「音ノ木坂、学院、か……」
由比ヶ浜が再生させた動画を目にしているうちに、どうやら無意識に口が動いて一言漏らせてしまっていたようだ。
やっべなんか意味深なトーンで口走ってしまったと後悔するもそれは時すでに遅し…。
「比企谷、画面向こう側の女子生徒が所属する学校の名前を感慨深げに呟くのはやめたまえ」
平塚先生がポンと俺の肩に手を置いた。
その手はいつかの黒のレースを目にした時のものよりも冷たく、そして重く感じた。
すぐ近くから「サイテー…」「なんで捕まらないのかしらこの男…」などという冷酷な囁きの一言が躊躇なく俺に突き刺さるが、まぁ状況的にも迂闊な発言をしてしまった俺に非があると言えるので反論はしないでおこう。
それにしても、そんなにはっきり聞こえるほどの声量だったかな…。
「それで平塚先生。お話の流れから、しばらく比企谷君が通う別の学校というのがこの音ノ木坂学院だということは分かりました。ですが、一体どうして彼がその学校へ?私の記憶が確かですと、確かあそこは…”女子校”だったのではないかと思いますが」
「え?マジで…?」
「ふわあぁ!可愛い~……えっ!?ゆ、ゆきのんどういうこと!?」
しばらく動画に夢中だった由比ヶ浜が突如身を翻してこちらに反応してきた。
”女子校”と聞いた途端異常に反応を示した上、あまつさえ瞬時に雪ノ下の所まで距離を詰める辺り流石は百合ヶ浜さんと言わざるを得ない。
「言葉通りの意味よ。さっき平塚先生が言った学校は、女子校…。だから由比ヶ浜さんそんなに近づかないでちょうだい。ほら、また視姦谷君の餌にされてるわ」
「あ、ご、ごめん…ってえぇっ!?ヒッキーマジキモい!」
「毎度のことながら、お前は本当に強引に貶めてくるな雪ノ下。後由比ヶ浜、お前のその”キモい”って罵倒も毎度毎度確実に俺の心に刺さってるから。蓄積されてるからねちゃんと」
本当にもう俺じゃなかったらうっかり首を吊る奴が続出していてもおかしくないぞマジで。がまんできる俺に感謝してもいいレベル。二ターン後に倍返しするけどな!それ我慢しきれてなくね?
「こら、一々話の流れを止めるんじゃない。けどまぁそうだよ。雪ノ下の言う通り、音ノ木坂学院とは確かに女子校だ。そして来週からそこで過ごして貰うことになるのも、まぎれもなく比企谷だ」
「先程もお聞きしましたが、それは何故でしょうか?」
「ふむ。それはだな、あれは…先週の夜のことだ。私が学生の頃からの付き合いである友人と会ってきてな。まぁ一杯やりながら他愛のない昔話に花を咲かせていたんだよ。ちなみにその友人は私と同じく教師であり、学校の理事長を務めている」
「……先生って友達いたんだ」
平塚先生が区切りをつけたところで、由比ヶ浜がボソッと呟く。
ちょっと由比ヶ浜さん?そういうのは本人のいない所で言ってあげて。ほらみろなんか「がふっ…」とか声が聞こえてきちゃったじゃねぇか。なんでバトル漫画的な反応してんの…。少年誌好きすぎるでしょこの人。
「…由比ヶ浜。君という奴は時々失礼だな」
「へっ!?あ!ち、違っそういう意味じゃっ」
「由比ヶ浜さん静かに。…平塚先生、続きをお願いします」
「うん…。ん、ん"ん"っ!あーそれで、だ。その昔話を終えたところで、友人が私に相談を持ち掛けてきたんだよ」
「相談?一体それはどの様な…」
雪ノ下が聞くと、平塚先生は一つ間を置いて軽くふぅと息を吐くとさっきよりも真剣な表情で口を開いた。
「その音ノ木坂学院が廃校の危機に瀕している、という事についてだよ」
「「「え?」」」
「私もその話を聞いた時は耳を疑ったよ…。だがな、そんな廃校問題を阻止せんと必死に活動をする生徒たちが音ノ木坂にはいるらしいんだ」
「廃校を阻止って…。そんなことできるんですか!?」
「一体、どうやって…」
「ふっふっふ、驚くなよ?…………それだよ」
不敵に笑って見せて溜めに溜めた後、平塚先生はスッとさっき由比ヶ浜が起動させたノーパソを指さす。もっと正確に言うのであれば、彼女の指は今も画面の向こうで楽しく踊る女生徒らに向けられている。
「…まさか、そのスクールアイドルというものがその手段だと?」
「え?え?どういうことゆきのん」
「単純よ。今話題になっているのでしょう?そのスクールアイドルというものは」
「う、うん」
「だったら、その流行のものに自分たちも乗っかって、入学希望者を集めようという考えではないかしら。女子校ともなると、その分惹かれる人も大勢いるでしょうし」
「あ、な、成程…。確かに、自分の学校にスクールアイドルがいたら、皆憧れちゃうよねー。あんなに可愛いんだもん…」
「でもそれを実行するかどうかだったら話が違ってくるだろ。普通思いついても、やろうと思わんぞそんなの」
「ふぅ…誠に遺憾ではあるけれど、私も同感?…かしら。少し見切り発車ではないかという部分が見受けられるわ」
何だその遺憾の意と疑問形…。
しかしまぁ全く以てその通りである。あまりにも失敗した時の代償が大きすぎる。要は、乗るしかない、このビッグウェーブに作戦だったというわけだ。学校側によく
「まぁ、私もその話を聞いた時は君達と同じような反応をしたものだ。…だけど、彼女らは本気のようだよ」
言いながら、ちらっと画面に目を向けて平塚先生は続ける。
「そして、一通り話を聞いた後何か力になれることはないかと私は考えた。その結果として、ここの話を出したんだ」
「ここって…。奉仕部の?」
「あぁそうさ。実は奉仕部の話は前からしていてな?部員の話も詳しーくすると、友人はそれはそれは興味深く聞いてくれたよ。…比企谷ぁ、君についての話題は特にね」
やたらとニヒルな笑みを浮かべながらそう言って視線を俺に集中させてくる平塚先生。やだ、そんなに見つめないでっ!(恐怖で)ドキドキが止まらない…っ!でも(視線を)感じちゃう…ビクンビクン…っ(震え)
「私は奉仕部の課外活動という名目でこちらの人材をそちらに貸し出すと提案し、そして友人はそれを呑んでくれて是非君に会いたがっているよ」
「……平塚先生。もしかしてその理事長というのは」
「ん?あぁそうだよ。まぁもう言うまでもないと思うが、その友人が務めている所は音ノ木坂学院だ」
「え、えぇーっ!?」
「まぁ、やっぱりそうよね…」
「つーか何でこの人ナチュラルに生徒の個人情報喋ってんだよ…」
口軽すぎるだろ。尻は軽くないのにな、いやまぁ尻どころかむしろ色々重「比企谷」
ビュン…ッ
風が吹いた。春到来を感じさせる心地よい風、そんな爽やかなものとは程遠いものだ。
グー、グーだ。ぎちぎちに握りしめられた拳がノーモーションで飛んでき、俺の頬を掠めて通り過ぎていった。怖かった。
「次は……当てるぞ?」
「……うっす」
相変わらず目がマジだった。そして何で心読めちゃうんだよサードアイなの?
「でも、なんでヒッキーはそこの理事長さんに気に入られたりしたのかな?」
「それは完全に同感ね。この男の眼は人の心を惑わす力でもあるのかしら」
「フゥハハハハハ!!お前の眼力も衰えたものだな雪ノ下!俺のこの眼はせいぜい、他人に嫌悪感を抱かせる程度にしか留まらん」
「あ、なんかヒッキーちゅうにっぽい。乗り移った?」
乗り移ったって何?材木座
オラつきながら奇妙な冒険しちゃうの?
「まぁどちらにしても矮小な能力ね…」
うるせーほっとけ。そもそも気分が悪くなるのはそいつの勝手であって俺は関係ない。俺の眼を受け入れないのが悪い。女子は「うっわー貴方の眼ってすっごいリトルマーメイドだねっ♪」ってプラスに解釈するべき。男子だったら「かっけーお前の眼ってマジアーロンじゃん!」とかな。どっちも魚人じゃねぇか。
「ん、ごほん…まぁ、とにかくそういうわけで比企谷。君にはしばらくの間女子校という少々変わった環境で奉仕活動をしてきて貰う!ちなみに異議反論抗議質問口応えは認めん」
話の流れを戻すかのように咳ばらいをしてから、平塚先生が高らかに言い放ってビシィと指を差し向けてきた。
Q.この中で仲間外れは誰でしょう?
A.拒否権くんです。
そんな馬鹿な問答を心の中でするも、俺はそれでも抗う。
「いやちょっと待ってくださいよ!奉仕活動とか言われても、具体的に俺はそこに行って何をすればいいんですか?っていうかそもそもそんなの、ここのお偉いさんとかうちの家族とかの了解は」
「安心しろ比企谷。既に校長をはじめとするお偉いさん方には話を通してあるし、君の御両親と妹さんにも既に説明をして了解は得ている。いやー君の妹さんは実に良い娘だな。『是非よろしくお願いします!』と凄く喜んで兄である君の門出を祝っていたよ」
「えぇ…」
はい撃沈。
っていうかちょっとなにそれお兄ちゃん聞いてないよ小町ちゃん…。
この人なんてことしてくれてんの?そもそもぼっちを廃校寸前の女子校なんかに放り込んだら悲劇しか生まないだろ…。
「さて、では何をすればいいのかという質問だが……比企谷、いっちょ廃校を止めてみないか?」
「「はぁ?」」
雪ノ下と俺の声が重なる。ちょ、おいやめろ睨むな。今のは俺悪くないだろうが……ないよね?
「あっはっは!冗談だ冗談。まぁ別に何もしなくて良いよ。そこに行って普通に授業を受けて生活していってもらうだけで充分ということらしい」
「じゃあ何で俺が行く必要あるんですか…」
いくらなんでもそこの理事長が俺に興味を持っているから、ということが理由のはずがない。というか理由にならない。
まさかぼっちであるこの俺を女子校という異端の地に放り込んで「ちょっと見て―あれ」「プークッスクス」と”奉仕活動”と称して辱めるのが目的なのだろうか?あながち否定できないのがまた恐ろしい…。だってこの人の友人だから!
軽く戦慄していると平塚先生ははぁ…と息を吐いてまた口を開く。
「比企谷…。何を考えているのかは分からんが、あの子は君が思っているほどに無碍には扱わんよ。むしろ、どこまでも優しく、そして丁寧に迎え入れ、暖かく接してくれるはずさ」
「だったらいいんですけどねぇ…」
いや俺的には本当は全然良くないわけだが、生憎既に事が進み過ぎている。お偉いさん方はともかく、まさか家族にまで既に話が回っているとは思わなかった。そして我が愛する妹にも全力で賛成されているとも思わなかった。お兄ちゃん悲しい。しばらく1週間は後ろ乗せてやらんあのガキ…。
「それに、今回の課外活動にわざわざ君だけを指名したのにはちゃんとした理由がある。簡単にまとめると男子生徒から見て、女子校とはそもそもどんな印象を持つか?というな。意見が欲しいんだそうだよ」
「はぁ、でも俺が入るとそれって女子校じゃなくなっちゃうんじゃないですかね」
「こら、そういう屁理屈はやめたまえ。全く…」
呆れた顔をしてそう言いながら、平塚先生はこつんと1発こめかみの辺りを小突いてきた。
「痛っ!?……っていうか、なんで俺だけなんすか?奉仕部の課外活動だって言うんなら、それっておかしいでしょう」
若干赤くなっているであろうこめかみをサスサスと片手で撫でながら俺はずっと気になっていたことを訊いた。
良い印象を持っているから。廃校問題に直面している女子校に対して男子生徒の意見が欲しいから。仮にこれら2つが俺を招く理由になっているのだとしても、いくら名目上なのだとはいえ奉仕部の課外活動と言うのならば、なぜ部長であるこいつの名が挙がらないんだ?あ、あとガハマもか。いやでもこいつってそもそもちゃんと部員になってるの?まさかあの丸っこい文字で書かれた”にゅうぶとどけ”が受理されてしまったんだろうか…。
ちらりと気づかれない程度にそいつらを見やりながら平塚先生の言葉を待つ。
「あ~…いや、一応雪ノ下のご両親にも話すには話したんだよ」
「!?……それで、なんと?」
一瞬だけ、雪ノ下は目を僅かに見開き、ぱちぱちと瞬かせてから平塚先生に尋ねた。
「いやぁはは…。それが、きっぱりと反対されてしまってね。国際教養科なんて授業制度もない所に転学させても娘の為にならないし、今回の件については君の参加は許可しないでくれ、ということだよ。勿論私としては、部長である君にも同行をさせたいとは考えてはいたのだがね…」
「そう、ですか……」
呟くように言って、雪ノ下はそのまま俯いて黙ってしまう。
なるへそそういう訳があったのね。
そういやこいつって確か雪ノ下建設のご令嬢だったか。一人暮らししてるって言ってたし、親との関係はあまりよろしくないってことなのかねこの反応を見ると。まぁそこらへんは俺が気にすることでもないし、気にすることになるわけでもない。こいつん家の事情を知る機会なんて、俺には一生こないだろう。とにかくこいつは不参加ってことは了解した。その点だけは羨ましすぎるぞ雪ノ下。
「…さて、ではもう他に聞きたいことは」
「ねぇねぇ先生っ。あたし!あたしはっ?」
ずっと話を聞いていたガハマさんが言葉を遮って「はいはいはーい!」と右手をまっすぐ上げる。ウキウキとした様子で平塚先生に迫る由比ヶ浜だが、本当になんでこいつはさっきからこんなに必死なのか…。どんだけ女子校行きたいんだよ。もうこいつ百合レベルが高すぎてそろそろ冗談抜きでガハマさんから百合ヶ浜さんに進化するんじゃないの?
「あぁ由比ヶ浜か。由比ヶ浜は……ん、んん?」
「「「?」」」
おや?ヒラツカのようすが……ってそっちかよ!いや違うよね何かの間違いだよね?いくら三十路手前になって周りがどんどん結婚して子宝にも恵まれて幸せな家庭を築いている中自分一人だけがいつまでも取り残されてる状況に陥っているのだとしてもまさかそっちの道に走ったりなんかしないよね?
そんな大変失礼であり、凄い早口で言っている妄想を脳内でかましていると、次の瞬間驚愕の事実が耳に飛び込んできた。
「………いや、由比ヶ浜。君は奉仕部の部員というわけじゃないから特に話はしていないぞ?」
「あたし部員ですらなかった!?」
部員ですらなかったんだ!?あぁびっくりした…。てっきり今の今まであの入部届が承認されてここの学校けっこうガバガバなんじゃないの?って不安に駆られていた所だった。
「え、な、なんでっ?ちゃんとあの時入部届出したのに!」
「なに、そうなのか?しかし私は何も受け取っていないが…。っていうか、あの時?」
あの時。そう、忘れもしない。忘れてなるものか。あれは俺の、マイラブリーエンジェル戸塚の依頼を受けようとなった放課後の部室での出来事だ。自分はすっかり部員だと信じて疑わなかった由比ヶ浜が、無駄にルールに厳格な雪ノ下に「あなたは部員じゃない」とばっさり言われて涙目でびりっと破いたルーズリーフに”にゅうぶとどけ”と書いて提出したのだ。今思い返すと酷く適当である。
「はぁ…当たり前でしょう。ルーズリーフで提出された届け出なんて認められるわけないじゃない。それに提出先は原則として顧問までよ」
「なんでさ!すっごいコンスタントに出来たでしょ!?」
「「インスタントな(ね)」」
まーたこの子は無理して横文字なんて使おうとしちゃって…。意識高い系(笑)になるぞ。
っていうかそこは間違えちゃだめだろ。『ラーメン』とかに繋げたらすっげぇ不健康的になんぞ…。
「由比ヶ浜…。はぁ…紙を渡すから、後で職員室まで来たまえ。提出は明日までだ」
「うぅ、はぁい…」
あの時と同じく涙目になりながら、すっかり呆れてしまっている平塚先生の言葉に頷く由比ヶ浜。
そんな光景を脇目に、俺は読んでいた本を鞄にしまって帰り支度をサササっと済ませる。
ふと、さっき雪ノ下が由比ヶ浜に言い放った事を思い出しながら本人へと視線を向ける。これはきっと、その場にいた誰もが思うことである。
―――――最初に言ってやれよ。
読了ありがとうございます。
ぶっちゃけ由比ヶ浜の下りは特にフラグってわけでもないです。
では序章③もよろしくお願いします。