ダブルクロスー Last Plan ー   作:ククルス

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楠木 奏 の場合

忘れない。

忘れる事が出来ない。

 

これはそういう記憶。

そういう記録。

 

 

『不思議のアリス』

 

 

切っ掛けは彼だ。

この男が私を救った。

結果さえ違っていたならば、

今も私はこの場所に居たのかも知れない。

居なかったのかも知れない。

あるいは…意味もない想像だ。

 

 

UGN日本支部。

支部という収まりの良い言葉に反して

幼き私からすれば遥かに大きく、強大な組織は

とある暴走事件の重要参考人として私を保護した。

 

その大きなビルの一室に私と彼は居る。

スーツをきっちりと襟まで締め、

私を見つめる彼の眼には疲労が見える。

だけど真摯な光を宿していた。

 

「さて、改めて名乗らせて欲しい。

僕の名前は霧谷 雄吾、ここ日本支部の支部長を

させて貰っているよ。」

 

開かれた口からは想像通りの温厚そうな声が聞こえる。

ただ表面からは察することの出来ない圧力をひしひしと肌で感じた。

意図してか、それとも無意識かは分からない。

 

彼もまた私と同じ様な存在だと改めて理解して。

 

その時の私は本能のまま、怖いと感じた。

 

「君の名前は、言葉 奏ちゃん…だね。」

 

小さく頷く。

言葉を発することすら恐怖して。

 

「…説明を受けた、と思うんだけれど君自身が思っている様にその力を扱える者をオーヴァードと呼称する。」

 

「だから、あれは…不幸な事故だった。いいね?」

 

今度は頷けない。

 

「奏ちゃん、君は死を身近に体験して力に目覚めた。

まして君は感情の制御が難しい状況に立たされていた。」

 

彼は続けるのだろう。

だから悪くないのだと。

 

でも違う。

 

「そうした覚醒は度々、暴走を引き起こすんだ。

本人が望まざるともね。」

 

違う、違うのだ。

なぜ彼は自身にすら嘘を吐く。

部下の犠牲を仕方が無いと切り捨ててまで、

赤の他人…殺めた私を庇うのか。

 

「…まだ納得出来ないかい?」

 

「心を読めても、私は信用に足り得ないか…そうだね。

なら君が自身を許せないと感じるなら君の過去を。

罪を聞かせて欲しい。」

 

それは…。

耐え難い苦痛だと思った。

 

「……。」

 

「辛いだろうね。

でもね、それなら尚のこと話べきだ。

私にはないが死んだ人々には理由が必要だから。」

 

私が殺めた人々は、誰もが悪を成した訳ではなかった。

普通に生き、小さな良心に沿って。

あるいは大義と納得して行動し、そして死んだ。

 

彼の言葉に拒否権はないと諦めて、

私はぽつぽつと小さな言葉で語り始める。

 

 

=========================

 

 

私は愛が欲しかった。

他者から信頼を求めた。

 

元々、”私達”は双子の筈だった。

たった一人母の胎内から産まれた事が全て始まりだったのだと思う。

 

出産室で喜びから一転して呆然とした母の顔を私は朧気に覚えている。

覚えている筈もないのに。

 

それでも赤子の内はまだそれだけ。

大きくなり、髪が生えて、

幼少期を迎える頃になると私の面影は

母にも父にも似通らないものになってゆく。

 

父の詰め寄る声。

母の泣き喚く声。

 

あぁ、まただ。

 

自室で人形を抱き締めながら、

その不快な音が過ぎ去るのを待つ。

 

 

毎日の様に続くそれは、母にとってどんなに苦しかったのだろう。

 

 

自らの異貌に自覚はあった。

外を出ずとも周囲を見渡せば、

私と周りが違うのは理解出来るから。

 

自らが普通ではないと察してはいた。

私は”一人”ではなかったから。

聴こえるはずのない声が聴こえ、

見たくもない人の感情が透けて見えた。

 

 

それでも違和感を自覚したのはその後だ。

学校に通う様になり人と多く接する様になってその異能を理解した。

 

異貌や大人達の良くはない噂とは真逆に子供同士の関係は悪くなかった。

正しくは良過ぎたというべきだろうか。

 

互いの距離が近ければ近い程、

彼らは私と仲良く振る舞い笑顔だけを張り付かせ、時にはすれ違ったばかりの他学年の生徒までが親しい友達かの様に話掛けてくる。

 

皆が皆、恍惚とした表情を見せていて擦り寄り崇める様に。

 

流石に普通ではないと思った。

学年一つが意のままに動く様になると

その子達の両親も遅ばせながら違和感に気付いたのだろう。

 

覚悟はしていたつもりだったけれど

私ではなく、私の家族が孤立した。

 

人の口に戸を立てる事は難しく、

私は化け物と謗られ母はそれを産み落とした魔女の様に揶揄される。

私は狭い社会で広まってゆく噂を呆然と眺めるしか出来なかった。

 

人と比べ、頭が良かったらしい私は少しでも認められたくてと勉学にも手伝いも頑張って…頑張ったが更に気味悪がられていく。

 

私では為すこと全てが裏目になる。

全てが母を苦しめる。

 

そうして外に出る事を止めた。

 

せめて子供らしく振る舞い、童話を好んで読む様にした。

最初は両親を安心させたくて読み始めただけのそれは思いの他、

楽しく両親の表情も和らいだかのように見える。

 

 

私は次第に物語の主人公達に憧れ惹かれてゆく。

物語の彼らは皆、私以上の悲しい人生を歩みながらも最後は幸せになるから。

家族から、友から、愛され笑うのだ。

 

羨ましい。

 

真実、羨ましい。

悲しさには比例するだけの喜びが、

その逆もあるべきなのだ。

 

次第にそんな自分本位な感情に満たされて。

 

だから今まで口にした事のない願いを、つい口にしてしまった。

 

「愛してください」と。

 

それが最初の罪。

 

願いは叶った。

そんな独り言を聞いてしまった父は、

変貌したかの様に私を愛して壊れてしまった。

 

あぁ、でも愛されているならばそれでいい。

父の望む様に私もまた、振る舞う。喜ぶ様に。

 

 

 

 

 

気付けば陽は落ちて、窓から見える外はすでに暗闇を覗かせている。

続く情事に終わりはなく、されるがまま、その禁忌を悟りながら窓に反射した母を見る。

 

暗い瞳は何も映してはいなくて。

背中越しに母が居る事にも気付かず父は腰を振りながら虚ろに口にする。

 

「愛している、愛しているよ…奏」

 

見たこともない形相で母は台所にある包丁で父を刺した。

動かなくなるまで、何度も。何度も。

 

伸し掛かる様に倒れ、父から流れ出す父だった筈の何かを浴びながら呆然とする私に母はただ、ただ静かに微笑んだ。

 

 

その心は水面の如く。

先の顛末が嘘の様に。

 

父を私から引き剥がすと、父には目もくれず私の首に手を掛ける。

 

涙を流しながら少しずつ体重を乗せていく。

 

「ごめんね…っ」

 

気道が潰れ、息が出来なくなり。

されるがままだった私の思考とは裏腹に身体は酸素を求めて抵抗する。

 

子供の腕ではそんな抵抗は無意味ではあったけど。

 

母は更に悲しそうに力を込めてゆく。

 

「今までごめんね…奏。

愛していた…だから、一緒に…私も行くからね。」

 

あれだけ遠かった距離が。

これほど近くに母を感じ、読めなかった母の心が初めて見えた。

 

悲しみ、諦め、怒り。

そして愛。

 

私はこんなにも愛されていた。

それなのに。

 

音にならない言葉を口にしたくて。

ゆっくりと口を動かす。

 

うん、わたしもだいすき

 

「…っ、あっ…。」

 

伝わっただろうか。

そんなことを考えながら視界に幕が落ちた。

 

 

 

急激な目覚め。

無理矢理生かされる様な感覚に、

身体が酸素を求めて喘ぐ様に息を吸う。

 

周囲を見回すと、すぐ様倒れて動かぬ父と母だったそれらが目に入る。

母は握りしめた包丁を自らに突き立てていた。

 

…私は置いていかれたのか。

 

そう思えば思う程悲しくて、

全てがどうでもよくなったのだ。

感情に反応する様に私の力は暴れ始めた。

 

そこからは記憶がない、彼にはそう答えた。

でも嘘だ。

本当は覚えてる。

 

「私を一人にしないで…ッ」

 

私は二つ目の罪を侵す。

 

動かぬ者が動きだし、

生命を求めて彷徨って

貪り喰らう亡者達。

 

止まない悲鳴に流れる血潮、

生きていた筈の人々は倒れ倒れて重なって。

列を成して彷徨い歩く。

 

私を無視する様に。

私を護る様に歩く愚者の行進。

 

きっと私の力は、私の願いを叶えようと…。

仮初の生命を作ろうとした。

 

結局、一つの区間を丸ごと無かった事にして事故は納まった。

 

その過程できっと沢山死んだのだと思う。

この施設に来てから感じる悪意、

怨みや恐れが私の罪を浮き彫りにするから。

 

 

=========================

 

 

記憶していることを語り終えても、

彼の雰囲気は変わらなかった。

 

ただ静かにこう言い放ったことは、

今でも覚えている。

 

 

「なら、君には出来る事がある。」と。

 

 

私は三つ目の罪を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 




過去話みたいな。

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