──その声を、知っている。
あまりに粘着質で神経を逆撫でするような、人を見下すことでしか自身を主張できない性質を孕んだその少年の声に、背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
いよいよユニコ奪還の正念場となった誰かさんのプレイヤーホームである学校の中庭での戦闘中。
ハルユキに敗北した《ウルフラム・サーベラス》が加速研究会の企みを阻止するために全損しようとしたところで《アルゴン・アレイ》の強制コマンドによってサーベラスの人格が変貌。
話の中でサーベラスの中には複数の人格が内包されていると推測されたが、その内の1人が抗っていたサーベラスと入れ替わり表面へと出てきた。
そのサーベラスは暗い紫色の心意の鉤爪を両手に出現させながら、目の前にいたハルユキへと言った。「有田先輩」と。
さらにそいつは目覚めたばかりで状況を把握できてなかったか、不意にテルヨシ達へも完全に閉じた正面のバイザーを向けてくる。
「……ああ、黛先輩と倉嶋先輩。それに皇先輩までいらっしゃったんですね。なんだか思い出しちゃいますねぇ……あの夜のことを……」
あの夜のこと。それが指し示す出来事に心当たりは当然あったが、目の前のサーベラスがまだあいつ本人であることを確信できないテルヨシは考察に全力。
代わりにタクムの方が情報を引き出そうとクックッと笑うサーベラスに言葉を返す。
「……悪趣味な物真似はやめろ! きみが模倣しているバーストリンカーは、今はもうそんな喋り方や笑い方はしない。彼は加速の呪いから解かれたんだ。きみもバーストリンカーなら、ちゃんと自分として戦ったらどうだ!」
「あーあ、何度言えば解るんですか? ボクをその気色悪い
ここまで拒絶反応を示す人間はそういないものだが、テルヨシの中でこれほどの拒絶が出たのは、後にも先にも母親を除けばあいつしかいない。
きっとあいつを知る者。ハルユキ、タクム、チユリは全力で否定したい感情が確実にあっただろうが、その名乗りを聞くのと言うのでは受ける衝撃にいくらか違いが出る。
それが本能的にわかったか、そいつが名乗り上げる前にチユリ自らがその名前を口に出してしまう。
「──《ダスク・テイカー》」
これによってハルユキとタクムは認めざるを得なくなるが、それをテイカー。能美征二の口から告げられるよりもずっと嫌悪感などは少なくなったはず。
こういうのはやっぱり女子が優秀なことを再確認しつつ、自分の口から精神的ダメージを与えられなかった能美は明らかに不快なオーラを醸し出してチユリへと向き直り笑い声を漏らす。
「くっく……またこうしてお話できて嬉しいですよ、倉嶋先輩。楽しかったですねぇ、2人でタッグを組んで新宿や渋谷エリアを蹂躙するのは。ま、先輩は従順なペットのフリをしてボクを裏切るチャンスを虎視眈々狙ってたわけですけどね。アハハ、可愛い顔としおらしい態度にすっかり騙され……」
とりあえず能美の声には薄いフィルターをして深いところに刺さらないようにしつつ、しっかりとしたダスク・テイカーとしての記憶を有していることを理解。
だがサーベラスに人格が入り込んでいるというのは奇怪な現象なので、全損して記憶を失った現実の能美が再インストールしダイブしてきている可能性は限りなく低い。
だとすれば、ここにいる能美は本物と呼べるほど確かな存在ではなく、ブレイン・バーストが保存している能美のいわゆる『セーブデータ』を掘り起こして使っているのではないか。
そうした仮説が成り立つのは、修学旅行の時に恵に起きたことももちろんだが、先日の《災禍の鎧》の浄化に至るまでの話で《クロム・ファルコン》と《サフラン・ブロッサム》の記憶が教えてくれたいくつもの事実があったから。
加速世界の全損したバーストリンカーの記憶とは、つまりセーブデータ。それがあるからこそ起きた奇跡が確かにあるのだ。
そうした考察をしている間にハルユキとタクムが能美と口論していたが、そうやって自分が本物と証明する能美にこれまたチユリが否定から入り、自分なりの考察を口にする。
「さっき、サーベラスⅠはこう言ってた。《2番》はもともと、サーベラスじゃない名前を持つ、独立した1人のバーストリンカーだった、って。なら《3番》のあんたも仕組みは同じよね。もともとはダスク・テイカーっていう名前のバーストリンカーだったけど、今は違う。今のあんたは、ウルフラム・サーベラスのアバターに寄生する影……ダスク・テイカーの記憶をコピーした幽霊、そういうことでしょ!」
さっきの戦闘中にそんなこと言ってたのかい。
《ブラック・バイス》に集中していたせいでそんなサーベラスの重要な言葉を聞き逃していたのは痛かったが、チユリの考察がテルヨシとほぼ同様だったことには素直に驚き拍手しかけるも、戦闘中なので行動は控えておく。
だがそれなら色々と説明のつく現象がまだあるのだ。
《レッド・ライダー》の影をチラつかせた《ISSキット》に刻まれる《交差する拳銃》の紋章。これも同じ原理で出現した可能性が高い。
ブレイン・バーストのライダーのセーブデータを掘り起こして何かに定着させ《銃器創造》でISSキットを生み出した。
今の能美を見ているとライダーがたとえセーブデータを掘り起こしたとしても加速研究会に協力するようなことはないに等しいが、アルゴンがやったようなコマンドで制御されてしまうならば、操られている説が濃厚。
そうするとISSキットの本体の破壊に動いているサアヤ達が操られているライダーと交戦する展開もあるかもしれないが、今はどうすることもできないし信じるしかない。
それよりもだ。次に考えるべきことはアルゴンがこのタイミングで能美を引っ張り出してきたことと、ライダーで思い出されるある事実だ。
能美を引っ張り出したからには、これからやるであろう作業とやらに必要なパーツが能美であるということ。
それは確定的な事実として理解しつつ、では実際に能美が担う役割とは何か。
そこに至るとテルヨシの頭には考えるのもおぞましい役割を状況から察することができてしまう。
1つ。サーベラスのアバターに寄生した能美が、ライダーと同じような状態ならば、ダスク・テイカーが有していた能力を行使する力も必ずある。そうでなければISSキットなどという代物は生み出せていない。
2つ。テルヨシ達の中から明確にユニコを狙って拉致した加速研究会に意図があるなら、ユニコでなければならなかった理由が必ずある。
3つ。かつて加速研究会が災禍の鎧を生み出し、ハルユキから『回収』し何かしようとしていたのを阻まれていることが、今回のことに繋がっている可能性がある。これはISSキットという『心意のエネルギーを集める道具』が出てきたことから推測される。
4つ。かつての災禍の鎧も同様の心意のエネルギーが《ザ・ディスティニー》と《スター・キャスター》という2つの強化外装を依代に内包され変質し、長い年月をかけて成長させたものであり《七星外装》という消滅不可能で強力な強化外装の存在があったから実現した代物だということ。
その4つの事柄から加速研究会が新たな災禍の鎧、に近い物を人為的に作ろうとしている可能性が浮上する。
心意のエネルギーはすでにほぼクリアしたものとしても、残る依代となる強化外装は生半可なものでは七星外装と同等レベルにはなり得ない。
だが、今回ユニコを拉致し、能美を引っ張り出したことで点が線となる。
ユニコにはその全てを注いで育ててきた強化外装《インビンシブル》があり、それが七星外装に引けを取ることなどないと断言できる。でなければ王などと呼ばれたりはしないのだから。
なら依代がインビンシブルだとしても、ユニコはレベル9でたとえ災禍の鎧のような自我を失う事態になったとして、同じレベル9の黒雪姫などに討伐されてしまえば、たった1度の敗北で七星外装ではないインビンシブルも道連れに消滅してしまう。
──だから能美なのだ。
能美のデュエルアバター、ダスク・テイカーには相手の必殺技やアビリティ、強化外装を有無を言わさずに奪ってしまう、かつてハルユキが翼を奪われ絶望の底にまで叩き落とされた必殺技が存在する。
「ちっ!」
そこに行き着いた頃には、タクムが能美のデータのサルベージについてを推測して、アルゴンがその推測に拍手を贈っていた。
まだ間に合う。そう確信したテルヨシはハルユキ達に何かを伝えるよりも早く、アルゴンが話を切り上げてしまうよりも速く能美へと攻撃を仕掛けた。
加速研究会がこれからすることは能美が鍵になるが、その能美が器にしているサーベラスはハルユキとの戦闘ですでにHPゲージは少ないはず。
残ポイントが10ならレベル差でテルヨシが倒してもここで全損にはならないし、サーベラス救済の手立ても色々と考える余地も生まれる。
とにかく今は能美が動く前に死亡させてしまい、たとえ1時間でも加速研究会の企みを遅延させる!
それが最善の策だったが、テルヨシのその行動が実現することはなかった。
こういった話でテルヨシが不気味なほどに沈黙していたのが悪かったか、バイスとアルゴンもまたテルヨシへの警戒レベルを最大にしていて、そのテルヨシが有無を言わずに動こうとした絶妙のタイミングで、バイスの防御に回っていた板が真横から痛打を与えて吹き飛ばし、校舎の西の壁に激突したところへ今度はアルゴンのレーザーが発射される。
完全に不可避のタイミングだったものの、アルゴンのレーザーはパドがいち早く反応して射線に割り込み、心意の爪で弾いてくれる。
「《
その猶予の間にハルユキ達へと叫ぼうとした時には、もうバイスは動き出してしまい、灰色の過剰光を纏ったバイスになまじ反応の良いハルユキ達はその心意技の発動にバイス達から距離を取ってしまうが、違う。そうじゃない!
「『隔離』だ! 分断されるな!」
その心意技が攻撃目的ではないと確信していたテルヨシは、バイスの左腕と右足を構成していた数十枚の板が分離し浮遊した時に叫ぶ。
しかしその板はすぐにバイス、アルゴン、能美、ユニコを取り囲んでしまい、正三角形となった板はみるみるうちにその隙間を埋めるように大きくなり内側へと折れ曲がって、上下で2つの頂点を作る一辺20mはあろう正八面体の障壁が完成する。
障壁となっている板は薄くて中もスモークガラスのように透けて見えたが、殺到したハルユキ達の心意による攻撃でもビクともしない。
「危ない危ない。やはり君は油断ならないね、テイル君」
「ホンマえっげつないくらいエエ観察眼持っとんなぁ。そっち側やなかったら真っ先にスカウトして懐に抱えときたかった因子やわ」
「そうなってたなら、お前らにとっての特大のウイルスになってやったのにな!」
「そう吠えないでくださいよ先輩。折角の二枚目が台無しですよ? くっくっ」
声も通るらしく、障壁越しに話しかけてきたバイス達に立ち上がりつつ噛みついてやり、こうなった以上はハルユキ達と協力してこれから行われるだろう作業を1秒でも早く阻止するために動くしかない。
「さて、テイル君が気づいてしまっているようだし、手早く頼むよ、テイカー君」
「ボクに命令するなよバイス。ボクは、ずっとこの瞬間を待っていたんだ。《1番》からデュエルアバターを奪い、もう1度あなたがたと戦う、この瞬間をね。ボクからたくさん、たくさん、たくさん奪ったものを……ポイントも、プライドも、そして力も、全部返してもらいますよ、先輩たち!!」
テルヨシがすでに企みに気づいているためにバイスが能美に催促し作業が開始されようとして、かつて自分を見捨てたバイスに文句を言いつつもやることはやるといった雰囲気で話しながらユニコへと歩み寄る。
「パド、クロウ達も集まれ。みんなで協力してこの障壁を破る。1秒でも早くだ。じゃないとレインのインビンシブルが、あいつに『奪われる』」
「──ッ!! の、能美! やめろ!」
「くっくっくっ……いいですねぇ有田先輩! その苦痛に耐えられない悲鳴! もっと聞かせてくださいよ!」
どういう理由でというのは省いたにしても、ユニコからインビンシブルを奪うと聞けばそれだけで理解できるハルユキ達には十分で、苦痛の声をあげて障壁を攻撃するハルユキにユニコの前で止まった能美は楽しそうに笑うだけ。
どうあっても止まる気などないし、そうしてこちらが悲痛を声にすればするだけ昂る能美にこれ以上の愉悦を与えたところで仕方ないので、落ち着かせようとハルユキを強引に輪の中へと引っ張り戻す。
「落ち着け。そんな心理状態で何かしようとしても何もできん。怒りは腹の下に落としてどうすべきかを冷静に考えろ。パド、見立てでいいがこの障壁は破れそうか?」
「この壁は絶対的な拒絶の心意。生半可な心意技じゃ確実に破れはしない」
「となれば全員でどこか一点を集中して攻撃を加えて打ち破るってのが得策か」
「ですがこちらも消耗が激しいです。全員の力を合わせても破れない可能性も」
「バイスだって絶対強者ってわけじゃない。奴の拒絶を打ち破るイマジネーションが重要だ。ネガティブな可能性は今は捨てた方がいい。ベルはゲージを満タンにしといて。また頑張ってもらうから」
「あたしは心意が使えないし仕方ないですね。ほらクロウ! 先輩が頼りになるんだから、あわあわしてるな!」
「わ、わかってる!」
実際にはテルヨシだって心穏やかに話してはいないし、パドやタクム、チユリも能美達に叫びたい気持ちはあったはず。
それでもやるべきことはそんなことではないと無理矢理にでも落ち着かせて話に加わってるのがわかってるので、ハルユキも自分だけが取り乱してできることができなくなることを避けるため、チユリの力強い背中を叩く動作に返事。
そんなテルヨシ達が心底気に食わなかったか、笑い声が止んだ能美はこれ以上の揺さぶりが無意味と悟って、開いた右の肩アーマーを磔にされるユニコへと向けて必殺技発声。
「……《
その発声のあとに右肩のアーマーから夕闇色の光線がまとわりつくようにユニコの胸部装甲に命中し、装甲の隙間から内部へと入り込み、今度は何かを吸収するように逆流を始める。
テルヨシがこの必殺技を実際に見るのは初めてだが、触れられるほどの至近距離でなければ発動できないのなら阻止だけなら容易か。
冷静に分析しつつも、また取り乱しかけたハルユキの頭にチョップを叩き込んで血を抜いてやり、今度はその行為を止めるための思考に集中。
正八面体は8つの正三角形で構成される多面体で、頂点は6つ。
頂点の1つは中庭の大理石の床を深々と貫いて見えないが、横に4つと20m以上ある天辺に1つあり、先ほどのハルユキ達は面に対して攻撃しビクともしなかった。
基本的にどんな物体にも急所と呼べる箇所が存在するので、難攻不落に見えるこれにも必ず弱い部分は存在するはず。
とりあえずテルヨシは自分でもその強度やらを確認するために1度だけ心意なしで普通に蹴ってみて、重量なども確かめてから、この障壁ごと蹴り上げて中を転がすことは無理そうなのを把握。あまりに重すぎる。
「となればあとは……クロウ。あの天辺の角だ」
「面じゃなく角……そうか! パイル! 必殺技ゲージは?」
「まだまだあるよ!」
そうなると狙えるのは辺と辺を繋ぐ接合部の端っこ。つまりは頂点の角。
さらに力は上方向から下方向へが最も力が出るのは当然なので、障壁の天辺の角が最も力が加わる部分ということになる。
逆に言えばここを攻撃して破壊できないようなら、もうこの障壁はほぼ破れないことになってしまうが……
テルヨシの意図に気づいたハルユキはタクムを掴んで障壁の天辺まで運ぶと、タクムを掴んだまま角の真上に陣取りタクムの体勢を固定。
タクムも心意剣を元の杭打ち機に戻して、その杭を角へと密着させる。
「《スパイラル・グラビティ・ドライバー》!!」
その必殺技はここに来る前に聞いたことがあったが、目が眩んでいてどんなものかわかってなかった。
発声のあとに杭打ち機が青い光に包まれて、その砲口が拡張され、収納されていた杭もハンマードリルとなって、杭打ち機の後方から火を噴き高速回転を伴って射出される。
その間にユニコからは2つのインビンシブルのパーツが奪われてしまったが、タクムの必殺技はビクともしなかった障壁の全体を振動させる衝撃を加え始め、それには微動だにしなかったバイスが真上を向いてから障壁をハンマードリルの回転とは逆の方向に回転させてタクムとハルユキへの負荷を上げて振り払おうとする。
そうするということは破られるかもしれないと危惧したからに他ならず、確信を得たタクムも青い過剰光を杭打ち機に纏わせてバイスの抵抗に真っ向から立ち向かう。
激しい火花を接地面から飛び散らせながら拮抗していた力は、徐々に障壁の回転を止めて、完全に止まってからもハンマードリルの回転はより一層激しさを増して加圧し続け、ついに天辺の角から4つの辺を伝ってひび割れが起きる。
しかしひび割れはその先の角で止まってしまいタクムの力だけではそれ以上の圧力を加えるまでには至らないようだ。
そこでハルユキも加勢するようにその背中からバイスを追いかけていった時にも出現させていた4枚の光翼を現出させ、空気を叩いて真下へと突き進む推進力を力に変えて圧力を加える。
その加勢によって角で止まっていたひび割れがさらに下の辺にまで及んでいき、パドも角の1つに噛みついて手助けをし、テルヨシも青い過剰光を足に纏って角の1つに蹴りを叩き込んでみせる。
だがテルヨシとパドの加勢でもひび割れは下の角にまで及ぶところで止まり、本当にあとひと押しが加えられない。
おそらくテルヨシが攻撃威力拡張の心意を使えればギリギリ足りるかどうかの具合だと感覚的にはわかるのだが、さっきの十字架への攻撃から消耗するばかりでそこまで強大なイマジネーションを引き出せない。今もこれで全力なのだ。
「くっそ……あと1発でいいのに……」
そうとわかっていてもすでに限界突破して引き出している心意がどんどん弱まっていくのが実感でき、悔しさでどうにかなりそうになる。
そもそもテルヨシの攻撃的な心意の力の源は、母親への憎悪。それを引き出して使うには、その憎悪をぶつけるに値する相手と、その負の心意に呑まれない強靭な精神力が揃わないと暴走の危険が伴う。
黒雪姫はその暴走をさせないために心意を教えてくれたのだし、ここで暴走してハルユキ達に負担を強いるわけにはいかない。
それでも引き出さなきゃならない。攻撃威力拡張の心意を。
「…………逃げるのは、もうやめだ」
そしてテルヨシは、今この瞬間に自分の負の心意と向き合う。