『安心院さん、いるんだろう?』
──カルデア・マイルーム。珍しく誰もいない静かな空間で、球磨川はそう呟く。同時に、何もなかった空間に何かが現れる。
「やあ、久しぶりだね球磨川くん。最近の君の頑張りに免じて、
『……相変わらず何でもお見通しかよ』
球磨川はうっすら冷や汗をかきながら、現れた安心院を見遣る。そこにいることが当たり前であるかのように、我が物顔で球磨川のベッドに、足を組んで座っている。しかしすぐにいつも通りの軽薄な印象で話す。
『じゃあ一つ聞かせてもらうぜ』
「いいぜ」
『単刀直入に言うと──』『この世界、
「うん、そうだよ」
球磨川のそこそこ重要な質問に、安心院はあっさり答えた。
「聞いてくるのが遅いぜ──って言いたいところだけど、察し自体は結構早い段階でついてたんだろ?」
『まあね』
根拠となる事柄は幾つかある。初歩的なところから言えば、『僕も十八年生きてきたけれど』『魔術なんて荒唐無稽な物、微塵も聞いたことがなかった』『加えて恐らく、というか反応から察するに、魔術師の皆さんはスキルなんてもの聞いたことすらない』『総合して考えると、それぞれ文字通りの
「魔術なんて物が実在していれば、箱庭学園にその手の逸材が招かれてても不思議じゃないしね。不知火くんがそういった才能を引き込まないはずがない」
『僕のサーヴァントたちもスキルの存在を知らなかったようだからね』『英霊と呼ばれる者ですらそうなら、そもそもそういった物が
「ふむ、まあその通りだよ」
『で、肝心なのは安心院さん』『君が何故、僕をこの世界に召喚したのかってことだけど』
「そんなの決まってるじゃないか、ただの暇潰しだぜ」
『…………』
流石の球磨川も微妙な顔をした。これが人外・安心院なじみである。
『そうと分かったからには帰してくれよ』『僕を元の世界に』
「へえ、帰りたいんだ?」
『うん』『世界の崩壊とか、人類の滅亡とか、そんなの心底どうでもいいからね』『強いて言うならジャンプの新刊が出なくなるのが問題だけど、元の世界に戻ればいつも通りだ』
球磨川は雑に、手をひらひらと振ってみせた。それを見て安心院は小さく嘆息。
「球磨川禊も随分甘くなったものだね。目の前で苦しむ弱者を見捨てて、のうのうと帰ろうとするなんて。弱者と愚か者の味方を気取っていた、あの頃の君はどこにいったんだい?」
『さあ。そんな昔のこと覚えてないぜ』『それに、その表現は間違ってるよ。彼らは弱者でも、愚か者でもないさ』
「いいや、
僕からの
『不平等分って……就職もスキルの変換も返還も、安心院さんの押し売りじゃないか』『確かにとんだ不平等だよ』
「何とでも言うがいいよ。いずれにせよ、君はここにいなきゃいけないんだ」
安心院がそう言う以上は、球磨川にはもうどうしようもない。閉口するほかなかった。
「球磨川くん。君が自覚してないだけで──或いは自覚しようとしてないだけで、この現状自体は、まったくもって不平等じゃないんだぜ」
『巫山戯たことを言ってくれるね、安心院さん』『僕の自由が奪われているんだぞ。それを不平等と言わず何と言うんだ!』
人外の気まぐれである。
「そういうことだぜ。それじゃ球磨川くん、君が幸せに頑張ってくれることを願ってるよ」
言いたいことだけ言って、安心院なじみは何処にでもいて何処にでもいられるスキル『
『幸せに』『ね』
──かつて、球磨川禊が幸せになることは、安心院なじみにとって大きな意味を持っていた。今はもう彼が幸せであろうが不幸であろうが関係がないはずなのだが、何処となく意味深な物言いに、球磨川は少し不穏なものを感じた。
『…………』
まあいい。帰れないというのなら、ここで生きていく他ないのだから。混線してきた思考を放棄して、球磨川は目を閉じた。