「目は口ほどにものを言う」
文化祭におけるテルヨシの講演はまさかのライブ配信まであるというサプライズもあったが、体育館に入れずにいた人も観れるならいいかと軽く流して、時間も限られているしとサクッと始める。
スケジュールなどには堅苦しく『心理学講演』とか書かれてしまったのが唯一の不満点──しかしそうとしか書きようがないし仕方ない──だったため、始まりは明るくいこうと決めていたから、結果としてライブ配信のサプライズは良い機会をもらえた。
「本日お越しの生徒のお父様や彼氏などなど、男性なら1度くらいは女性の謎の鋭さにビクリとした経験はありませんか? 逆に女性の方々は旦那様や彼氏の怪しい雰囲気をなんとなくでもわかったりしたりしませんか?」
そんな感じで緩い雰囲気も出しつつ始まった講演の冒頭で、まずは会場の興味を惹き付けるためそうした切り出しで周囲を観察してみると、言葉こそ返ってこないものの、心当たりがある人は親を中心に多そうな印象。
それも人生経験あればこそなので当たり前の結果だが、会場でザワザワしてくる前に反応を見るのをやめて話を再開。
「それもそのはず。女性は元来、男性よりも細かく見る力に長けているからです。例えばこれ。何気ない生徒の仲良さそうなワンショットでも、男性と女性では視覚から得ている情報量に大きく差が出てきます」
いきなり難しい言葉を使って会場との距離を開くのは興味を失うことにも繋がるため、日常での体験を踏まえた上でそれに理由があることを教えてグッと引き寄せる。
それを説明するためにまずスクリーンに映したのは、あらかじめ用意していた修学旅行での写真の1枚。
そこには仲良さそうな黒雪姫と恵のお土産選びをする沖縄でのひと幕が写されていたが、ちゃんと使用許可も出てるし2人から文句は飛んでこない。
「この写真、大多数の男性は写真全体、或いはメインの生徒2人をぼんやりと見てしまいますが、女性の場合はこの生徒が身に付けている服や装飾、周囲の気になるものなどといった細かい部分を見る傾向が強いのです。あ、うんうん頷きをいただきました。ありがとうね」
そしてその写真を見ながらにテルヨシの説明を聞いた会場では、両親などは互いに「そうなのか」と顔を見合って確認していたり、生徒の中でも確認の声が小さく出てくる。
これで講演への興味はだいぶ上がったかなと掴みに成功したと考えたテルヨシは、説明を踏まえた上で今回の冒頭に戻る。
「では実際に対面している時に全体を見てしまう男性とパーツを見る女性で、どう違ってくるか。最初の諺にある通り、目というのは時に言葉以上に何かを相手に伝えてしまうことがあります。今回はその目についての心理学を皆様にかいつまんでお話ししますのでよろしく」
まだ講演が始まったとも言えないタイミングながら、割と舞台慣れして饒舌なテルヨシが意外だったのか、前列にいたサアヤがちょっとビックリした表情で呆然としていた。
そのサアヤに目配せのウィンクをしてちょっと気持ちを和らげてから、テンションも上げて口を開く。
「冒頭での例え話ですが、おそらく大多数の女性はその人の目を見て意識的にしろ無意識的にしろ何かしらの判断材料にしていることと思います。では実際に心理学と目がどう関連しているかを話してみましょう。まずは隣同士でもいいのですが、誰かの目を見てみてください。この講演が始まってまだ少しですが、瞳孔が開いている方はいませんか? 通常、瞳孔というのは明るさによって大きさが変わり、明るいところでは小さくなり、暗いところでは大きくなります。これは瞳孔が光を集める役割をしているためですが、しかしそれ以外でも瞳孔が動くことが心理学でも証明されていて、暗いところ以外で瞳孔が開いている場合は目の前の何かしらのものに興味を示している。つまり今、瞳孔が開いている方は私の話に少なからず興味を抱いてくれているか、或いは別の何かに興味津々なのです」
スクリーンの関係上、ステージの近くだけ照明は切っているが、全体的には全然明るいので、テルヨシの言う瞳孔の話はすぐにみんなが確認でき、ザワザワする会場の声の中には瞳孔の開いていない人もいたようだが、それも仕方ないこと。
「皆さんに覚えてもらいたいのは、彼氏彼女、気になる人と話をしてる時、この瞳孔がどうなっているかを観察することで自分への興味の有無を確認することができること。瞳孔に変化がないようならバッサリと話題を切って別の話をし、興味のある話にシフトさせるといいでしょう。暗いところでやっても意味ないですからねー」
万人に興味を持ってもらう話というのはこの世に存在しないと断言できるし、そういう人を少なくするための話術はそこそこあるつもりだ。
逐一で客の反応をうかがいながらどんな話し方をするべきかを考えて口を開くテルヨシは珍しく賢く見えたりするのか、サアヤ達の見る目が感心を含む色を帯びているのがわかり、緩い雰囲気は保ったまま講演は次の段階へと進む。
「さて、瞳孔と心理学についての結びつきはご理解できたと思いますが、目にはまだ心理学で分析できることがあります。それは目の動き。大抵の人は無意識で動かすので自覚もないかと思いますが、物事を考える時にこの目の動きはある種の法則を持っているのです」
瞳孔に関しては最も理解しやすいだろう事柄を挙げて、客の心理学に対する認識のハードルを下げる役目を担っていた。
ここで「心理学も結構わかるものだな」と思わせることで吸収率を上げておき、その上でちょっと話を難しくすると話についてこられる人も増える。
そういった算段もありつつで始めた目の動きについては言葉だけではなかなか堅苦しいことが出てくるので、スクリーンをテルヨシのニューロリンカーのカメラとのリンクに切り替えて、壇上に乗り気そうな女子生徒の1人を上げて目の前に立ってスクリーンに顔を映させてもらう。
カメラを動かせない都合でテルヨシの首が不自然に動かせない挙動はギャグ要素があったが、ひと笑いで収まってから話を進める。
「ではこれから私がいくつか質問をするので、素直に答えてください。即答でなくても問題ないので、必ず返答をくださいね」
テルヨシの確認事項にコクコクと頷いた女子生徒はこれから実験台にされるというのに何やら楽しそうで不思議だが、女性は好奇心が強い傾向にあるので、自分がどう分析されるのか気になるのだろうか。
どうあれこういったことに協力的な人間は必要だったから助かると思いつつ、客には女子生徒の目の動きを見るように言ってから質問を始めた。
「昨日の夕飯は何を食べましたか?」
「えーっとぉ……クリームシチューです」
「はい、おわかりいただけましたか?」
1つ1つ解説しなければならないので質問に対しての反応で都度、質問が止まってしまうが、そういう主旨だから咎めるような声もなく、今の質問に対して女子生徒がその目線を左上へと持っていってから答えたことを挙げる。
「利き手によって逆になる場合もあるのですが、多くの人は物事の過去を参照する時に目線が左上へと向きます。つまり何かしらの心当たりがあってそれを思い出そうとすれば目線はこの位置に動いてしまうわけです。では逆位置における右上に動く場合はどうかと言うと、質問します。ロサンゼルスってどんなところですか?」
「えっ? えっと、行ったことがないので明確にどうとは……」
「このように経験になかったり、物事を想像するしかない場合に目線は右上へと動くのです。つまり目線が上方向へと行く動きは想像と過去に関連することになります。これがわかっていると恋人の浮気なども問い詰め方によってはわかっちゃったりするので、この場では享受しませんが、先ほど述べたように女性はパーツに注目する生き物なので、理屈抜きでこれがわかるところがあります。だから男性はこれに痛い目を見たりとあるわけですね。あとは人に対しての上目遣いがその人への尊敬や好意であったりは言うまでもないでしょう」
かなり噛み砕いての解説ではあったが、実例を見ながらのそれには客の理解度もそれなりに高そうで、中には感心する声も挙がる。
それらの反応を見届けて次への興味が自分に注がれたのを確認し、残り時間もサラッと見てこのあとのペース配分も計算。
「では次の質問の前に目線が横方向に向く場合の対人心理について。目線が横。つまりは平行ということは、その相手とは対等でありたいという心理となっていて、友人などといる時は目線がだいたいこの位置に来ます。上とか下に行く場合は、その友人関係でも序列的なものが生じてしまってるかもしれないので、気をつけてみてください」
アメリカンジョークでも飛ばしながら進行するつもりでいたので、そうしなくても緩い雰囲気がスムーズに形成されたこともあって時間的には余らせそうな感じがあったから、余ったら質問タイムでも設けようと考えて進行していく。
「それでは質問です。ホトトギスの鳴き声はどんな感じですか?」
「ホトトギスは……ホーホケキョッ! って感じですか?」
「ではそのホトトギスを限りなく野太い感じでお願いします」
「ええっ!? んーと……ホーホケキョッ……凄く恥ずかしいんですが」
さすがにここは女子生徒の乗り気を勢いで押すしかなかったので、解説はまとめてすることにして2つの要求を間もなくやらせる。
その際にまず女子生徒は目線を右へと向けて鳴き声を真似、次は左を向いてから低い声での鳴き真似を披露した。
「可愛い鳴き真似をありがとう。というように今ので目線は右、左と動いたのがわかったかと思います。最初の鳴き真似では記憶にある音。両親の声であったり兄弟の声であったりを思い出す時に目線は右へと向き、後者のような『想像を含む音』を作る際には目線が左へと向くわけです。つまり目線の左右は聴覚に関わる事柄と関連性があることになります。おそらく今、質問で『パンダの鳴き声は?』と尋ねた場合は、目線は想像を含む右上から左へと流れたりするはずです。私もパンダの鳴き声はどんなか知りませんから答えはわかりませんが」
恥を忍んで勢いでやってくれた女子生徒にはお礼を言いつつ、今の目線の動きについての解説をして、それで質問タイムは終わりだと示して拍手で送って戻らせる。
再び1人で壇上に立ったテルヨシは、この流れで話の主旨を理解してるだろう客に急かされるように、残った目線の下方向の心理についてを解説しようとする。
しかしその前に講演が始まった頃からチラチラ確認していたサアヤ達のいる周辺に目を向けて、その中の1人がずいぶん悪い感じに見えたので進行しつつどうにかしようと思考。
「残るは目線の下方向になりますが、対人の場合、相手よりも優位に立ちたいという心理である可能性があり、言葉にも見下すといったものがありますね。ただここまでのように考え事になると違ってきて、左下は先に挙げた視覚・聴覚以外の感覚で記憶を参照する時に向き、右下は自分の世界。要は独り言などをする時に向きますから、人に見られるといったこともあまりないかもしれませんね」
その結果、目線の話はちょっと雑になってしまったが、ここまでの話で理解力がなんとなく身に付いていた客からは疑問の声がほぼ挙がらずに済む。
そこだけは申し訳ないと思いつつ、ようやく話を絡ませた忠告ができそうで、講演も終盤に差し掛かって締めにかかる。
「それから目に関わるところではまばたきがあり、よく集中してる人がまばたきをあまりしなくなったりと見ることがあると思います。では逆にまばたきが多くなると人間はどういう状態かと言うと……そこの女の子。君のようにまばたきが不自然に多くなっていたりするのは緊張状態や不安なこと。或いは『悟られたくない何か』がある証拠になります。もしも具合が悪いようなら保健室に行くことを勧めます」
そうやって話に絡めつつあえて指まで差して忠告したのは、ハルユキの隣に座ってしきりにまばたきをしていた綸。
実は校舎で合流して自己紹介をした時からどことなく違和感があって、剣道部の創作ダンスの時からまばたきがちょっと多いなぁと見ていた。
そしてこの講演が始まってからは周囲に見られないように伏し目がちになって注目されないように身を縮めていた。
それが単に具合が悪かったり疲れによるものなら休めばいいし、保健室に勧めたのはハルユキやフーコに『どうした理由でそうなってるのか』を調べてもらうために落ち着いた場所に誘導してもらいたいから。
そんなテルヨシの意図を汲んでかハルユキとフーコがちょっとフラついた綸に寄り添って体育館を出ていくのを見送り、そうした目ざとさで生徒から「さすがテル先輩っ。優しーい」といった声でピンポイントの指摘も不信感を煽ることなく流すことができた。
「──とまぁ色々とお話ししてみましたが、心理学というものの入りはこのくらい簡単なもので、どのような分野の学問も小さな興味・関心・疑問がきっかけで始まる人がほとんどです。私がこうして心理学という分野に足を踏み入れたのも、言葉が通じないアメリカに住んでいた時に、どうしたら相手に自分の意図が伝わるかを考えたところから始まっています」
綸のことは気になるものの、講演を放るわけにはいかないので良い頃合いになってから本格的に締めに入り、自分が際立って特別な人間ではないことを説明。
誰にでも何かを学ぶチャンスと権利はあるし、それが伸びればテルヨシのような人間が少なからず出てくるということを主に生徒とその親に話しておく。
「才能なんて言葉は安易に使っていいものではないし、何が自分にとって開花のきっかけになるかなんてこともわかりません。ただ1つ言えることは、どんなことでもやってみなければ始まらないってことです。今日お越しの生徒のご両親。自分の子供に才能があると思いたい気持ちもわかります。でもそれ以上に大切なことは、子供が本気で取り組みたいと思うことを、常識などに囚われて頭ごなしに否定しないこと。踏み出そうという1歩に背中を押してあげることが大切だと、私は思います」
──もちろん、お金がかかることは二の足を踏んで当然ですがね。
テルヨシは自分に心理学の才能があるなどと1度たりとも思ったことはない。
誰でも同じくらいに打ち込めば到達できるだろうところにいると信じて疑っていないし、自分の可能性は自分自身でも推し測れるものではない。
「そしてこれから何をしようかと考えている学生諸君にはこれだけ言っておきます。才能ってものがあるとすれば、それは『何かに全力で取り組める』こと。それこそが才能なんだと、私はずっと考えています」
だからこそ踏み出し頑張ってみることの大切さを説いたテルヨシの締めの言葉には、15歳のガキとは思えないちょっとだけ不思議な力が作用し、親の目線に立っての言葉も付け加えてひと笑いも取りつつ、ちょうど時刻も昼の12時を指して講演が終了。
壇上で丁寧なお辞儀をしたテルヨシは盛大な拍手に見送られて、両手を振ってステージ横へと姿を消し、完全に客からは見えなくなったところで近寄ってきた恵には悪いと思いつつも会話も交わすことなく入れ違って、待っていた黒雪姫と一緒に体育館をあとにする。
「なかなかどうして真面目な話もできるじゃないか」
「学校に恥をかかせられないからな。それより綸ちゃんは?」
「わからん。今頃フーコとハルユキ君が保健室に着いただろうが、もしかすると日下部君はすでにあれの汚染を……」
体育館を出てすぐに小声でそうした話をしながらどこを目指すのかを問いかけると、どうやら綸はこの文化祭に来る前にISSキットを移植させられた可能性が出てきて、今はフーコからの連絡待ちの様子。
だがどうにも嫌な予感がしているテルヨシも楽観視はできず向かう先が生徒会室であると聞かされて納得。
次いで体育館から出てきたサアヤ達とも合流し、この面子が一同に介しても不審がられない場所など生徒会室しかないのだ。
「仮に綸ちゃんがそうだとして、状態によってはどう動く?」
「一刻を争う深刻な状態ならば、我々も覚悟を決めるしかあるまい」
「ちょっとロータス。それってつまりこれから……」
「無論だ。《東京ミッドタウン・タワー》にあるアレを破壊して、その元凶を断つ」
その生徒会室を目指して歩く一同の中で話を察したサアヤが代表するように黒雪姫に問いかけ、何の迷いもなくそう宣言したことにテルヨシ達はちょっとビックリしつつも、いずれはやることを今やるだけのことと腹を括って一様に笑顔を見せた。
その後、生徒会室を黒雪姫が昼食で他の役員が出払う間の15分間だけ貸しきることができ、ゾロゾロと生徒会室に雪崩れ込んで各々で楽な位置で陣取ると、タイミング良くフーコからの報告がある。
やはり綸は昨日ISSキットを《マゼンタ・シザー》に寄生させられてしまい、しかもそれが綸のデュエルアバターにではなく強化外装であるバイクに寄生させられてしまったことで、チユリの《シトロン・コール》による巻き戻しも意味がないだろうとのことだった。
「しっかし、たかが文化祭でどんだけ豪勢な面子が集まったんだって話だぜ」
その報告には一同から落胆のため息が漏れるが、空気を察してユニコがソファーでふんぞり返りながら集まった顔ぶれを見て不敵な笑みを浮かべる。
「そうねぇ。下手に寄せ集めた6大レギオンより総力で上回りそう」
「連携が取れる前提でってのが抜けると誤解がありそうね」
ユニコなりにやることは決まったのなら俯く必要はないだろうというレギマスらしい言葉にはみんなが察して顔を上げ、改めて見ても王が2人に幹部クラスもゾロゾロいるこの面子は確かにおかしい。
この面子で挑むISSキット本体の破壊というミッションが失敗するはずがない。
そんな空気で生徒会室が満たされ始めたところでフーコが合流してきて、黒雪姫がメールを送ったハルユキも来て全員が揃ったところで代表して黒雪姫が口を開く。
「ではまずこの作戦におけるタイムリミットは現実時間で10分。加速世界に換算すると約7日ということになる」
「それだけあればエネミー狩りして使ったポイントも補給して帰ってこれるっしょ」
「テル先輩の言う通り! サクッと終わらせて残りの文化祭を楽しまなきゃね」
「ン、テルとチユリ君の言う通りだ。楽しいはずの文化祭に水を差した加速研究会には、ここらで灸を据えてやることとしよう」
この場の全員がISSキット本体の破壊に賛成し意思を統一し、士気も高まった。
だがしかし、何か問題があったのか、続く言葉に「……だが」と付け加えた黒雪姫は、その視線をあきらへと向け、その視線の意味を汲み取ったハルユキが「あっ!」と思い出したように声を上げる。
そう。今のあきらは四神《セイリュウ》の祭壇の前で封印されていて、特殊スキル《レベルドレイン》まで食らってそのレベルが初期の1になってしまっている。
たとえこの場ですぐにレベル4以上にできたとしても、封印されている以上は今回の作戦には参加できないことになる。
その事にはあきら自身が気づかないわけもなかったので、作戦に参加できないことを悔やむ思いはありつつも、気にせずに進めてくれと発言したあきら。
正直な話、戦力が1人でも多ければ良い現状であきらの不参加は痛いため、全員がその意見を飲み込んでしまう前に進言しようとしたら、それより先に近くにいたパドが口を開く。
「その選択はアキらしくない」