アクセル・ワールド~蒼き閃光Ⅱ~   作:ダブルマジック

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Acceleration Second25

 ──やばいやばいやばいやばい!

 非常に精神的に不安定な状態で《無制限中立フィールド》で死亡し、物言えぬ浮遊霊となったテルヨシは、全く頭の整理ができないままかれこれ15分ほど思考がとっ散らかっていた。

 急速なレベルアップによる他のハイランカー達との小さくも決定的な実力の差を埋めるべく、自らを追い込みながら極限の緊張感を持って挑める修行として《帝城》の西門を守護する四神《ビャッコ》との無謀な攻防を《無限EK》にならない位置取りでしていた。

 のだが、数回の攻防の後に急にビャッコがその挙動を即死させるものから変えて、テルヨシを西門へと意図的に近づける攻撃をしてきて、現在テルヨシは500mある大橋の半ばほどで死亡してしまっている。

 かつて南門の《スザク》でも同じくらいの位置で死亡し無限EKに近い状態に陥った。

 あの時は蘇生からわずかながらも1歩は後退することができたので、バーストポイントに余裕があれば代償は大きいが脱出することはできた。

 しかしだ。今回は事情が全く違う。

 

 突然に訪れた無限EKの危機に取り乱しまくって、これ以上ないほどに混乱して逆に落ち着いてきたところで、蘇生まで残り30分ほどとなり、ようやく順を追って状況を整理してこの後はどうするべきかを決定する。

 まずはビャッコの行動の変化についてを考えると、たった数回の対峙でこちらの意図を読んで安全圏にいたテルヨシを大橋の奥へと引き寄せてきた。

 これだけでも恐ろしい事態だが、驚くべきはそうした考えに至れる高度すぎるAIと、回避優先で動いていたテルヨシをわずかでも攻撃の意思を持たせて前のめりになるように誘導してきた策略。

 もはやそれは人と変わらない確固たる感情と思考力を有している証明に他ならないが、問題はそれほどの思考と行動の自由を持って次の蘇生で何をしてくるのかわからないことだ。

 最悪なのは、こちらがどうすることもできずにさらに西門へと近づける攻撃をしてきてビャッコの祭壇の目の前で死亡すること。

 そうなればわずかに残された無限EK脱出の望みが完全に断たれてしまう。

 いや、そうなってもまだわずかながらに可能性があることはある、かもしれない。

 その可能性は先週に起きたハルユキと謡の2人の帝城への侵入。

 後に聞いた話によれば、四方門の扉には四神を倒さなければ開かない封印が施されているが、その封印を内側から《トリリード・テトラオキサイド》が破壊してくれているらしいのだ。

 1度開いて閉じれば封印は復活してしまうようだが、ビャッコの守る西門を突破したバーストリンカーがいなければ。たとえ封印が復活していても、定期的に封印を壊してくれているなら、大橋を抜けるよりも扉を開けて帝城に侵入した方が無駄死にだけは避けられるかもしれない。

 もちろん、その後は帝城の中のエネミーに惨殺される可能性があるが、ハルユキ達の話では安置は確実に存在するので、それまで切断セーフティーが働くのをひたすらに待つのも手だ。

 ──うーん、ないな。

 と、最悪に対する回避策を練ってはみたが、テルヨシが切断セーフティーを設定したのは現実時間で50分後。

 まだこちらでも6時間程度。つまりは現実時間で20秒くらいしか経っていない計算だ。

 現実世界での50分は加速世界では約1ヶ月にもなるため、それだけの期間を呆然と帝城内で過ごすのは精神衛生上よろしくない。というよりも発狂する。

 今の状況も大して変わらない気もするが、それならビャッコの無限EKからの脱出のために頭を使っている方がよっぽど気が楽なのは、マシ程度。

 

 そうこう考えていたら蘇生まで残り3分を切ってしまい、蘇生後にやる最優先はまず、これ以上ビャッコに西門へと近づける攻撃をさせない、または食らわないこと。

 させないというのはほぼ不可能なので、全力の回避に動くのが得策だが、あの高度なAI相手に簡単ではないのはもうわかった。それでも1歩ずつでも西門から遠ざからなくては詰みだ。死ぬ気でやるしかない。

 そうして覚悟を決めて蘇生を迎えて、それとほぼ同時に出現したビャッコが開幕から踏み潰さんとその前足を振り下ろしてきたのを全力の横っ飛びで外側に躱してみるが、大橋に突き刺さった前足の衝撃波で意図せぬ着地を迫られてしまい、仰向けで大橋に転がったところへ反対の前足がドゴーン! 無事に1歩も後退できずに死亡する。

 進展なしとはまさにこの事。

 せめて後ろに全力回避していれば後退できたものを、何故に横っ飛びしたのか自分でも謎だが、回避の方向すらもビャッコにコントロールされているとしたら後退も容易ではないかもしれない。

 なんとかして1歩ずつでも後退を。

 そうした思考に陥ったテルヨシの牛歩戦術は、いつの間にか本来の目的を忘れるほどの焦りとなって現れ、ここから実に21回ほどは西門から1歩ずつ後退する状況が続き、思考が単純化していっていた。

 一撃食らう前に1歩でも後退する。

 それは確かに大事なことではあるが、テルヨシがこの西門へとやって来た真の目的はその『一撃をもらわない見切り』を身に付けることに他ならない。

 だから今の状況で『一撃もらう前提』のこの牛歩戦術は明らかに目的に反している愚行。

 始めから避ける気もない、後退しか考えていないこの行為が果たして何に繋がるのか。何に活きるというのか。

 それを考え始めたのは、実に33回目のビャッコによる即死攻撃を受けた蘇生待機時間のことだった。

 すでにビャッコに殺されて1日以上が経過してしまっていたが、ずっと後退ばかりを考えてビャッコの動きに反応することを放棄していた自分を振り返って恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。

 もちろん、西門へと近づける攻撃への注意は忘れていなかったが、それとこれとは話が違ってくる。

 意識の違い。一言で表すならばそんな感じだが、その気持ちひとつで変わるものは確実にあるのだ。

 

 逃げの回避と攻めの回避。

 それは同じ回避でも動きがまるで違ってくるもの。

 ある種の開き直りにはなるが、切断セーフティーのおかげで全損はしないテルヨシは、無限EKは甘んじて受ける覚悟を決めて33回目の蘇生をする1分前から極限集中モードに移行し、好き勝手にやってくれたビャッコに一撃入れるために最小限の回避からカウンター攻撃に転じようとする。

 

「……さぁ来いよビャッコ」

 

 そんな言葉が出た時には、すでに蘇生を終えてビャッコも出現してその前足を叩きつけてくる瞬間ではあった。

 だがテルヨシとてこの攻撃はもう20回以上もされているのだから、今さら恐怖で足がすくんだりはせず、2回目の攻防の際に行なった《テイル・ウィップ》を前足の爪の1つに巻きつけて体を逃がすように後ろから浮かせてビャッコの叩きつけられた前足に着地。

 前はここでバランスを崩してやられたが、今度はそうならないように硬い爪の上に綺麗に足を付いて、間髪入れずに横凪ぎに振るわれた逆の前足に対してもテイル・ウィップを爪に巻きつけて、体を前足の範囲の外に逃がして空振りさせ、爪に引っ付いたまま今度は空振りした前足の上に着地する。

 ここまで為す術なく即死してきたテルヨシの急な粘りにビャッコがわずかに反応が遅れた一瞬の隙。ただのエネミーなら機械的に処理できたであろう人間的な隙を縫うように前足を駆けたテルヨシは、そこから一気にビャッコの顔面へと全力の蹴りをお見舞いしてやる。

 とはいえビャッコの顔も大きいので一番当てやすい鼻っ面にということになったが、まがいなりにもテルヨシのポテンシャルでかなりの比重を占める足技はビャッコにも多少は効いたらしく、今まで聞いたことのない声を上げて、直後にその牙で噛み砕いてこようとしたところを鼻っ面を踏み台にバックジャンプして辛くも回避して大橋の上に着地。

 

「へっ、どうだ……よっ!?」

 

 これだけの攻防で相当な精神力を消耗したテルヨシがようやく出来た反撃にドヤッた瞬間。

 まさに有無を言わせぬ無慈悲な前足の一撃がテルヨシに振り下ろされてペシャンコに。

 しかしこれがもたらした結果は大いなる収穫だった。

 ビャッコに一撃を入れることに重点を置いたにもかかわらず、テルヨシが死亡した位置は先ほど蘇生した位置よりも5mほども後ろになったのだ。

 これがスザク相手だったなら到底無理な所業だったのは言うまでもなく、本当に物理特化のビャッコ相手で良かったと思いながら、あまりにも消耗が激しい精神力を回復するためにすぐに思考を停止して感覚的に寝るような体制を取って休息に努める。

 

 34回目の蘇生。

 比較的お調子者なテルヨシではあるが、置かれた状況は依然として最悪の1歩手前なのは変わりないため、ギリギリ寝過ごさないタイミングで意識を覚醒させ集中力を高めて挑んだ攻防。

 ビャッコもやはり高度なAIを持つエネミーで、単調な攻撃は反撃の隙を与えると踏んだのか、即死はないだろうが反撃の隙を与えない振りの小さい素早い連撃でテルヨシを攻め立ててくる。

 しかしテルヨシの集中力はその攻撃への対応も早く、感覚的にその攻撃が即死しないと判断して、本当に紙一重の回避で爪に掠ってあえてダメージを受けることで必殺技ゲージをチャージ。

 掠るとはいえ相手はビャッコ。そのダメージはたったの一撃で3割近くも削られてしまい、3発は耐えられないかもしれないほどのダメージをギリギリ2発に留めて、必殺技ゲージを8割チャージすることに成功する。

 徐々にビャッコに対して慣れが出始めたものの、テルヨシの集中力だって休息を交えても1日維持するだけで大変なのだから、その負担となる無限EKに近い状態からは脱しておきたい。

 

「《インパクト・ジャンプ》!!」

 

 だからこそ2度目があるかどうかわからないチャンスを逃す手はなく、すかさず溜まったゲージを消費して後方に大きくバックジャンプして距離を稼ぎ、40m地点で着地して追走してくるビャッコに注意しながらゲージの許す2回、同じジャンプをして合計120m大橋を後退することに成功し、さらに追いついてきたビャッコの攻撃を1度だけ全力回避してそこでまた死亡。

 ここまでを合計するとおよそ150mは後退できたことになり、残り100mほどで大橋を抜けられるところまで来て、浮遊霊状態でも橋の終わりが見えたので、次のビャッコの出方には細心の注意を払いながら残りの精神力を振り絞るつもりで、とにかく1度ビャッコのテリトリーから抜けてしまおうと考える。

 もちろん言うほど簡単なわけはないし、残り100mと気を緩めれば、またいつ大橋の奥へと引き込まれるかわかったものではない。

 どんな隙も見逃さない集中力と判断力と行動力。これらが揃って初めてビャッコと対峙できると考えれば、その消耗が激しいのは当然だが、この極限状態でなければ引き上げることはできなかった今のコンディションは、テルヨシ的には悪くないと感じている。

 恐怖しかなかったビャッコからのプレッシャーにもいくらか胆力がついたし、確実に動きが良くなっている自分に楽しさや喜びといった感情が芽生え始めているのも自覚してきた。

 ──やっぱオレってバカなのかもな。

 浮遊霊状態で休みながらに、この状況を楽しみ始めてる自分が相当なバカであると笑い、気を引き締めなきゃと思えば思うほど頭は『次はどうやってしのいでやろう』と思考してしまっているのだ。

 そんな思考の変化が実際に影響しないわけもなく、35回目の蘇生ではそのせいで集中力を欠き、心と体のバランスが崩れた隙を突かれて1歩も動くことなく即死。

 あまりに呆気ない死に方だったからか、テルヨシを倒したビャッコも「急にどうしたんだ?」といった雰囲気で踵を返して消えてしまい、どんな状況も楽しもうとする心は大事だが、それに対して体がまだ追いついていかないのをしっかりと理解して、楽しもうとする心を落ち着かせる作業に待機時間を消費。

 次の蘇生でも呆気なく死亡してしまうが、その時にはもう思考の切り替えも完全に完了して、まずは残り100mをどうにかしようとここまでの攻防を頭で反復させて、その射程と威力などを寸分の狂いもなく把握していった。

 

 アビリティのレベルアップ以外での取得方法の条件には『逆境』という状況が必ず立ちはだかる。

 かつてテルヨシはその逆境を2度も打ち破って《スイッチ・アーマメント》と《インスタント・ステップ》の2つのアビリティ取得に成功している。

 その逆境を作った自らの《親》である《レイズン・モビール》は、決してそうした意図があって『1日100回の直結対戦』などという馬鹿げた特訓をやったわけではないだろうが、大きな壁を目の前にした時に立ち向かう力をテルヨシは才能と呼べるレベルで持ち合わせていた。

 その後に訪れた黒雪姫との対戦の日々でも、バイトと対戦の両立でも、現実でのトラウマとの向き合いでも、テルヨシはその歩みを止めることなく乗り越えてきた。

 アビリティ取得に逆境が必要ではあるが、それは別にアビリティに限ったことではない。

 人が成長するために必要な壁もまた、逆境などといった自分にとって苦しい状態に陥ることが必要なこともあるのだ。

 それだけを聞いてことごとく乗り越えてきたテルヨシはなんだかM属性の逆境好きみたいに思えてしまうが、逆境の中で笑えてしまうテルヨシが異常なのは誰が見ても明らかではあるはず。

 

 振るわれる一撃一撃が必殺のビャッコの猛攻。

 数を重ねる毎にそのパターンに法則性を見出だせなくなる高度なAIが繰り出す攻撃の1つ1つが襲いかかってくる度にその顔を変えてくる。

 およそ攻略などと呼べるパターンを持たないビャッコに対してテルヨシはすでに238回目の敗北に喫して、すでに死亡した回数すら累計ダイブ時間で計算しないとわからなくなってきたが、それだけの回数を死んでいくと見えてくるものもある。

 すでに無限EKからは脱して、再び最初に位置取っていた大橋の入り口付近で戦闘を継続していたテルヨシだが、その間に2度もまた引き戻される攻撃で100mほど引き込まれたりとあった。

 その度に心が折れかけたが、自分の未熟さから来る状況に鞭を打って奮い立たせてようやく今の位置を100時間ほど維持している。

 そして驚くべきはその1度の戦闘継続時間。

 まだまだバラつきは半端なく、平均してみれば微々たるものだが、最長の継続時間では53秒を叩き出していた。

 その最たる要因は、かすかに芽生え始めたテルヨシの観察眼の覚醒。

 別にシステム的な表示が増えたとかそんなわけではないが、ビャッコの攻撃を数多く受けていくうちにテルヨシにはその攻撃に含まれる『殺傷力』や『予測ダメージ』が感覚的にわかるようになったのだ。

 そのおかげで完全に躱すべき攻撃と紙一重で受けて必殺技ゲージを溜める攻撃を選択することができ、その溜めた必殺技ゲージをここぞのタイミングでだけ使える判断力が磨かれていった。

 それらが完全にガッチリ噛み合った時のテルヨシは、わずかながらにビャッコ相手に余裕ができ、その顔はあり得ないほど笑っていた。

 

 そして大橋を出て近くの建物オブジェクトの上で12時間にも及ぶ爆睡から起きて挑んだ756回目の攻防。

 現実時間ではすでに45分以上が経過していることになるが、加速世界ではそろそろ30日が経とうかという馬鹿げた日々をほぼ対戦と休息だけで過ごしたテルヨシは、これほどの期間を加速世界で過ごしてから改めてフーコやカタフ達との差が小さくもとてつもないものであったことを自覚。

 これだけでもテルヨシには長いと感じたのに、フーコ達はこれ以上の時間を加速世界で過ごしてきたのだ。そりゃ簡単に埋まる差なわけがない。故に荒療治は必須だったのだ。

 

「これでラストだビャッコ。最後くらい花を持たせてくれよな」

 

 残りの時間はまだあるが、1ヶ月もぶっ続けで戦い続けたテルヨシの精神力の方が先に尽きそうで、それは睡眠を経ても大差なくなったことから、この辺りが引き際と見て最後と決め大橋へと侵入。

 ビャッコの方もここまで懲りずに挑んでくるテルヨシに怒りすら湧かなくなったようで、100回目くらいまでは時折だがその怒りを言葉にしてきていたが、すでに無限EKにもよほどの隙がなければ陥らせることもできなくなって、心なしかそのプレッシャーに『早く帰れ』といった意思が込められているような、そんな気がした。

 ──これで最後だから付き合ってくれ。

 そんな思いと一緒に迎撃に構えたテルヨシに、ビャッコはこれまで防御があまりされていなかった大咆哮による衝撃波を初撃に繰り出してきて、これで後退しないことがわかってるから接近しながらのもの。

 対してテルヨシは踏ん張って堪えるだけでダメージまで発生する衝撃波をテイル・ウィップをとぐろ巻きにして前方へとかざして楯のようにして防御に使い直撃を避けて堪えることに成功。

 しかしこれの弊害は前方を守ることによる視界不良。

 衝撃波が収まってテイル・ウィップを退かした時にはすでにビャッコが目前まで迫ってその剛爪をテルヨシへと放っていて、地面に叩きつけていた軌道よりもやや袈裟に飛んできたそれを即死攻撃と判断して迷いなく前進して接近していたビャッコとの距離を一気に詰めて懐に入ることでギリギリ回避。

 だがそれはビャッコが体を沈めてしまえば死の行き止まりになる悪手。

  即死に次ぐ即死のコンボに誘い込まれては意味はないが、ここにも活路を見出だしていたテルヨシは、ビャッコがその体を沈める前に足を止めることなく駆け抜けてビャッコの下を潜り、最後にスライディングをすることで下敷きにならずに抜けることに成功する。

 それで潰せなかったのはビャッコもわかっているので、すぐに立ち上がって振り返り居場所を確認しようとしてくるが、そのビャッコの動きに合わせて同じ方向に回り込んで発見をわずかに遅らせ、完全に対面する前にその後ろ足に蹴りをお見舞いして必殺技ゲージを微量チャージ。

 大橋の縁を背にビャッコと対面し、この状況で真っ先に動いたビャッコの攻撃は大橋の奥へと誘う横凪ぎの前足。

 この位置ならほぼ間違いなくそうするだろうなと予測していたテルヨシはある種の信頼を以てその攻撃をしてくることだけを前提に攻撃の瞬間に動き出し、振るわれた前足の一撃をテイル・ウィップも使った大ジャンプで跳んで躱して、その際にテイル・ウィップのみを前足に叩かせて空中であり得ないほど横に吹っ飛ぶ。

 が、その勢いを利用して加速するところでインスタント・ステップで軌道を修正しビャッコに向かう力へと変えて顔面を強襲。

 鼻っ面の上部分を捉えて炸裂した蹴りに少しだけ怯んだビャッコをすかさず踏み台にして前方宙返りして背中に乗れば、ビャッコもその背中から落とそうと前足を持ち上げて大橋から奈落の谷底へと飛ばそうとする。

 

「50……51……52……」

 

 それでもテルヨシは恐ろしいほどに冷静にビャッコとの交戦からのタイムカウントを刻みながら、インスタント・ステップで吹き飛ぶのを防いでビャッコの背中と挟まり、そのまま滑り降りて大橋に着地すると、また後ろ足に蹴りをお見舞いしてからバックステップで大橋の入り口へと下がる。

 

「……59……60」

 

 1分。自分がいつからか定めた時間を生き延びたテルヨシが未だ大橋に足を踏み入れている。

 にもかかわらず、ビャッコはさっきまでの攻勢を収めてテルヨシを威嚇しながらもしっかりと見て、いつぶりかの口を開いてくる。

 

 ──小さき者よ。次に我の前に現れた時は、その命が尽きるまでこの牙で噛み砕こうぞ。

 

「──おう。次来る時はお前を倒してその門を潜る時だ。覚悟しておけよ」

 

 まるでテルヨシの思考を読んだようにこの攻防が最後とわかっていたビャッコは、そんな返事を聞いてから容赦なくその牙を立ててテルヨシを襲ってきたが、そんなビャッコに拳を向けて感謝の意を示しながら大きくバックステップして大橋から出れば、ビャッコもテリトリーから出たテルヨシを追撃することなくその身を翻して煙のように消えていった。

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