《平安》ステージの月光を背に自宅マンションだった五重の塔のような建物オブジェクトの天辺に立つ《ソレイユ・アンブッシュ》ことマリアは、テルヨシの言葉による攻撃によって精神的にかなり酷いダメージを受けたが、その真意を汲んでまだ少しだけ泣いた反動の嗚咽を抑えて口を開く。
「私は……テルとサアヤさんにもっと仲良くしてもらいたいよ。でも私がいたら手を握ったりとかもしないし……」
「…………おぅ……そうね……」
元々はマリアから本音を聞き出すための精神攻撃だったが、いざ本音を語られ始めると、なんだか自分のよそよそしさとか奥手な部分を突かれて意外なダメージを受ける。
それが事実だから痛いが、それがマリアにダイレクトに伝わってる事実の方が今は痛い。
「きっとサアヤさんももっとテルのこと『好き』って気持ちを出したいんだと思う。テルだって時々だけど私にやってくるセクハラみたいな『好き』って伝え方、サアヤさんにしたことない。それがテルらしくなくてヤダ」
「いやぁ、それはサアヤから殴る蹴るの暴力が飛んできそうで怖いんですが」
「私もいつも蹴ってるもん」
「そうですね……」
この1週間でほとんど一緒にいたこともなかった気がしなくもないが、そのわずかな時間でさえもマリアはテルヨシとサアヤのぎこちなさと恥じらいを見抜いて、それが自分がいるせいだと思ってしまっていたことがわかる。
間違ってはいないかもしれないが、テルヨシとサアヤが恋人らしいことをするぎこちなさや恥じらいは、その全てがそこにあるわけがない。むしろ割合からすれば1割とあるかどうかな小さな要因。
「…………確かにオレらしくなかったのかもな。マリアになら『大好きー!』って言いながらハグも出来るのに、サアヤにはどこか遠慮してた。それがマリアを困らせる原因になったなら……」
「そうだけど、そうじゃなくて。サアヤさんに本当にそうしてほしいわけじゃなくて、テルがサアヤさんのこと『好き』 て気持ちをもっともっとわかるようにしてほしいの。テルが人の目を気にするの、凄く嫌だから。それともサアヤさんが彼女さんに見られるの、イヤ?」
「そんなわけ……って、あー、そうよねぇ。なんだかんだでこの1週間で姫にも恵にも自慢話にさえしてなかったわ……彼氏としてどうなのよそれ……」
マリアから伝えられる本音はビシビシ、グサグサとテルヨシのことを貫通したりと大変に手厳しいものの、考えてみればサアヤと付き合うことになって、その事実を知る人はマリアを除いてもまだパドとユリとユニコ。それから可能性として黒雪姫くらいだ。
決して隠しておきたい関係ではないし、テルヨシ的には有頂天になってクラス中に言いふらすくらいの珍事を起こしても不思議はなかった。
それなのに現在でそうしたことになっていないのは、テルヨシが変に身構えて『サアヤに嫌われないようにしよう』と行動や言動を無意識で抑制してしまったから。
──それが果たして良かったのか。
否。マリアはそれが嫌だと言ってるのだ。
怒られるとわかっててもやる。呆れられるとわかっててもやる。空気読めな雰囲気の中でもあえてやる。嫌われるとわかってても、やるかもしれない。
それができるからこその皇照良なのだ。
「…………そっか。そういうオレだから、サアヤもオレのことを好きになってくれたのかもな」
「女の子に甘くて鼻の下伸ばしていつもヘラヘラしっぱなし。でも……」
知らず知らずに自分らしさを失っていたことに今さらながらに気づいてハッとさせられたテルヨシを見て、さらに言葉を重ねてくるマリアだったが、言い切るより前に突然、立っている場所からピョンッと飛び降りて地面へと真っ逆さま。
あまりに唐突な行動だったために反応が遅れたため、瞬時に《インパクト・ジャンプ》を使ってマリアの落下地点に移動。
微調整は出来ないので着地後に上を見てマリアを受け止めようとしたが、ギリギリで体勢が整わなくてほぼ仰向けだったテルヨシの腹の上にマリアがお尻から着弾。
──ぐっほぇええええ!!
言葉にならない奇声をあげてマリアのクッションとなったテルヨシは、かろうじて背中に《テイル・ウィップ》を噛ませてダイレクトアタックは避けたが、それでも女の子1人を受け止めた反動はダメージとなってHPゲージを残り半分まで減らす。
「お、お怪我はありませんか姫君……おぇ」
「おかげさまで」
マリアの全体重を乗せたヒップアタックで吐きそうなほどの衝撃に耐えながら、尻に敷くマリアにグーサインを出すと、マリアも無事なようでグーサインを返してから呑気に上を退いて立ち上がる。
「でも、使っちゃったね」
「えっ……あっ! なしで!」
「ダメだよ。約束は守らないと」
そして何故こんな自殺行為に及んだのかを口にしたマリアに、してやられたテルヨシはみっともなく懇願。
テルヨシは一方的な賭けを持ち込んだ際に自分は『必殺技を使わない』と公言していたため、高所からの落下をリカバリーする術がないマリアはそれをわかった上でテルヨシが何がなんでも助けてくれると踏んでいたのだ。
さすがのテルヨシも人を助ける時に賭けだ何だを考慮してる余裕はなかったので、完全にマリアにしてやられた形だが、反則負けは凄く締まりが悪い気もする。
「でも、こうやって自然と優しくできるテルが、私は大好きだよ」
「へっ? 今マリアから凄く泣きそうになる言葉が出たような……」
HP残量とかも意味ないなぁと腹を擦りながらに立ち上がったテルヨシは、その間にちょっと歩いて離れていくマリアの小さな呟きが微かに聞こえて、もう1度聞きたいからリピートの要求をしようとした。
しかしマリアは背中を向けて歩きながらに何故か銃弾を再装填して、5メートルほどの距離でクルッと振り返ってシャープネスを構えてみせる。
「テルもサアヤさんも大好きッ!!」
かなり不穏な挙動をするマリアだが、そんな構えを取りながらも意表を突くハートブレイクショットのせいでテルヨシは完全に有頂天になり、恥ずかしい告白を誤魔化すように直後に放たれた貫通弾がノーガードのテルヨシの眉間に突き刺さってクリティカル。
完璧なヘッドショットによってテルヨシのHPゲージは一気に吹き飛んで対戦は終了したのだった。
「…………ポイントを奪われ、心まで奪われてしまった」
「相手の隙は見逃すなってテルが言ってたんだよ」
対戦が終わって現実世界に戻って早々にガックリとうなだれたテルヨシに対して、ケーブルを外しながらドヤるマリアは大変に可愛い生物なのだが、こんな悪知恵をこの幼さで身に付けてしまっては今後が心配になったりならなかったりと複雑な心境になる。
これもユニコの入れ知恵に違いないと後日に抗議してやろうと考えつつ、テルヨシもケーブルを外して改めてマリアを見ると、そのマリアは喜びの笑顔からさっきよりも影はなくなったぎこちない笑顔に変えて、テルヨシのことをまっすぐに見る。
「ごめんなさい。私、テルにずっとお世話になってて、少しでもテルに迷惑をかけないようにって思って、それで……」
「迷惑なんてどんとこいなんだよ。変に良い子でいられるとオレも困っちゃう時があるし、もっとわがままになってくれ。というかニコたんとかミャアには結構わがまま言ってるのに、オレには甘えられないとは何事か」
「それはテルの日頃の行いのせいかも」
「にゃん、だと」
10歳の少女が考えるには大人すぎる気遣い。
それは一種の優しさでもあるが、今から磨くべき優しさではない。
いっぱい迷惑をかけて、怒られて。それを繰り返すことで少しずつ大人になっていくべきで、マリアはその怒られることをする以前の問題と言えた。
それが今回のことでわかったなら、テルヨシがそれ以上なにを言うこともなく、クスクスと笑うマリアの頭をポンポンと優しく触ることで終わりにするのだった。
「それで、賭けに勝ったマリアはどうするんだ?」
そして大事なこととしてさっきの対戦での勝者の特権。マリアが勝ったら好きにしていい。
それをどう使うのかを頭から手を離しながらに問いかけると、いつもの大好きな笑顔に戻ってハッキリと言ってくれる。
「お家に帰ろう。サアヤさんが待ってるもん」
「帰ったら2人で土下座しようか。『マジすんませんでしたっ!』って」
「フローリングにうつ伏せで貼りつくようなね」
「土下……寝?」
「フフッ。ベターッて」
言いたいことも言えて、もう少しわがままになってもいいとわかったマリアは、それならばもうチユリのところに泊まる必要はないので、結果としてテルヨシの思惑通りに解決。
帰ってからの最初にやることも決めてから、チユリのところにある荷物を取りに一旦マンションの方に戻っていったマリアだったが、3分と経たずに走って戻ってきて何事かと思った。
その理由はマリアが家に戻るだろうと踏んでいたチユリが密かにマリアの荷物を持って来てくれていて、わざわざ1階で待ち構えていてくれたから。
これにはテルヨシも頭が上がらなかったので、本人から別れ際に聞いたというお泊まりの話は近日中に実行に移す流れになって、2人で自宅マンションへと戻っていった。
「「マジすんませんでしたーッ!!」」
そして予定通りに家に戻って早々、マリアに抱きついて謝ろうとしたサアヤを制して、玄関すぐの廊下で2人して土下寝を披露すると、明らかにリアクションに困って頭から大量のはてなマークを浮かべるサアヤ。
「いや、その、謝るのはこっちだと思うんだけど……」
「いや違うし!」
「サアヤさん悪くないし!」
「ちょっと! 何で2人して口裏合わせてきてるのよ! 私にも謝らせてよ!」
「嫌だし!」
「悪いのは全部テルだし!」
「それはちょっと酷いし!」
何故か真面目なことだったはずなのに変な空気が場を満たしてしまい、サアヤが本当に困り顔をするのを見たテルヨシとマリアは、有無を言わせないごり押しで話を終わらせようとする。
そこでちゃっかり責任逃れをしようとしたマリアのズル賢さに戦慄しながらも、謝られていたサアヤが小さく笑ったのを見てちょっと安心する。
「私も悪かったでしょ。ごめんなさい」
それでもサアヤも自分が悪かったことをちゃんと謝って笑ってみせると、それでもういいかと顔を見合ったテルヨシとマリアは、追撃するように、仲直りと言わんばかりに急に目の前のサアヤへと飛び付いて押し倒し抱きついてしまう。
あまりに急だったから2人に抱きつかれて倒れるサアヤも思考停止状態に陥ったが、すぐに恥ずかしさが込み上げてきたのかテルヨシだけに乱暴が発動。
「ちょちょちょっ! 離れなさいよぉ!」
「いーやーだーねっ」
「ヤーダー」
「もう! 何なのよアンタ達は!」
「マリアがね、自分の目なんて気にしないでオレ達にイチャイチャラブラブして欲しいってさ」
「そこまで言ってないもんっ!」
ポカポカ頭を叩かれながらも離れようとしないテルヨシにマジで赤面が凄いことになっていたサアヤだったが、さっき聞いてきたマリアの本音をぶつけると叩く手も止まって「えっ?」と反応。
さすがにマリアもイチャイチャラブラブまでしろとは言ってなかったからすぐにツッコむが、そうしたマリアの本音を聞いたサアヤは、本当にそれでいいのかとマリアを見る。
「テルもサアヤさんももう少しだけ『好き』って気持ちをちゃんと出してください。私は幸せそうなテルとサアヤさんがもっともっと見たいから。だから私に遠慮しないで」
「マリア……マリアぁぁああ!!」
「うっ、ぐえぇぇええ!!」
それで誤解のあるテルヨシの言葉を訂正して改めて自分の言葉で本音を語ったマリアに感動したのか、さっき見せた悲しみの涙とは別の涙を滲ませたサアヤは、感極まって抱きついていたテルヨシを全力で横に蹴り飛ばしてマリアだけを受け入れて抱き締める。
これには理不尽さを感じずにはいられなかったテルヨシではあったが、マリアをこれでもかと強く抱き締めながらも喜びの涙を浮かべるサアヤを見てはツッコむことをはばかられて、サアヤが落ち着くまでその様子を笑顔で見守るのだった。
無事に問題が解決されたのは良かったが、思いのほか早くに戻ってきたおかげでまだ夕食の準備が出来ていなかったらしく、それならと3人でパッパと準備を進めて午後6時半頃にいざ夕食となる。
いつもならマリアの隣を奪い合うところだが、それも恥ずかしさを誤魔化す行動だったと自覚してしまえば、席は自然とテルヨシとサアヤが隣り合う形となり、まだ微妙な恥じらいのある2人を対面から見るマリアはニヤニヤが止まらない。
「2人とも可愛い」
「マリアに弄られる日が来ようとはな……」
「初めてマリアを怒りたいと思ったわよ……恥ずかしい……」
それを見て何やら言う2人の初々しい姿が面白いマリアは、ずっとニヤニヤしながら黙々と食べていて、非常に食べにくい状況の中でいつまでも恥ずかしがってはマリアが調子に乗ると理解していたテルヨシは、切り替えるように深呼吸をして隣のサアヤを見る。
するとサアヤも何故かテルヨシを見てきてバッチリと目が合うと、あぅあぅと不思議な声を出したサアヤは、それでも意を決してテルヨシのおかずに箸をつけてその口元へと運んでくる。
「ほら、開けなさいよ」
「突然だね……」
「本当は昨日もやってみようかなとは思ってたけど、結局できなかったから。だから、ハイ」
その行動自体にはすぐに理解が及んだわけだが、なんか鬼気迫る感じもあったので若干引きつつも、念願の食べさせてもらう行為をサアヤからしてくれたのだから受け入れないわけもなく、差し出されたおかずをひと口でぱくり。
味はもちろんながら、好きな人に食べさせてもらうのは格別に喜びが大きい。
これはいいものだなぁ、と思いながら咀嚼を終えてみると、サアヤが何か言いたげな顔をしていたので、お返しをしなきゃかと思い至り、サアヤのおかずを摘まみ口元へと持っていくと、何故か色っぽく髪を耳の後ろに運ぶ手つきをしながらに食べたサアヤは、美味しそうに、そして嬉しそうに咀嚼してみせた。
思いの外、2人してその行為は好きになれそうだったものの、改めてその一部始終を見ていたマリアを同時に見てみると、バッチリ目撃しておきながら、吹けもしない口笛を吹きながら顔を赤くしてそっぽを向いていた。
さすがに見せつけるような行為はマリアでも直視するのは恥ずかしかったようだが、そうするようにと言ったそばからのこの反応にはテルヨシとサアヤも「おいおい」とツッコミたくなる。
しかしそうはせずに顔を合わせてニヤリと笑ったテルヨシとサアヤは、さっきまでの恥ずかしさはどこへやらで席を立ってマリアの椅子に強引に座りサンドすると、マリアのおかずを揃って摘まんでその口元へと持っていく。
「「はい、あーん」」
「や、やめてよー!」
完全なる仕返しの形になったが、こうしている時でも3人に確かな笑顔があるのは、今日で今までの関係が変化したからに他ならない。
きっとこれからも何か問題は起きてしまうし、その度に喧嘩みたいなこともしてしまうだろう。
それでも本音でぶつかる意味を知った今なら、解決していけるはずだ。
「オレも入る!」
「ヘンタイ」
「マジないわー」
それでも解決できない問題があったが、まぁ仕方ないことで話し合いの余地すらないこと。
夕食後は自然な流れでお風呂となったが、今なら3人で仲良くなんて甘い考えをしたテルヨシに対して、超がつくほどの真顔で拒絶を示したマリアとサアヤは、覗きすら許さないといった謎のオーラを纏って洗面室へと消えていく。
1人リビングに残されたテルヨシは、1度はソファーでしくしくと泣いていたが、浴室からわずかに聞こえてくる2人のキャッキャとした声だけでも楽しもうと、かつてない集中力で耳を澄ませたのだった。
テルヨシがそんなことをしてまで楽しんでいたことなど知る由もない2人がお風呂から上がって、1人寂しくお風呂に入ってから、今度こそはと上がって早々に「一緒に寝ようぜイェイ!」とかそんなテンションで行こうとしてリビングに入ってみたら、2人が部屋から布団を運んで並べてくれていて、スペース的に2つしか並んではいないが、マリアがまだ小さいのでくっつけば問題はなさそう。
「まっ、一緒に寝ようって感じのは来るだろうから、それくらいならってね」
「テルがわがまま過ぎだよね」
「いやったぁぁああ!! 両手に花で寝れるけど寝つけないかもしれないー!!」
「テルを挟んで寝るとかないわー」
「私、サアヤさんとくっついて寝たいもん」
「…………」
単純なテルヨシの思考を先読みして準備してくれたのはいいが、歓喜に湧くテルヨシのサアヤとマリアのサンドイッチ状態で寝るという願望は叶えてくれそうになく、何かされるのではといった恐怖を表現するように布団の上で抱き合った2人は「何かしたらどうなるかわからないわよ」と目で訴えてくる。
そんなわけでテルヨシの夢の両手に花は叶わなかったが、いざ寝てみたらテルヨシとサアヤの間にマリアが収まって、テルヨシの腕枕でサアヤが寝て、サアヤの腕枕でマリアが寝るといった形ができ、結構な密着具合だったので最初は寝苦しかったが、それよりも3人で仲良く寝られている事実が嬉しかったからか、すぐにマリアが寝息を立ててしまった。
「ありがとね、テル」
「ん? 何が?」
必然的に顔を向け合って寝るテルヨシとサアヤは、マリアが寝たことを確認してからそんな会話をするが、何に対しての感謝かハッキリしなかったのでその辺を尋ねてみると、優しい笑顔を向けてくるサアヤは、空いていた手を自分の手と絡めて口を開く。
「今回、私じゃどうしていいかわからなかったから。だからテルが任せてって言ってくれて、その……ちょっとだけ頼もしかった、かな」
「お礼を言うのはオレの方だよ。オレとマリアのことを大切に思ってくれてありがと。大好きだよ」
「あ……その……私も……その……」
最初に口を開いたのはサアヤだったが、こういった話でハッキリと物事を言えてしまうテルヨシのペースに呑まれたサアヤは、優しく笑うテルヨシにもごもごとしてから、落ち着くように息を吐いて切り替えて、改めてテルヨシを見て口を開く。
「私も、大好きよ、テル」