ダンジョンで少女兵がいるのは間違っているのだろうか? 作:緋色の鎮魂歌
小川を降り始めて早数時間、私は小枝を集めていた。既に太陽は地平線の向こうに沈もうとしていた。いくら川沿いとはいえ、火がなければ心もとない。幾らか小枝を集めた私は円錐状に小枝を積み、木の皮に少し硬い枝を回転させ摩擦させる。回転させ摩擦し続けていると木の皮から煙と小さな火種が出る。
「…よし」
火種を消さないように削った木屑を少し掛けて火種を大きくする。それを積んだ枝の中に入れると火種は徐々に大きくなり、焚き火になる。焚き火の火を見ながら、物思いに耽る。結局、村も見つからずここまで下り夜になってしまった訳だが、本当にこれから如何するべきか。村を見つけても、そこから如何するかは全くと言っていい程考えていなかった。いや、考えなかっただけではないか。
恐らく心の何処かで思っていたのだろう。これが現実ではなく、単なる夢を見ているだけではないかと。私は死んでいて、今は完全な無に還る本の一時の、胡蝶の夢の様なものではないか。
クゥ~~
「………お腹空いたな」
あれやこれやと考えていると、私のお腹が切なそうに一鳴きした。何時もなら二日三日何にも食べなくてもお腹なんか空かなかった筈なのに、やはりこんな環境に陥ったから要らぬ力を掛けていたのかもしれない。
空腹を紛らわせる為に水筒の水を一飲みする。すると、水筒が空になり水を汲みに川岸へと近づく。
「キャアアァァァァァァァ」
「ッ!?………」
森の中に響き渡る女性の悲鳴に水を組んでいた私はハッと頭を上げる。水筒の蓋を閉め焚き火の火を消し、声のした方角へと向かう。夜の闇に慣れていなかった目が段々と慣れ始めた頃、木々の向こうに薄っすらと明かりが見える。私は極限まで気配を消し、茂み越しに明かりの方へを目を向ける。
そこには、若い女性と少女が三人の防具をつけた男達に囲まれていた。女性は服が所々破れており、少女は女性にしがみ付き泣いている。
「ヘヘッ…もう逃げられねぇぜ…」
男の一人が下衆染みた笑い声を上げると、釣られるように周囲の男達も笑い出す。
「お願いします!どうかこの子だけは!!」
「無駄だよぉ、お嬢さん。母子共々可愛がってやるぜぇ」
「ヘッ…お前は節操がねぇよなぁ」
女性の哀願にも関わらず、卑劣な嗤い声を上げる男達。それを見た女性の顔は絶望に染まりきっている。そんな彼女等に男達は手を伸ばす。
情報が欲しい、その為に彼女等を助けるには私の存在を晒すのは拙いのではないのだろうか。
「おかあさん…」
「アリス…ッ」
親子は己に降り注ぐであろう悪夢に耐えるようにお互いに抱き合う。
その時、私の手の中に冷たい何かが握られていた。
「おかあさん…」
「アリス…ッ」
村を襲った盗賊から逃れるため森に入ったは良かったものの、そこにも盗賊が潜んでいた。娘を連れ何とか逃げて来たものの、もう逃げ切れない。
泣き出す我が子を抱きしめ、如何かこの子だけには陵辱が及ばないようにと無形の神に祈る。
(神様…どうかお願いします……どうかこの子だけは助けてください…!!)
そして、男達の手が伸ばされ――――――――
パスッ
「……え……」
小さな破裂音がしたと思ったら、次の瞬間には私達に手を伸ばしていた一人の盗賊がドサリと倒れた。
「…は?」
「何が……ガッ!?」
男達が動揺しているところに先程と同じ破裂音が鳴り、残っていた二人の男達も倒れた。倒れた三人の身体からは赤い血がドクドクと流れ出していた。
アリスにこの光景を見せまいと、私はアリスを胸に抱きしめる。アリスも恐ろしいものを見たくない恐怖心で私にしがみ付き胸に顔を埋めている。
「いったい、何が…?」
ガザリ
背後の物音に視線を向けると、生い茂る木々の隙間にフードを被った人が立っていた。身長は子供と大人の境といった程の大きさ。フード付きのボロボロになったローブで顔と身体が隠れている為、男か女か判断が付かないが、そこに立っていた姿はまるで死神の様な印象を私に与えた。
「あ、あなたが…助けてくれたんですか……?」
恐る恐る尋ねると、ローブを纏った人はゆっくりと茂みを抜けてくる。そして私達の前まで来るとボロボロのローブから手が伸び、私の頬を撫でる。
「……コーカソイド…ヨーロッパ系?……でも、髪は黒い…」
フードの隙間から漏れた声。それは女性の、少女から女性になろうかという柔らかな声だった。月明かりで少しだけ周囲が明るくなると、彼女の顔が薄っすらと見えた。少女の面影を残しつつも、どこか冷めた表情をする顔。鈍い色をした金髪。そして何より、その瞳。新緑を思わせる翡翠の双眸、だがその瞳の奥には深淵を映し出すかのような底知れぬ暗闇があった。
「貴女、私の言葉分かる?」
「……!?…は、はい…」
その、双眸に引きずり込まれかけていた私は彼女の問い掛けでハッとした。胸の中にいる娘を抱きしめたまま彼女を見る。
「貴女を助けたのは、私も聞きたいことが有ったから」
「………聞きたいこと?」
「そう、
一つ目はここがどこなのか
二つ目はここから一番近い街の位置
三つ目はこれが何なのか」
そう言って彼女は親指大の紫色の石を見せてくる。それは、魔物から取れる魔石であった。だが、野生の魔物の魔石は粗悪であり、迷宮都市オラリオの迷宮から産出する純度の高い魔石には劣っている物であった。
「ここは、迷宮都市オラリオから西に二十K(キロル)ほど離れたホダソ村近くの森です。ここから一番近い街は迷宮都市オラリオです。…そして、それは魔石といった石で魔物(モンスター)から取れる物です」
そこまで言うと彼女は何かを考えるような仕草を見せたが、直ぐにローブを翻す。
「そう………夜の森は危険だから、早く森から出たほうが良い」
そういって森の中へ去って行こうとする彼女。助かったことからの安心感から忘れていたことが思い出される。何故私がここまで盗賊に追われ逃げて来たのかを。
「ま、待って下さい!!お願いです!私の村を助けてください!!さっきの盗賊に襲われているんです!!!」
彼女のローブを掴み、私は訴える。彼女は翡翠の双眸をスッと細める。
「…どうして私が貴女の村を助けないといけないの?貴女のメリットはあれど、私には一片のメリットも無い。ましてや、その盗賊達の恨みを買って追われることになるかもしれない」
冷たく言い放たれた彼女の意見は尤もだ。それでも――――――
「それでも、お願いします!!お礼はさせて頂きます!!どうか、私の村を、主人を助けて…くだ……さい」
ローブを握り締める私の瞳からボロボロと涙が零れ出る。こんな、他人に助けを求めることしかできない私の無力さが恨めしい。
すると、娘が私が泣いているのに気付いたのか、同じ様に彼女にしがみ付く。
「お姉ちゃん…アリスの村を……皆を…助けて」
彼女はアリスを見つめた後、私とアリスを引き剥がす。その瞳はどこか諦めた様な光が宿っていた。
「……ちゃんと報酬はいただきますから……村の方向はどっちです」
彼女の言葉に私は嬉しくて涙を流す。そして村の方角を指差すと、彼女はその方向へと駆け出し、あっという間に森の闇に消えていった。
村の所々で火の手が上がっている中、私は歯噛みしていた。村の広場には二十人前後の盗賊が女子供を人質に私達と対峙していた。
「へっへっへ、幾ら【
リーダー格らしき大男がそう言うと、一人の盗賊が少女に剣を突きつけている。下手な真似をすれば、少女の命が危ない。だからこそ私も私の仲間も村の男達も動けないでいる。
「っ…リヴェリア」
私の隣で剣を抜いたまま動けないでいる金髪の剣士――――アイズ・ヴァレンシュタインが私に指示を仰ぐ。
「アイズ、下手に動くなよ」
「……でも」
アイズの悔しそうな声を聴き、杖を握る手が硬くきつく握り締められる。だが、今の私たちが出切る事は、少女を傷つけない為に、盗賊を刺激しないことだ。
元々、このホダソ村の近くで取れる薬草を採りに、またダンジョンに潜りっ放しだったアイズを強制的に休ませるために出向いていたのだが、私とアイズの二人でこの状況に陥ってしまい手札の多さで負けてしまっている。
「へへっ…このまま、女子供を売りさばいて一儲けだな」
下衆共の企みを聴いているのに動くことのできない自分が恨めしい。
「…リヴェリアっ」
分かっている!何か、何か策は!ここから巻き返せるだけの―――――――
ドサッ
すると、少女に剣を突きつけていた盗賊が突然倒れた。
「は?おい!!何しやが―――」
ドサリ、とリーダー格の大男も倒れた。二人の身体からドクドクと鮮血が漏れ始め、ピクリとも動かないのを見た盗賊達は動揺し動きが鈍る。
「リーダーが死んだ―――」
「おい!どうするんだ」
「そんなの!俺に聞くなよ――――」
「今だ!!行くぞ、アイズ!!」
「うん!」
私の詠唱に合わせ、アイズが盗賊達の中へ飛び込む。司令塔が死んだことで混乱していた盗賊達は一瞬にして瓦解した。
空が白み始めた頃、盗賊の追撃と家屋の消火終わった私とリヴェリアは村の一角で疲労で座り込んでいる。
村の人たちが共同で簡単なスープを作ってくれて、そのスープが入った椀を持つ手はほんのりと暖かかった。
「――――ああ、アリア!!アリス!!良かった!!!無事で本当に!!」
男の人の喜びの声がする方を見ると、一人の男性が女性と少女を抱きしめていた。多分、村の外に逃げていたのだろう、至る所に木の葉や枝が付いている。
「あの人は?ローブを纏った女の人がここへ来なかった?」
「ローブを纏った女性?いや、来なかったが、どうかしたのか?」
「あのねあのね!そのおねえちゃんがアリスとお母さんを助けてくれたんだ!!不思議な魔法で、アリス達を追い掛けて来た悪い人を倒しちゃったんだ!!」
その少女の言葉に私とリヴェリアは反応する。急いで、女性とその少女の所へと向かう。
「すまない!少しいいか!!その不思議は魔法というのは、一体どういった物なんだ!?」
女性はリヴェリアの急いた質問に驚きながらも答えた。
「ええと、盗賊達の眉間の辺りに人差し指サイズの穴が開いて、盗賊達を斃してしまったんです」
その言葉で私たちは確信した。あれもきっと――――――
「最初に倒れた二人の盗賊が居ただろう、あの死体の米神にも同じくらいの穴が開いていたんだ」
その言葉に周囲の村人が驚き、女性と少女は嬉しそうに微笑んだ。彼女が約束を守ってくれたのだと。
「一体、何者なんだ」
リヴェリアのその問いに答える者は居なかった。
遅くなって、申し訳ないです。
ソレと今回も、主人公の名前出せなかった…
じ、次回こそは!!(白目)