに裸。
あれ、俺何してたんだっけ?
どうやら記憶も曖昧だ。なぜか眠気が来ない。外は夜だというのに。
力を入れて、女を起こさぬように気を遣いつつ布団の外へと出る。
ああ、いい夜だ。
自分の着替えをして、少し丈が厳しい服を着て、屋敷を彷徨いてから家の外に出る。
「お寝坊さん、ようやく起きた?」
やっと見覚えのある人物と出会えた。
「恭也と忍か。お寝坊、ってどういうことだ?」
六年よ、六年。あなたが寝ていた時間。
そう言われても、ピンと来なかった。
「今は、平成--年の三月よ。先日中学校の卒業式が終わったわ」
本当に、どうやら本当に随分と眠っていたらしい。悪い冗談なら良かったんだが。
「なんでこうなったか覚えてる?」
「――いや、記憶にないな」
そっか、と言いつつワインを飲んで、
「運命の駕発動をして、一時体に神の力を入れた反動でぶっ倒れたんだとよ。
よくもまあそんな無茶をしたな」
あー、そんな馬鹿なことしたのか。
「なるほどな、生命力の枯渇か」
「そうよ。診断したのは私、直したのは今年で十五歳になったアリサちゃん。
後で礼を言っておきなさい。ついでに責任もとってあげると男らしいわよ?」
聞きたくないセリフが聞こえた。
「遺伝詞交換で放出量の増えたのを吸血鬼の血とアリサちゃんの遺伝詞で調律したから多少は頑丈になってるけど、その分代償は大きいから」
ああ、のどが渇くのはそういう……
「事情はわかった。いろいろ迷惑をかけたようだな」
「ほんとよ。管理局に預けてたら盗まれそうになっちゃうし、仕方がないから家で管理してたら二年間は毎日はやてちゃんとアリサちゃんが通ってくるし」
うわっ、重たいぞ?
「ああ、ついでだからこれを彫り込んでおいて。ファリンの分だから」
流体の紋章語と精霊石駆動炉だった。
「完成したのか、すごいな」
「去年にマルドリックの倉庫に入らせてもらえたから」
両親も、なんだかんだでいい方向に進んだようだ。
「ノエルの分は?」
「俺が彫った。けど、綺麗じゃなくて何度も彫り直したから……」
「了解。腕が鈍ってなければいいんだがな」
机の上の鑿と鎚で紋章を彫っていく。
定期的にマッサージしていたのか、体は意外と動いた。
「こんなものか」
「寝起きの人間にも器用さで負けるのか……」
「阿呆、角度と深ささえ間違えなければいいんだから速さはいらないんだよ」
「恭也よりかなり遅いけど丁寧な仕上がりね。
石に彫ってあったのを工房で見たときは愕然としたわよ」
「まあ、ちゃんと固定してればあのサイズでも彫れる。パウル博士は置いてある石にだって彫ってたらしいがな」
「よしよし、これでファリンの方も自動化できるわね。
あ、そうそう。私たち結婚したから」
「気づいてる。部屋が変わってたからな」
驚いてよーと文句を言われるが、そこまででもない。
意識があった頃からハネムーンの計画を立ててた人間のセリフじゃない。
「後さ、俺の上で寝てた女誰?」
「自分で確かめなさい」
そう言われるとその通りとしか言えないのだが……。
「あー、面倒事が増えた」
「あはは、頑張りなさい」
取り敢えず、落ちた筋肉を取り戻さないとな。
「昨日で最後の仕事も終わった事だし、心残りもなくなった。来週から仕事はドイツだな」
「すまんな、卒業したらすぐ行くつもりだったんだろ?」
「だけどまあ、いろいろ貴重な体験できたし。
人の縁は不思議なものよ。あ、世帯主はすずかになってるから。家主は母のままだけど」
「ふむ、了解した。……もう朝か」
「私たちは今日の便でドイツ行だから、動力の組み換えはすずかの宿題にしようかしら?
管理局のデバイス管理のアルバイトしているらしいし」
「ふーん。じゃあ、この家、最終的に潰すのか?」
「いや、休暇とかで帰ってくる場所がなくなるのも困るからノエルに管理してもらうことになってる」
「そっか、ファリンの組み換えが終わったらノエルとファリンで管理するのか」
「そうなるわね。ああ、すずかは本局でしばらく仕事って言ってたから、しばらくはこの家でトレーニングでもして体を作り直しなさい」
「そうする。あ、ちょっと待ってろ。工房にプレゼント隠してたから」
「プレゼント?」
そう言って、三人で工房に入る。随分と金属臭が薄れている。長い間使ってなかったらこんなものか。
「ここの金庫に裏番号を入れてっと」
「なにそれ、聞いてない」
裏番号のギミックはずっと内緒にしてたからな。
金庫自体も自作だ。
「そら、持っていけ。要らなくとも売れば多少の資金にはなるだろう」
「ダイヤモンドカッター……と設計図?」
「こっちはアクセサリーか。アメジスト?」
「中学校に入る頃に結婚するだろうと細々と溜めてあったんだ」
「ありがとう、大切にするわ」
「感謝する」
おう、と言って笑った。顔がなかなか動かなかった。
「さーて、これをノエルに預けたら出ましょうか」
「ああ、十時の便だしな」
「
「……ダンケ」
笑いながら出て行った二人を運ぶノエルの三人を見送り、屋敷を見て回ることにした。
俺の部屋のとなりの空き部屋は、生体ポッドの固定地になっていた。
忍の部屋は内装はふたり分に、他は空っぽになっていた。
すずかの部屋は綺麗だが、それは使ってないがゆえの綺麗であって。
ほかのメイドが動き出す前に調理場に入って適当に朝を二人前作った。
自分の部屋に入り、机の上に一人前を置いておいて、工房へと向かう。
作業場は随分と埃がたまっていた。一度掃除しないと使えないだろう。
朝食を中庭で取り、起きてきた古参のメイドに怒られ、食後の皿を返した。
朝一で掃除を始め、昼前まで作業を続けた。
「さて、昼はどうしようか」
街に出て、久々に散策するのも面白そうだし、ここで新人メイドを困らせるのも面白そうだ。
ギィと音がして、工房に人が入ってきた。
「あんた、何してんのよ」
「……えっと?」
「ああ、そっか。六年も経ってたら判らないか。アリサよ、アリサ・バニングス」
幼くて平坦だった体は肉がついて大人びている。
というか、俺の上で寝てた女じゃん……。え、じゃああれ遺伝詞交換の後か?
「あー、見違えたな。随分と成長してるじゃないか」
「ほんとよ、どんだけ眠ってるつもりだったの?」
「さて、な。下手をすれば死ぬかもしれなかった、位の認識か」
「バカ、本当に馬鹿ぁ、うっうわああああああん」
やれやれ、泣き出してしまった。
泣く子と女には勝てないと言うらしいが、これは地雷原のようなものだ。踏んだら終わり。
結局泣きやむまで傍にいることになった。
自分の蒔いた種とは言え、面倒なことになった。
泣き止んだ第一声が、「責任とってね」である。頭が痛い。次に言ったセリフも頭を抱えたくなった。これは口にも出したくない。というか、そんな状況になりたくない。
ともあれ、大きな貸しを作ってしまったらしい。
やれやれ、と思いつつ話を聞いていく。
あの後、無限修復の機能が切り離せなかったリィンフォースと名付けられた夜天の魔道書の端末が消滅したりなのはが大怪我したりと面倒事がいろいろあったらしい。
一番大きな面倒事は俺の体が盗まれかけた、という辺りか。クローン研究にも手を出してる広域系犯罪者がDNAを盗もうとして管理局とドンパチしたんだそうだ。
「はあ、面倒なことになってたんだな」
「他人事ね、あんたの体の話よ?」
「自分の意志が関与していない以上他人事だからな」
だから出来るだけ面倒なことには関わりたくない、と告げる。
「取り敢えず、あんたのデバイスの試作品が来てるわよ。私の分はまだ完成してないけど」
ああ、データを取り直したやつか。
「了解した。リハビリもしないといけないしな」
「リハビリは管理局の不手際ってことでハラウオン提督の名目で使って良いそうよ」
「それは助かる。あ、そうだ。
「……忍のライブ以外は」
また頭が痛くなる案件が沸いた。
「……先に告げておこう。君は、随分と長生きすることになる」
「えっ、と?」
「欠片とは言え神の力を体に取り込んだんだ。傷は人以上に早く癒えるし、寿命も人より長くなる。
オリジナルの神の力だと奇跡を起こせるくらいだしな。ともかく、かなりの高齢になることは覚悟しておけ」
それこそ、周りの子供を置いていくくらいには。
「な、何歳くらい?」
「二百は堅いだろう」
「にひゃっ!?」
何も聞かずに均等化したのか。忍はあえて言わなかったな?
「そういうことだ。誰かに話してもいいし、胸の奥にしまっておいてもいい。
取り敢えず、エイミィのところへ行くぞ。先に話をつけておきたい」
とんでもないことしちゃった? みたいな顔をしたアリサを連れて、歩いて街を散策しながら向かった。
ピンポーンとチャイムを鳴らす。
「どちら様ですかー?」
間抜けなエイミィの声だ。睡眠不足も混じっている。子育ての影響か。
「lange Zeit」
「は、え? あっと……ひ、人違いじゃないでしょうか?」
「Mein Name ist Alfred」
「アル、フレート?
えっ……アル君!?」
バタン、ビタン、ガタガタ
「なんだこの音」
「いや、アポなしで来たらこうなるでしょうよ」
態とだがな。
「い、いらっしゃい。それとお久しぶり」
「やっほー、ついでに来たわよ」
「アリサちゃんいるなら電話で連絡くらいしてよ、機密文書の閲覧中だったんだから」
「アルが体力落ちてて何時着くかわからなかったし」
「せめて連絡して後日来てよ……。まあいいや、どうぞ」
ブーたれながらも家に上げてくれた。
赤ん坊はすやすやと眠っている。
「さて、マジで久しぶりらしいな。生憎と実感はないが」
「そうよねー、六年も眠ってちゃねー。
あ、学力とか大丈夫? 管理局の学校通う?」
「はっはっは、ベルリン大学飛び級卒業の経歴はある」
「なんで小学校なんて通ってたの?」
「日本語がわからないから」
あららー、なんて言って笑っている。
「ともあれ、事件では大変お世話になりました。
リンディ提督からリハビリに協力するよう言われてるけど、どうする?」
「お義母様じゃないの?」
「まだ違うの」
からかわれてるし。
「トレーニング施設の利用許可とリハビリの援助を頼む。
本来ならあと二時間早くこれたはずなんだが、流石に落ちた体力まではな」
「それもそっか。了解。なのはちゃんが通ってたところでいい?」
「あのバカ入院でもしたのか?」
思わず呆れてしまう。
「……怪我したのよ。ご挨拶に私が忍とドイツへ行ってる間に」
「おかげで手術のほうが先になっちゃって。風水治療だっけ、それができなくてさー」
ふーん、と言いつつペットのお茶を飲む。
「ああ、それと。アリサちゃん、魔導師試験どうする?」
「受けてもいいんだけど、実家がうるさくてね。会社の社長夫人にしたいらしくて」
ニヤリと笑う気配がした。
「駆け落ちでもする?」
ネコのような悪い顔でニヤニヤしながら聞いてくる。
「ああ、それもいいかもしれませんね」
「……反応してよ」
逆にいじけた。いい大人が何してるんだか。
「数えで二十歳を超えた黒尽くめはどうした」
「クロノくんなら今日はアースラの点検日だから艦長として報告をね」
えらく出世してるな。顔に出てたのか、
「プレシア事件、闇の書事件の功績者だからね。グレアム提督からも推薦状が出てたくらいだし」
「なるほどな。ほどほどに出世する位がちょうどいいぞ。
権力を盾に雁字搦めに囚われるちょっと手前あたりが上々だ」
「さて、リハビリの登録はしておきました。
来週から通えるから……月曜日だね、そこから通っても大丈夫だから」
「助かるよ。ついでにデバイスの試作品がどうとかいうのは?」
「あー、開発頓挫しちゃってね。どうしても強度が伸びないらしくて。
結局はブーストデバイスを持ってもらって、あとは神形具を登録する感じかな」
「え、私の方も?」
「すずかちゃん、アリサちゃん、アル君の分全部。
開発プロジェクトを凍結することになったのよ。予算がもったいないからって」
特化型を作るより汎用型を作って汎用性の高い人間を育てたほうが組織は層ができる。
特化型が必要になるのは大きなプロジェクトで主軸になれるからだ。
「まあ、強度実験のいいサンプルになっただろうさ」
「らしいよ、耐久値の上昇プロジェクトは大きく推進したって」
なるほどなー、と言いつつハンドサインを出す。アリサも席を立った。
「えっえっえっ?」
「察しろ。この後リンディに挨拶しに行くんだぞ?
面倒な連中に出くわした後逃げるために時間を余分に取っておくんだ」
「あー、修羅場るのかぁ」
大きくため息をついた。
「知っているか、俺は世界で二番目に面倒臭がりなんだ」
「その心は」
「もう帰りたい」
ゴスっと蹴られて仕方なく本局の中を歩く。
会議が終わったあとらしく、多少遅れても大丈夫とのこと。
こちらの筋力が落ちているのを加味しているのかもしれない。
足が痛みを発しながら訴えてくるのを無視して扉まで歩いてドアをノックする。
「どうぞー」
間抜けした声だ。
「失礼する。久しぶりらしいな、リンディ」
「再び立ってる姿が見えて何よりだわ。
元気そう、ではなさそうね。とりあえず座ってください」
そこからはただの世間話をして、裏側からの聞かせてもらっていい範囲の粗方の情報も聞く。
はやてと守護騎士は奉仕期間中で、俊介は闇の書の行動阻害をよしとされ敵対とは取られなかったとか。
フェイトと飛は奉仕期間を終えて、フェイトは執務官試験に向けて動いて、飛は同性の教導官としてなのはと切磋琢磨しているとかなんとか。
「なるほどな。各々元気そうでなによりだ」
「若干何名かあなたが倒れてから大変だったのよ?」
「知らん。自分のとった行動の責任は自分にしかない。気に病むのは心の贅肉だ」
「誰もがそう割り切れるわけじゃないってこと。覚えておきなさい」
「思春期は大変だな。が、重大な意見だ、覚えておこう」
「そうしてくださいな。後は……他の皆さんに会って行きますか?」
ふむ、
「いや、やめておこう。体力が持たん」
「そうですか、ではお大事に」
「世話になる」
「いえいえ、無事に帰れるといいですね」
不吉なことを言われたが、特に何かあるわけではなかった。
すれ違いもしなかったし、忙しかったのだろう。
Rタグを超えそうになったので一切合切伐採しました。
ふふっ、見なさい愚弟!!
こいつら川上作品だからって濡れ場を期待した顔をしてるわよー!!