満開に咲き誇る桜の木々はまるで新入生達を迎える様だった。
入学式前日だというのに。
「うわ、危な。普通に入っていく所だった」
路地の裏。真新しい学ランを少しだけ着崩している駿介の姿があった。彼は壁にもたれかかり、疲れたように大きく息を吐く。
「……何をやってるんだ、俺は」
思えばおかしいと思ったのだ。泉坂高校近くのコンビニで待ち合わせをしたはずの真中と小宮山がいつまで経っても来なかった。しびれを切らし、電話をかけても二人は出ない。それで、駿介は寝坊かと呆れながら高校の近くまで来た。そこでようやく、まわりに新入生らしき生徒がいないことに気付いた。
彼は改めて携帯を開き、予定が書かれたメモとカレンダーを見比べた。結果分かったのは今日が入学式前日だということ。故に駿介は隠れるように逃げ込んで来たのだった。
(ちなみに西野と東城は入学式に親が来るらしく、親と共に登校すると言っていた。)
「あたしとした事が……っ! 貴重な休みを無駄にするなんてーーって、な、仲間!? どうしてここにーー」
突如として現れた少女。北大路さつきは、壁にもたれたままの駿介に気付くと指を指し、叫びように言った。赤面した顔で、ぱくぱくと口を開き。
「別人です 」
「は? いややいや! あたしが仲間の事を忘れるはずがないじゃん!! 」
背を向けた駿介。さつきは彼の腕を掴み、自分の胸に抱くように見上げた。
真新しいセーラー服の豊満な女性のシンボルが駿介の腕に押し当てられ、むぎゅーっと潰れる。
「なっーー分かった。分かったから、離れよう北大路さん」
思わず自分の腕に当たる柔らかさから目を背けるように、澄み渡る程に青い空を見上げた。さつきは彼のそんな様子をちらりと見ると、にんまりと笑う。
「まずはその他人行儀な呼び方やめようよー」
腕を胸に抱いたまま彼の耳元へと顔を近付け、囁くように言って息を吹き掛けた。
駿介はぶるりと身体を震わせ「分かったよっ 」と赤面。さつきは名残惜しげに離れると、駿介の正面に回り込みじっと見上げた。
「……さつき? 」
「ふふっ。仲間ってあたしが思ってた以上に可愛いんだね。前は犬と遊んでたし」
「あれはーー」
駿介の脳裏に蘇るのは、あの日の光景。別れ際に好きだと言って駆けていく後ろ姿に、ちらりと見えた桃色ぱんつ。
しかしそんなことを思い出した等と気付かれるわけにはいかない駿介は、小さく頭を振ってその映像を払いのける。
「あれは? 」
「遊んで欲しそうな顔してたからな、あの犬が」
「あははははっなにそれ可愛い。そういうことにしてあげる」
悪戯っぽくさつきは笑い、再び駿介の腕を抱き自分の腕と絡め歩き始めた。
駿介は驚き慌てた様子で彼女の正面へと回り込み、歩みを止める。
「ちょっと待った。どこに行く気だ? 」
「え、決めてないよ。だって春休み最後の一日なんだし、楽しまなきゃもったいないじゃん。せっかく再会できたんだし、遊びたいんだけどーー仲間はイヤ? 」
「嫌じゃないけどーー」
「じゃあレッツゴー!! 」
しゅんと落ち込んで見せたさつきに思わず駿介は曖昧に答えた。
すると彼女は彼の腕を引きながら大股で歩き、すっかり通学する生徒達の姿が見えなくなった道を歩いていくのだった。
「ストラーイクっ!!! 」
ボールを投げ終えた駿介にさつきはぴょんと跳ねてハイタッチ。大きく揺れた胸に思わず目を向け、ぎこなく頷き合わせる駿介。
二人は若者が多く遊ぶボーリング場に来ていた。
その大抵が私服姿である為に、彼等の制服姿で遊ぶ二人に集まる視線は多い。高校生離れしたスタイルのさつきの姿を見ている者の方が圧倒的に多いのだが。
「ボーリングなんて初めてなんだけど、凄く楽しいんだな。連れてきてくれてありがとう」
「え、そうなの? でもフォームとかすごく綺麗だし、上手だったよ」
さつきは驚いた様子で駿介の腕を掴んだまま、テンションが上がっているらしく嬉しそうだ。
駿介も駿介で初めてのボーリング場の雰囲気に飲まれ少しだけテンションが上がっているらしく、まわりの視線にも気づくことなく「がんばれ! 」「がんばるっ!」と、いちゃつくように笑い合う。
「ーーっ」
短いスカートがひらりと揺れて、健康的な太ももの少し上のーー黒い下着がちらりと見えた。駿介は慌てて視線を反らし、ようやくまわりの様子に気付く。デレッと鼻の下を伸ばし、にやつく男達が食い入るようにさつきの姿をみていたのだ。
「やったーっ! 見てた見てた? ストライクだよ」
しかしそんな視線が日常であるさつきは気にする様子もなく、先程と同じ様に駿介へと抱き付いた。
駿介は知るよしもないが、さつきはさつきで内心はかなりドキドキと緊張している。駿介と遊んでいる非現実的な幸せにテンションがハイになっていたのだ。
「見てたけどーーバカ、し、下着が見えるから! 」
「なっ、なっーーっ!!! 」
駿介の言葉にさつきの顔は一瞬で赤くなり、茹でたタコのような顔になり、それを彼に見せない為にと抱き付いたまま胸板に顔を押し当て隠す。
「変なところを見せちゃって、ごめんね」
そのまま喋ったせいで、彼女の声は少しくぐもって駿介の耳に届く。弱々しい声が、ついさっきまでの輝く程に明るくはしゃぐ彼女の姿とは正反対でーー駿介はもう一度、さつきの笑顔が見たくなり、そっと彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。凄くーーきれいだったし、他の奴が見てたことは嫌だけど。さつきの事が少し好きになれたから」
「……ほんとに? 」
「本当に」
「ほんとにほんとにほんとに? 」
「俺の目を見ろよ、嘘なんてついてない」
駿介に促される形でさつきは顔をあげ、見上げるように見つめる。恥ずかしいのか、赤面する彼の姿が自分よりも赤いと確信するさつき。それほどに駿介の顔は真っ赤になっていたのだ。
「ふふ。信じてるに決まってるじゃん。だってあたしは、仲間の事がだーいすきなんだから! 」
さつきはそんなことをいい放ち、彼の真っ赤な頬に口づけをして、驚きを隠せない駿介に言った。
「仲間に彼女がいるのは知ってる。だけど、あたしはぜーったいに負けないから!! 覚悟しててね? 」
あっという間の一日だった。
寝坊かと思って急いだのに入学式前日だって気付いた時は最悪だって思ったけど、仲間と会えて、一緒に遊んでーー好きとか言われて、キスまでしちゃってーー
考えれば考えるほど、今日という日が今まで生きてきた中でいちばん幸せな日だと実感出来る。そんな一日。
それにしても、歌上手かったなあ。
目を閉じると、仲間の歌声が何度も何度も繰り返される。
まるで声に感情が乗り移ったみたいな、心に直接響いてくるみたいなそんな歌声。
あたしが好きなレイン(バンド)のアルバムに一回入っただけの、あまりファンの中でも認知されてない“雨に叫べ”を知ってる事も嬉しかった。何故かファンではないと言い張ってたけど、それも含めて好きだと改めて思った。
ボーリング場の中にカラオケがあると気付いた自分も、あたしながら流石だと言える。
本当に、最高の一日だった。
さつきははベッドの上に寝転がりながら、にまにまと堪えきれない笑みを浮かべながら目を閉じる。目を閉じるとそこには駿介がいて、彼の方から顔を近付け彼女の唇へーー
「ねーちゃん、母さんがごはんだってー」
不意に聞こえた声に彼女は目をひらき、「分かったーー」と答え、こほん、と小さく咳払い。
さつきは再び目を閉じると、やはりそこには駿介がいて、優しく微笑んでいた。
「愛してるよ、さつきーー」「早く下りてこいって母さんが言って……出たー!!! 」
再び良いところで遮られたさつきはまるで鬼の形相で扉をあけると、十歳前後らしき少年は逃げるように階段をおりていったので、さつきは「出たとはなんだーっ」と追いかける。
その後ろ、彼女のベッドに置かれた携帯にアドレスを交換したばかりの駿介から「無事に帰れた? また明日学校で。今日はありがとう」とメールが届いたのがーーそれに気付いて跳びはね、親に怒られるのはそれから一時間後の話だった。