優しい嘘   作:朱月望

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優しい嘘 その2

 私は昔から顔についての悩みがある。

 他の男と比べると(いささ)か美丈夫であるこの顔は様々な困難を呼び込んできた。

 女人との揉め事が絶えないなどといった些細なことであれば自慢話の一つになるのだが。

 私の顔は女を惹き付けるだけでなく、人ならざる化生(けしょう)をも()するためだ。

 幼き頃から私の顔は妖魔を呼び寄せ、神隠しにあったり、生命を奪われかけたこともありました。

 そんな私を気遣い、両親は名のある寺に私を出家させた。

 そこで私は法力を学び、今では自分の力である程度の怪異は祓えるようになりました。

 しかし、この魔を()する面貌は何時になっても治らず、周りの者に迷惑をかけるため、永く親しい付き合いができる者もそういない。

 そのため私は無意識に人との繋がりを求めていたのかもしれない――

 

 

 

 

 

 清重と酒を交わしてから3年が経った。

 毎年通ってはいるが、あの夜以降清重は結婚の話はしなかった。

 私は拍子抜けしたような気分であったが、清重は酔いが醒めて冷静に考えた結果、戒律を破り、身寄りがなくなった私を婿にしても何も得はないと判断したのだろう。

 私も清重の一晩の失態に突け込むようなことはしたくないので、話を蒸し返すようなことはしなかった。

「すみません」

 私は毎年のように声をかける。

「……おう。来たのか」

 いつものように清重が出迎えるが、どこか元気がない。

「どうかされましたか? 元気がないようですが、どこか具合が悪いのでしょうか?」

「いや、そういうことじゃない。俺は元気だ。

 ……ところでよ、まだ日が高いし今年はちゃちゃと寺に行ったらどうだい」

 今の時間帯は昼と夕の間であり、日が高いとは言えない。

 山の日暮れは早い。あと一刻も経てば、夜が空を覆うだろう。

 清重は私を歓迎していないのではないだろうか?

 そこで私は清重の左腕に大きな火傷の痕を見つけた。

「私に何か問題がありましたか?」

 私がこの家に通ううちに怪異を呼び寄せてしまったのではないかと危惧する。

「いや、あんたは何も悪くない。……強いていうなら俺の所為(せい)だ」

「それはどういう……」

「安珍様!!」

 私の声を遮り、清姫が姿を現した。

「今年も私に逢いに参られたのですね! とても嬉しゅうございます」

 清姫は昔は恥ずかしがりで内気な性格の持ち主であったが、近年は自分から話しかけるような元気な娘になっていた。

「清姫、彼は今から出立するから、今日は泊まらないらし……」

「お父様、()()嘘はいけませんよ」

 清重は清姫の言葉に震え、左腕を抱く。

「さぁ安珍さま、どうぞ家に上がって下さいまし。お話したいこともございますので」

 私は清重の態度に疑問を抱きつつも家に上がった。

 

「すまないが俺は少し疲れたようなので、先に寝る」

夕餉(ゆうげ)が済み、清重と話をしようと思ったのだが断られてしまった。

「いえ、御身体を大事にして下さい」

「……本当にすまないな」

 清重は小さな声でそう言い、寝床に向かった。

「安珍様」

 清重が去って直ぐに後ろから声がする。

「清姫様、どうかなされましたか」

「大事なお話があるのですが、(わたくし)の寝室に来て頂けませんか」

「私は仮にも僧です。夜這いのような真似はできません」

「そうですか……では、話はまた後ほどいたしましょう」

 そう言って清姫は去る。

 

 私も少し早いが床に就いた。

 ここまでの行脚の疲れから身体は休息を欲しているにも関わらず、眠気は訪れない。

 段々と夜も深まり、静寂が耳に痛い。

 すると突然、スーっと襖を開ける音が聞こえた。

「どなたですか?」

 起き上がり、人影に声をかける。

(わたくし)です。清姫です」

「何用ですか?」

「それはもちろん……」

 シュルシュルと衣擦れ音が聞こえる。

「私を貰って頂くためにです」

 開け放たれた襖から差し込む月明かりに照らされ、白い肌が(あらわ)になる。

「おやめなさい」

 私は冷たく言い放つ。

「なぜですか? 私達(わたくしたち)夫婦(めおと)となる約束をしたのですから、夜の営みは当然のことですよ」

「約束?」

「ええ、三年前にお父様とお話になっていたではありませんか」

 よもや、あの話を聞かれていたとは――

「あれは酒の席で思わずこぼした言葉です。ですから……」

 誤解を正そうと口を開くが――

「安珍様も嘘をつかれるのですか?」

 清姫の異変に気付いた時には手遅れだった。

「お父様も嘘をついたのです……安珍様と結婚させる気はないと、あの夜の言葉は酔人の戯言だと」

 清姫の色白の柔肌は蛇を思わせる白い鱗で(おお)われ、私を見つめる瞳は金色に輝いていた。

「嘘をつけば地獄にて、その身を業火に焼かれます……それを教えるとお父様は嘘をつくことを止めて、私と安珍様が 結婚することに賛成してくれました」

 天井まで伸びあがった蛇の瞳が私を睨みつける。

「安珍さまは僧なのですから解ってらっしゃいますよね……嘘つきはどうなるのか」

 清姫の口から(ほのお)が洩れる。

 この時、清重の態度と火傷の理由を理解した。

 しかしどうしたものか……清姫を嫁に貰わなければここで焼き殺され、嘘をつくこともできない。さりとて、この場から逃げることも叶わない。

「……清姫様、結婚するとなると私は破戒僧となります。そうなると私は寺の山門をくぐることが叶いません、ですから私は最後に参拝をしたいのです。明日、熊野権現から帰ったらこの話の続きをしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「分かりました。この話は明日にいたしましょう」

 清姫は目を閉じ少し考えた後に、そう答えた。

 気がつくと肌も瞳も元の姿に戻っていた。

 清姫は着物を直してから――

「……ですが、嘘はいけませんよ」

 そう言い残して部屋を出た。

 

 

 

 つづく

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