二次元の中の二次元~最初の二次元は三次元に変わりました~ 作:祭永遠
朝から七十四層の主街区で問題が起きている。
よくそんな元気あるよな……と思いつつ、この騒動に至るまでの経緯を思い出す。
俺たちは今日も攻略に精を出すため、朝から七十四層の迷宮区へと足を運ぶ。転移門を経由し主街区へ行こうとしており、今はその準備が完了したところで、いつものシリカ、テツオ、ケイタと共にゲートに入る。目の前が青く光りその眩しさに目を閉じる。そして目を開くとそこは七十四層の主街区であるのだが、その前に見えたのが幼い頃からの親友であるキリトの姿だった。目が合ってしまったので挨拶をするべきかと思い声をかける。
「おはよーさん。お前こんなとこでなにやってんのさ。さっさと攻略に行けばいいのに」
「ああ、待ち合わせだよ。昨日お前が帰ったあと、なぜか組むことになってな……」
「それでアスナを待ってるわけだな」
すると転移門が青く光り、新たなプレーヤーを連れてくる、のだがなぜかそのプレーヤーは上空から現れたかと思うと、キリトへとダイブしていった。心底キリトの位置にいなくて良かった。何故ならばキリトはそのプレーヤーと勢いよく転がり、下敷きになっていたからだ。キリトは何を思ったのか、自身の上に跨がっているプレーヤー……待ち人のアスナの胸へと手を伸ばし一回揉み、そのあと二回、三回と揉みしだく。胸を揉まれたアスナは悲鳴を上げながら後退り、自身の両腕で胸を隠す。起きたキリトはそのアスナの格好を見て、自分が何を仕出かしたのかわかったらしく顔を青く染める。
その様子を始めから結晶にて記録している俺には目もくれず、己の武器を抜くか検討しているアスナ。するとまたもや転移門が光る。それを見たアスナは急に立ち上がったかと思うと、先程まで親の敵と見紛うような視線で見ていたキリトの後ろへ隠れた。
「アスナ様!!勝手な行動をされては困ります!!さあ私とともに本部へ戻りましょう!!」
転移門から現れたのは、昨日のクラディールであった。板挟みにされているキリトは完璧に巻き込まれたようであった。
そして何やら話を聞いているとこのクラディール、なんと活動日ではないアスナを本部に連れて行こうとしているらしい。しかもアスナの家の前で待ち伏せまでしてだ。
と、まあこんな感じである。
そんな中テツオが思ったままを言葉にした。
「なあなあ、これってさあ……ストーカーじゃね?」
「こらテツオ。そういうことは本人に聞こえるように言わなきゃダメだろうが」
「クゥ……それはやめといた方がいい。ああいうタイプは下手に刺激すると厄介な事になる」
そういう俺らも勝手で失礼なことをコソコソと話す。
「シリカはどう思うよ?女の敵だぜ、あれ」
「許せません!!嫌がる人にあんなことするなんて信じられない!!」
本気でアスナの身を案じ、怒りを顕にするシリカ。ここまで怒るのもめずらしい。滅多にないのだが今回のこれは琴線に触れたようだった。
傍観に徹していると、キリトとクラディールがデュエルすることになったのだが、そこでシリカが誰にも予想できないことを口にした。
「……ねえ、そのデュエル……私としません?」
シリカの言葉に全員が唖然とする。今のシリカは表情では笑っているが、目が笑っていない。そしていつも笑顔が絶えないシリカからは想像がつかないような顔をしていた。このようなシリカを見るのは初めてである。若干……というかかなりの恐怖心が沸き上がってきた。
「もちろん私に勝てたらアスナさんと本部に戻っていただいて結構ですよ?どうです、キリトさんとやるよりは勝ち目……多くありそうに見えませんか?」
「え!?ちょっとシリカちゃん!?」
「……大丈夫です。あんな女の敵なんかには負けませんから。あの無駄に高いプライドを、私みたいな年下が負かすことによってボロボロに折ってあげます」
「小娘がぁ……!!そこまで言うのなら受けてやろうじゃないか……!!」
今のシリカは言葉で表すなら狂戦士だろうか。普段なら考えられない言葉や行動をしている。正直に言うが怖い、恐すぎる。
そしてシリカの挑発に乗り、いとも簡単にその条件を許可してデュエル申請のメッセージを飛ばす。
シリカはデュエル申請を受諾し、それぞれの武器を構えカウントがゼロになるのを待つ。興味本意で集まった野次馬たちが三々五々、言いたいことを好き放題言っている。
ここまでの経緯を知らないのだかや無理はない。クラディールはそれを気にして、うまく集中できないでいる。一方シリカはというと相手の全てに意識を集中し、先程から構えをしきりに変え、相手に手の内を読ませないようにしていた。クラディールはそれを苛立つように見て、己もシリカ構えから色々なものを予測し、対応するために構えをかえる。
カウントの数字が減るにつれて、シリカの集中力が高まっていくのが目に見える。迷宮区にいるときとなんら変わらない状態まで高め、その目にはクラディールのみを見据えている。一方クラディールの方は、カウントが減ってもいまいち集中ができない状態であり、視線をシリカとカウントが出ているであろうウィンドウの間を右往左往させている。
カウントがついに一桁となり周囲の緊張感も高まってくるなか、シリカとクラディールの間の空間にDUELの文字が踊った。
先に動いたのはクラディールであった。シリカとの距離を一気に縮め、先手必勝とばかりに突っ込んでくる。シリカはそれを落ち着いて観察。シリカが自分のスピードについていけてないと判断したクラディールはソードスキルを発動させる。そこでシリカが動く。今まで何の動作もしていなかったシリカは不利と思われたが、それをいとも簡単に覆す。クラディールの選んだスキルは《アバランシュ》。これは両手用大剣の高レベル剣技となっている。対してシリカが選んだものは《アーマー・ピアース》で、こちらは短剣用ソードスキルの初期から使えるもの。
そしてスキルが発動するまでにかかる時間は、当然の如く高レベルの剣技の方が長い。故に一撃終了のこのデュエルで、シリカは初期のスキルを選んだのだ。
結果、クラディールの方が先に動いたにも関わらず、シリカのスキルが先に発動する。
そしてシリカのスキルは完膚なきまでにクラディールへと吸い込まれ、スキルを繰り出そうとしていたクラディールはそれをキャンセルさせられ、甘んじてその攻撃を喰らうしかなかった。
いくら初期のソードスキルとはいえ、扱う者のレベルが高ければそれなりの威力にはなる。例えばデュエルの勝敗をつける程度には。攻撃を喰らいHPが減るクラディール。それを認識したシステムからデュエルの終了と勝者を告げる文字列が羅列した。
シリカの後の先を取るこの戦法は、人間のプレーヤーには大変有効だった。スピードならばすでにシリカは攻略組でも名高い『閃光のアスナ』と同程度かそれよりも上である。扱う武器が短剣である故にパワーはそれほど必要ない。そしてアタックをしたあと、短剣であるため壁役として最前線ではほとんど通用しない。なので即離脱が基本となる。他にも似たような要素が揃い、今のシリカのスピードが完成されたのである。
「クラディールさん、私の勝ちです。さあ、本部には一人でお戻りください」
シリカの宣言とともに、周りにいたギャラリーも一気に湧く。その容姿も相まってシリカの勝利を喜ぶ者たちばかりであった。
「………つ!!………があ…!!…………この……小娘……」
恐らく認められないのだろう。その目からは憎悪の感情が表れていた。しかしその対象はシリカが2、キリトが8であり、やはりクラディールとしてはアスナの護衛役を取られた事の方が屈辱的らしかった。そしてクラディールはシリカに負けた時の約束を果たそうとせず、そのままキリトへデュエルを仕掛けようとした。
「おっと、女の子との約束を守らないとは……栄光ある血盟騎士団のメンバーとは思えませんね。そもそもシリカにも勝てないあなたが、キリトに勝てるなんて思えません」
俺はキリトとクラディールの間に割り込むようにして入った。憎悪の視線が俺に突き刺さる。するとクラディールは、何かを呟きながらキリトとアスナを軽く睨み付けると、結晶で本部のある階層へと転移した。
「それにしても……シリカがあんな事言うなんてな……ちょっとびっくりしたよ」
「……勝手にあんなことしてすみません……」
「死ななきゃいいよ。それに許せなかったんでしょ?ならそうしたのは間違いじゃないよ。少なくともアスナさんはああいう風に言われて嬉しかったと思うし、感謝もしてるんじゃないかな?」
ねえ?という風な視線をアスナに投げ掛けると、笑顔で頷くアスナ。
「でもごめんね、シリカちゃん……もしかしたらめんどくさいことになっちゃうかも……あとついでにキリトくんも」
「私は大丈夫ですよ!!何かあってもクゥさんがなんとかしてくれますし!!ねえ、クゥさん」
そんな風に言われてしまうと頷くしかない。被害が大きくなりそうなキリトがついで扱いと思うと少しだけ不憫になる。しかしそれでも一緒にいようとするのだからお互い大切に思っているに違いない。
俺はギルドのメンバーに二人の邪魔をしないよう、先に行くことを指示する。目的地は同じだ、しかしその道中で距離を縮める出来事があるかもしれない。それを記録結晶に収めるために俺は二人の後ろをついていく。隠蔽スキルを十全に使いこなし、バレないように慎重に歩みを進める。
しかし案の定、迷宮区へ入る前で二人を見失ってしまった。仕方がないと諦めながら俺はシリカたちに合流すべく一人迷宮区へ潜るのだった。