山を下り、分かれ道に立つ。
一方は帰り道、もう一方は清重の家に続く道。
「…………」
清重の家の方角を見て数年の出来事を思い出す。
生まれ持った呪いの所為で人付き合いが乏しかった自分にできた大切な人たち。
最後に別れの挨拶が出来ないのが悔やまれる。
「さて……」
そして私が帰路を歩むと――
「どちらに行かれるのですか安珍様?」
私の真後ろから声が聞こえる。
「帰り道はそちらではありませんよ?」
「付けて来たのですか?」
私は振り返らず訊ねる。
「ええ、道中危険な目に遭わぬよう陰ながら見守っていました」
顔を見ていないが、きっと満面の笑みなのだろう。不気味なほどに。
「住職との話は聞いていましたか?」
付けられたことはいい――問題はあの話を聞かれてないかだ。
もし、話を聞いてショックを受けたなら、彼女がどう暴走するか分からない。
「いいえ、寺院の中は安珍様の私的な場所ですから立ち入っていません」
「そうか」
あの話を聞かれていないことに少し安堵する。
「それで話を戻しますが……安珍様、一緒に我が家に帰りましょう」
ここであの家に戻る訳にはいかない。
それでは意味がない。
「失礼ですが人違いなされていますよ。私は安珍ではありません」
私は振り返り顔を見せる。
法力により私の顔を兄弟弟子の誰かの顔に錯覚させた。
「安珍ならまだ寺におりますよ。ですから引き返し……」
「何故そのような嘘をつかれるのですか?」
清姫の金の瞳から出る眼光が私の身体を貫く。
「その佇まい、歩き方、話し方、表情、匂い、仕草にいたるまで、全てが安珍様です。例え、そのようにまやかしで顔を変えても……私には分かります」
「…………」
「ねぇ、どうして嘘をつかれるのですか?
嘘は吐かないで、と言ったではありませんか」
徐々に清姫に力が宿るのを感じる。
「破ァッ!!」
私は清姫を拘束する法力をかけて逃げ出した。
「どうして……どうして……安珍様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
清姫の身体が蛇竜に変貌していく。
竜となった清姫は拘束を解き私を追いかける。
それから私は逃げた。草履が擦り切れ、足から血が出るほど走り、川を渡り、ときに法力で清姫の動きを縛り、幻術で姿を隠し、呪法で目を眩ました。
そうやって清姫に追いつかれないように、まさしく必死で逃げた。
疲労が限界に達した私は道成寺へ逃げ込んだ。寺の者に事のあらましを喋り、匿ってほしいと頼んだ。
初めは信用してはもらえなかったが、私の気迫に押された為か釣鐘の中に匿ってもらった。
「安珍様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
しばらくすると地獄の底から響くような声が聞こえる。
寺の坊主たちはの悲鳴や逃げる音が何が起きたのか物語る。
「もはやここまでか」
私が隠れている鐘に向かって足音が段々と近づく。
「安珍様、そこにおいでなのですね」
先程の叫び声と打って変わり、鈴を転がすような綺麗な声が鐘の向こうから聞こえる。
「なぜ、私に嘘をついたのでしょう。私のことが嫌いならば逃げずとも正直に嫌いだと申し上げれば良かったではないですか」
「…………」
「安珍様が嫌いだと会いたくないと
「…………」
「最後に正直に教えて下さい……私のことをどう思っていらっしゃるのかを」
「…………」
「……そうですか、そこまでして私に本当のことを話しては頂けないのですね」
清姫はそう言い終えると鐘の中が急激に熱くなる。
竜の息吹で釣鐘を焼いているのだろう。
熱気に肺をやられ呼吸ができない。身体を支えきれずその場に倒れ込む。
そして直ぐに鐘が溶け、空いた孔から灼熱の
数秒後には
その顔は加害者であるにも関わらず、私よりも苦しく泣いていた。
そんな顔、今まで見たことがなかった。
気が付くと口を開き、声を出そうとしていた。
「(すまない)」
喉は焼け、肺は爛れて声こそ出なかったが、私は力を振り絞り言った。
君を哀しませてすまないと――
つづく