月見ヶ島鎮守府の備忘録   作:ラゥ

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第二話:艦娘

「先ず、ここの場所を"月見ヶ丘島"とそう呼ぶことにしている。経緯は後で説明するが、ここは一つの島になっていて半分を俺達『月見ヶ丘鎮守府』が、もう半分を『深海棲艦泊地』が管理している」

 

「シンカイ、セイカン……?」

 

 聞きなれない響きの単語ばかりで、何もかもの理解が追い付かない。疑問符を浮かべながら語句を繰り返すのが精いっぱいだった。

 

「深海棲艦も分からんとは、ホンマに重症やなぁ」

 

 後ろで聞いていた龍驤は、改めて私の状態を知って呆れたような声を出す。それがものすごく申し訳なくて、恥ずかしくて、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 

 

「……まあいい。取りあえず、この島では二つの場所で管理しているということだけ分かってくれればオーケーだ」

 

 一宮提督は私の反応を見越していたかのように、物怖じせず話を続ける。

 

「それで、君が今いるここがそのうちの一つ、月見ヶ島鎮守府だ。他の連中は"お月見鎮守府"だとか、"月鎮"だとか好き勝手に呼んでるがな」

 

「は、はぁ……」

 

 今現在私に解るのはここが月見ヶ島鎮守府という場所で、目の前の人は提督と呼ばれる役職の人だということくらいである。それ以外のことは解ったような解らないようなあやふやで、でも取りあえず話を合わせないと折角説明してくれているのに申し訳ないので、ぐちゃぐちゃにならないように整理をしながら耳を傾ける。

 

「君は今朝、こちら側の管轄領域内の浜辺に倒れていたんだ。それをそこの龍驤ともう一人が見つけて、ここまで担いできたという訳だ」

 

 一宮提督はそう話しながら、私の後ろの壁に寄りかかって話を聞いている龍驤を指さす。

 

「そう、だったんですか……ありがとうございます」

 

 私は振り返って龍驤の顔に向き直し、今更感を抱えつつも頭を下げてお礼の言葉を伝えた。

 

「ええってええって。いつものことやから」

 

「いつも、の?」

 

 龍驤ははにかみながら答えたが、その言葉に引っかかる点を見つけてしまい思わず首を傾げた。

 

「そう、君のように浜辺に打ちあがって見つかる子は少なくない。というより、ここにいる連中は皆その浜辺に打ちあがっていたんだ。その場所を、ここでは"再会の浜辺"と呼んでいる」

 

「再会の……浜辺……」

 

 成程、だから目が覚めた時に自分の身体が湿っていたわけだ。それを恐らく、龍驤とそのもう一人が面倒を見てくれたのだろう。

 

「あ、あのっ……」

 

 不意に私から発せられた言葉に、龍驤と一宮提督が気が付き視線を向けた。

 

「さっきからもう一人とか連中はって言ってますけど、他にも誰か人がいるんですか?」

 

 そう、ここで目が覚めてからまだ二人にしか会っていないのだ。それなのに、一宮提督が話すことや龍驤の言葉はどうもそれ以外に人がいるように聞こえるのだ。

 

「あぁ。人、とは少し違うかもしれないが、まぁ同じだと思えばいい。ここには多くの漂流者が住んでいる。今は夜だから皆寝てるだろうがな」

 

「そう、なんですか……」

 

 確かに、外の景色を見れば今が夜だということはすぐわかる。だとすれば、こんな夜まで起きていてくれている二人に申し訳なくて気が潰れそうだった。

 

「なんや、自分そんなに落ち込みやすいんかぁ? そんなに恐縮せんでもええのに」

 

 二人の話すことを必死に聞いているうちに、私はいつの間にかまた暗い顔をしてしまっていたらしい。それを見かねた龍驤が壁を後ろ足で蹴り上げ、勢いを付けて離れると私の背中を思い切り平手で叩いた。

 

「ひゃあっ!」

 

「シャキッとしぃ! なんも怖がらんでもええって」

 

 龍驤は私の左側に顔をにゅっと出し、ニカッと明るく笑って見せた。

 

「は、はいぃ……」

 

 思いがけないことだったので一瞬目から花火が出た様に視界がチカチカと輝き、勢い余って大きく前に踏み出してしまった。

 

「あんまり乱暴なことはするなよ? 自分で言った事なんだし」

 

 一宮提督は一つ咳払いをして、龍驤に注意を促す。

 

「しゃーないやろ。話が全然進まんから、つい我慢できへんかったんや。大目に見てや」

 

 龍驤は悪びれるそぶりを見せず、くるっと向きを変えて元いた壁際に戻っていってしまった。しかし、龍驤のおかげで色々モヤモヤしていたことが吹っ切れたかのように頭の中がクリアになったような気がした。さっきからずっと助けてもらってばかりで、本当に頭が上がらない気持ちだ。

 

「……続けるぞ。ここにいる連中は皆――」

 

 やっと本題に戻った一宮提督の話を遮るように、私の右手側にある壁を叩く音が聞こえた。

 

「今度はなんだぁ?」

 

「テイトクー。紅茶持って来たネー」

 

 壁の奥から、また聞きなれない声がした。ここに住む住人の一人なのだろうか。

 声の主は右の部屋から入ってくると、両手に持っている何かを一宮提督の机に置きに向かった。また二人とは全くと言っていいほど違う服装で、黒いミニスカートにハイソックスを履いていて、腰には黒い帯を締め上半身は城を基調とした羽織のようなものを着ている。頭には金色に光るカチューシャのようなものがあり、茶色の髪はショート丈に揃えられていた。そして、耳の上程の場所でお団子上に髪が結ってあったのが強く印象に残る。

 

「タイミングが良いというか悪いというか……まあいい。注いでくれ」

 

「ハイハーイ」

 

 その人は一宮提督の横に立って、大きなポットに入っているいい香りのする紅茶を小さなカップに注ぎ分け始めた。花のようなその香りはたちまち部屋中に満ちていき、嗅ぐだけで心がほっと落ち着いてくる。

 一通り注ぎ終えるとその人はカップの一つを一宮提督の前に差し出し、残りは一緒に持ってきた木の板の上に纏めて傍の棚の上に置いた。そしてくるっと向きを変え、柔らかい顔つきで私達の方を向いた。

 

「リュージョーは紅茶いル?」

 

「せやな。貰おうか」

 

 その人は龍驤の方を見て話しかけると、それに応えるように返事をして棚の方に歩いて行ってしまった。龍驤は棚の上に置いてある小さなカップを手に取ると、その表面へしきりに息を吹きかけて紅茶を冷ましているようだった。

 

「アナタが今朝のnewfaceネ? 初めましテ」

 

 その人は私の顔を見てにっこりとほほ笑むと、軽く手を振って挨拶をしてくれた。

 

「あ、初めまして……」

 

「oh……怯えなくてもイイヨ。意識が戻って良かったワ」

 

 私のおどおどした反応を見て、その人は少し心配そうに気を使って声を和らげた。初対面の人にまで気を使ってもらってしまい、本当に申し訳ない気持ちでしょうがない。

 

「なぁ、そろそろ話を戻してもいいか?」

 

 熱い紅茶を一口飲んでからじっと待っていた一宮提督が、ため息を吐きながら声を挟んできた。 

 

「ohっ、そうでしたネ! 話を切ってしまってsorryネー」

 

 一宮提督の問いにその人は両手のひらを合わせて軽く謝ると、私の方を向きなおしてウィンクをして見せた。その行為に、思わず射貫かれたように心がドキッと高鳴ってしまう。

 

「まあ、今来てくれたことで都合がよくなったのは事実だ。さっき話した、龍驤と君を運んだもう一人がこの金剛だ」

 

 金剛、と紹介されたその人は、話が切れたタイミングで軽く手を振りながら微笑みを私に向けた。

 

「この二人をはじめ、ここにいる連中のほぼ全てが"艦娘"と呼ばれている。艦娘は且つて実在した軍艦の記憶を持っていて、云わば兵器のなり代わりだ。見た目は普通の人間と変わらないがな」

 

「かん、むす……へいき……」

 

 その言葉を聞いた時、どこかで聞いたことがあるようなとっかかりを覚えた。自分のことは何もわからないのに、その言葉の差す意味だけが漠然と頭の中に浮かんできたのだ。 

 

「兵器だナンて、女の子に対して言う言葉じゃないデスよ~。ワタシ達は"艦娘"。れっきとした女の子デース」

 

 金剛は一宮提督の横で人差し指を左右に振り、薄くほほ笑みながら先ほどの説明の補足と訂正をする。

 

「他にどう説明しろと? 艦娘なんて言っても分からんだろうし」

 

「what? どういうことデスか?」

 

 金剛は口元に指を付け、一宮提督の方を見て首を傾げる。すると、一宮提督は金剛を自分の傍に来るように言い、顔を近づけた金剛の耳元で何かを話し始めた。

 

 

「……oh、そういうことだったんデスか……」

 

 金剛は一宮提督から今までの事情を聞いたのか、話が終わってから憐れむ様な目で私を見つめた。

 

「あの……すいません……」

 

 私はもう恥ずかしくて悲しくて、ただ顔を俯かせて弱々しく謝ることしかできなかった。事情はどうであれこの人たちに迷惑をかけっぱなしでいるのは確かなので、このまま消えてなくなってしまいたいと思うほどである。

 

 

「謝らなくていいヨ。ここでは何が起こってもおかしくないネ」

 

「で、でも……」

 

「あーも―っ! 話進まへんから、もうその辺にしとき!」

 

 私達のやり取りを見るに見かねた龍驤がついに声を荒げ、部屋中に響くように大きく手を叩いて会話を断ち切る。

 

 

「取りあえず、今日の所はこのくらいでええんちゃう? この子にも色々あるやろうし、続きは明日にせえへんか?」

 

 

 龍驤は私の横に歩み寄って、私の肩に手を置きながら目の前の二人に提案する。龍驤の提案には私も大いに賛成だ。これ以上訳の分からないことが増えると、多々でさえ消耗している頭の中がパンクしそうだったからだ。

 

 

「ん……そうだな。よし、今日の所は解散にしよう。続きはまた後日に話す、それでいいかな?」

 

 

 一宮提督は少し考えるそぶりを見せ、それから納得したというように小さく頷くと私に視線を向けて尋ねてきた。

 

 

「あっ、はい……」

 

 

 上目遣いで答える私の反応を見てから、今度は金剛の居る方に首を回す。

 

 

「ワタシもそれでイイヨ~」

 

 

 金剛も一宮提督の方を向き、にっこりと笑顔になって答えた。

 

 

「よし。今日の所は龍驤、お前の部屋を使わせてやってくれ。確か空きベッドあったろ?」

 

 

「えぇ……なんでウチなんや?」

 

 

 龍驤は一宮提督の提案に、眉間にシワを寄せて少し不満そうな顔で問い返す。

 

 

「なんか一番懐いてるっぽいし? 取りあえず今夜だけでも面倒見てやってくれよ」

 

 

「そう言われてもなぁ……」

 

 

 片手で頭を掻きながら、少し困った顔で龍驤は私を見つめる。しかし、実際の所一宮提督が言うことには一理ある。目が覚めからこの瞬間まで、一番顔を合わせた時間が長いのは龍驤だ。一宮提督や金剛が信じられないわけではないが、やはり面倒をよく見てくれた彼女が一番安心できる。願わくば、今夜だけとは言わず暫くの間相部屋にしてほしいところだ。

 

 

「お、お願いしますっ……!」

 

 

 私は精一杯の勇気を振り絞って、震える声を張って龍驤に大きく頭を下げた。初めて見せた真剣な表情とその行動に、龍驤は目を丸くして声を失ってしまった。私は黙ってずっと頭を下げっぱなしだったが、頭上で唸るような声がしばらく続いた後「はぁ……」とため息が聞こえた。

 

 

「しゃーないなぁ……」

 

 

 私は恐る恐る顔を上げて龍驤の顔色を窺うと、彼女は自分の頬を指で掻きながら苦い表情をしながら私から視線を外していた。本意ではないのだろうが、それでも受け入れてくれたことに心が熱くなってくる。

 

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 

 私はまた声を張り上げて頭を勢いよく下げ、龍驤に感謝の気持ちを伝える。

 

 

「落ち込んだリ元気になったリと、面白いgirlネー」

 

 

 金剛は私の感情の変化を静かに眺めつつ、楽しそうな声色でつぶやいた。

 

 

「そんじゃ、後はよろしく」

 

 

 一宮提督はそう言い残して席を立ちあがり、白い帽子をかぶりなおしてからゆっくりと部屋の出口の方に歩いて行ってしまった。金剛はその姿を笑顔で見送ってから、机の横で残ったカップと食器を片付けに入った。

 

 

「ほな、うちらも行こか」

 

 

 何も考えずぽけーっと突っ立っている私に、龍驤は静かに声を掛け自分の後ろにある出口のほうに親指を向けた。

 

 

「あっ、はいっ」

 

 

 私は出口に向かって歩いて行く龍驤の背を追いながら、金剛が残る部屋を後にした。

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