いちごの輝き   作:むらさきみどり

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第28話

 泉坂高校は数年前に建て替えが行われた。

 しかし、ごく一部の部はそれに反対。署名運動まで起こす程の騒ぎとなった。

 その一部こそが、未だなお古臭い老朽化が進む旧校舎ーー自称部室棟の一階に存在するボクシング部であった。

 

 

「よく来たな。待ってたぜ」

 

 駿介を呼び出した張本人、前田は学ランを脱ぎ捨て「ふんっ」というかけ声をだし、盛り上がった筋肉によりシャツの全てのボタンを弾いた。絵にかいたような、筋肉の塊のような姿であった。

 

「待たせたのは悪いがよくもまあこんなに悪人面を集めたもんだ」

 

「馬鹿にしてんじゃねえぞごらぁぁぁ!

 」

 逃げないようにと取り囲む二十人弱の筋肉質な男達を見渡して、飄々とした様子の駿介に取り巻きの一人が激昂し、駿介へと殴りかかりーー怒りのこもった拳が顔面へと直撃する寸前、滑るように真横に避けた駿介は男の腹へと蹴りを入れ黙らせた。

 

「あんまり好きじゃ無いんだけどな、こういうのは」

 

 苦しげに気を失った男を尻目に、ランニングシャツ姿の男の前へと歩いていく。駿介の身長は全国平均より少しばかり高い程度であり、そこまで高くはない。しかしその駿介が見上げなければならない程に、前田という男は大きい。縦にも横にも。切れかけの点滅する蛍光灯の下、その隆々とした筋肉を見せつけている事も、男をより大きく見せていた。

 

「やることは分かってるだろう。俺と勝負しろ。お前を倒して、俺が彼女達と付き合うんだ」

 

「何でそうなる……でもまあ、それであんたの気がすむならやってやるよ。だけどな、勝負が終わった後は二度と俺たちにーー俺の大切な彼女達に近付かないって約束しろ」

 

「いいだろう。男と男の約束だ。

 上がってこい。このリングで勝負だ」

 

 前田は慣れた様子で古びたリングの上へとのぼり、駿介を見下ろした。駿介が上がると、彼は下卑た笑みを浮かべ言う。

 

「ここはボクシング部だからな。蹴りは禁止だ」

 

 表情一つ変えぬまま、駿介はただ男を睨み付けるのだった。

 

 

 

 

 

 放課後。大半の生徒が部活や帰宅でいなくなった教室に、あたし達はいた。

 

 

 一緒に帰ろうと綾と一緒に駿介くんの手を繋ぐ。慣れたもので、恥ずかしいって気持ちはもちろんあるけど、まわりの好奇な視線はあんまり気にならない。

 だけど今日の教室の雰囲気はどこかおかしかった。上手く言えないけど、いつもはプラスな感情の視線が、哀れむようなマイナスの感情みたいな。

 何より一番おかしいのは、駿介くんがあたしたちを外村君に“頼むよ”なんて言って、あたし達の手の中からするりと抜け出すように離れて、教室を出ていったこと。

 

「ねえ外村君。絶対におかしいって思うんだ、あたし。何が起きてるの」

 

「いや、いや。何でもないよ。アイツが“バイト”してる事も二人は知ってるんだろ」

 

「ちょっと待った! 西野さんと東城さんは知ってるかもしれないけど、あたしは仲間がバイトしてる事なんて知らない。だから、だから何が起きてるのか教えろーー!! 」

 

 あたしから目を背けた外村君の胸ぐらを掴んだのは北大路さん。

 彼女は少しだけ涙目で、外村君を掴んだまま揺らした。あたしや綾と同じで、きっと何も事情を知らないのに、必死だった。

 

「お願い、外村君。きっと、私達が駿介君にキスしてもらえて喜んでいる時になにかあったのよね。本当に嬉しすぎて、あまりまわりが見えなくなっていたんだけどーー気のせいかもしれないけど、教室の前にいた人達と、駿介君がなにか話していた気がするの。見ていなきゃいけなかったのに」

 

「はぁ……分かったよ。駿介はバカだから、何とか誤魔化せるって思ってるかもしれないがーーま、無理だよな。

 話すから、とりあえず離してくれるか」

 

 外村君はどこかこうなる事も分かっていたような様子で、駿介くんの席にどかっと座る。あたし達はそんな彼を取り囲むように、三人で彼のまわりに近付いた。

 

「一言で言うなら、有りがちな展開だ。つまらないどこにでもあるような、醜い展開」

 

 焦れったいと、北大路さんが机を叩いた。あたしも、きっと綾も同じ気持ちだと思う。

 言いようのない不安が靄みたいになって、あたしを覆い尽くすーーそんな焦りが、きっと北大路さんにもあるから、そうしてしまったんだと思う。

 

「分かってる。

 駿介はボクシング部の部室だ。多分、君達に対して横恋慕した奴と戦ってるんじゃないかな」

 

 さあっと血の気がひいていくのが分かった。

 ボクシングなんていう単語と喧嘩や駿介くんというものが交わるイメージの中で、駿介くんが真っ赤になっていく姿を想像してしまったから。

 

「ど、どうしてそんな事にーーせ、先生に言って止めてもらわないと」

 

「ーー助けなきゃ」

 

 真っ青な顔で綾がふらふらと教室を出ていこうとする。その横を、驚いてしまうくらいの速さで北大路さんが飛び出した。

 あたしはしばらくーーううん、たぶん時間でいうと数秒の間動けなかったけど、ようやく口を開けた。

 

「……綾の、言うとおりだよ。早く先生に言わなきゃ」

 

「無駄だよ。うちのボクシング部は本来もう存在していないんだ。教師達は、悪だと分かりながら黙認しているんだよ。それに、駿介なら問題は無いはずーーでも、ボクシングだと蹴りは使えない……ちょっと、やばいかも

 ーー俺が駿介を止めにいくから、二人は先生を呼びに行ってくれ! アイツが巻き込まれたとなれば、教師達は動かざるを得ない」

 

「だめ!! 駿介君は私達が止めなきゃいけない、そんな気がするの。そうよね、つかさ」

 

「…………うん! それは、彼女の仕事だよね、きっと」

 あたし達と同じように、みるみるうちに青ざめていく外村君に、綾がはっきりとした口調で言う。ついあたしは芯のある、強さを感じさせられてしまって、返事が少しだけ遅れてしまった。

 

「“新しく入る彼女”に負けたくないもんね」

 

 そう言って、あたしと綾は走り出した。

 校舎に残っていた男子達の視線を集めてしまったけど、気にしていられない。今は、駿介くんの事が心配だったから。

 

 

 

 

 すぐに北大路さんと再会した。

 どうやら今まで迷っていて、上級生の方に話を聞いてようやくボクシング部が少し離れたところにある旧校舎にあることを聞いてくれていたみたい。

 

「つかさ、北大路さん、急ぎましょう。駿介君が怪我をする前に止めなきゃいけないわ」

 

「そうね。仲間は強いけど、ボクシング部って響きがもう強そうだもん。早く助けに行かなきゃ」

 

「急ごう。そして、駿介くんと一緒に帰ろ! 」

 

 つかさの言葉に私と北大路さんは頷いて、走り出した。

 自分でも驚くくらい早く走れた。きっと、これも駿介君を大切だって気持ちが力をくれたんだと思うと、少しだけ嬉しかった。

 

 

「ーーはあ! 」

 

「ぐふーーっ……ふぅ、ふう」

 

 最初にそこへ着いたのは北大路さん、それにつかさ、私の順番だった。

 北大路さんが勢いよく扉を開くと一斉に制服姿の男の人達が振り返った。全員が全員が、派手なシャツを着ていたりして、少しだけだらしなくーーだけど素敵な駿介君とは全然違う着崩している感じでーー思わず顔をしかめてしまう。

 だけど、そんな人達の奥ーー古ぼけた、今にも壊れてしまいそうなリングの上にいた駿介君の血まみれの姿を見てしまい、体の力が抜けてしまう。

 ぺたんと尻餅をついてしまった私に、つかさと北大路さんが心配そうに手を伸ばしてくれた。本当は一番駿介君が心配なのに。

 私は二人に助けられ立ち上がると、人々の波をかき分けてリングでの下に行く。後ろにつかさと北大路さんもついてきてくれる。

 

「もうやめて!! 駿介君が傷付く所なんて見たくないわ!!! お願い、私達は誰に見られていても平気だし、まわりに迷惑がかかっちゃうなら対策も一緒に考えましょう!!? 」

 

「そうだよ駿介くん! あたしたちみんな、駿介くんがいないとダメなんだから! 怪我だってしてほしくないよ!! 」

 

「強い仲間も好きだけどさ、逃げてもいいんだよ!!! まだちゃんと告白もしてないけど、あたしが仲間を想う気持ちは二人にだって負けてないんだからっ」

 

 

 思い思いの言葉を叫ぶように投げ掛ける。

 すると、駿介君を殴り続けていた男の人の手が止まる。無傷なのに、何故か号泣しながら。

 

「ぞんなにーー!!!そんなにこの男が好きなのかよ綾ちゃんんんん、つかさちゃんんんん、さつきちゃんんんん、俺は俺はーー」

 

「ーー待ってて。必ず、こんな奴には負けないから。この程度の壁くらい乗り越えなきゃ、誰も幸せになんて出来ないだろうーーっっ!!! 」

 

 

 初めて聞いた、仲間の叫び。汗と血に汚れているのに、誰よりも

 輝いていて、そんな彼に思わず見とれてしまう。

 東城さんは両手を前で繋ぎ祈るように。西野さんは瞳いっぱいにたまった涙を何度も何度も拭きながら、その勇姿を目に焼き付けている。

 あたしも、大好きな仲間の小さなーーだけど、凄く大きくて格好いい姿を見つめて、勝ってと願う。

 

「よそ見してんじゃねぇ」

 

 仲間は大男の肩を掴み振り返らせて、その岩みたいな顔面に拳を振るった。だけど、見た目通り頑丈な大男は一瞬だけふらつきながらも、お返しと言わんばかりに仲間の顔面に降り下ろすみたいに殴りかかった。

 思わず目を背けたくなった。だけど、必死に戦う大切な人から目を背けるなんて、出来ない。きっとそれは隣にいる既に仲間の心を射止めた二人の彼女も同じなんだと思う。

 それでも、この想いは誰にも負けていない。改めて今、あたしはそう確信できた。

 

「ぐはあっ……」

 

 仲間は少しだけ身体を斜めに動かして、拳を肩で受け止めた。

 岩を砕くような鈍い音が響き渡り、仲間は苦しげに大男の下へと潜り込みーーダメージを受けていない左腕を上に突きだした。

 それは男の顎に当たったかと思うと、次の瞬間には男は吹き飛びマットの上へと倒れこんだ。

 

「はぁはぁ……勝てたあ」

 

 ふらふらとよろめきながらも、仲間は倒れない。

 大男の仲間たちがリングへとあがり大男を引きずり下ろしていた。

 あたしたち三人もリングにあがり、仲間の身体をそっと支える。弱々しいけど、誇らしげに笑う仲間の姿にあたしは我慢が出来なくなって、頬にキスをしてしまった。我に帰ったのは仲間の頬に唇が触れて、しばらく経ってから。

 西野さんや東城さんの反応が怖くて、離れることが出来なくなってしまう。

 

「……ありがとう、さつき。嬉しいけど、ちょっと待ってくれるか。つかさも綾も、来てくれてありがとう。待ってて」

 

 自分で離れられないあたしの肩を軽く押して、仲間はふらふらと立ち上がった大男へと歩みよる。

 

「俺の勝ちだ。約束は守れよ。ーーただあんたは本気じゃなかった。俺を痛めつけたければ、全力でやればいいだけだしな。

 だから、俺の大切な彼女達はもちろん、まわりにも迷惑かけないって約束が出来るなら、見にくるくらいなら許してやるよ」

 

「ーーああ。分かった。お前も、何度殴られても倒れないくらい、大切な気持ちなんだな。本当にわるかった。もう迷惑はかけないようにする」

 

 何がどうなっているか、あまりよくは分からないけどーーやっぱり仲間は凄いんだなあって思った。だからこそ、あたしも仲間に大切だって思われるように頑張ろうと、そんな光景を見ながら考えていた。

 

 

「ふむ……見事というか、何というかーー普通に解決してるな」

 

 黒川は薄く開いた扉の隙間からそんな光景を見ながら、ぽつりと呆れたように呟いた。彼女の隣に立つ外村も、張りつめていた緊張が解けたらしく、盛大なため息と共に後ずさり、壁にもたれ掛かる。

 彼は職員室に行くと言って教室を出て、職員室に向かう途中の彼女に事情を話し、男性教師を呼んでもらおうとしたのだが、彼女は自分が行くと言って聞かなかったのだ。

 

「もしかして、黒川センセも駿介の事ーー」

 

「ふん。なんのことか全く分からないな。ま、悪くない奴だとは思うがな」

 

 肩まで伸びた緩くウェーブのかかった栗色の髪の毛を揺らし、フェロモンを撒き散らすように彼女は去っていく。そんな後ろ姿を見つめながら、外村は「素敵だ」と呟くのだった。

 

 




ドラえもんの“帰ってきたドラえもん”は皆さんご存じかと思います。
先日いとこのおちびが来て一緒に見たんですけどね、本当に泣きそうになりました。真摯な思いというか何というか。
ええ、ただの無駄話です。

話は変わりますが、ふと気付いたんです
当作には甘さが足りないと。
だから何とか甘く甘くしたいなあと考えています。考えれば考える程にR指定になるのがちょっとした悩みですが笑
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