優しい嘘   作:朱月望

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優しい嘘 その3

「行ってらっしゃいませ」

「あ、ああ、行ってくる」

 翌朝、私はこの家を出立した。

 清姫は昨晩の変貌など無かったかのようで、いつもと変わらぬ様子で見送り、清重は具合が悪くなったと寝所から出てこなかった。

「どうしたものか……」

 清姫の正体、帰った後の対応――

 私は今後のことを考えながら山道を登る。

「よくいらした」

 気がつくと山門の前まで来ており、門の前で住職が出迎えていた。

「無事でなにより。さ、詳しい話は奥でしよう」

 住職は優しく笑いかけ、境内へ案内する。

 住職はこうなることを知っていたのか? 疑問に思いながらも案内されるがままに境内に入る。

 

 

 

「……ということなのです」

 客間へ案内された私は昨晩体験したことを住職に話した。

「なるほど……」

 住職は神妙な顔で頷く。

「七年も前のことだが……」

 そう住職は切り出した。

 七年前――私が出会う四年も前か。

 であれば、私の貌が影響している訳ではないのか?

「真砂の庄司が娘を連れて、わしの元に訪ねて来た……この娘に妖怪が取り憑いているとな」

「話を聞くと、その娘は近所に住む二人の子供を焼き殺したのだとか。そのとき庄司はその現場を見てはいなかったのだが、見ていた者が言うには、その娘は蛇になって火を吹いたと言っていたそうだ」

「庄司は何かの見間違いではないかと娘に確認してみると、娘はその二人は嘘つきだったので焼き殺したと認めたらしい」

「ただの子供がそんなことを出来る訳がない、妖怪の仕業に違いない。だからなんとかして欲しいとね」

 住職の長い話が終わる。私の舌は驚くほど乾いており、言葉を出すのが困難だった。

「そ、それで、何か憑いていたのですか?」

 話の――いや、昨晩の出来事を頭に浮かべ訊ねる。

「いや、なにも憑いてはいなかった」

 住職はあっさり言い放つ。

 そうであろう。何か憑いていたのなら私が気づかない訳がない。

 私の眼には、あれは憑りつかれたモノではなく、怪異そのものに映っていた。

「結局、わしは何も出来ず、また何かあれば訪ねるようにと言い、帰したのだ」

 住職は話を続ける。

「それから七年、何かあったと報せもなかったので解決したのかと思っていたのだが……」

「三ヶ月前、庄司が一人で訪ねてきた。腕に大きな火傷を負った状態での。何事かと訊ねると娘にやられたのだと言った」

「近年、庄司の家では毎年のように美形の修行僧が泊まりにきて、娘がその者に好意を持つようになった。娘は昔のこともあり村の者から距離を置かれ親しいものがいなかった所為か、庄司はその僧を婿にしようと思ったらしい」

「…………」

「あとはお主の知っての通り……酒の席で婚姻の話をし、それを娘に聞かれ、暴走を止めようとしたら、その娘が竜になり庄司を焼いた」

「…………」

「そして今度はその僧にまで危害が及ぼうとしている訳か」

「彼女はいったい何なのでしょう?」

 私はたまらず訊ねた。

「分からぬ。ただ……」

 と、住職は続ける。

「人が鬼になるといった話を聞いたことがある」

「人が鬼に?」

 鬼は見たことがあるが、アレはヒトが成りうるモノには見えなかったが――

「ああ、元はただの人間だった者が、周りの者との違い……例えば、一回りも二回りも大きな者や、産まれた時から歯が生え揃ってる者、肌の色が違う者――普通の人とは少しだけ異質な身体を持つ者」

「そういった者たちが村の者に鬼だ化物だと迫害されていくうちに、本当の鬼や化物になると云う」

「な、なぜなのですか!?」

「恐らくは思い込みなのではないかと、わしは考えておる。

 鬼だ化物だと言われていくうちに自分自身でそう思い込み、心が鬼となり、その身体までも異形へと変えていくのではないかとな」

 彼女もそうだったのだろうか?

 嘘をつかれた怒りで蛇竜となった自分の姿を思い描いたのだろうか?

 このままだと、彼女は本当の竜になるのだろうか?

「どうすれば、それを止めることができますか?」

「鬼に変生した者は、幼少時に多いと聞く。多感な時期にそういったことが起こるのなら、大人になれば治るかもしれん」

 よかった、治らないものではないのか。

「では私はどうすればいいでしょうか?」

「その娘に見つからないようにこの地から離れ、最低でも五年は近づかないようにすることだ」

「…………」

 それが最善の方法であるにも関わらず、私は受け入れられなかった。

「どうかしたかね?」

「……私はこう言ってはなんですが、仏門にそれほどの執着を持ち合わせてはいません。

 ですので、本当に嫁に貰えば全ては解決するのではないでしょうか?」

 普段はただの少女なのだ。それを異質だからといって、遠ざけるという行為には抵抗を感じる。

 私の過去と彼女を重ねているのだろうか、私とて排斥された異端だから。

 それとも――

「そして、夫婦となったお前にその娘が、隠し事があるなら喋りなさい、とでも言ったらどうするのだ?

 お前は化物で、殺されたくなくて、しぶしぶ結婚したと答えるのか?

 そもそも、人と人の付き合いで表裏のない関係でいられると?」

 理想論を語る私に、住職は現実という冷や水を被せる。

「獣や木々、自然や怪異などは人と違って嘘をつかない。これはある種の純粋さとも呼べるかもしれんが」

「その娘もそういったものに近いのだ。故に嘘をつかず、嘘を赦さず……そういった者が人の(ことわり)の中で生きることは難しい」

「いつか限界がきて、我々が理解し難いその者の(ことわり)によって喰い殺される」

「わしはお主のそんな姿は見とうない」

 住職は私の目を見ながら真剣に語った。

「……分かりました。彼女とは当分、距離を置きます。相談に乗って頂き本当にありがとうございます」

「いや、お主だけの問題ではないからの。しばらく会えなくなるのが寂しいが、達者でな」

「はい。ありがとうございました」

 私は住職に別れを告げ、寺を出た。

「さあ、帰ろう」

 そう私は呟く。

 何処へ、とは言わなかったが――

 

 

 

 つづく

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