外村美鈴は知人であり、“バイト先”の偉い人である外村康正の一人娘である。もう一人、兄であり同じ年齢のヒロシもいるのだが、それは余談だろう。
駿介は取り敢えず彼女を家にあげると、お茶をいれて畳の上に直に座った。残念ながら座布団などの洒落たものは無いのである。
「“相変わらず”まだこんなに何も無い所で暮らしていたんですね。前に来たときと何も変わって無くないですか? 」
美鈴はコートをハンガーにかけ、座って無遠慮に部屋を見渡すが、生きていく上で最低限必要なもの以外が殆ど見当たらない。唯一、ケースから出ているギターだけがその例外だ。
「そんなこと無い、だろう? たぶん」
「いいえ。何も変わっていませんよ。私が引っ越し祝いにあげたレルンド監督作、永遠の約束のDVDがそこに見えています。プレイヤーは買うって言っていたのに、見てないんですよね」
「……ノーコメントでお願いします」
一つ年下の女の子の鋭い指摘に耐えられず、駿介はそっと顔を反らした。「はぁ」と美鈴は嘆息。そして思い出したように、傍らに置いていた鞄から数枚の書類を取り出した。
「父からの預かりものです」
それは先日出来上がった楽曲をどこぞのアーティストに提供するやら何やらの書類だった。
「わざわざこれを? 」
「はい。仲間さんは来るように言っても来てくれないと父が言っていたので」
「そんなことは無い、と思うけど。ありがとな、助かったよ」
つい、“昔からの癖で”右手が伸びて美鈴の頭に触れた。
一撫で、二撫で。
美鈴は目尻に涙を浮かべ、きっと睨み付けた。ように、駿介には見えた。
昔の約束を破ったと思ったのにーー!!!
いつの間にか昔の駿介お兄ちゃんに戻っていて、やっぱり温かくて優しくてーー!!!
何も無かったように私の頭を撫でて。
変わっていない。昔から。皆に優しくて、女の子にはモテモテで。
「ふ、ふん。知っているんですからね、もう二人も彼女がいること。わ、私はそんな中には入ってあげないんだからー!!」
と、つい父が言っていたことを思い出して、思っていないことを口走ってしまった。
何故だか涙があふれてきてしまう。こんな泣き顔を駿介お兄ちゃんにみせるわけにはいかない!
気が付くと私は自分の荷物も持たずに、脱いだコートもそのままに飛び出していた。
後ろから駿介お兄ちゃんの呼ぶ声が聞こえたが、振り返ることは出来ない。
「おうおうどうしたーー」
「いいから! 早く出してよ、お父さんっ」
父は何も聞かずに車を動かした。
きっと父は知っているのだ。私の気持ちにも、強がってしまうことも。どうしようもなく、そんな自分の事が嫌になる再会だった。本当は嬉しかったのに。すっごくすっごく、嬉しかったのに。
すぐに康正から電話がかかってきた。
近くまで来ていたらしい彼が、美鈴を連れ帰ったそうだ。
駿介は心配していたが、康正に一笑に付されたので一先ずは安心。しかし。
「何だったんだろう」
と、疑問が残ってしまう。
考えても仕方ないかと、駿介も風呂に入り眠ることにした。
時刻は十二時少し前。
どうりで眠くもなるはずだと一人ごちるのだった。