早朝。
あたしは東城さんに、昨日家で駿介くんと一緒に勉強したことを話した。もちろん、手料理を食べたことなども隠したりしないで。あたしたちはライバルであると同時に、仲間でもあるから。
「話してくれてありがとう。流石西野さんね、今の所は負けちゃってるけど、私だって負けないんだから」
「あたしだって負けないよ、ふっふー」
笑い合う二人の姿は誰がどう見ても親友にしか見えない。
少し遅れてきた駿介も、思わず足を止めてそんな二人を眺めてしまうほどに二人は愛らしい。
その日もいつも通りの日常だった。朝は勉強会。授業は受験も刻々と近付いている事もあり、普段は寝ているような真中や小宮山も眠る事なく受けていた。
昼休み。
駿介は針のむしろの中にいた。それはそうだろう。学校一の美少女二人を侍らせ食事をしているのだから。
しかし駿介と西野、東城の二人はそんな視線や囁かれる言葉など気にする様子はない。むしろ、そんな三人と共に食事をする真中達三人の方が心なしか縮こまりながら、各々が食事を取っている。
「いや、本当に! とととと東城のおかげでかなり勉強会も進んだし、もしかしたら俺も合格できるかも! 」
「まぁ確かに。あの小宮山がここまで着いてくるなんて信じられないよな」
「いや、真中がそれを言うか? 」
大草の鋭い突っ込みに、全員が思わず笑う。その時、駿介が口に運ぼうとした玉子焼きを落としてしまう。右隣に座る東城の手の上に。
「綾、あーん」
暫しどうしようと東城の視線が泳いだのを見て、駿介は口を開いた。東城は周りの視線がより一層自分の方に向いたことをひしひしと感じられた。
負けないと言ったんだから、逃げるわけにはいかないのだ。
と、東城は箸でつかむと駿介の口へと運んだ。
至るところからおぉーと感嘆の声が漏れ、ある所からは羨望嫉妬、中には呪詛の言葉を漏らす者もいた。
ようやくこの時に、東城綾という少女が駿介の彼女なのだと改めて教室にいた人間達が感じた瞬間だったのだ。
何故なら、今までは西野つかさという存在があまりにも目立ち過ぎていたから。可憐さ愛らしさ美しさなど、眼鏡を外し前髪を下ろした東城も外見で劣ることはない。しかし、西野つかさという存在があまりにも大きすぎたのだ。負けないと自分を強くしようとした東城が、この時ばかりはある種の勝利をおさめたといえるだろう。
彼女自身は、そんな実感など感じる余裕は無かったが。
思わずにやけてしまったらしい。
中学に入ってからずっと仲のいい友人。トモコが怪訝な顔をしていた。
「まーたあの隠れイケメン彼氏の事考えてたの? 」
「う、なぜ分かる」
「あははは、分かりやす過ぎるからね、あんた達」
ジト目になる西野を尻目にトモコは右端を歩く東城を見る。東城もまた嬉しそうにしたり恥ずかしそうにしたりと、表情をころころと変えていた。トモコはもちろん、西野も知らない事だがつい先程ーー学校を出る前にこっそりと、小説を書いたノートを駿介に渡していた東城である。まだ読んでいないだろうが、それでも読んでもらえると思うと様々な感情が巻き起こるのだ。
「確かに東城さんはちょっと分かりやすいかも」
「あんたも負けないくらいだったけどね」
自分の世界に入ったまま東城は帰ってこない。そんな様子を二人は可愛いなぁと思わず見つめてしまう。それほどまでに東城のころころと変わる表情は見ていて飽きないし、何より可愛らしい。
「あ、そう言えばさ。トモコはあたしがこんな形で駿介くんと付き合うことに反対されるんじゃないかって思ってたんだ」
「あー、うん。そうだねぇ。ほら、私“レイン”のファンだからさ? 物心ついた頃からずっと、トオル推しじゃん。だから、何となく免疫があるというか耐性があるというかそんな感じ? 何より、二人ともお似合いだからさ」
「そ、そそそうだったね! ずっと好きだもんねっ」
レインとは世界的に活躍する日本のバンドである。そしてトオルはそのバンドのボーカルとギターを担当する男であり、駿介の実の父親であった。西野は(東城も)その事実を知っているのだが、駿介があまり周りには知られたくない様子なので話すわけにはいかないのだ。
ちなみに、トオルが六人の女性と事実婚である事は国民の大半が知る事実だったりする。
「え、え。何のお話? 」
いつの間にかようやく意識が帰ってきたらしい東城が、柔らかな笑みを浮かべた。二人は本当に何も聞こえていなかったのかと少しばかり驚きながらも、普通に返事をした。
「そう言えばつかさ、東城さんのこと名字で呼んでるんだね。せっかく同じ人と付き合ってるんだし、もっと仲良くなってみたら? 名前で呼んでみたり」
「おー、さすがトモコ。良いこと言う!ということで、名前で呼んでもいいかな? 」
「え、ええ、もちろん。じゃあ私も名前で呼んでもいいかしら? 」
「もちろんだよ、綾」
「ありがとう、つかさ……さんっ」
「だーめ、つかさって呼んでみて? 」
「うぅ……つかさ? 」
「うんうゎ、綾は本当に可愛いなぁ!」
二人して少し照れながら名前を呼び合う二人を眺めながら、トモコはぼんやりと思い出した。
憧れのトオルがテレビで言っていた、「大切な女達は仲良しでいてほしい」という言葉を。
「あ、私も綾って呼ぶから、よろしくね! 」
そうやって、三人は親睦を深めながら家路へとつくのだった。