一先ず合流に成功した俺たちは、キンジとはぐれてしまった星伽の捜索に移ろうとしたところで、キンジとアリアが同じ方向を向いた。
―何してんだ?
「咳が聞こえたわ、白雪よ、あっちにいる」
「ああ、行こう」
咳なんて聞こえなかったが、キンジとアリアには聞こえたらしい。お前らどんな聴力してんだ。
「だけどアリア、ヤツがどこから襲ってくるか分からない。盾にならせてくれ」
キンジが普段絶対に言わないような事を言い出した。
「おいキンジどうした、普段のお前ならアリアを先に行かせて後ろからちょこちょこ付いてくるカンジだろーがよ」
キンジの隣に並ぶようにして、アリアの前に出てヒソヒソと小声で話しかけると、キンジはまたまた変な事を言いだした。
「男が女を守るのは、当然のことだろう」
背中がゾクゾクする。きもっ!何このキンジ!頭打ったか!?
――変な事もあるもんだなぁ
しばらく音のした方向に進んでいくと、星伽を見つけた。
エレベーターホール近くのコンピュータの傍に、座り込んで咳き込んでいた。
「けほっ...けほっ...て、敵は...?」
「姿が見えないわ。白雪、私たちから離れないで」
アリアが白雪の背中をさすりながら星伽に言う。星伽はそれを受けて、こくりと頷いた。
だが、キンジは何を言わず、じっと星伽を見ている。
「白雪、唇、大丈夫か、さっきの」
キンジが何を思ったのか星伽に質問を投げかけた。
「うん、大丈夫」
星伽はそれに返答をする。うん?なんでキンジはこんな時にそんな事を...?
唇くらい結構簡単に切れるだろ。あーでも今のキンジはなんか変だしなぁ...
そういう事もあるかと周囲の警戒を続ける。
「でも、血が出てただろう、見せてみろ」
「ううん。大したことなかったよ。口の中を切っただけ」
その返答の一瞬で、キンジの雰囲気が変わったのが分かった。
「アリア、逃げろ!」
言葉と同時、キンジがバギュン!と発砲した。
それに驚き、周囲を警戒していた俺は後ろを振り返る。
キンジが、星伽を撃った...?当たってはいないようだが、何をしてるんだ!
「おいキンジ!星伽を撃つなんてどうした!お前らしくねーぞ!」
―マジに頭おかしくなったんじゃねーか!?
そんな驚きを尻目に、星伽はまだ状況を呑み込めていないアリアに凄まじい速さで接近する。
それを見たキンジが星伽に向けて、ベレッタをフルオートで撃ち始めた。
バババババッ!!! マズルフラッシュが閃き、放たれた銃弾が星伽を狙う。
しかし、星伽には当たらず、裾に1発命中しただけだった。
裾を弾かれた星伽は、体勢を崩すかと思いきやその勢いを利用して這うような状態になり、更に加速。一瞬でアリアの背後をとった。
そしてすぐさま星伽はコンピュータラックの下にあった日本刀を抜いた。
キンジはアリアを盾にされ撃てずにいたが、アリアも何か察知したらしく、2丁のガバメントを引き抜く。
振り返ろうとしたところで星伽がアリアの首を掴み、日本刀をそえる。
日本刀の刃が当たっているのは、耳の下の首筋。そこは頸動脈が通っている場所で、数センチ斬り込めば失血死確実という人体の急所。
―今ので分かった。コイツはジャンヌだ。何らかの方法で変装したジャンヌだ。
星伽の姿をしたジャンヌは、アリアの両手に肩越しから息を吹きかけ、アリアのガバメントを手から離させた。アリアの手には氷が張り付いていた。
「ジャンヌ・ダルク!アンタがあたしのママに着せた冤罪、107年分を償わせてやる!」
アリアが凍り付いた手の痛みに耐えながらも吠える。
「この状況で言う事か?」
ジャンヌはふん、と鼻を鳴らし嘲笑う。
「...キンジっ...ハヤト、撃ちなさい...!」
今のキンジじゃ、撃てない。だから―俺がやる。
「口を動かしたな?喋ったな?悪い舌はいらないな」
そう言いながらジャンヌはアリアの口に顔を近づけ、冷気を直接吹き込もうとしている。
刹那、頭の中でゴールデンウィーク中にしたアリアとの特訓の一部が駆け巡った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『いい、ハヤト。アンタの能力は速くなること、これでいいわね』
『ああ、間違いない』
『そして、無意識下ではあるものの、傷の治りも速くなる。これも間違いないわね』
『ああ、脅威的な回復力だとお墨付きをもらったくらいだ』
『で、今のアンタの能力は進化し続けている』
『ああそうだ、今の速さは俺自身も知覚できない』
『...少し、人体の勉強をしましょう』
『え゛』
『必要なことよ』
『お、おう。わかった』
『目と脳の話よ、網膜に光があたると、網膜で感じた光の色や明るさなどの情報が視神経を通って脳へ伝わる。脳はその情報をもとに複雑な処理を行うわ』
『うへぇあ』
『ちゃんと聞きなさい。物体が見えるというのは、網膜が物体の色や形を光の情報として感じ、脳がその光の情報をもとに物体の色や形や動きを認識するということ』
『ふむ...』
『で、重要なのは
『...あぁ、成程』
『『アンタ/俺 は アンタ/俺 の速度に追いつける』』
『でも、覚えておきなさい。それを出来たとしても、脳にとんでもない負荷がかかるし、目も傷つくかもしれない。制限時間は...10秒よ』
『9秒でいい』
『何謙虚になってるのよ、10秒でいいわ』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
特訓で、手に入れた新しい可能性。
実戦で使うのは初めてだな、両目でやれないのが少し悔しい。
左目を閉じて、集中する。
息を少し吸って、吐き出す。
そして――息を止めて...
目を見開く。
瞬間。
世界は――――スローモーションのように、ゆっくりと動き出した。
9...
素早くホルスターに手を掛け、XVRを引き抜く。
8...
そのまま目線の高さまで持ち上げ、照準を覗いてジャンヌが持っている日本刀に向ける。
7...
ジャンヌがアリアに顔を寄せているため、少しアリアから離れたソレの、鍔を狙う。
6...
ガウンッ ガウンッ ガウンッ!
5...
トリガーを引く。シリンダーがゆっくりと回転して、カチリと止まる。
4...
3発の銃弾のうち、2発が鍔に命中する。残りの1発は外れて大型コンピュータに着弾した。
3...
2...1...
Time Up
スローモーションの世界が、速度を取り戻す。
ギャギギィン!と派手な音を立てて日本刀の鍔が割れ、ジャンヌの右手は大きく上に弾かれた。
「なっ」
「何ッ!」
「ハヤト!信じてたわ!」
キンジが驚く。ジャンヌも信じられない物を見たという表情になる。
その中でアリアだけは俺を信じていたのか、自由になるとすぐに前転、地面に落ちたガバメントを拾い、キンジの傍に行く。
「10...秒...ハッ...はぁっ...きっつ...」
汗が滲み出てくる。目がズキ、と痛む。脳が草臥れているような感じがする。
「隼人、今のお前の動き...辛うじて見えたがなんて速さでやるんだ...」
キンジがジャンヌに視線を固定したまま、俺を称賛してくる。
「へ...へへっ。これが俺の、本来の...速さだぜ」
俺もジャンヌに狙いを付けたままキンジに話しかける。
「おのれ...冴島隼人っ...!やはり貴様は、『誤算』の権化だ!」
ジャンヌは震える右手を左手で抑えようとするが、突如飛んできた鎖がジャンヌの持っていた日本刀に絡みつき、ジャンヌの手から離れてしまった。
刀が持っていかれた方向を見ると、星伽が大型コンピュータの上にいた。
そのまま刀を持ち、飛び降りてジャンヌ目掛けてて斬りかかった。
ジャンヌはそれを見てやや後退、星伽がアリアとジャンヌの間に入る形で着地する。
星伽が刀を振るうがジャンヌはそれを袖で掴もうと防御態勢をとる。
そこにアリアが割り込み、カンガルーキックを叩き込んだ。
ジャンヌは姿勢を大きく崩し、後退を余儀なくされる。
アリアはカンガルーキックの反動でゴロゴロと床を転がり、またキンジの近くへと戻る。
そのアリアを庇うようにして星伽が構える。俺もアリアの隣へ立ち、XVRを構える。
ジャンヌはそれを見て表情をやや苦々しくし、裾からカンを落とした。
ブシュウウウウウウウッ、と音を立て煙が立ち込める。
――発煙筒...!
煙を感知してスプリンクラーが水を撒き始める。
煙が一気に引いていき、視界がクリアになる。
――だが、発煙筒...?体勢を立て直すためか?
床が水に濡れる。俺たちも発煙筒の近くにいた為に水を被っている。
足もさっきの地下倉庫でズブ濡れだった。
「魔剣!出てきなさい!卑怯者!何処までも似合わない御先祖さまね!」
アリアが挑発をする。
「それはお前もだろう、ホームズ」
何処からか声が聞こえる。どこだ...キンジとアリアがエレベーターホールの方を向く。
俺もやや遅れてそれに追従する。
少し、寒い...いや少しじゃない...!
――スプリンクラーは、この為の布石!
スプリンクラーから撒かれる水は、途中で凍りついて結晶となり、宙を舞っている。
ダイヤモンドダスト...だったか。濡れた体がどんどん冷えていく。
体力が冷気によって奪われていく。
「...キンちゃん、アリアを守ってあげて。アリアはしばらく戦えない」
星伽はそう言いながらしゃがみ、アリアの両手を包んで、何かを呟いた。
突如アリアがビクッと跳ねて痛々しい声を漏らす。
「これが治るまで、5分くらいかかると思う。だからそれまでは、私が1人で戦う」
星伽が立ち上がり、紙を取り出した。それを周囲の大型コンピュータに張り付けると、
周りが一気に温かくなった。
星伽の体から、溢れんばかりの力の波が伝わってくる。
ふと気が付くと、服は乾いていた。
XVRのシリンダーを開けて空になった薬莢を3発抜いて、新しく弾を込める。
そしてそのまま一歩、前にでて星伽の隣に立つ。
「俺も仲間にいれてくれよ」
星伽が、キンジが、アリアが俺を見る。
「無茶はしない、それに、1人でやるよりずっといい」
眼帯代わりにしていたネクタイを解く。血は止まり、傷は少しだが塞がり始めていた。
右目を開く。明るさに馴染めず少しチカリとするが、それもすぐに収まった。
「見ての通り、右目も無事だ」
そう言いながらニヤリと笑う。
「冴島くん...うん、分かった。一緒に戦ってくれる?」
「応とも」
星伽と俺とジャンヌ...超能力者3人の戦いが幕を開ける。