加速世界に拡散しつつあるISSキットの脅威がまだ弱いながら、対応が遅れるのは危険と判断したテルヨシ達がその対策に乗り出して一夜が明ける。
火曜日となった今日も変わらぬ日常から始まり、現実世界の平和さで加速世界の問題を忘れそうになるのを引き締めて、マリアとの登校を終えかけたが、何故かこのところ直前で何か言い忘れるマリアの「あっ」を聞いてやれやれと立ち止まる。
「今日は有田さんのお家にお邪魔してくるから、バイト先には今日も行かないね」
「ハルユキ君の家はまぁめっちゃ近いし別にいいけど、マリアだけじゃないよね?」
「えっと、黒雪姫さんと黛さんと倉嶋さんとうーちゃんとレイカーさんが一緒のはず」
「……レイカーのリアルが気になる」
「私も楽しみ」
「行くのは」
「バイトでしょ」
「ですねぇ……はぁ」
なんか最近バイト先に来てくれないなぁ、なんて思わなくないが、ユニコも駆け回ってるようで店に来ないから暇にさせるしなと納得して、マリアのことは黒雪姫に一任。
黒のレギオンが集合するからには何かしらの会議が行われるのだろうが、そこにマリアが参加するのはちょっと疑問もある。
それでもマリアが納得して参加するなら咎めることではないし、何かあればマリアから連絡くらいはしてくれるはず。
「それからメールするかもだから休憩時間にでもグローバル接続しておいてね」
「詳しいことは姫に聞くからいいよ。マリアが関わるなら姫も話さないわけにはいかないだろうし」
案の定、何か計画があるようでそのメールとやらの受け取りはするように言われて、それを受け取ってからあれこれと思考するのもあれだから学校で事前に聞いておくと返せば、まぁそれならいいかみたいな雰囲気でマリアは行ってしまうのだった。
「勘違いしないでほしいが、私はマリアに強制など一切していないぞ」
それで実際に学校で黒雪姫から話を聞き出すと、まだ全容も話していない段階で前置きみたいにそんなことを言う黒雪姫は、どうせ話すことになるだろうと予測していたからかすぐに今日の計画を説明。
全てはハルユキの《災禍の鎧》浄化計画の第1歩とかで、浄化の心意を使える元幹部《
それ自体は今日にでもすぐに復帰してもらえるように説得すると豪語するも、問題は復帰して「よし浄化だ!」といけないことにあるらしい。
というのも過去に第一期《ネガ・ネビュラス》が3年前の《七王会議》のあとに無謀にも《帝城》攻略へと挑み見事に失敗し、それが実質的にレギオン解散の理由となったのだと衝撃的な事実を告げる。
《無制限中立フィールド》にある難攻不落の最難関ダンジョンと噂される帝城は、現実世界での皇居に位置し、そこが丸々ダンジョンとなっているのだが、ここは先日、サアヤが話していたようにまだその内部へと足を踏み入れた者すらいないまさに鉄壁のダンジョンなのだ。
進入すら実質的に不可能となっている理由は、帝城内部へと続く東西南北の4つの門。これも現実世界の半蔵門などと一致するが、巨大なその4つの門をそれぞれ守護する《神獣級》エネミーすら越える《超級》エネミー。《四神》とも呼ばれるエネミーがいるから。
その力は王が束になっても1体にすら敵わないと言われるほどに強力で、さらに1つの門を強行突破しようとしても、四神は相互リンクがあるらしく、弱らせたそばから他の出現していない四神からバフをもらって回復したり、より強力になったりして詰み状態になるとか。
だから帝城攻略の第1歩からして四神を同時に相手するのが最低限で、それほどの戦力が大レギオンと言えど準備できるかと言えば、まぁ不可能に近い。
その帝城攻略に無謀にも挑み、敗北した際に黒雪姫達は大きな犠牲を伴い、謡と《グラファイト・エッジ》《アクア・カレント》の3人が四神のテリトリーの奥深くで《無限EK》に陥ってしまったのだとか。
そして鎧の浄化には多大な時間を要するため、とても通常対戦の時間内では無理。だから無限EK状態の謡を救出するのが、今日の計画ということらしい。
「それって言うほど簡単じゃないよね?」
「当たり前だ。結果いかんによっては謡のみならず、他の者も無限EKとなる可能性がある」
「それでもマリアは行くって?」
「『親友のうーちゃんのためなら火の中水の中』だそうだ。正直なところ、トラウマになるレベルの相手にマリアを連れていくのは気が引けるのだが……何故こういうところはお前に似るのか……」
包み隠さず今日の計画の全てを話した黒雪姫に対して、もちろんその危険性についても考えられたので、その辺での配慮もマリアにはしたと付け足す。
だが親友のために危険にも飛び込もうとするマリアの覚悟は相当なようで、頑固なところはテルヨシに似てると言われて照れるが、黒雪姫には呆れられてしまう。
「そういうわけで連れていかないとレギオン加入の話を蹴られてしまうのでな。ここは芽を摘むよりも赤いのから1歩リードしておきたい」
「そういう魂胆は話すなよ。ニコたんにチクるよ?」
「構わん。それとどんな理由であれマリアを同行させる以上、お前をセットとして考えている。バイトもあるだろうが、都合は合わせてやるから、計画に参加しておけ。マリアのストッパーはいて損はない」
そんなこんなで色々とあるみたいだが、マリアが言っていたことも大方で理解できたので、計画のリーダーから直々に参加の了承ももらえて一段落。
別に黒雪姫は参加は認めたが、計画に力を貸せとは言わなかった。
これは最悪、安全圏でマリアを守るだけでもいいといった意味が含まれるが、やはり似た者のマリアの《親》である以上、気持ちはマリアと同じ。
「じゃあオレもうーちゃんを助けて『テルお兄さん素敵です!』って言われたいし参加しよっかな」
「…………ういういはそんなあからさまにデレはしないぞ」
放課後。
今日は掃除した飼育小屋に動物を移すから、またマリアと謡が学校に来ることは知りつつも、顔は出せないから渋々バイトへと直行したテルヨシは、働き始めて早々にイートインコーナーの方を任されたので意気揚々と行ってみる。
「まぁなんつってもここの苺のラビリンスは外せねぇな」
「こんなの毎回頼んでたら懐が大変でしょ」
イートインコーナーは最近では安定して半分くらいの席が埋まってるので、テルヨシが来ると話し相手に飢えた女学生達が、日々の出来事を話そうと招く。
そんな人達に笑顔で応対しつつも、珍しくユニコの姿があったので嬉しく思ったのも一瞬。
その横で店のレクチャーを受けてたっぽい客が紛れもなくサアヤで、学校から直で来たのか、2人とも制服を着て鞄とランドセルを足下に置いていたりとしてすでに打ち解けてるご様子。
思わず話しかけそうになったのだが、生憎と先にお声をかけてもらってる客をないがしろにはできないので、そちらへの対応を優先してとりあえずは様子見してみる。
確かサアヤは《リアル割れ》に関してはかなり慎重で、実際にリアルを知ってる《親子》以外のバーストリンカーは、現役では《パンジー・スティング》くらいしかいないとかなんとかだったのだが、先週から結構なペースでリアル割れしてるなぁ。
とは思うのだが、サアヤもISSキットなどの問題が深刻なことを察知して連携を取りやすくしているんだろうと勝手に解釈。
まだユニコが赤の王であることを知らない可能性もあるが、偶然に店で仲良くなったにしては年齢差もあるし、何よりレジに立つパドが王のリアル割れを警戒しない──サアヤが元プロミなのはあるが──のもちょっと変な話。
ならばパドがユニコとサアヤを引き合わせたと考えるのが妥当なので、客との会話が1周したから追加の注文を受け付けてレジの方に引っ込み、その辺のことをパドに聞けばズバリ。
「サアヤは顔が広いから、ニコが情報収集にはうってつけだからって。このあと外でバーちゃんとも会うはず」
「みんな行動力あるなぁ。っていうかサアヤとバーちゃんがリアルで知り合いじゃないのは意外だった。元プロミの最強タッグだったなら、てっきりリアルでも連絡取ってるのかと」
「サアヤは第2世代のバーストリンカーだから、私達のように親子の絆がずっと希薄な中で生き残った、その名残だと思う」
「第2世代っていうとモビールと同じ《オリジネーター》を親に持つバーストリンカーか」
「Y」
働く手を止めずに小声で話す中で、ふとパドの口からそんな単語が飛び出したので、テルヨシも記憶の隅にあったそれらの単語を引き出して確認し、そうした過去があるならと1人納得する。
オリジネーターとは《ブレイン・バースト》を開発者から渡された最初の100人のプレイヤーを指す言葉で、所謂『親を持たないバーストリンカー』ということになる。
そしてそのオリジネーター達がしのぎを削ってレベル2へと上がった者に与えられたコピーインストール権から生まれたのが、サアヤやリュウジといった第2世代と呼ばれるバーストリンカー。
当時はこのコピーインストール権に回数制限がなかったので、とにかくインストールを試す子が多かったらしく、成否を問わずに1度きりとなった今とは様子もかなり違っていたとか。
その良い例……いや、行いとしては悪い例だが、コピーインストールした子にレクチャーすることなく、ただ一方的に与えられた初期バーストポイントを奪ってアンインストールさせる横暴なやり方があったみたいで、第2世代のバーストリンカーは色々なことを『試された』ちょっと可哀想な世代だと、古参のバーストリンカーから聞いていた。
きっとサアヤもパドが推測したように、親や他のコピーインストールした子の残酷な顛末を見たり、もしくは自らが体験していたりとあったから、リアル割れにも敏感になっていたのだと理解が及ぶ。
そう考えるとサアヤがどんな覚悟を持って自分やマリア、パドの前にリアルを晒し、今もどれほどの勇気を振り絞ってユニコと会って話をしているのか計り知れたものではない。
「……裏切れないな」
「テルには責任があるけど、ずっと二の足を踏んでいたサアヤの背中を押したのも事実。だから」
「その勇気に相応しい男になれって? めっちゃ重いねそれ」
「女の1人や2人、背負うのが男じゃないの?」
「オレが言いそうなことを先回りするのやめて……カッコつかないし」
きっとリュウジもそんな経験があったから、春先にあんなことを言ったのだと今さらながらに理解し、サアヤがそうまでして自分の前にリアルを晒した重さがのしかかってくる。
だがパドが言うような意味にも捉えられることから、支えてあげるのも当然だと思うし、それを義務だとか言うつもりもない。
テルヨシはただ、その覚悟と勇気に見合うだけの価値があったとサアヤに示し続けるだけ。これでやる気にならないわけがない。
そうして言葉とは裏腹に強い意思を瞳に込めたテルヨシを見たパドは、優しい笑顔を一瞬だけ見せて注文されたケーキを運ぶように渡していつもの表情でレジへと戻る。
時おり見せるパドの笑顔は彼女持ちになった今でもドキッとさせられたから困ったものだが、あくまでサアヤが一番! と言い聞かせてイートインコーナーへと戻っていくと、パドの話通りに初来店だったサアヤの常連化計画──勝手にそう解釈しただけ──を終えた2人が店を出るために席を立った。
その2人に自然と話しかけられるテルヨシは役得ながら、偶然とはいえサアヤと顔を合わせられたならと接客ついでに小声で用件を伝えておく。
「暇だったらでいいんだけど、バイト終わりに店に来れる?」
「一緒に帰ろう。なんて可愛い理由じゃなさそうね。それならそう言うし」
「詳細はその時に、ね」
「まっ、変な理由じゃないならいいわ」
本当なら色々と了承が必要な案件ではあるが、こっちもこっちで企みはあるので、今後のためにも利用はしてもいいかなな考え。
その内容についてをまだ知らないサアヤは怪しく思いつつも話だけは聞きに来ると言ってくれたので、まぁ何人かから起こられる覚悟を決めて店を出ていったサアヤとユニコを見送りバイトへとまた集中していった。
「………………なんかおかしいとは思ってたのよ」
何事もなくバイトを終えて完全に帰宅の準備が整ったところまできていたテルヨシだったが、店の外で待っていたサアヤを裏から招き寄せて、パドからのプライベートルームの使用許可を3分くらいもらった上でまずは休憩室で今回の謡の救出計画についてを説明。
黒雪姫のリアルなどは完全に伏せて説明はしたのだが、やはり黒のレギオンのそんな重大な計画にマリアがいるとはいえ参加させてもらえるテルヨシに疑問が出たサアヤは、怪しむ視線でテルヨシを見てくる。
「四元素がレイカー除いてそんな状況になってたのも初耳だけど、まぁそれは置いておいてもよ。この前のレイカーとの対戦といい、今回のといい。アンタ、ネガビュの誰かとリアルで知り合いでしょ。それも第一期ネガビュにも所属してた誰かと」
「んー、その辺はサアヤが向こうに聞いていいかも。オレが判断することじゃないと思うし」
「…………まぁその辺は確かに言及しても私とネガビュの都合になっちゃうか。ああもう……アンタとこうなってから私のリアル割れが激しすぎて泣けてくるわ……」
「もしかしてそれが嫌だって思うようなことがもうあった?」
「……ないわよ。今のところはみんな向こうとあんまり変わらないし、ずっと申し訳なさっていうか、そういうのがあったから、スッキリした部分もあるのも事実」
加速世界では行動力の方が先行しがちなサアヤだが、リアルではなかなか冷静に物事を見られる思考力でネガビュとテルヨシの近い関係に勘づく。
テルヨシとしても自分の彼女である以上、遅かれ早かれ黒雪姫やハルユキ達ともリアル割れするだろうし、話してもいいとは思うのだが、そこはテルヨシが黙っていれば済む話でもある。
しかしサアヤがテルヨシの歳の近い知人に疑念を抱くことは避けられなくなったし、そうした一抹の不安をずっと抱かせるくらいなら堂々とリアル割れさせた方が精神衛生上でも良い。
とはいえ両者がそれを望まないでテルヨシが勝手に引き合わせたら怒号が飛ぶのは間違いないので、そこは今日にでも話をしてもらえたらと思う。
「それで話を戻すけど、せっかく四神のところに行くんだし、今後の帝城攻略のためにも一緒に行かない? 参加するかはサアヤの自由でいいし。というかぶっちゃけ時間がもうない」
それを踏まえて行くかどうかを問うが、現在時刻が8時12分となり、バイト終わりに速攻でマリアからのメールに返事をして決めたダイブ時間は3分後の15分ジャスト。
正直、悩んでる暇もないほどギリギリの中でサアヤを誘っているので強制力が発揮してると言っても過言ではないが、そわそわし出したテルヨシを見たサアヤは短いため息を吐いて席を立つと、
「私は《
「サアヤはなんだかんだで手伝ってくれそうだけど、とにかく行きますか」
すでにプライベートルームの存在も教えられたのか、移動することもわかってて先を行くサアヤに遅れて席を立ったテルヨシも、行ってから考えると言うサアヤのらしさに笑みを浮かべてプライベートルームへと足を伸ばしていった。
イートインコーナーから行けるプライベートルームは外部との通信などを完全に遮断する特別仕様となっていて、中に備えた端末との有線接続なしにグローバル接続が不可能。
だが今回は無限EKの可能性があるので、保険なしにダイブしてしまえば大惨事を招くため、こうして有線接続で切断セーフティーを設定する必要があったのだが、何事にも備えあれば憂いなし。
セーフティーに加えてサアヤがいれば、どちらかが無限EKに陥った場合もセーフティーを待たずにニューロリンカーを引っこ抜いてもらえるといった具合だ。
切断セーフティーは1分後に設定することで、一応は内部時間で約17時間ほどで自動離脱となるが、移動や作戦立案などを含めて実行に至っても、無限EKになった場合はそれでも10回くらいは殺されてしまうので、2人いるのはありがたいのだ。
「ダイブしたらとりあえず現地集合ってことになってるんだけど」
「そこはもう諦めてるわよ。南門だから1時間くらい全速すりゃ着くでしょ」
「さすが東京を探索した先駆者はスケールが違う……」
「まぁ最長で熱海くらいまで行ったし、千代田区なんて散歩感覚よ」
オレも沖縄から東京まで来たから勝ったな。
とかなんとか頭をよぎるも、ほぼ全距離を天馬エネミーの背中で踏破したやつが自慢気に言うことでは全然ないので、都内なら平気で歩き回りそうなサアヤの行動力に苦笑しつつ、準備万端でいよいよダイブの時間となり、これから行う謡の救出に集中して無制限中立フィールドへとダイブしていった。
「イーターの呪いだな」
「恩恵の間違いでしょ。相手からすれば悪くないフィールド属性よ」
久しぶりの無制限中立フィールドに降り立って早々、テルヨシとサアヤが見たのは、もう見飽きたと言っても納得の《氷雪》ステージ。
見渡す限りに続く銀世界は広大さをより強調して目的地まで果てしない錯覚を覚えるが、そんなこと全く気にせずにさっさと走り始めたサアヤのサバサバした感じに尊敬すらして隣を走り黒雪姫達との合流へと動き出す。
謡が封印されている南門は四神《スザク》が守護していて、巨大な鳥型エネミーであるスザクの属性は非常に強力な火。
だからその属性を若干でも弱めるフィールド属性を引けただけでも幸先は良く、これが《煉獄》ステージや《焦土》ステージだったらと考えれば、ただでさえ勝ち目がない相手と遭遇する前に青ざめてしまったかもしれない。
「氷雪は障害を多少無視できて楽だわ」
「軒並み氷山やら雪山だからねぇ。壊せるオブジェクトが少ないのは困るけど」
「着く前には満タンにしときなさいよ。その辺、ロータスは効率的な考えだからグチグチ言われるわよ」
「どうせ怒られるし1つや2つ案件が増えても怖くないですがね……」
高さに差はあるが建物だったものはほとんどが氷山や雪山になっている氷雪はがっちり建物オブジェクトがある他のフィールド属性よりはずっと移動が楽で、グイグイ先を行こうとするサアヤのペースに必殺技ゲージを溜めながら合わせるテルヨシは、この先で怒られる現実にちょっと気持ちが沈むが、今さら落ち込んでも仕方ないしとすぐに開き直ってしまう。
そんなこんなで効率よく移動を完了させたテルヨシとサアヤは、他のバーストリンカーやエネミーと遭遇することなく、千代田区の桜田門──これが南門と一致するわけだ──がある付近にまで到達し、ダイブ時間が微妙にズレたか到着が早かったかでまだ黒雪姫達の姿がなかったので、しばらく待ちぼうけをし、10分程度の待機後にようやく来た黒雪姫達と合流することができた。