全てが嫌いで逃げ出して、それでも結局は嫌いな部分に頼るしかない自分が、いちばん嫌いだった。
「親御さんと話して、事情は分かっている。校長も良いとは言っている。でもな、もう一度親御さんとしっかりと話なさい。今の状態はやはり良くないだろう」
「……話はそれだけですか? でしたらこれで失礼します」
頭を下げた少年の表情は読めない。長い前髪が彼の薄い翡翠色の眼を隠しているからだ。
教師はふぅっと小さく息を吐き、背を向けて出ていく少年を見送る。教師の手元には仲間駿介という名前と、彼が一人暮しをしている事について事情が書かれていた。
「よーっす駿介、遅かったな。何だったんだよ」
「ん、いやあれだよあれ。一昨日の試験で解答欄ずれてたらしくてな。怒られた」
「何だよそれ!真中や小宮山じゃないんだから、そんなミスするなよなー」
そう言って笑うのはクラスメイトであり友人の大草。無駄に美形な男である。
「それで、その真中と小宮山はどうしたんだ? 石化した人間と凄まじく落ち込む組み合わせなんて初めて見たぞ」
駿介はポケットから取り出したピンで前髪を留めて、項垂れる平凡から作り出されたかのような友人真中と、石化したタラコ唇が特徴である大男の小宮山を見る。
「あー、これは……」
大草が事情を説明しようとすると、タイミングがいいのか悪いのか。午後の授業開始を告げるチャイムと老教師がやって来た。
「また後で説明するよ。絶対笑うぜ? 」
やはり無駄に美形な爽やかスマイルである。大草は自分の席へと戻っていく。
残された駿も放置された二人から目を反らし、教科書を取り出した。
結局友人二人は老教師の思った以上に大きな声で自分の席へと戻り、授業は問題なく進んでいくのだった。
「大体なあ、俺ぁお前のせいで振られたんだよ。え? 真中ぁ!!! 」
かなりの大声だ。朱色の空を鳴きながら飛んでいたカラスが驚いたのか、姿を隠した。
声の主はもちろん小宮山である。話によると、昼休みに真中が昨日目撃した美少女は学校1の美少女である西野つかさだ!などと話している所に件の彼女が表れ、一人は見事に振られ、一人は恋に落ちてしまったそうだ。
そして、「お前も告白して振られろ」と悲しみと怒りで暴れるモンスターと化した小宮山と、その彼に羽交い締めにされる真中。それを眺める大草と駿介の今に至るというわけだ。
「つかさ、か」
駿介はそっと視線を逸らした。
この辺りはその件の彼女と幼少期に遊んだ公園の近くだ。最近はもうずっと行っていないが、まだあるはすだ。
「俺はみんなと結婚して、みんなと幸せになる!!!」
「みんなって、あたしいがいにも好きなひとがいるの? 」
「いるよ。でもでも、みんな同じくらい大好きだよ? 」
懐かしいことを考えたせいだ。無邪気で悪質で、出来れば消してしまいたい幼い頃の記憶が蘇る。駿介はそんな記憶を振り払うように頭を振った
「ふう……」
どうやら駿介の呟きは彼等三人には聞こえなかったらしい。
何やら告白するぞと真中は叫んでいるし、小宮山は振られろ振られろ笑う。「楽しみだな」と笑いを堪えながら駿の肩を叩く大草。
少しばかり話についていけていない駿介は適当に相槌をうった。そして思い出したように言う。
「悪い真中、今日お前ん家寄っていいか。東城に早くノートを返してやりたいんだ」
「仲間は東城と仲良いのか? 何となく意外だな。あ、もちろんOKだぜ」