優しい嘘   作:朱月望

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優しい嘘 その1

 私が初めての彼女を見た時、可憐だと思った。幼い顔は芍薬のように清楚で愛らしく、私は守ってあげたいと思った。

 私が最期に彼女を見た時、儚いと思った。頬を伝う涙は悲哀に満ち、今にも崩れ落ちそうで……どうして彼女の笑顔を守れなかったのだろうと後悔した。

 

 

 

 

 

「すみません」

 私は熊野権現の参拝のため、一晩泊まるための宿を探していた。

「はいよ、お待たせ」

 家の主が私を出迎える。

「私は修行僧をしております、安珍と申すものです。熊野権現へ向かう途中なのですが、日が暮れてしまい宿を探しているのです」

「それならうちに泊まってもいいぜ」

「すみません」

「なに、困ったときはお互い様さ……それに、うちのチビがあんたを気に入ったようでな」

 男の後ろにいる幼い少女が頭を覗かせる。

「ああ、名乗るのを忘れていたな。俺は清重、庄司清重だ。そしてこっちは娘の」

 そう言うと男は後ろに隠れていた娘を私の前にやる。

「……清、清姫です」

 少女は消え入りそうな声で名乗る。

「こいつは人見知りが過ぎて、仲良しがが全然いなくてな……よかったら一晩の礼として話し相手になってくれや」

 清重はニタッと笑う。

「そんなことでいいのなら……よろしくお願いします清姫様」

 私が笑顔を向けると清姫は顔を真っ赤にする。

「はい。安珍……さま」

 

 

 

「なぁ安珍殿、晩酌に付き合ってくれないか?」

 あれから毎年、参拝の際はこの家に寄ることが習慣になっていた。

「清姫は遊び疲れた所為(せい)か、早く寝てあんたも暇だろ?」

「話し相手としてなら付き合いますが、私は飲めませんよ仏道的に」

「ちょっとくらい良いじゃないか。ほらあれだ、般若湯だよ般若湯」

「……仕方ありませんね。少しだけですよ」

「よしきた!!」

 清重と酒――般若湯を酌み交わす。

「なぁ、安珍よぉ、うちの娘を嫁に貰ってくれないか?」

 清重は飲み始めて直ぐにできあがり、絡むように話しかける。

「ご冗談を」

「冗談なもんか。あの()娘はあんたに恋してる。そして、俺もあんたが気に入ってる。あんたはどうだ?」

 清重は真面目な顔で尋ねる。

「あんたもうちの娘を()いているように見えるんだが」

「幼女趣味はありませんよ」

 冗談めかして笑う。

「なら、女になったら貰ってくれるんだな」

「…………」

「あと三年もしたら、あの娘も13でいい年だ。その時になったらいいか?」

「…………」

 仏門に帰依する者は戒律として結婚はできない。それは常識であるにも関わらず、それを問うということは本気なのだろう。

 だが、ここは考えるまでもなく断るべきだ。清重に嫌われまいと曖昧な返事はかえって逆効果であるし、嫁にするなどもってのほかだ。

「……それも、いいかもしれませんね」

 それなのに答えは違っていた。酒に酔っていた所為なのか分からないが、何故かそう答えていた。

 その時、隣の部屋で会話を盗み聞きしていた者の存在にも気づかずに――

 

 

 つづく

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