6月25日、火曜日。
今日はバイト先にサアヤとユリが顔を出してくれると今朝メールをくれていたので、マリアも飼育委員の仕事が終わったら直行すると言って登校していっていた。
もちろんサアヤとユリが顔を出すのは何もテルヨシに会いたいから、なんて可愛い理由ではなく、ユニコも交えて話すことがあるからなのだとか。
テルヨシは言ってしまえばついでもいいところで、バイトの休憩を利用してちょっと話せれば儲けものレベルの扱いだ。
それでもサアヤとユリに会えるのはテルヨシ的にそれだけでテンションが上がるイベントに近いので、特に扱いについて気にすることもなく、放課後となってすぐにバイトに向かうため席を立ち下校しようとした。
「はいストーップ!」
「うぎゃっ!」
特に今日は今すぐにでも学校から出たかったから出せる最速を叩き出そうと教室の扉を開けようとしたら、それよりも早く外から開け放たれた扉からはとても元気な女子生徒とその仲間2人が道を塞いで立ちはだかり、キラッキラした目でホロキーボードに手を置いて録音機能までオンにした表示が見える。
「梅郷リアルタイムズから逃げられると思わないでよね、テールくんっ」
「くっそぅ……やっぱり今日バラすんじゃなかった……」
テルヨシは遅れれば間違いなくこうなるだろうことは確信していたからこそ急いでいたのだが、目の前の新聞部から逃げるにはもうバイトを遅刻すると言い張るしかない。
しかしだ。この同級生でもある新聞部部長は新聞部にかける情熱が凄く、捏造などはしないことで有名だが、ここで逃げて後日の記事に『皇照良の彼女は自慢できないほど微妙な子なのか!?』とかなんとか書かれても文句が言えなくなってしまうし、そうなったら正直に話さなければサアヤにも悪い。
そもそもこうして新聞部が放課後に突撃取材に来たのは、今日の昼休みの終わり頃に何気なく黒雪姫と恵とで話をしていたら、文化祭まであと5日になったので、3枚配布されている招待券で誰を誘うのかが話題になり、すでに3枚とも配布が決まっていたテルヨシがその人物達を挙げていったことでサアヤのことが発覚。
そういえばまだクラスにも言ってなかったことを思い出したのだが、その事実にクラスがざわつく事態が発生し、しかし昼休みも終わるところだったから質問はお預けとなり、授業と授業の間の休みにはクラスの生徒が取り囲んでしまったために、別のクラスの新聞部は放課後に回らざるを得なかったのだ。
「テルくんに彼女ができたなんて驚きだけど、やっぱり梅郷中で話題性のある生徒の記事は注目度が違うしねぇ。だからお願いっ」
「……バイトあるから校門まで歩きながらで頼むよ。写真の提供はしてやらないがな」
「それは文化祭まで取っておきますとも。来るのがわかっていればこっちも対策できますからなぁ。フッフッフッ」
「あんまり問い詰めたりしないでくれよ。他校の子だし、梅郷中の評判を落としたりは新聞部も本望じゃないっしょ?」
「オッケーオッケー。私を信じなさいな。それじゃあ早速だけど彼女さんとの馴れ初めから詳しく!」
そうして出遅れたのも相まって押しが強い新聞部にはどうせ取材をさせられるなら早い方がいいかと開き直って、道を開けてくれた新聞部と一緒に校門へと向かうがてらにあれこれと飛んでくる質問にしっかりと答えてあげる。
しかしテルヨシが恥じらいもなく割と堂々と話すからか、恋愛スクープとしては照れるテルヨシもスクショしたかったようだったが、ネタにされる身としては全て新聞部の思い通りになるのは面白くない。
だから努めて平静で自慢気に話すことで惚気話を強調してお腹一杯にしてやり、向こうから「もういいよ」と言わせるつもりでいたのだが、さすがに入学から取材を続けてきた猛者。
テルヨシの照れ顔をゲットできずともしっかりと校門前まで取材を続けて、明日にでもローカルネットの掲示板にアップすると豪語して校舎へと戻っていった。
これはサアヤにも注意喚起しておこうと新聞部の評価を改めたところで校門を目前にし、止まることなく潜り抜けようとする。
「……わっ!」
「おおぅ」
そのタイミングでちょうど校門から入ってくる子達がテルヨシとぶつかりそうになり、テルヨシが咄嗟に受け止めてあげれば、校門をノータッチで通過できる生徒と教師以外の存在などほぼいないので、それがマリアと謡であることはすぐにわかり、ぶつかってきたマリアとその後ろでお辞儀してきた謡に笑顔で対応。
「うーちゃん、今日もご苦労様。マリアは元気なのはいいけど前はよく見なきゃな」
「うん。テルは今日はのんびりだね」
「ちょっと新聞部の取材を受けながらだったからな」
そうやってマリアと話している間にふと、謡の方をうかがうと、話す前から何やら考えていた謡が何かを決めたような表情をしてから、少し苦しそうにしながらも肉声で話せないその口を動かしてあるコマンドを発声。
その動き方でなんと言ったかはすぐにわかったが、まさかと思うよりも早くテルヨシの頭にバシィィイイ!! という加速音が響き、その意識は加速世界へと誘われていった。
──うるさい。
そんな感想がまず最初に出てしまうほどにはうるさいフィールドに《レガッタ・テイル》として降り立ったテルヨシは、視界に表示された【FIGHT!!】の炎文字が消えるや否やその目を空へと向ける。
太陽の光さえも届かない厚い黒雲と、その中でくすぶるようにゴロゴロという音を鳴らして、上空で何か動こうものなら容赦なくそこに落ちる雷がフィールドを支配する《轟雷》ステージ。
近くの建物オブジェクトよりも上の高度に達すればたちまち落雷の餌食となるため、屋上に陣取るのすらビクビクなフィールドでは必然的に地上戦が強いられ、ミサイルなどもナパームといった放物線を描くタイプは高さ制限に引っ掛かり大変らしい。
「んで、対戦者にされたわけで……」
そうしたことをまぁ慣れでやってから、この対戦に対戦者として入ったことをようやく受け入れて視界上の表示を見れば、対戦相手の表示は《Ardor Maiden[Level7]》。
アーダー・メイデンは今の今まで目の前にいた謡のデュエルアバターの名前であり、要するに挑戦してきたのはその謡ということ。
どういう意図があって対戦を挑んできたのかは不明だが、無意味なことはしない子だとは思うので近距離からのスタートだからとガイドカーソルの示す方向を見ると、ちょうど校門から校舎にかけての途中の道の真ん中に位置がズレたらしい謡が視線が合ったのを確認してペコリとお辞儀をしてくる。
「テルお兄さんはこれからアルバイトですのに、突然の乱入をして申し訳ないのです」
「……ん?」
なんとも可愛らしい、歳相応の謡の声に頬が緩みかけたテルヨシだったが、どう考えてもおかしいことにすぐに気づいて離れた位置にいる謡を凝視。
──発声したのだ。
失語症を患っているはずの謡が何故ここでは発声ができるのか。
ここでの会話が現実でするのと明確にどう違うのかはテルヨシにはわからないが、話せるということは失語症の及ばない何かが作用して話せるのだと思うので、まじまじ見られて何やら恥ずかしそうにする謡の可愛さにまた悶えかける。
「うーちゃんはここだとちゃんと話せるの」
「そういうことは教えてくれてもいいんじゃないかな、マリア」
しかしそれを止めるように横にいたマリアが指でツンツンして存在を知らせながらに伝え忘れていたと言わんばかりのことを今さら報告。
それには完全に同意だったからか、こちらも可愛く頭をコツンと小突いて「ごめんなさい」と謝るので、怒っていたわけでもなかったからすぐにその頭をなでなでしてから、時間も進んでいるから再び謡へと向き直る。
「オレを引き留めたからには、うーちゃん的に何かご用事があるんだよね。テルお兄さんが何でも答えてあげるよ」
「そう言っていただけるとありがたいのです。実は……」
と、30分しかないからさっそく本題に入ろうとした謡だったのだが、その前に急なこの対戦にギャラリーとして巻き込まれた方々が姿を現して謡の口を止めてしまう。
「何の気まぐれだテル。バイト前にういういに挑むなどバカなのか?」
「何故にオレが挑んだのが前提なんだ。逆パターンの可能性も考えてくれないか」
「えっ? じゃあこの対戦は四埜宮さんが?」
「サッちんも有田さんも早とちりなのですよ。今回は不躾ながら私がテルお兄さんをお引き留めしたのです」
ギャラリーは当然ながらこの梅郷中学校に在校している黒雪姫、ハルユキ、タクム、チユリ。ネガビュの4人だが、現れて早々にテルヨシが仕掛けた対戦だと勘繰ってきた黒雪姫にはちょっと苦笑気味に否定し、同じように思っていたハルユキも驚きの声をあげた。
そこにはすぐに謡本人からの訂正が入って、黒雪姫もハルユキも雰囲気だけで「ごめん」と謝って、タクムとチユリが「決めつけるのは良くない」とそれぞれがらしい言葉で言ってひと笑い取ると、それではどうしてと仕切り直した黒雪姫が謡に発言を促す。
「では改めて話すのです。本当は先週までにはやっておこうとしたのですが、フーねえが来たりで色々と調子が崩されてしまったので、今日になってしまいました」
「なるほど。噂のテルお兄さんの彼女が誰かについてか」
「……違うのです」
真面目な話なのは雰囲気でわかってはいたのだが、重苦しいのは苦手なテルヨシはそうなる可能性が少しでも減るようにと冗談で割り込んだら、困惑気味の否定が入ってから黒雪姫らから「黙っていろ」とツッコまれてしゅんとする。
その様子に謡がくすりとしてから、そこまで深刻な話ではなさそうな雰囲気になって明るい感じの声色で話を続けた。
「テルお兄さんのお噂はたくさんお聞きしていましたが、こうしてリアルでもお知り合いになっても、まだ私はテルお兄さんの実力をこの目で拝見したことがありません」
「あー、そういやそうね。というかオレもうーちゃんのアバターをちゃんと見るの初めてだわ」
そうした前置きがあって出てきた話は、互いにまだ加速世界での関わりが皆無であるという事実。
確かに先週には謡を無限EKから救い出すために作戦に参加はしたが、その時も謡の出現より先にテルヨシは無限EKもどきになってしまって対面とはならなかったし、そのあとの作戦には参加さえさせてもらえなかったから、このような事態になったのは色々と込み入った事があったせいでもある。
なのでテルヨシも改めて目の前の謡のデュエルアバター、アーダー・メイデンを観察。そうしてみると謡のデュエルアバターがかなり異質であることを今さらながらに感じる。
アバターを構成する色。上半身は混じり気の一切ない白色で、腕には下部に長く垂れるシールドがあり、頭は現実の謡のように額を前髪状の黒い装甲が覆い、後頭部からは細いスタビライザーが長く伸びる。
緋色に輝くアイレンズも綺麗だが、そのアイレンズと同じ色の下半身は、腰から足元まで広がるように覆うアーマースカート。
あまりにも鮮やかなツートンカラーはテルヨシも初めて見たが、その出で立ちを表現するにピッタリな言葉を選択するならば、巫女装束。
そうとしか見えない謡のデュエルアバターがアーダー。《劫火》が示す色を備えていながら、特色の白までをも有しているのには謡の心の傷が関係しているのだろうが、その傷を知る由もないテルヨシはただ謡のデュエルアバターを純粋に綺麗だと思うのだった。
「あの……テルお兄さん。そんなに見られると恥ずかしいのです」
「ん、おお、ごめんね。それでこうして対面はできたわけだけど、話はそれで終わるわけないよね?」
「お話が早くて助かるのです。本当はサッちんが近くに乱入して見せると言っていたのですが、やはりこういうことは自らの身で体験するのがバーストリンカーらしいと思ったのです」
時間にして言えば5秒程度の観察だったはずだが、やはり女の子は視線に鋭いのか、またもじもじとしてしまったので謝りつつ、本題がテルヨシの実力を見ること。また謡の実力を見せることにあるとわかったので、快く了承の意を示せば、ギャラリーもレベル7と8の対戦をほぼ独占して見られるとあってノリノリで集合して観戦モードに移行。
「テルお兄さんはこれからアルバイトですから、疲れが出てはあれですし、決着は少しシンプルにしましょう」
「最後までやっても余裕よ?」
「そうは言っても私は気にしてしまうのです。なのでクリーンヒットを1発、先に当てた方の勝ちということでよろしいですか?」
「まぁうーちゃんがそれで納得するなら文句はないよ」
ギャラリーも離れたので始めようかと互いに距離を取る前に、とてもとてもお優しい謡から、このあとに少しでも疲労を残さないための提案がされて、優しいが故にこの提案を呑まないと気にしちゃいそうだから、テルヨシもそういう方向で納得して距離を取り、そうなると戦い方も少し特殊なものになっちゃうかなと思考。
謡のデュエルアバターはその色から推測すれば遠隔の赤が主体。
現に距離を取ってからその左手に弓型の強化外装を呼び出して持ち、開幕から射ってくる気が満々の気配を纏う。
放つべき矢が見当たらないが、それは弓を引くことで装填されるものだと予測がつくので、マリアのように連射が難しそうなことは想像して接近は相手の手をいくらか見てからにしようと決め、まずは回避を優先。
「スタートがやりにくかろうから私が合図を出そうか?」
「サンキュー、姫」
「ありがとうなのです、サッちん」
どのみち射程距離の差はあるので、接近戦オンリーのテルヨシは遠隔相手には先手も打てないため回避に動くしかないが、こっちが一方的にスタートしてしまえばある意味で先手になるかなと思ったところに黒雪姫のナイスな気遣いが割ってきたので、内心ではずっこけつつ感謝の言葉を述べてから、互いに集中力を高めて開始の合図を待つ。
「では、始め!」
──ビュワッ!
電光石火とはこのこと。
黒雪姫の開始の合図とほぼ同時に弓を構えて引き、テルヨシに狙いを定めて矢を射つまでにかけた謡の所要時間は、わずか2秒。
驚くべき所作の早さにビックリ仰天だが、驚いて固まっていては良い的なので、2秒も止まってるアホはいませんとばかりに難なく躱してみせたテルヨシは、次弾の装填も早いことを確認しながら、こちらの動きを先読みした謡の狙い撃ちの精度も確認。
さすが旧ネガビュの幹部だっただけあって、現実ではマリアと同い年ながら経験値では圧倒的な差があるようで、こちらの接近を阻止しつつ動きを制限・誘導するような射撃でジワリジワリと追い詰めようという意思が感じ取れる。
さらにテルヨシへと狙いをつけながらも、外れた矢が無駄にならないようにちゃんと破壊できるオブジェクトに当てて必殺技ゲージを溜める器用で効率的なことまでやるので、テルヨシもそれに倣って回避と同時に壊せそうなオブジェクトを蹴り砕いて必殺技ゲージを溜める。
「なんだかフーねえを相手にしてるみたいなのです……」
まだまだ小手調べの段階だと思うのだが、本気で当てようとする意思はひしひしと伝わっていたので不思議ではない。
だが不動のまま射ち続けていた謡はテルヨシの『余裕がありすぎるくらいの回避』になんとも言えないやりづらさを感じたのか、攻撃を続けながらボソッとそんなことを呟いて苦言。
同じ近接型のアバターとしては尊敬しているフーコに似てると言われるのは喜ばしいことではあるが、その変化にはギャラリーの黒雪姫も気づいたようで、テルヨシを凝視するような挙動が見て取れた。
「おいテル。たった2日で何をしたのだ?」
そして対戦中にも関わらず、中断させるように言葉を発した黒雪姫によって、テルヨシも謡も一旦その動きを止めざるを得なくなり、水を差されたテルヨシは文句も交えつつ会話に応じてやる。
「対戦中に割り込まなきゃなんない質問なわけ? 何かしたって言われたらしたわけだけどさ」
「文化祭もあるから今週は対戦を控えようと決めたのは私だが、明らかにお前の動きが違う」
「どう違うのさ」
「気持ち悪いくらいに無駄がない。故にテルらしくないとさえ思えている」
「ディスってるのか褒めてるのか微妙なのやめてくれる?」
それによると今のテルヨシは2日前。カタフとの対戦までとはその動きに明らかな違いがあるようで、テルヨシは割といつも通りのつもりだったが、言われてみれば謡の攻撃に対して常に心に余裕を持って対応していた気もする。
それは単に謡が小手調べをしているからと思っていたが、実はそうではなかったようで、黒雪姫の発言のあとに謡も口を開いてその肌で感じたことを言ってくる。
「私は本気で当てるつもりで狙っていたのですが、テルお兄さんがあまりに余裕を持って避けられるので、ちょっとムキになりかけてたのです」
「マジで? そうなるとあれもあながち間違いじゃなかったのか……」
どうやら謡としては小手調べのつもりもそれほどなく、最初からほぼ全開で狙ってきていたようなのだが、どうしても連射性能では銃型の強化外装などよりも劣る都合で、次弾の発射までのタイムラグがあり、テルヨシにはもう単発での攻撃を脅威に感じることがあまりなくなっているようだった。
それはひとえに一昨日の夜に実行した《ビャッコ》とのアホな戦闘の繰り返しによる成果と言えるのだろうが、考えてみればあれ以降でこれが初の対人戦であったことから、テルヨシ自身がその変化に気づかないのも無理はなかったのだ。
そうした指摘を受けてから、自分がどの程度のステップアップができたかを感覚的に理解できたテルヨシは、実感として出てきた手応えに笑みがこぼれ、早く続きをやろうと構えると、謡もやる気に満ちたテルヨシの覇気というかそんなものを感じ取って再び弓を構えて対戦を再開。
もはや自分の速射ではテルヨシを意図して崩すのが難しいと判断した謡は、躊躇することなくここまでに溜めた必殺技ゲージを使って必殺技を発動してくる。
「《フレイム・トーレンツ》!」
轟雷ステージだとわかっているはずの謡がそうした発声をしながらその弓をテルヨシの頭上へと向けてつがえた矢を山なりに放つので、矢はすぐに落雷の餌食になってしまうのではと思いつつその軌道を目で追ってしまう。
その矢は軌道上の頂点に達したところで案の定、黒雲からは落雷の予兆が見えて無駄撃ちに終わってしまうのではと思った瞬間。
矢は赤い光を放って球体へと変化し、その場に留まったかと思われた直後にババババババッ!
いくつもの火矢となってテルヨシの頭上から降り注いで襲い掛かってきたのだった。