「……すんごい勢いだったね……」
「ヤケ糞な感じもあったけど、腹を括ったって解釈でいいんじゃない?」
7月9日火曜日。
《チャイブ・リリース》をレギオンに引き入れることに成功し、矢継ぎ早に《シンデレラ・コントラリー》をレギオンへと引き入れることに成功。
それなりの覚悟を持って接触してきたシンデレラは、物凄い勢いで《リアル割れ》も済ませてしまおうと、対戦を終わらせてから現在進行形でテルヨシ達のいる喫茶店《せせらぎ》に向かってくれている。
それを待つ間にサアヤがユリに《五芒星》が揃ったことを知らせるメールを作成して送り、さすがに今日これからは難しいだろうから、テストが終わった金曜日の放課後にでも顔合わせをしようということになる。
そのメールを送ってわずか2分で了解の返事をしてきたユリに合わせて、シズク達もなんとか都合を合わせると話がまとまったところで5分が経過。
いくら同じ中野第2戦域内にいたと言っても移動には時間がかかるだろうと踏んでいたのだが、まさかの自転車に乗ってやって来たシンデレラと思しき女子が1度喫茶店の入り口を横切って駐輪スペースに停まり、着ていた水色のワンピースと、ビックリするくらいサラサラで綺麗な長い黒髪をなびかせて優雅に来店。
身長は厚底のサンダルを含めても160cmあるかどうかなくらいでどちらかと言うと可愛い系の子。
それなのにお胸の方は谷間がハッキリと見えるくらいの成長ぶりで、テルヨシ推定でEカップはある。
その女子は来店してすぐに5人組の学生の集団を探しテルヨシ達を見つけるや一直線に近寄ってきてボックス席の前で止まって胸の下で腕を組み観察してきた。
遠目からは生粋の日本人のように見えたが、近くに来て見えた瞳の色が瑠璃色をしていたので、薄くはあっても海外の血は入っていそうなことを察しつつ、その女子の言葉を黙って待つ。
「ふーん。やっぱり向こうとリアルじゃ雰囲気が違うわね。でも誰が誰かはなんとなくわかった」
「そんな脂肪の塊を主張する腕組みしてないで自己紹介くらいしなさいよ」
「好きで大きくなったんじゃないんだけど……これだから無い人は」
「無くないわよ。お手頃サイズでまだ伸び代があるわ」
「無い人はいつまでも可能性を信じるからねぇ」
「はいはい、おっぱい談義は女の子だけの時にしてちょうだい。メンズが反応に困るから。ちなみにオレはおっぱいに貴賤はない!」
「「それはどうでもいいわ」」
十中八九シンデレラなその女子はリアルでは少し強気な女の子のようで、初対面のはずのサアヤとも真っ向から張り合う。
話の内容が内容なだけにリクトとアキラはもちろん、シズクも割り込めるようなものではなく、こういうところにためらいなく飛び込めるテルヨシが2人をシラケさせるために好みを暴露して収拾。
そんなテルヨシのどうでもいい情報を聞いて口を揃えてツッコんだ2人も、目的を思い出したように口喧嘩をやめてシンデレラも席へと座らせると、改めてシンデレラが口を開く。
「ネームタグの交換で済むことでしょうけど、親好を深める意味で口頭でも。私は
「へぇ。ドイツ人の血の方が濃いのか。あっ、オレは皇照良。気軽にテルでいいよ。クラリッサと同い年だからよろしく」
「あなたは……向こうでもこっちでも変わらないのね。でも安心したのは何でだろう……」
「そこは究明しない方がいいわよ。これに関しては深く考えるだけ無駄だから。私は都田沙絢。同い年だからこれからよろしく」
「あなたもあなたで変わらない気がするけど、無駄に空気を悪くはしたくないし、仲良くやりましょうか」
ゴゴゴ……と、なんか謎のオーラを噴出させながら挨拶するサアヤとクラリッサの空気はすこぶる良くないが、それも時間が解決するだろうと今はどうこうしようとはしない。
本気でヤバイようなら仲裁に入るし、その辺のことはシズク達が視線で任せたといった押し付けをしてもきたので、渋々だが受け持つことで自己紹介は続き、アキラ、リクトと紹介が済んで最後のシズクになるとさすがのクラリッサも消去法で辿り着く《ボッシュ・ルーレット》のリアルに呆然とするしかなかったようだ。
「…………おかしいわよ。どうして向こうであんなにアホなのに、リアルではこんなに可愛い女の子なのよ」
『同感』
「ええー!? そ、そんな皆さん、私なんてサアヤさんとクラリッサさんに比べたら月とすっぽんですよぉ」
「謙遜は良くないわよシズク。女の子の私やクラリッサが可愛いって思うんだからアンタは十分に可愛いわよ」
「そうよ。ああ……それになんだか触り心地も良いし」
「ク、クラリッサさん!? どこ触って……ひゃあ!」
あまりにもかけ離れたリアルにはクラリッサも戸惑いを隠せずにいたものの、シズクが可愛いことには全会一致の意見で肯定し、それに猛反論するシズクを無視して両サイドのサアヤとクラリッサが頭を撫でたり、対面の男衆からは見えない部分で何かしていたようで、シズクがちょっと艶のある声を漏らす。
それには微妙な表情をするしかなかったアキラとリクトは視線を向けないようにして、抵抗のないテルヨシはガッツリ堪能していたらサアヤに足を踏まれるお仕置きをされて悶絶。
それでテルヨシに餌を与えるのは良くないと判断してサアヤがクラリッサのスキンシップを止めつつ話を元に戻す。
「挨拶も済んだし、シズクの門限も迫ってるから手短に今後の話をするわよ。まずクラリッサ。みんなとアドレス交換して。最後の1人はみんなのテストが終わった金曜日の放課後に紹介する。そのあとにチームワークを深める何らかのミッションをするつもりでいるから、何か適当な案があればその時にお願い」
「ちょっと待ってサアヤ。その前に私が出した要求を飲んでもらわないと困るわね」
クラリッサが来てくれたのは嬉しい誤算だったが、シズクの門限も近いので長々と雑談に時間を費やすことも出来ない。
というよりも明日からはアキラ除きみんな揃って期末テストなので、頭を切り替えるためにも早めに切り上げて解散としたかったところ。
リリースとのラインも確保はしてるので、具体的なことは帰ってから決めてメールするといったことを話したサアヤがお開きにしようとしたら、クラリッサがそこに割って入って何やら重要そうなことを言う。
クラリッサから出された条件はもう全て呑んだはずだよなぁ、と少し思考したテルヨシ達に対して、小さく舌打ちしたサアヤはその条件とやらを覚えていたようで、サアヤが流そうとした条件ならそこまで重要でもなかったかなと思考を停止しかけて、こめかみにピキッ、と血管を浮かせたクラリッサを見て思い出すのを再開。
「……まさかテルとアキラ君は『あんなこと』をさせておいて覚えてないなんてこと、ないよね?」
「はひっ! もちろんです!」
「あー、ああ! あれか!」
「流せば良かったのに……」
「聞こえてるわよサアヤ。それじゃ思い出してくれたならさっさと済ませてちょうだい」
あんなこととか意味深に言われると何やらいかがわしいことのように聞こえてくるが、そう言われればクラリッサを加えて《レギオンクエスト》をやったことを思い出し、そもそも何でそんなクエストをやったかまで思い出せばはい完了。
確かに最初にクラリッサから出された条件の中に『加入した時にはテルヨシをレギオンマスターに、サアヤをサブマスターに変更する』ことを決めていた。
それもサアヤとクラリッサの対戦の結果で譲歩してもらってなので、忘れていたのも失礼だが、かなり個人的な理由だったからサアヤもなあなあで流せると思っていたらしい。
しかしクラリッサは至って真面目にそれを主張してきたからには、元々していた約束でもあるため仕方なく応じるしかなく、渋々でBBのインストメニューを操作したサアヤが、レギマス権限でその役職を変更し、自分のインストメニューのレギオン詳細から確認したクラリッサが、無事にレギマスがテルヨシに、サブマスターがサアヤになったのを見てメニューを閉じて機嫌も幾分か良くなる。
「そんなに重要だったの、これ?」
「言ったでしょサアヤ。私はあなたとあの人が嫌いなの。立場上とはいえ私の上にいることはそれだけで見下されてるみたいで嫌」
「そ、そんなに嫌わなくてもいいのではないでしょうか……これからみんなで仲良くしていこうとしていますし……」
「同感です。サアヤさんも別にクラリッサさんに対してマウントを取ろうなどとはしていないわけですし、そのようなことを気にすること自体がナンセンスかと」
──ピリッ。
その変化には正直なところクラリッサ以外はほとんどどうでもいいことと思っていただけに、好き嫌いをハッキリ言うクラリッサの性格はテルヨシ寄りではある。
ただクラリッサの場合はそれが及ぼす影響ということに配慮がない自己中な部分が前面に出てしまい、その態度にシズクとリクトが反発。
加速世界では今も変わらずライバル関係にある五芒星なだけに、その反発はどんなことになるか予測が難しいし、実際に場の空気が緊張状態に突入してしまう。
「ねぇ《クレア》。今の言葉って別にこっちのサアヤとあの人のことを人間的に嫌いって言ったわけじゃないでしょ」
「えっ……よく私の名前の愛称がわかったわね。もしかしてテルは博識なの?」
「まさか。ただ呼びやすいようにって考えて出てきただけ。それよりどうなのかな?」
本当にこういう時には空気ブレイカーを発動する係になってるテルヨシがサアヤのアイコンタクトに応えて割り込みをかけると、意外なところに食いついたクラリッサがテルヨシも意外な質問で返してきてアドリブで対応。
どうやらクラリッサというのはドイツでは愛称としてクレアで呼ばれるらしく、急にテルヨシにクレア呼びされて面食らったみたいなクラリッサが少し恥ずかしそうにする。
それで少し空気が変わったのを見逃さずに言及を続けると、テルヨシを見て照れながらに言葉足らずだった自分の言葉を改めて説明してくれる。
「……私はあっちとこっちではほとんど完全に割り切ってるの。だから向こうのことは向こうのこと。こっちのことはこっちのことって考えてくれていいわ。悪かったわね、空気を悪くして。でもこっちのサアヤもあんまり好きではないかもだけど」
「ああ問題ないわ。私も好きな方じゃないから。それはお互い様ってことで」
「も、もう! お2人とも仲良くしてくださいー」
「「シズクが間にいれば問題ないから」」
「波長は合ってるんだけどなぁ……」
クラリッサの言い分は理解できなくもないが、テルヨシとしては現実世界と加速世界を切って考える割り切り方は出来ないことなので、完全に納得がいくわけでもない。
ただシズクのことがあったりでそれも個性なのだと思えば受け入れることはできるかと思っていたら、現実世界でもサアヤとクラリッサが親友とかとは無縁になりそうなことに苦笑い。
たぶんシズクの弄り方とかその辺でも垣間見えるが、サアヤとクラリッサはどこか似通った部分があるので同族嫌悪とかそんな感じだろうなと感じたし、一緒にいること自体を嫌っている節も見えないから、関係を築くうちに打ち解けることも可能だろう。
ここにユリという年長者が加わればまた変化もありそうと予想しつつ、そろそろ本格的にシズクの門限が危ういなと時間を確認し切り替えたサアヤがお開きと手を叩き皆を立たせる。
クラリッサも今日のところは急を要することはないかと素直に立ち上がって、会計を済ませる最中に皆と連絡先を交換。
店を出てからリクトとシズクは門限などですぐに帰ってしまったが、自転車で来たクラリッサは余裕があるのか、自宅の近いテルヨシ、サアヤ、アキラと話をするためか自転車を押して中野駅の方へと一緒に歩き始める。
「先に聞いておきたいんだけど、3人は《爆弾魔》とリアルでも面識があるのよね?」
「サアヤ姉とテルさんはありますけど、僕はまだです」
「先に聞いてくれたから言っておくけど、バーちゃんは最年長だから失礼のないようにね」
「さらにちなみに言っておくけど、アンタのなんて萎んで見えるくらいの持ってるから覚悟しておいて」
「本当に? 私より大きい子はうちの学校に結構いるけど、萎んで見えるくらいって凄すぎない?」
──えっ、クラリッサの学校凄くね?
歩きながらにユリについてを先に尋ねてきたクラリッサに事前情報をそれぞれで教えてあげたのだが、クラリッサ級の胸を持つ生徒が割といるとかいうサラッとした情報にテルヨシは動揺。
クラリッサでさえ梅郷中学校なら恵をも凌駕し学年で1、2を争うレベルなのに、クラリッサの学校では上の下みたいな言い方は大変にけしからん。
インターナショナル・スクールは確かに留学生やハーフ、クォーターが多い学校でグローバルな学校──語学の専攻もあるらしい──なのは知っていたが、そのスケールもワールドクラスみたいだ。
「クレアクラスの子がわんさかとか、行ってみ……いったぁ!!」
「はいはい言うと思ったわ。このドスケベ」
そんな子達が日常の中にいる学校生活とか羨ましい限りで、それをついつい口にしようとしたら最後まで言うことなくサアヤに後頭部を叩かれてキャンセルされてしまう。
自分が控えめな方だから嫉妬も含まれているのだろうが、男としてはここに反応しないのは逆に失礼だしなぁ、と頭を擦りつつサアヤに半分くらいは冗談だと弁明するも、お耳を閉じたサアヤは「テルは胸のおっきい子が好きだもんねぇ」とツンツンモードに入ってしまった。
「あら、男が大きい胸に惹かれるのは自然の摂理でしょ。私はチラチラ見てくるクラスの男子よりはテルみたいなオープンさは好感持てるわ。だからってガッツリ見ていいとは言わないけど」
「好感が持てるなら触らせてあげればいいんじゃない? ご自慢の胸なんでしょうしぃ?」
「それはさすがに私を彼女にでもしてもらわないとあげられない特典かなぁ。どうテル? 私と付き合ってみる?」
こうなると機嫌を戻すには2人きりになって何かしないと、と思考していたら、いたずらな笑みを浮かべてサアヤからマウントを取りにきたクラリッサがテルヨシにちょっとアピールすると、対抗したサアヤが出来もしないだろうことを口にして黙らせにいく。
しかしクラリッサは怯むこともなくそれを躱して、自分と付き合うなら触らせてあげてもいいという提案のような告白をわざわざ上目遣いで自然としてきて、その辺が日本人のそれとは違った部分でテルヨシもサアヤもちょっと焦る。
「はぁ? アンタこんなのが彼氏でも良いの?」
「こ、こんなの……」
「私、交際の経験はあるから男を全く知らないってこともないし、テルはちゃらんぽらんな雰囲気はあるけど、向こうではしっかり芯を通してるし、根っこの方は良い男だと思うのよねぇ。まぁ勘だけど、その辺は付き合ってから嫌でもわかることでしょ。合わなきゃ別れればいいだけだもの」
サアヤとしてもまさかそんなことみたいなノリだったから、割と真面目なクラリッサに動揺を隠せず、そのサアヤにこんなの扱いでショックを受けるテルヨシはアキラに慰めてもらう構図がなんとも言えない。
しかしこのやり取りを冗談で済ませるのはいかがなものかと落ち込むのをやめてクラリッサと向き合おうと顔を見たら、そのクラリッサが告白したテルヨシではなくサアヤの方に意識の比重を持っていってることに気づく。
「だ……ダメよそんなの……だってテルはこんなだけど私の……私の彼氏、だから……」
その理由については予測がついたが、答えを言うより前にサアヤが自白するようにテルヨシの袖を摘まんで自分が彼女なんだと主張。
恥ずかしそうにする姿は健気でありながら、意地悪をしていた自分に罰が下ったとばかりに涙も滲ませていた。
「……まぁ知ってたけどねぇ。喫茶店にいる時からテルのこと特別な目で見てたし、なーんか2人の距離感が近かったもんねぇ」
「じゃあ今の告白はサアヤに意地悪しただけ?」
「んー、半分はそうかも。でもサアヤが頑固な感じで認めたりしなかったら、略奪するくらいの気持ちではいたわよ? 私だってそんなホイホイ男の人と付き合ったりしないもの」
「お、大人な恋愛です……」
「クレアのは特殊だぞアキラ。参考にするな」
そんなサアヤを見て正直になったかとあっさり身を引いたクラリッサは、どうやら最初からテルヨシとサアヤが付き合ってることには気づいていたっぽい。
ただそれを公言したりせずにいたサアヤが意地悪みたいなことを言い続けたから、ちゃんと関係性くらいハッキリさせろと強引に追い詰めてやったわけだ。
ただテルヨシに対しての好感度みたいなものは割とマジらしく、サアヤと別れたら付き合うくらいの気持ちでいるクラリッサに危機感を覚えたか、涙目のサアヤがキリッと眼光鋭くする。
「アンタにはテルの浮気性は耐えられないでしょうけど、アプローチするのを止めたりしないわ」
「それって宣戦布告? 私はお前なんかにテルを取られたりしないっていう?」
「捉え方はご自由にどうぞ」
「2人とも……小学4年生の前でドロドロな恋愛話しないでくれる?」
サアヤもクラリッサもなんというか互いに遠慮がないせいで質が悪くなってしまい、そこに恋愛まで絡めるもんだからもうドロドロ。
そういうのは昼ドラとかでやってくれと本気で思いつつ、アキラの前でバチバチ火花を散らす2人にはこれ以上の衝突は教育上良くないと判断して仲裁に入り、この日はなんとかやり過ごすことができた。
期末テスト前日にこんなことやっててメンタル面は大丈夫なんだろうかと、赤点スレスレの成績を叩き出すことに自信のあるテルヨシが心配してしまうが、そこはやっぱり女の子なメンタルで乗り切ってしまうのだろうなとも思いながら、テルヨシも翌日からの期末テストに一旦は集中していったのだった。