ぐつぐつと煮える鍋には鶏肉やゴボウ、様々な種類のキノコなどがはいっている。本来四人家族である東城家で食べるには多すぎるといって良いほどの量である。ちなみに父親は仕事で、弟の正太郎は部活で帰りは遅いらしい。
「ごめんね駿介君。ノートを届けてもらったうえに引き留めちゃって」
クラスメイトであり“幼馴染み”の一人でもある東城綾が本当に申し訳なさそうに言った。
学校で見せる地味な印象を与える黒い眼鏡は外しているし、前髪も自然に下ろしてある。もちろん三つ編みはほどいてあった。風呂上がりなのだろうか、少しばかりセミロングの美しい黒髪は湿り、頬も僅かに赤い。パステルカラーのワンピースもよく似合っている。何より目を引くのは、控えめな性格と裏腹にこれでもかと主張する胸のふくらみ。
「あら、迷惑だったかしら。だって久しぶりに駿介君が来るって言うじゃない。お母さん張り切っちゃった♪」
「いえ、迷惑だなんて! 本当ご無沙汰してましたし、こうして久しぶりにみなさんと食事が出来て嬉しいです」
思わず彼女の胸を凝視してしまいそうになった駿介だったが、彼女の母親の言葉で我に帰る。勘のいい者であれば彼が少し早口になってしまっていた事に気付いただろうが、この場にはいなかった。
「まあ嬉しい! 沢山作ったから、遠慮なくたべてね♪」
「じゃあ遠慮なく、いただきます!」
「あ、駿介君、注いであげるね」
準備していたかのような早さでお玉を片手に駿介の取り皿へと肉野菜をバランスよくいれていく。「本当、夫婦みたい」とお母さんが言ったせいで少しばかり溢してしまったが、駿介も慣れた様子ですぐに拭き取った。
「ありがとう、綾」
「ど、どういたしまして」
取り皿には沢山の具材が入れてあるが、スープは少し少な目に入れられている。これは駿介が猫舌であることを、東城がよく知っているから出来る優しさだった。
「あー、本当に美味かった。ありがとな」
靴を履き振り向き様に見送る東城に言う。
彼女は傍らに先程届けてもらったばかりのノートを持っている。
「ううん。満足してもらえたみたいだし、お母さんも喜んでた」
「…………ねえ、駿介君」
「まだ小説、書いてるんだな。久しぶりに読ませてくれよ。綾の作る話、好きだから」
続けざま、何かを言おうとした彼女の言葉を遮るように出た彼の言葉に嘘は無い。ただ、また逃げただけ。
「……駿介君、言ってくれたよね。感動したって。もっともっと読みたいって。大好きだって。だからきっと、書き続けてくる事が出来たんだと思うの」
「そっか。俺なんかの言葉が、綾の作る壮大な世界のきっかけでもあるってさ、めっちゃ嬉しいかも」
「……もう前みたいに、急にいなくなったりしないわよね? 学校では話さないようにしてるけど、やっぱり寂しいし、もっと」
「強くなったんだなあ。綾は。俺は置いていかれてばかり……って、何か湿っぽくなっちゃってごめんな!じゃあ、またな」
逃げるように飛び出した。後ろから声が聞こえたような気がした、でも、逃げる駿介の耳には彼女の言葉はまだ、届かなかった。