「※※※※※※※※──ッ!! 」
大地を揺るがす咆哮が、七つの海へと響き渡る。声の主は砂浜を一瞥すると、
「来たわよ、藤丸。……いいえ、マスター!」
「よし、逃げるよエウリュアレ! 全力で!!」
『経路は僕が指し示す! 藤丸君はとにかく、目標の地点まで全力で走ってくれ!』
「了解、ドクター!!」
言い終わる前に藤丸は駆け出す。エウリュアレの手を引き、深い密林の中へと。しかしその足は当然ながら、
「予想通りエウリュアレさんを狙ってきました! まず、ここで抑えます!!」
「トコトン援護するよ! この作戦は、ここでの踏ん張りにかかってる!」
障害たるマシュたちへ、ヘラクレスは得物を振り被る。大木でさえチーズのように易々と切り裂くその一撃を受け止めたのは、マシュの大盾だった。
「ここは……! 通しません!」
「どきな、デカブツ!」
「二大神に奉る……! 『
ドレイクの放った一発が、アタランテの放った宝具が。肉を削ることは叶わずとも、大英雄に僅かな隙を生み出す。その隙を逃さず、マシュは震える両手で大盾を振り上げる。
「やあっ──!」
大英雄の一撃は跳ね除けられた。しかし、それで止まる彼ではない。もう一度高らかに吼え、続けざまに得物を振り下ろす。しかしマシュも一歩も引かない。その小さい体躯を全力で支え、真正面から押し止める。文字通り矢継ぎ早に行われる援護の甲斐もあって、十も打ち合う頃には藤丸たちの姿は、もう見えなくなっていた。
「※※※※※※※──!」
標的の姿がここにないことに気づいたのか、ヘラクレスはマシュたちを無視して密林の奥へと駆けていく。
「はあ、はあ、はあ……! やはりエウリュアレさんたちの方へと向かいました!」
「計画通りだね。さあ、僕たちも追おう」
『球磨川君、そろそろ二人が合流地点に到着する! 準備はいいかい!?』
『うん』『いつでもいいぜ』
身体をほぐしながら答える球磨川。ぽきぽきと子気味いい音が響く。今回の計画は、まず海上のアルゴノーツをアーチャークラスのサーヴァントたちで狙撃することで、ヘラクレス本人だけを島におびき寄せることが第一段階。囮としてエウリュアレを見せながら、マシュたちに足止めしてもらうことが第二段階。そしてここからが第三段階、走者を藤丸から球磨川に変えての、
「ちょっと、もっとキリキリ走りなさい!」
「これ、でも、全力ですっ!!」
見た目は少女であっても、サーヴァントと人間の体力差は大きい。いつの間にかエウリュアレが藤丸の手を引いて走っていた。必死そうだった藤丸だが球磨川の元へ辿り着き、「お待たせ! 後は頼んだぜ、禊くん!」と、バトン代わりの女神を託した。
『任されたぜ立夏ちゃん……!』
「くるぞ!!」
オリオンが叫ぶと同時に、密林からヘラクレスが飛び出してきた。一直線に女神へと駆ける姿は鬼神の如し。しかし、その進路を女神が阻む。
「私も行くよー! 宝具展開、愛を唄うわ! 『
「※※※※……!」
「追いつきました……! もう一度勝負です、英雄ヘラクレス!」
その一撃にはヘラクレスと言えど足を止めざるを得なかった。その隙に、後ろからマシュたちが追いつく。
「さあ禊くん、今のうちに!」
「ここは任せたぜ、立夏ちゃん!」
エウリュアレの手を引き、今度は球磨川が全力で走る。草原を駆け、密林を抜け、砂地が見えてくるころにはもう、球磨川の体力は限界だった。
「もうちょっとの辛抱だから頑張りなさい!」
『はあ、エウリュアレ、ちゃん……!』『ちょっと、休憩、しない……!?』
「何言ってるの! もっと全力で走りなさい! そのまま永遠の休息になってもいいの!?」
『別にいいよ……! ほら、ここは僕に任せて先に行け!』
「あー、もうっ!」
大変怒った様子のエウリュアレは、球磨川を抱え、先程より幾分か速度を落としながら走る。「女神の手を煩わせるなんて万死に値するわよ、あとで貢物用意しておきなさいよね!」と、文句を言いながら走る。目を丸め、何処かデジャブを感じながらも球磨川は『ああ……何か考えておくよ』と、静かに口角を上げた。
「はあ、やっと追いついた! って禊くん!? 何やってんの!?」
「来たわねマスター。このお荷物は任せるわよ!」
『任せた、立夏ちゃん!』
「いや重いって! 俺も結構しんどいんだからね!? ほら、ちゃんと立って!」
肩を組み、二人三脚で砂地の奥──地下墓地へと、三人は駆ける。中腹近くまで来て、彼らの他に大きな足音が反響していることに気づく。
「来たわね、もう逃げ道はないわよ──怖い?」
『怖くない』
「俺は──正直言って、怖いかな。足が笑ってるよ」
「そう──素直ね。その感情を大切にしなさい」
見た目にそぐわない慈悲深い笑みを浮かべ、エウリュアレは目前に迫った
「止まったら追いつかれるわ、
「えっ、自信ないよ!」
「いいから飛びなさい、私を信じて!」
『チキンだなあ、立夏ちゃん。やるかやらないかじゃない──やるしかないのさ』
生きるためにはね、と括弧つけずに球磨川が言った。二人の言葉のお陰か、藤丸の覚悟も決まったようだった。
「よし……行くぞ!」
「いいわね、いくわよ!? 1、2の、3──!」
軽やかな跳躍。寸でのところで二人は──
「や、やった……! やればできるじゃない、貴方たち!」
「やったね、禊くん……!」
『ああ……!』
拳を突き合う二人。しかし、その背後にはヘラクレスが迫っていた。だが、あと一歩というところ──棺の目前で、彼の足は止まる。
「気づいたようね、ヘラクレス。私たちの間にあるその箱が何なのか……!」
「そこまでだ、ヘラクレス!」
丁度そのタイミングで、彼の後ろから仲間たちが到着する。挟み撃ちの形。実力としてはヘラクレスに大きく劣る彼らが選択したのは、この搦め手だった。
「あなたの目の前にあるのが、イアソンが求めていた宝具です。触れれば死をもたらす『
『君を此処で仕留めよう──覚悟はいいかい?』
「全軍、用意ぃぃぃ!!」
ドレイクの号令とともに、アタランテが、ダビデが、アルテミスが弓を構える。
「押しこめぇぇぇぇ!!!!!」
「※※※※※※※※……!?」
嵐のような弓撃が、銃撃が、一撃が、ヘラクレスを一歩一歩と後退させる。その踵が『契約の箱』に触れた時、大きな咆哮とともに、彼の体は消失した。
「やった……のかな……!?」
『霊気反応消失……! お疲れ、ヘラクレス撃破だ!』
「……ふう、よかった……! 上手くいったね、禊くんの作戦!」
『ああ、みんなのお陰だぜ』
球磨川が着想を得たのは、獅子目言彦という御伽噺の英雄の力だった。『不可逆の破壊を与える』というその能力により、不死身に人外や再生力の塊みたいな主人公の体をズタボロに壊してきた彼のことを思い出して、『死』という概念そのものともいえる『契約の箱』をヘラクレスにぶつければ、十二回殺せるのではないか──と思いついたのだ。尤も、そのまま復活してくる可能性もあった以上、少し賭けだったのは否めないが。
「頑張ったわね、貴方たち」
『労いの言葉ありがとう、エウリュアレちゃん』『褒美として、貢物の約束を取り消してくれてもいいんだぜ?』
「それはできない相談ね、一生かけて貢ぎなさい?」
彼らのやり取りを見て、周りもどっと笑った。しかし和やかな雰囲気も束の間、球磨川は括弧つける。
『さあ──最終決戦だぜ』