二次元の中の二次元~最初の二次元は三次元に変わりました~ 作:祭永遠
街へ戻るとすぐさま俺たちは血盟騎士団本部へと足を運んだ。アスナの脱退を認めてもらうためである。三回目ともなればこの長い道も慣れてきた。無駄に大きな扉を抜けてヒースクリフに話をつける。予想外にすんなりいってしまい拍子抜けしたが目的は達成できたので長居は無用とばかりに颯爽と本部を出た。
「じゃあ俺はこれで失礼するよ。二人はごゆっくり」
そう言って別れようとするものの肩を二人に掴まれて阻止された。
「これから皆に謝りに行くんでしょ?私も行くわよ」
キリトを見ると同じように頷いていた。せっかく二人の時間を増やしてあげようとしているのに、残念ながら俺の気持ちは伝わらないようだった。
そのまま三人でゼロの騎士団のギルドホームまで向かう。正式には黒猫団のギルドホームだがケイタからどっちでもいいと言われてしまったので、それならば第二のギルドホームとして使おうという話になったのだ。俺のユニークスキルがバレてしまったので、ほとぼりが冷めるまでここをホームにすることにしたと説明をしながら二人を案内する。すでにメンバーはそこに揃っているはずである。ちゃんとメッセで連絡したし重要な話があるとも追記しておいたので、いくらなんでもいないとは思いたくない。
「ここだ。キリにはごめん。あんまりいい思い出はないだろうけど我慢してくれな」
「その事については大丈夫だ。俺は守れなかった事を背負って生きていく。そう決めたから」
ずいぶんと強くなったキリトを見つめる。どうやら強がりなどではなく本心から出た言葉のようだ。三人で皆が集まるリビングへ顔を出す。どうやらきちんと時間までに集まってくれていたようだった。
「どうしたんだ?いきなり集まってくれだなんて。キリトとアスナさんが一緒にいることと何か関係があったりするのか?」
ケイタが代表して問いかける。俺はそれに答えることなく素早く日本の文化である土下座をお見舞いする。
「どーも……すみませんでしたあッ!!」
「「「えええええ!?」」」
部屋にいたメンバーの声が重なる。キリトとアスナすらそうだった。まさか土下座までするとは二人も思ってなかったのだろう。口をポカーンと開いた状態で俺を見ていた。そして俺は誰かが口を開く前に状況を説明する。
「いや……実はですね…大変言いにくいのですが……クリスマスのイベントで協力してボスを倒したじゃないですか……その時のレアアイテム……使っちゃいました!!ごめんなさいッ!!」
「え!?それで!?」
「………いや、それでもなにもそれだけなんだけど……」
「んだよ!!びっくりさせんなよなー……重要な話があるとか言ってたからどんなもんかと思ってたら……それだけかよ。緊張して損したじゃねえか!!」
けっこう重要な話だと思うのだが周りは一気に気を抜いていた。どうやら深刻に考えていたのは俺だけだったようで、他のメンバーもなんとも思っていないようだった。顔を上げて理由を聞いて見ると「クゥが使ったってことは、多分一緒に来たキリトかアスナさんが目の前で死んだんだろ?それで使ったなら文句はねえよ。むしろ使わなかったら責めてたくらいだな」とのこと。
一応状況は詳しく聞かれたのでありのままを説明し、シリカに泣かれ、申し訳なく思ったところでお開きとなった。キリトとアスナは二人でどこかに行ってしまった。今日くらいは二人にしてやろうということで女三人衆を気合いで止めた。その夜のこと、俺はシリカに部屋へ呼ばれた。ノックをすると中から「どうぞ」と返事があったので扉を開けて部屋に入る。
「どうしたんだシリカ。こんな遅くに呼び出したりして」
「……なんであんな無茶したんですか……」
「それは説明しただろう?あの二人が危なかったんだ。ああするしか方法がなかった」
「……それでクゥさんが死んじゃったらどうするんですか……」
「……そん時はしょうがないよ。もともと俺はここにいない筈の人間だ。あの二人を守れて死ぬなら本望かな?」
「ふざけないでくださいッ!!!!」
静かなやり取りだったのだがシリカが急に怒鳴った。俺は訳がわからず疑問符を頭に浮かべるだけである。
「なんでそんな事言うんですか!?私といてくれるって嘘だったんですか!!約束したじゃないですか、元の世界に一緒に帰ろうって!!それなのに死んでも本望って……ねえ……あの時の言葉は嘘だったんですか……?」
シリカの声がどんどん小さくなり、最後には涙を流しながら俺に問いかけた。俺はそれに答えられないでいた。嘘じゃないと言うのは簡単だ。しかしシリカを納得させるだけの理由が言えない。思い付かないのだ。なのでシリカの言葉を黙って受け入れる他ないのである。シリカの涙を拭おうと手を伸ばしたがそれを拒絶される。俺の手が空中で止まり静かに下ろされる。その時俺は内心で酷く傷ついたのをはっきりと自覚した。同時にシリカへの想いが自分の中で予想以上に大きくなっていることにも気づき、泣いているシリカをそのままにしておけずにそっと近づく。
「……なんですか……あまりこっちに近寄らないでくださ……ッ!!」
言い終わる前にシリカの唇を自分のそれで塞ぐ。シリカは俺を押し戻そうとするが、筋力パラメータが俺より低いのでそれは出来ない。それでも抵抗を続けていたが、それもついになくなり俺に身を任せるようにもたれかかってきた。その行為は何秒だったかわからない。もしくは永遠にも感じられたような時間だった。触れるだけの口付け。倫理コードに触れる行為でありシリカのウィンドウにはそれが出ているはずである。それでも俺はこうしてここにいる。
「……クゥさん……それはズルいです……こんなことされたら……全部許しちゃうじゃないですか……」
「……工藤夏希……」
「……え?」
「工藤夏希。それが俺の名前だよ。俺はちゃんと現実に戻る。そしてお前を見つけてみせる。だから覚えておいてくれないか?」
「ふふっ……わかりました……夏希さん……ちゃんと私を見つけてくださいね?待ってますから……」
そう言って微笑むシリカは誰よりも輝いて見えた。そして思い出したようにこう言った。
「私の本当の名前は綾野珪子って言います。名前も知らないと探すのに時間がかかりそうですから……特別ですよ?」
「珪子ね……いい名前じゃん」
そう答えてもう一度シリカと唇を重ねる。その日の夜は月明かりが綺麗な夜だったことだけは覚えている。
次の日の夜、俺たちは本日の七十五層の攻略を終えて、ギルドホームへ帰ってきたところに客が訪れた。その人物はなんと先日に来たばかりのキリトとアスナの両名であった。なんの用かと思って問いただしたところ、しばらくは前線から離れて二十二層の小さな村で暮らすらしい。そしてついにキリトがプロポーズを決めたらしく、結婚もしたそうだ。
それを聞いた瞬間リビングには冷たい一陣の風が吹いた。それは主に女三人衆から吹き荒れていた。しかしそれも一瞬だけで一気にお祭り騒ぎとなったのだが、男三人は内心冷や汗が止まらない。二人が帰った時のことを考えると憂鬱になってきたが、それを吹き飛ばすように一緒に騒ぎ出す。しばらくそれが続き二人は二十二層の家に帰っていった。すると三人は不意に立ち上がった。俺たちはついに来るか!?という気分で身構えていたが、それぞれの部屋に戻っただけで拍子抜けしてしまった。そしてそれぞれの部屋からは、泣き声や壁ドンの音など色々聞こえてきたが、意識すると怖いのでその日は早めに休んだ。これから毎晩こんな怖い思いをしなきゃいけないのかと悩んだのだが、それは杞憂に終わった。女性陣は思いの外回復が早く、次の日にはリズ、三日後にはアルゴ、五日後にはサチがそれぞれ自分の仕事に戻っていった。
そして俺はサチが回復した次の日、結婚報告から六日後の朝、二人の新居を見に行くついでに二十二層の森に出るという噂の幽霊をハンティングしに行くことにした。七十五層はすでに半分以上マッピングされているので、一日くらいいいだろうということで前線組四人全員で向かう。二十二層は狭く、モンスターも出ない。のんびりと歩いて湖畔を辿っていると、遠目から見てもわかる綺麗な栗色の髪、俺たちの目的の一つ、アスナとキリトがいた。何故か肩車をして。こちらが手を振るとアスナも手を振り返してくれる。キリトは恥ずかしいのか顔を背けてしまっていた。
「なんであの二人は肩車なんてしてんだ」
「言い出したのはアスナさんだろうね」
「……仲良しですねー」
「マジ爆笑。記録結晶で撮影されてるとも知らずに……」
三人のまたかよという溜め息が聞こえたが知ったことじゃない。便利なズーム機能を使って二人を撮り続ける。そのまま二人に合流する寸前まで撮影を続けた。そして向こうはまさか俺たちとは知らずにいたようで、こちらを確認できると急いで降り、体裁を取り繕うように言い訳を始めたのだが、誰も聞いていない。分が悪いと思ったのかキリトは話題を変えた。
「それよりもだ!!なんで前線にいるはずのお前らがここにいるんだ?」
「噂の幽霊を捕獲しに来たのだよワトソン君」
「誰がワトソンだ……ということはクゥたちも目的は一緒か……どうだ、一緒に行かないか?」
せっかくの二人きりの時間なのに俺らを入れていいのか新郎さんよ。アスナをチラッと見ると特に何も思っていないようで、そんなんでいいのかよ新婦さんよとそれぞれに突っ込みを入れたかった。新婚さんから異が出ないのなら従うしかないじゃないか、ということで計六人で噂の幽霊を探す。
しばらく探索していると木々の間に白い布が見えた。そこをよく見てみると噂で聞いた幽霊と瓜二つの少女がいた。
「全員あそこに注目」
指を差して全員の視線をそちらに向ける。すると女性二人から「ひぃっ」と悲鳴が聞こえ、他の三人も表情が固くなっていた。幽霊――――ユイちゃん捕獲作戦は思いの外、ヘタレ勢が集まってしまったようだった。俺は五人を置き去りにして颯爽とユイの元へ走り出した。「ヒャッホー!!」と奇声を上げながら走ると一瞬だけビクッと反応してフラッと倒れそうになった。すんでのところで俺は倒れる前にユイを抱き止めた。どうやら気を失っているらしく起きる気配がない。後から来た五人に説明してキリトとアスナの新居で寝かせることにした。
「ここまで移動させられたってことはNPCの可能性はないな」
キリトの言葉に全員が頷く。NPCであれば抱き止めた瞬間にハラスメントのウィンドウが開き警告が流れる。それでも無視をして続けるとプログラムにより吹き飛ばされてしまう。それがないということはプレイヤーであるという可能性が一番高いのだ。仮にクエストの発現条件だとしても、ウィンドウが出てない時点でその線は捨てられている。相談の結果、目を覚ますまでここで面倒を見て、それから始まりの街で知り合いがいないか当たってみるそうだ。俺たちは攻略に戻って二人の分も進める事を約束する。
結局夜になっても目を覚まさず、俺たちはキリト夫婦の新居を後にした。俺は転移門まで見送りに来てくれたキリトに「気を付けろよ」と一言残してゲートをくぐった。