第零敗『僕もマスター候補生なんだ』
「フォウ!フー、フォーウ!」
『ん……?』
頬をチロチロと湿ったものでなぞられる感触。顔に触れたモフモフとした何か。極めつけに聞いたことのないような謎の鳴き声。抱いた疑問が切欠となり、黒い学ラン姿の少年は目を覚ました。
「フォウ!フォフォッフォウ!」
『痛たたたた!』
瞳を開くと視界に入ってきたのは、モフモフとした毛並みの白い謎の生物。生憎、自分はこんな生物にお目にかかったことはないが、希少生物か何かなのだろうか。
『何だっけ、箱庭学園にいた』『あのモブキャラっぽい人達の一人……』『そうそう、上無津呂さんだ上無津呂さん』『あの人ならこの子のことも知ってそうだよなあ』
独特の括弧つけた喋り方で、少年――球磨川禊は独り言を続けた。言いながら謎の生物を捕まえようとしたが、スルリと腕の間を抜けられて逃げられた。
『ちぇっ』『僕に懐いてくれるとは、なかなかに見る目のある生き物だと思ったんだけどねえ』
離れていく生き物を見ながら、球磨川は冷静に付近を観察する。何処か機械的で未来的、清潔そうな床と丈夫そうな壁。それに長い、うねるような形状の廊下。何個かドアらしき物がついている箇所もあるが、ここは一体――
「ちょ……ちょっとそこの貴方!」
『んん?』
聞き慣れぬ声に振り返ると、白髪の女がキッ、と鋭い眼光でこちらを睨んでいた。髪色は白いが、歳をとっているわけではなさそうなハリのある声と肌。二十代後半くらいだろうかと球磨川の慧眼が推測する。
「見ない顔だけれど……貴方もマスター候補生なのかしら?」
『…………』『ああ、そうそう!僕もマスター候補生なんだ!』『箱庭学園からやってきました球磨川禊です!よろしく仲良くしてくださいっ!』
「そう。それならいいのだけど……何か怪しいわねアナタ」
実際問題、彼女の推察は間違っていない――球磨川禊、悪でもなく善でもなく、その性質は負。良いも悪いも全部ないまぜにして、全てを台無しにする男である。尤も、今は改心した筈だが――
『ははっ』『よく言われるよ』『えーっと……オルガマリー所長?』
「ヒッ!?」
ぬるり、と何処か不気味な動きで球磨川は距離を詰め、胸元を凝視した。オルガマリー・アニムスフィアと書かれた写真付きのネームプレートを確認。彼女はここ、カルデアの所長であり、最高責任者である。
『ああごめんごめん、僕視力悪いから近づかないと見えないんだよね!』
「そ、そう……」
『サイズはDかな?』
「な……何を見てたのよアナタは!」
『いてっ』
勢いよく飛んできた平手が、球磨川の頬に紅葉を作った。にも関わらず何処か幸せそうに、球磨川はヘラヘラと笑う。
「あーもう!私にはアナタごときに構ってる時間はないの!説明会ならこの部屋で一時半から行われるから、それまでこの辺で待ってなさい!」
『はーい。親切にどうも!』
己が出てきた部屋を指差し、オルガマリーは忙しそうに何処かへ歩いていった。球磨川が大人しくその場に座り込み携帯電話を弄り始めると、またもや先ほどのモフモフとした生き物が、ちょこちょこと彼のところに向かってきた。
『お、やっぱり見る目がある子だね』『よーしよしよし』『よーしよしよし』
「フー……」
少年のように目を輝かせて生き物に手を伸ばす。が、触れるか否かというところでソレは跳躍し、球磨川の肩に乗った。
『はっはっは』『僕の肩が好きとはまるでピカチュウだね』『このこのー』
「フー…………!」
心なしか嫌がっているように見えたが、球磨川はその生き物の頭の辺りをゴシゴシと撫でた。
『可愛いなあ可愛いなあ!』
「フー!フォーウ!」
『いでっ!?』
調子に乗って全身をわしゃわしゃしたのがトサカにきたのか、球磨川の指に思いっきり噛み付くその生き物。それを冷ややかな目で見つつ、茶髪の女性がスタスタと歩いてきた。
「全く……球磨川くん、永遠を生きる僕でも君ほど愉快な男は星の数くらいしか知らないぜ」
声の方を向くと、カチューシャでまとめた茶髪の女性がいた。オーバーな身振り手振りをしながら、球磨川はぬるりと起き上がる。
『あっ!』『あなたは!』『安心院さんじゃないか!』『安心院さんじゃあないか!!』『強敵から僕たちを守って散っていったはずなのに不っ思議ー!』『もしかして、僕達の友情が生み出した奇跡!?』
「……あのさあ、君のその煽り症はどうにかならないのかな?」
どごぉっ、と大きな音を立てて球磨川禊は吹き飛び、壁にめり込み突き抜け、三フロア分ぶち抜いた後停止する。運良く、いや運悪くか。ぶち抜いた先に全く人はいなかったが、まるでダンプカーが突っ込んだかのような大穴と、半端ではない騒音が辺りに響いたが、それらは全て一瞬のうちに消え――まるで、『なかったこと』になったかのようになる。壊れていない綺麗な壁と、ピンピンしてる球磨川禊。辺りには先程までと同じ光景が広がっていた。
『やめてよねー、力任せに殴り飛ばすとか』『そんなことされたら普通に死んじゃうよ!』
「うん、というか普通に殺してみたのさ」
サービスで魔改造しといてあげたぜ――そう言って、安心院は球磨川に接吻した。
『っ!?』
「ふふ、球磨川君ったら相変わらず初心な反応♡」
頬を赤らめ、口元を隠しつつ安心院から距離を取る球磨川。
『全く……『
「心臓が止まってもそれが"なかったこと"になる、『
――『
『ということは今の『
「君に渡しておいた『
『ええっ!?じゃあ『
『
「両方使えても不平等だし、『
安心院の杞憂も当然である。魔術師というのは基本、魔術の秘匿を旨とする故、その目撃者には容赦がない。一部の過激な者を相手にした場合、球磨川のような友達も何もない異邦人は、あっさり実験体などにされてしまう可能性もなきにしもあらず。カルデアにはほとんどそんな魔術師はいないはずだが――恐るべき程の低確率でも、それを引き当てるのが球磨川禊だ。
「さて、2000文字超読者そっちのけな展開が続いてたから、そろそろ説明パートに移らせてもらうぜ」
――人理修復保障機関フィニス・カルデア。通称カルデアと呼ばれるのがこの場所。標高6000mの雪山に作られた工房で、人類の決定的破滅を防ぐために作られた特務機関。そもそも魔術とは何か――そういった辺りも詳しく安心院は球磨川に説明した。
『なるほどね』『かくかくしかじかしかくいムー〇ってわけか』
「おいおい、急に際どいネタを使わないでほしいね。文字を伏字に変更するスキル『
学ランの少年――球磨川禊。
つい三月まで高校三年生だったが、この春晴れて卒業。しかし就職先も進学先も決まらず、どうしようかと途方に暮れていた普通の
「
『酷いなあ、過負荷を社会のゴミみたいに言うなんて』『人として最低だぞ!』
「はっはっは、人外の心には刺さらないなあ」
少女――
「で、職なし学なしの君に僕から、就職というささやかなプレゼントを贈らせてもらったのさ」
『いや、僕はそんなことよりも家に帰ってジャンプを――』
「別に構わないぜ、
『へえ、なかなかに良さそうな施設だね』『僕にピッタリの就職先だぜ!』『早く働くぞう!!』
「その意気やよし。でも君、南極でも学ランで動き回ってたんじゃなかったっけ?」
『それはほら』『大陸は歩くだけでいいけど、雪山なら頑張って下山しなきゃいけないじゃん?』
「球磨川くんの生態は本当に謎だぜ」
――長くなったが、まあつまり、球磨川禊は安心院なじみによってカルデアに連れてこられたのだ。一派遣スタッフとして。
「しかし、くじ引きで適当に決めた結果がここだったのは、流石球磨川禊としか言えなかったぜ」
『えへへへへ』『褒められちゃったぜ』
「色々裏のある場所とはいえ、普通に働く分には普通の職場だから特に危険とかはないはずだよ」
それじゃあ適当に頑張ってくれ、そういって安心院は何処にでもいられるスキル『
『よし、じゃあそろそろ時間っぽいし入っとくか』
そういってから球磨川は、己が先ほどと違う通路にいることを思い出す。
『……あー』『どうやっていくんだろ、さっきのところ』
この小説の球磨川さんは本編終了後そのままカルデアにぶち込まれてる感じなので、スキルがまだ虚数大嘘憑きになってなかったのです