「うわっとと!」
《東京ミッドタウン・タワー》を守護するメタトロンを退けられたかと思えば、気を緩める絶妙のタイミングで今度は加速研究会の《ブラック・バイス》と《アルゴン・アレイ》が奇襲を仕掛けてきて、消耗していたユニコを拉致。
その奪還に動いたテルヨシは唯一追えたアルゴンを追ってきたのはいいが、そのアルゴンの目眩ましで視界ほぼゼロのままどこかへと移動させられて、謎の力の流れに抗うこともできずにそれが止まるのを待っていた。
そしてようやく止まったかと思えば、いきなり尻から硬質な地面に落とされて何事かとぼやける視界で周囲を観察。
まだ不明瞭な視界だが光源はあるらしく白い壁や天井。床が見えることからどこかの室内のように思える。
「はぁぁ……ふぅ。集中集中」
ここまで視界が戻ればあとは黙って目を閉じて回復に専念し、数秒の沈黙から目を開ければバッチリ回復。
やはりどこかの建物の中のようだが、大理石の神殿の一室といった長方形の空間の現在地には窓もなく外が見えないが、大理石の長テーブルと丸椅子がいくつか規則的に並んでいる。
あの謎の移動速度だと結構な距離を移動してきたようだが、何度か曲がったような感覚もあったから、直線距離にすればそこまで遠くに来たような気もしないが、要はよくわからない。
「……あれ、パド達は……」
だがアルゴンを追ってここに辿り着いたなら、まだ近くにアルゴンがいる可能性はあるし、ユニコの奪還という役目を担うからには判断は早くしなければと立ち上がった。
しかしそこで一緒に来たはずのパド、チユリ、タクムの姿がどこにもないことに今さら気づいて心が乱れかける。
考えられるのはあの謎の移動中にはぐれて別のところに出てしまったか、或いはタクムに嵌められて自分だけがよくわからないところに放られたか。
まぁ後者は冗談としても、前者の可能性は高いので、適当に移動していたら会えるかもと、とりあえず何もなさそうなこの部屋からは出て同じ方角の左右に2つある扉の1つを開けて進もうとする。
「……ん、待てよ」
ちょっとあまりに冷静に、常識的に判断してしまったが、この《無制限中立フィールド》で馬鹿正直に扉を開けて移動する必要はそもそもないのだ。
ここがどこかをまず確認するなら、ここの壁を破壊して突き進んで外に出て、見覚えのあるランドマークなりなんなりを見つければいい。
《黄昏》ステージのオブジェクトは基本的に脆いから破壊は容易だし、そっちの方が中を移動するより手っ取り早いなと判断して扉ではなく壁の前に移動して、とりあえず景気よく派手に壊そうと右足での回し蹴りを放つ。
──ガッギィィイイン!!
……ホワッツ? ドウユウコトデスカ?
しかし壁はテルヨシの回し蹴りをまともに受けてもビクともせず、むしろテルヨシの足を弾き飛ばすほどの強度を持っていて、完全に予想外だったテルヨシは頭に大量のクエスチョンマークを出現させる。
破壊できない、もしくは異常な強度を持っているオブジェクトなのか。
どちらにしてもそんな例外なものが黄昏ステージにあったか記憶を掘り起こしてみるが、そんなものがあったら黒雪姫辺りがとっくに教えてくれている。
「……破壊不可……地面と……大型建造物と……ダンジョン?」
それならば破壊できない理屈が存在するのは道理で、テルヨシの知る限りの破壊不可能なオブジェクトやらを思い出し、その中でダンジョンというのに引っ掛かる。
確かにダンジョンを形成する壁や天井なら破壊は難しいだろう。
だがそうだと断言するには材料が足りないし、どうにも違和感もある。
その違和感はこの部屋の雰囲気にあり、初めて来たはずのこの部屋ではあるが、何故かこう、初めて入った気がしない。
「…………学校?」
だから扉の前に移動して部屋全体をじっくりと観察しながらその違和感の原因を探ってみると、規則的に並んでいる長テーブルと丸椅子と、1つだけ違う配置にあった長テーブルが教壇のように見え、不意に学校の教室。理科実験室辺りの配置に近いことに気づく。
だとすればここがダンジョンである可能性は低くなった気がする。
どこかの廃校がダンジョン化した可能性もあるが、丸椅子がこうも生成されているならまだ現役の学校で、そんなところがダンジョンなら、ここに通うバーストリンカーは大変な思いをすることになる。
「……長考しすぎだな。まずは動くか」
そこまででずいぶんと足を止めてしまって、今はここがどこかを判明させるのも大事だが、何よりもユニコを奪還することが最優先。
壁や天井が破壊できないなら素直に扉から移動するしかないと判断して、ここが学校であるという仮説のもと移動を開始する。
扉を出た先は、やはり広めの廊下といった感じで、直線で作られる廊下はかなり長く、梅郷中学校など比ではない大きさだ。
廊下の先には学校らしく他にいくつも教室と思われる場所に繋がる扉があり、周囲に人の気配はしない。
「目指すなら屋上か」
奇妙なのはこの廊下に1つくらいあってもおかしくない窓がないこと。
学校の造りとして窓がないなどまずあり得ないので、可能性はここが窓をつけられない状態。例えば地下であったりとすることだが、学校であるなら生徒のために複雑な造りはしていないので、廊下を歩いていれば自然と階段に突き当たる。
生成されているならここにもソーシャルカメラが存在するわけで、その廊下を警戒しながら歩いてみるが、やはり長い。一辺だけで100m以上はある。
校舎だけでこれほど広大な敷地面積だと、一貫校などの広い学年層の生徒が在籍しているマンモス校なのは間違いないから、場所さえ大体でも特定すれば学校名もすぐにわかりそうだ。
そんなことを考えながら歩いていると、ようやく四方に割れる道が現れ、どこに進んでも未知だが、左の道の先だけは少し先で広い空間になっているようだったので、そちらをまずは確認しようと廊下を左に曲がり広い空間に出る。
部屋、というには何もない空間で、ここもまた四方に通路があって、右の通路からは上層へと階段が見えている。
どうやら当たりを引いたようだが、この階層にアルゴンがいる可能性も捨てきれないため、すぐに上がるべきか判断に困る。
「もう少し探索しておくか……」
もしもパド達がこの上層にいるなら、そっちはパド達が捜索してくれているだろうし、この階層より下もあるかもしれなく自分しかいないなら見逃しはあってはならない。
せめてここより下の階層がないかだけでもと動こうとした時、右の階段から物音がして、誰かが降りてくるのがわかった。
誰かはわからないので隠れようとも思ったが、敵だとしても早く情報が欲しいのであえて階段の真正面からドンと待ち構えてやる。
そして思ったよりずっと長かった階段を降りて折り返す踊り場に姿を現し降りてきたのは……
「お前……」
「どうして……ここにいるんすか」
テルヨシと同じく加速研究会の企みに屈したりしないと王達の前で宣言し明確に敵視して、テルヨシとも激闘を繰り広げた《シーバ・カタストロフ》だった。
テルヨシもそうだが、カタフの方もこの遭遇には驚きを隠せない雰囲気で即戦闘。ということにはならなかったが、状況が状況なので警戒だけは向こうに伝わるように軽く身構える。
「それはこっちの台詞だがな、カタフ。お前こそ加速研究会がいるかもしれないこんなところで何してんだ?」
「加速研究会? あり得ないっすよ。ここは僕の『友人』のプレイヤーホームっすよ」
「プ……この建物全部がか?」
「それより上で僕はお願いをされたんすよ。『このホームに招かれざる客が来てしまったから、こちらの作業が終わるまで相手をしてほしい』って。その招かれざる客っていうのが、テイルさんなんすか?」
「……そうだとしたら?」
「なら僕はテイルさんのお相手をしなきゃならないっすね」
カタフにも混乱はあったが取り乱したりはせずに会話に応じてくれるが、この建物全部がプレイヤーホームという衝撃の事実に驚愕。
さらに畳みかけるように侵入者認定されていることにも疑問が生じる。
テルヨシはここに来てからまだ誰とも遭遇していないので、おそらくはパド達の方が先にアルゴン達と遭遇してのことだろうが、カタフがここまでに遭遇していないなら単に見逃したか、或いはこの階層に誰かいるかだ。
そもそもカタフにお願いとやらをした人物が誰かも不明で状況が飲み込めないし、カタフの言う友人が誰を指してるのかもわからない。
わからないことだらけで正しい判断ができないのは非常にイラつくが、目の前のカタフが今は敵であることはほぼ間違いない。
「要は時間稼ぎってことだろ。なら平和的に雑談でもしながらやり過ごすって手はないかね」
「そうもいかないっすよ。僕もかなり驚いたんす。まさかテイルさんが『赤の王を全損させようとする』なんて。そんなことは絶対にさせないっす」
「レインを、全損ねぇ……」
敵であることには違いないが、話の限りでは完全に敵というわけではなく、事実をねじ曲げて上手く使われてるといった感じだ。
お願いをした人物というのもどうやらユニコを拉致したブラック・バイスの可能性が高い。
そうでなきゃユニコをピンポイントで名指しして話しても説得力に欠けるから、必ずユニコ本人をカタフに見せる必要がある。
「ちなみにそのお願いをしてきた友人か? は誰なんだ?」
「……残念ながら教えられないっす。僕もこれから戦わなきゃならない相手にベラベラと口を開くほどバカじゃないっす」
「んじゃ最後。ここに来るまでに誰かに会わなかったか?」
「会ってないっす。それならそっちを優先してるっすよ。テイルさんもよくわからない人っすね」
「そっか。それなら……」
アルゴンを追ってきて辿り着いた場所だが、バイスとユニコもこの建物内にいる。
それがわかっただけでも収穫はあったし、できるかどうかもわからない説得を試みる時間もおそらくはない。
なのでもしもまだこの階層に誰かいるならと、右足に過剰光を纏ってみせ、カタフが身構えたのを他所にその足を思い切り大理石の床へと振り下ろす。
プレイヤーホームというのはかなり優先度の高いものと黒雪姫やサアヤも言っていたことから、心意での事象の上書きでもしないと傷1つ付かない可能性は高い。
だからこその心意での蹴りだったが、予想以上に強度はあって予想よりも破壊の規模は小さかったものの、空間を揺らす震動と轟音と共に着弾点から放射状に床がひび割れる。
しかしすぐにリソースを割かれているからか、床はひびを修復して3秒とかからずに元通り。
それには何がしたかったのかと首を傾げたカタフだったが、別に攻撃が目的だったわけじゃないのでテルヨシもすぐに過剰光を消してしまう。
「さってと。それじゃあ赤の王を全損させようとする悪者の退治、やってみるかい?」
「……まだ信じたくはなかったっすが、自分からそんなことを言うなら、もうやるしかないっすね」
やれることはやったのであとは経過を見て判断しようと、心意を使う様子のないカタフに合わせてテルヨシも心意はなしで……というよりはここまでの消耗でしばらく心意も出せるかわからない具合まで来ているから、正直ありがたいくらい。
それを知らないカタフには気づかれないように静かに構える。
こういう時でも変に律儀というかななカタフは、テルヨシが構えるまで仕掛けることはせずに、構えた瞬間に前へと出て拳を振るってくる。
前回の対戦では惜敗したが、あれから対カタフ戦の考察は死ぬほど……それこそ《ビャッコ》に殺されまくって暇な蘇生待機の時間であれこれとしていたので、負けを引きずるような気おくれは今さらない。
しかしだ。現実とは非情なことこの上ない。
おそらくは万全の状態に近いカタフの活力に溢れる拳に対して反応しようとしたテルヨシだったが、自分で思ってるよりも体が鈍重になっていて普段なら余裕を持って避けられた拳を手で捌いてようやく避けることができた。
そのテルヨシの疲弊に気づいたか、拳を捌かれたカタフも確信を得ようとしたのかすぐに追撃の拳を放ってきて、ここでも足がついてこなかったせいで咄嗟に膝を折って屈み《テイル・ウィップ》でカタフの足を払いにいき回避へと動かさせ、その隙に立ち上がって距離を取る。
「どこか調子が悪いんすか? 装甲もところどころ傷が目立つっすね」
「こちとら十数分前までメタトロンと戦ってたんだ。疲れてないって方が無理がある」
「メタトロンって、東京ミッドタウン・タワーからどうやってここまで来れるんすか。ここ白金っすよ。そもそもここの出入り口には僕がいたんすから、テイルさんがここにいること自体、訳がわからないんすが……」
それはこっちが聞きたいくらいだ。
完全にテルヨシの消耗に気づいたカタフはすぐに倒そうといった気配が薄れて、こっちの情報を引き出そうとしてきた。
なのでカタフには多少だが迷いが出るように真実だけを語ってやれば、勝手にここがどの辺かを漏らしてくれる。
白金となると東京ミッドタウン・タワーからは2、3kmは離れた場所で、テルヨシからすればワープに近い移動をしたようだ。
……白金?
しかもカタフがここの出入り口にいたなら、テルヨシもどうやってそんな場所の下層階にいたのか謎が深まるが、それよりも白金と聞いて何やら急に引っ掛かりを感じて思考に入りかける。
だがそれをキャンセルするように口が滑ったと言うようなカタフの強襲があったので、思考しながら戦闘など余裕がないため仕方なく戦闘に集中しつつ疲労回復のタイミングを図る。
加速世界での疲労に肉体的な疲労はないが、精神力が消耗されればそれだけ反応速度や命令伝達速度にダイレクトな影響を及ぼす。
それを回復させるにはとにかく頭を休めるのが最善だが、カタフがそんなことを悠長にさせてくれるはずもないので、可能な限り頭を休ませながらカタフを躱す手段を取る必要がある。
そんなこと出来るはずがないと思うかもしれないが、日頃から職業病に近い心理学での観察を封印してるテルヨシがそれを解除すると、割と悪巧みは浮かんでしまうもので、そこに消耗という概念はない。
「おいおいカタフ、手負いの相手には全力を出せないか? 甘ちゃんだねぇ」
それでなくてもテルヨシのコンディションが悪いとわかってからのカタフのパフォーマンスも1段階下がってしまって対処がギリギリで間に合ってしまう。
だがそれでは困るのでカタフの拳を捌きつつ余裕があることを示してみせると、自覚はあったのかちょっとムッとした雰囲気になってからのカタフの拳に力が戻る。
普段は攻めてくる相手を迎撃するカウンタータイプのカタフを前に出す。
それをやろうとしての挑発だったが、消耗した精神力でカタフの豪腕を捌けるのも短い時間となりそうな予感はして、挑発は余計だったかと思いつつ徐々に後退を強いられて階段から遠ざかってしまう。
1度でもクリーンヒットを貰ったらそこから雪崩のように拳を叩き込まれて一瞬で撃破されてしまうだろう猛攻の要所は回避してすっかり余裕のない雰囲気で下がる足がもつれそうになる。
しかもカタフはまだ《ファントム・フィスト》を使わずに追い詰めてきているので、それが使われた時には《インパクト・ジャンプ》による全力での離脱も止むなし。
「さて、向こうは……どうなったかね」
「向こうって、どこっすか?」
「メタトロンは倒したからな……パド達が今頃はISSキットの本体を壊してくれたかなってな」
「……どうして赤の王を全損させようって人が、レパードさんと行動してるんすか!」
しかしカタフがファントム・フィストを使ってくる気配がほぼないことに気づいていたテルヨシは、友人のお願いとやらとテルヨシの言ってることに矛盾を感じているからと推測。
その迷いがまだわずかにカタフの拳を鈍らせてくれている内に手を打ちたかったので、一種の賭けに出てみる。
カタフはテルヨシとプロミとの関係が良好なことはすでに知っているから、友人の言葉に疑問が生じているとして、全損させようとしていたテルヨシがさっきまでそのプロミと行動を共にしていたとわかる言葉で更なる迷いを生み出す。
本当はパドもこの建物に来ているだろうが、重要なのはプロミと行動を共にしていた情報。
「そんなの決まってんだろ。オレがレインを助けにここに来たからだよ!」
そこから飛んでくる疑問など誘導したのだから答えも持ち合わせていたテルヨシは、言葉と共に撃ち出された拳を紙一重で避ける集中力を一瞬だけ発揮してテイル・ウィップで体を持ち上げ拳を躱すと、いつの間にやら広い空間から階段に通じる道と反対の通路に入って60mほどは後退していた位置から素早く体を調整してカタフの頭上でインパクト・ジャンプを発動しカタフを飛び越えて来た道を一気に戻る。
ここでカタフがすべきだったのはテルヨシの足止めであり、倒さないまでも最悪、階段を登らせてはいけなかったのだが、テルヨシを倒すことに意識を向けたことで守備の意識が薄れていた。
それだけを狙って挑発と必死の後退を演じたわけだ。
そして広い空間に戻って着地し、通路で振り返ったカタフにテルヨシも振り返ってみせ、先ほどの床の破壊に反応した存在もいないことを確認──敵だろうと味方だろうとだ──して、やはり悪い奴ではないカタフに1つだけ助言しておく。
「何を信じるかはお前次第だ、カタフ。だがお前が最も信じられるのは、自分の目で見た真実だろうよ。そしてあるぞ、この先に。お前の知りたい真実ってやつがな」
「真実……」
悪い奴ではないからこそ、加速研究会のような多重の策を巡らせるズル賢い連中につけ込まれてしまうのだ。
先見という言葉があるように、将棋や囲碁、チェスといったテーブルゲームでは先の先を読む力が必要になるが、カタフには対戦ではなかなかだが、普段はそれが少し欠けてしまっている。
いや、もしかするとその先見すらも凌駕する『心酔』や『信仰』、『洗脳』がすでにカタフにはされてしまっているのかもしれない。
ともあれここでカタフと戦っていても勝ち目はないので、友人が言っていた『作業』とやらにとてつもない危険を予感するテルヨシは、それの阻止のためにカタフから逃げる形で階段を登り始めたのだった。