「…………ズルい!」
「ズルくはないだろうが……」
《無制限中立フィールド》での《ビャッコ》との1ヶ月に渡る戦闘を経て現実に戻ってきたテルヨシは、精神的疲労が限界突破していたこともあってそれから泥のように眠りに就いて、翌朝は目覚ましでも起きられず珍しくマリアに起こされて朝食まで作らせるという失態を犯したのも1時間ほど前。
マリアとしては珍しいことが起きて面白かったとか楽しんでたようなので良かったのだが、今後はこんなことが起きないようにと誓って登校して、教室で挨拶がてら黒雪姫と話していたところで問題が発生。
「ふんだっ。どうせオレの介入がされない時間を見計らってそういうことしてるんだろ。仲間外れ良くない」
「……お前の都合に合わせていたら完全にタイミングを逃すだろうが。恨むならそのバイトのシフトにした自分を恨めバカ者」
挨拶もほどほどで黒雪姫から切り出された話は、今日の夜にハルユキ宅でカレーパーティーを開催するといったことで、参加者がネガビュの全メンバーにユニコとパド。あとは現在進行形で謡とその話をしていようマリアだと言われ、そんな男女比が酷い集まりにバランスを保つためにも自分は必要だろうと参加を表明したいところだった。
しかしながら時間は午後6時から7時くらいとなるとテルヨシは完全にバイトをしていて残念極まりない。
せめて事前に教えてくれていれば、とも思うが、このカレーパーティーが決まったのが昨日のことでは、如何にテルヨシと言えどバイトに都合がつくわけもなく、こんな時に限ってギリギリシフトが終わるパドのラッキーには恨めしい感情が。
そもそも何故そんな豪華な面子を集めてカレーパーティーなどといったことになったのか。
それは昨日に行われた《七王会議》の議題に上がっていたメタトロン攻略に関して、ハルユキが《理論鏡面》アビリティ発現の可能性を示されて、成功するかどうかはさておいてもまずはチャレンジしてみようってことで話が上がったらしい。
今のネガビュには残念ながら光線系の攻撃ができる人がいないため、半端な威力の光線でもあれだからとユニコに声をかけたところ、協力する代わりにカレーをご馳走しろといった流れがあったんだとか。
カレーならばオレの至高のカレーを振る舞おう!
とも言えたような言えないようなテルヨシではあるが、参加できないものはできないので机に突っ伏してふて寝を決め込むと、故意ではないが仲間外れにしたことには変わりない黒雪姫も申し訳なさは出てきたか、次の催しは事前に知らせると約束してご機嫌取りで事なきを得るのだった。
「それはそれとして、昨日は良い対戦をしたようだな」
「ん? ああ、カタフのか。負けたけどね」
「ン、まぁ仕方あるまい。あれは私もレベル9になる前に3度ほど戦ったが、勝ち越せてはいない。初見であれに勝つには情報戦で完勝していなければ無理に近いからな」
次に唐突ではあるが昨日のカタフとの対戦についてを掘り下げてきた黒雪姫は、おそらくまだ対戦の内容自体は把握していないのだろう物言いで、やはり主戦場が離れていたこともあって黒雪姫もカタフとは対戦経験自体が少ないことを述べてくる。
しかしレベル9になる前とはいえ、黒雪姫に勝ち越しているとは恐るべしといったところで、それ相手に善戦したのを本当に称賛してくれているのがわかる。
「今やったら勝てる?」
「無論だ。やつの前でグラフのやつが自慢の双剣を失って呆然とした記憶は今も色褪せることなく鮮明に残っているが、あれの敵討ちに駆り出された私まで返り討ちにされた屈辱は今も忘れん。次に刃を交えることがあれば、戦績をイーブンにしてやる」
「グラフ……ねぇ」
HRまで時間も迫ってきて、クラスメートもそろそろ本格的に集まり出す時間になってきたので、ブレイン・バーストの話をするのもここまでかというタイミング。
テルヨシも話を締めるための質問をしたのだが、その返しで出てきたグラフ。《グラファイト・エッジ》の名前を聞いてふと、昨日のことを思い出してしまう。
「なぁ、今ってそのグラフは無制限中立フィールドでは《ゲンブ》のところで封印されてるのは間違いないんだよな?」
「あれが自力で抜け出すようなことをしないとも限らんが、そのままの状態ならば間違いはないだろう。それがどうした?」
「あ、いや、そこはどうでもいいっちゃいいんだが、そのグラフは今、どこで何をしてんのかなって」
「…………知らん。あの作戦の後から1度たりとも応答がない。知っているならこっちが聞きたいくらいだ」
実は昨日のカタフとの対戦の際、マッチングリストを一番下まで確認した都合で、必然的に中2戦域にいたバーストリンカーは全員ざっと眺めたことになり、ことさら下の方のハイランカーの名前は今も鮮明に覚えているし、レベル8ともなれば忘れる方が無理というもの。
だからこそ見間違いはなかったし、テルヨシもカタフとの対戦後に1度だけ加速し直してマッチングリストを見たのだが、そこにはもうその名前はなかった。
「たぶん、スターターのオレしか知らないことかもしれないけど、昨日の対戦、たぶんそのグラフが観戦してたっぽいよ?」
「……なに?」
「いやぁ、カタフがレベル8になってたから、そこに並んでた名前にグラファイト・エッジってあって、どうしたもんかなぁとはその時に思ったんだけど……」
と、テルヨシが事後報告気味にグラフの目撃情報を提供すると、さすがの黒雪姫も予想外だったからか珍しく思考停止したように固まってから、何か考える仕草をして盛大なため息を吐き、自分を落ち着ける行為に及ぶ。
「…………あれがすることにいちいち反応していては身が持たんのは昔からか。だがそうしてまで観戦したからには目的らしきものはあったのかもしれんな。大方、モビールの《子》であるお前への興味か、カタフが負ける姿を見に来たかだろう」
「そんなもんなんじゃないの? まぁでも良かったじゃん。名前だけとはいえ、ちゃんと生存確認は取れたわけだし」
「フフッ。そうだな。これで再会した時に色々と言及してやれるだろう。放課後のリプレイカードではやつの姿が映っていないかも確認してやるとしよう」
何やら黒雪姫の反応からして余計なことを言った気がしないでもないテルヨシだったが、まぁ悪いのはグラフだしなと納得して忘れることにして、ちょうど恵が登校してきたことで話は終了し日常へと戻っていった。
昨夜の荒療治もあって微妙に疲れが取れていなかったテルヨシが、1ヶ月後に控えた期末テストのことなど微塵も考えずに半ばほど寝て過ごした学校もいつの間にか終わり、これから黒雪姫達がキャッキャウフフなカレーパーティーをやることを知りながらバイトに向かう足は若干だが重い。
「んじゃ行くかパド」
「K」
「むー!」
その足で辿り着いたバイト先でさえ、2時間後にはパドがシフト上がりとなり、そのパド待ちだったユニコまで待ってましたとばかりに居座っていた席を立って店の奥に引っ込んでいってしまい、それを傍目にむくれるしかできないもどかしさは半端ではなかった。
そのテルヨシを煽るように着替えてきたパドのバイクにタンデムして股がったユニコは、出発の間際に「お前の分も美味しくいただいてくるぜヒャッホー!」とか言い残してガレージを出ていき、その様子を提げていたエプロンを噛むことで悔しさを現して見送るのだった。んぎー!
悔しさは100倍くらいだがバイトはやらないといけないので、店長が雷を落とす前に仕事に戻ったテルヨシは、午後6時になるこの時間帯になると夕食を考えた人達が多く、イートインコーナーが空いてくるのを知っていたので、ぼちぼち閉店に向けて動く頃と動き方がそっちに比重を置くようになる。
が、本当にたまにだがこの空く時間帯を狙ってイートインコーナーを利用しようという悪知恵を働かせるお客もいて、この日はその悪知恵を働かせた客が賑やかに大所帯で来店してきた。
「やっほーテルルンッ! 来てやったぜ!」
「何でそんなに偉そうなんだ……」
「だって胡桃ちゃん、私達はお客様だよ?」
「だからといって横暴な振る舞いが許されるわけじゃないだろ……」
2週間ぶりくらいになるその来客は、祝優子がリーダーのような立ち位置のグループ。
今日はいつもの胡桃、ちあき、リーリャもいたが、
「こういうとこはアタシにゃ合わねーんだけどなぁ」
「ヨミも一応は今どき女子なんだし、たまにはキャワキャワなケーキを食べたってバチは当たんないって!」
「そうですわ。イノアさんの言う通り、せっかくのお誘いなんですから楽しまないと。ほら、リークさんもいらして」
「俺もこういうところは苦手なんだが……」
テルヨシが初見の新たな4人の男女も後から続いて店に入ってきて、何やら俗に言う不良っぽい風貌の女子高生に、ファッションにこだわりがありそうな快活なゴスロリ女子。超清楚系のお嬢様を思わせる少女。高校生かも怪しいグラサンにハットを被った男。
なんというかグループとしては謎すぎる集まりの来店にレジに立っていた店員が目を点にしていたので、名指しもされたことだからとテルヨシが表に出ていって一応は騒ぐのは厳禁だと注意してから、イートインコーナーを使う旨を聞いてから席に案内し、8人の大所帯だから割と占拠に近い具合に落ち着く。
まぁそうなるだろうことを予想してこの時間帯に来たのだと豪語する優子のドヤ顔の気遣いには感謝を表面上でしておきつつ、初来店でそわそわしてるヨミと呼ばれた不良女子やリークなどと呼ばれた男にはちゃんとした対応をしておく。
「初来店の方はホオリ……優子さんなどから勧められた物をご注文される方が迷わないでよろしいかと。あとは様子見としてご注文はされずにお友達とシェアするといった具合でも」
「テルルンが丁寧語とか久しぶりに聞いたわぁ。優子さんとかこそばゆいし」
なんか失礼なことを言われてる気もするが、胡桃に脳天チョップを食らわされたのを確認してとりあえず無視し反応をうかがうと、やはり店員パワーが働いたのか、注文しなくてもいいというワードに便乗しようとする。
「えー、どうせシェアするならみんな違うもの注文して食べたーい!」
が、それをキャンセルしてイノアと呼ばれていたゴスロリ女子が粋な提案を挙手と共にしてくれる。
店的にはそっちの方が売上が出るのでラッキーなのだが、こういう商売で目の前の利益を優先すると成功しないとも言うので、客が定着する選択をしたいところなのだが、しかし今はイノアの提案がどうなるかを見守ることしかできない。
「それさんせーい! 8人いるから8種類の味が楽しめるしね!」
「ああ。私もここのものは全て美味しいと思っているから、たくさんの味を1度に楽しめるのは魅力的だ」
「わたしも、それが、いい!」
「リ、リーリャと千明様がいいのでしたらわたくしも」
「せっかくみんなで集まったんだし、私も異論はないかな」
どう転ぶかなぁと沈黙したテルヨシを他所に盛り上がる優子パーティーは、優子を皮切りにちあき、リーリャ、清楚系お嬢様、胡桃と賛成に回り、残ったヨミとリークにみんなの視線が注がれて、それで1度は流れを変えようと口を開きかけたが、優子達の期待の眼差しには勝てなかったのか、観念したように「しゃーねーな!」とヨミが折れる。
そうなれば1人残されたリークも「多数決なら仕方ない」と渋々っぽくはあるが、ちゃんと納得した上で満場一致となった。
そこからは早いもので、8種類の厳選は主に優子とちあきが担当し好き嫌いも加味して5分もしないうちに決定。
注文を聞いてから店の奥に引っ込んでから、学年も学校も違うだろうに仲の良さそうな優子達を見て、本当に何の共通項で知り合った集まりなのかと疑問に思うが、優子達がバーストリンカーであることを知っているテルヨシにはなんとなくその答えはわかってしまう。
おそらくはあの4人もまたバーストリンカーであり、リアルでも知り合ってもいいと思えたからこそ、こうして集まって時間を共有しているのだ。
ああやってバーストリンカーの輪が広がっていくのはテルヨシとしても嬉しいことで、最近の自分の周りでもリアル割れがずいぶんと発生してしまったが、それが良かったと思えている身としては、今の優子達の姿が凄く微笑ましく思えたのだった。
結局は食いしん坊のちあきが夕食も兼ねてということで追加注文して、優子と
帰ったら自分の分だけの夕食を作って食べるのかぁ、と寂しい気持ちで自宅に辿り着くと、先にハルユキの家から帰ってきていたマリアが出迎えてくれて、その顔が何故か笑っているので何かしらと首をかしげる。
「倉嶋さんがね、参加させてあげられなかったからせめてって」
「せめて?」
そんなテルヨシの手を引いてリビングに招いたマリアは、テルヨシの帰宅時間を完全に把握した上で今日のカレーパーティーでわざわざ残してくれた分を貰って温め直してくれたらしく、湯気が立っている状態のものがテーブルに置かれていた。
「黒雪姫さんもニコさんもね、すまんって伝えてくれって」
「べ、別にこんなことされても……嬉しくなんてないんだからね!」
「男の人がやるツンデレはなんかイヤ」
「セリフ回しが女の子だったからな。仕方ない。んじゃありがたくいただくかな」
テルヨシとしては今日のはもう仕方ないと割り切れていただけに、無駄にブーブー言ったのが気を遣わせたかなと反省しつつも、こうなった以上はありがたくいただくのがよかろうとマリアにも少しだけ分けてあげて夕食とする。
「じゃがいも、小さくない?」
「それたぶん、黒雪姫さんがやったやつ。ピーラーでずっとしゃっしゃやって小さくしてた」
「あー、そういや調理実習で配膳とかしかやってるところを見たことが……」
味をどうこう言う権利はないのだが、やはり家事全般をこなしている身としてはネガビュの合作カレーの品評はしてやらねばと思い、普通に美味しいのは良かった。
というかカレーを不味く作れる人間もそうはいないかと食べ進めると、全体的に均一性のない具材でひときわ小さいじゃがいもがスプーンに乗ってきて、それに対してのマリアの回答で納得。
一人暮らしをしてるくせに炊事を全くしない黒雪姫は、今までの調理実習でずっと恵の影に隠れていいように使われるだけで、包丁すらまともに持ったところを見たことがなかった。
そんなのがいたら調理も大変だったのではなかろうかと、あれを上手く使っていた恵を尊敬しつつその辺を聞いてみると、主導はチユリとフーコがしていたから大事には至らなかったらしい。
「それで、ハルユキ君のアビリティ取得は上手くいきそう?」
「んー、今日のでは無理そうだったけど、みんな色々と考えてまた試してみるって」
「ニコたんの光線技ってあの主砲のだけだったはずだから、酷い絵面が何度も再生されたんだろうね……」
「2、3秒で蒸発して1時間で蘇生してまた蒸発してって10回やったけど、みんな途中からエネミー狩りを始めたから、私もそっちに参加してた」
「10回かぁ」
10時間も見てるのはさすがに辛いよなぁ。とその光景を思い浮かべながらにある意味で参加しなくても良かったかもと思いつつ、昨夜の自分はその70倍以上は死んでたなぁとその死亡数に戦慄する。
あのビャッコ相手に750回以上もソロで挑んだのはおそらくテルヨシが最初で最後だろうが、あれに比べればスパルタと評判のフーコや黒雪姫がいて10回で切り上げたのはぬるいのではと思わなくもない。
「まぁアビリティのレベルアップ以外での習得は並大抵の努力じゃ無理だしね。荒療治はもっと切羽詰まってからでもいいかも」
「あ、アビリティで思い出した。今日のエネミー狩りでわかったことがあったの」
ただ、どんなアプローチをすれば望みのアビリティを取得できるかなんてのは誰にもわかるわけもないので、ポイントを無駄に減らす行為を続けなかったのはスパルタとは別に英断と言えるはず。
明日は自分なりに考えた何かをハルユキに伝えてみようかなと考え始めたところで、アビリティの話をしていたからマリアが話そうと思っていたことを思い出して口を開く。
「私のアビリティ《インキュベーション》って、通常対戦では見つかるまでガイドカーソルが出ない効果だよね」
「そうね。厄介よね」
「でもそれってガイドカーソルが出ない無制限中立フィールドでは意味のないアビリティってことになるよね?」
「そうなるね。残念ね」
「私もそう思ってたんだけど、今日のエネミー狩りが少人数だったからフーコさんとうーちゃんが気づいてくれて、無制限中立フィールドだと別の効果があるってわかったの」
「アビリティ名から逸脱しない効果ってなると、潜伏だから……エネミーのヘイト関連だったり?」
「おお、凄い」
何やら嬉しそうに話すマリアが壮絶に可愛かったので、テルヨシもうんうん頷きながら笑顔で聞いていると、なかなか真面目な話だったのでちょっと真剣に思考して推測を語ってみると、どうやら当たりだったらしくて驚かれる。
といってもアビリティ名があれなだけに予測の幅がなかっただけだが、意外な発見に気づいてくれたフーコと謡には後日、ちゃんとお礼を言っておこうと頭の片隅に置く。
「フーコさんとうーちゃんの予測だと、私の攻撃で増えるヘイトが、他の人よりも5分の1くらいしか増えないんだって。だから私だけ極端に狙われなかった」
「そりゃ凄いな。単純に考えてマリアが5発当てる間に他の人がそれを上回る攻撃をすれば、ずっとマリアは狙われないってことよ? 遠隔としては有り難すぎる効果よね」
「うーちゃんも『羨ましいのです』って言ってた。でもフーコさんは『守り甲斐があまりなくてガッカリです』って言っててごめんなさいしてきた」
「それでもオレはマリアを全力で守りますけどね!」
しかもその効果は思っていた以上に優秀で、ヘイトコントロールはエネミー狩りでは肝になってくるが、マリアはパーティーの人数が増えれば増えるだけ狙われにくくなるアビリティを持っていることになる。
これは前線でヘイトを集めるタイプのフーコは確かにヘイトに気を遣わなくても勝手に守れてしまう部分はあるので気持ち的には共感できるが、そんなことは関係なく《親》であるテルヨシはどんなことが起きようとマリアは守ってやると言葉にして抱きつきにいき、案の定で返り討ちの蹴りを食らったテルヨシはリビングの床に沈むことになったのだった。