しばらくして、西野と駿介の二人は階段を降りてリビングダイニングキッチンに来ていた。そろそろ夕食時である。西野が手料理を振る舞うという事らしい。
しかし、黙って待っているというのもなぁと思った駿介が、手伝うと申し出たのである。
「ふふふー。似合うね駿介くん!制服の上に紺のエプロン……腕捲りしてるところがまたちょっとせくしー」
冗談めかしてーーしかし顔を真っ赤にしたままーー駿介の腕に抱きつく西野。
「つかさの方が……うん、何か凄い良い」
思わずじっと見てしまう。同じく制服の上に着たエプロンは特段変わった所などは無いが、何故か制服の上に着ることによって彼女の魅力を引き上げている。そんな気がした。
つかさは「もうっじろじろ見すぎだぞ!は、恥ずかしい」ともじもじとしながら背を向けて、冷蔵庫から食材を取り始める。
後ろ姿もまた、本当に可愛い。品の無い言い方であるが、えろいのだ。何がと聞かれても、上手く言えないけれど。
「じゃあ、作るか」
「うん!」
結果から言うと、その九割を駿介が作ることになった。
西野は野菜の切り方など初歩的な事は問題なく出来ていたのだが、いざ調理を始めるといらぬ挑戦をし初めてしまうのだ。レシピ通り作るより、好きなものをいれるともっと美味しくなるという理屈らしい。初心者に有りがちな料理を不味くしてしまう過ちである。
「……美味しい」
「よかった。つかさの料理も、少し特徴というかクセみたいなのがちょっとあるけど。うん。美味しいよ 」
二人は向かい合って座り、それぞれ全く別の料理を食べていた。
西野は駿介が余った材料で作ったオムレツとサラダに卵のスープ。駿介は西野が張り切って作ったイタリアントマトとチキンの地中海風リゾット仕立てのオムレット、デミグラスソースがけという名ばかりの、通常では考えられない、チョコレートを筆頭におぞましい調味料が加えられてしまった、見るも無惨な料理と、こちらもまた不思議なスープである。
ひきつる表情を閉じ込めて笑う駿介に、もしかしたらもしかするのではないかと西野は現実逃避。「あーんして」そして可愛いらしくそんなことを言われてしまえば、駿介も思わずスプーンに少しだけ乗せて腕を伸ばしてしまう。
「うっ…まずい……ごめんね? まさかここまで不味いなんて思わなくて、もうこれは食べられなーー」
「食べるよ。初めて彼女が作ってくれた料理を食べないなんて、あり得ないから」
西野にとってみればまさしく王子様スマイル。最高に輝く笑顔であった。
「さー食べるぞー! まだ勉強もちょっとしか出来てないからな! 」
駿介はかつて父が言っていた言葉を思い出していた。
「どんなに不味い料理でもな、大切な女の笑顔さえあれば最高に美味くなるんだ」という、当時は信じられなかった言葉を。
流石、七人の妻がいる男の言葉である。
駿介は思わず微笑をし、美味しそうに食べる西野を見つめながら食事を進めるのだった。
空にちりばめられた星々と、どこか儚げな三日月。
そんな夜空を時おり眺めつつ、頭の中に浮かんだメロディを口ずさみながら駿介は家路についていた。
時刻は十時を少し過ぎた頃。
流石にご両親のいない時に、彼女の家に夜遅くまで居座るのは如何かという少しばかりズレた真面目さを持つ駿介である。
しかし、と駿介は帰る寸前の西野の様子を思い出した。
「駿介くん、そろそろさ、お風呂とか入ったり……入らなかったり……? 」
「つかさ、すげー顔真っ赤。可愛い」
よしよしと頭を撫でるが、不満げに頬を膨らませる西野。まるでハムスターである。それに撫でられて嬉しいのだろう。幸せオーラを出しながらそんな顔をされても、やはり可愛いだけである。
そうしてしばらくして、彼女の家を出てきたのだ。
「こんなに幸せで良いのかな、おれ。」
思わず口に出てしまった言葉は夜の闇に消えていくーーかと思いきや「そんなに幸せなんですか、仲間さん」と、凛としたーーしかしまだ少しばかり幼さが見え隠れするようなーー声が前方から聞こえてきた。
既に駿介は自宅のアパートの二階まで来ていた。声の主の顔は見えない。が、女の声である。そして、女は駿介の部屋の前にいた。
「ご無沙汰してます。仲間さん」
近付いてきた彼女は言った。
ようやく誰なのか識別できた。
しかし、彼女の整った顔にあるのは怒りだった。それも何故か、悲しみを帯びたような怒りだった。
その頃西野はちゃぽんと、浴槽につかりながら顔を湯の中に沈めて少ししてから顔を出した。水温が熱いのか、それとも他の理由か。彼女の顔は赤い。
「バカバカ駿介くん! バカバカあたし! どうして一緒にお風呂に入りたいみたいなこと言っちゃったんだろ……本当、明日どんな顔していけばいいんだあたし……」
そんなことを悩む西野だが、幸か不幸か駿介にはそんな思惑が伝わっていないことを知るのは明日である。それまでこうやって悶々とすることを彼女はまだ知らない。
そして、バスタオルと着替えを持ってきていないことに気付くのはそれから数十分が経ってからの事だった。