香港行くまでには終わらせます。
アリアたちをなんとか、本当に決死の思いで説得したあと――キンジは酷く疲れた顔で、片腕をGⅣに組み付かれたまま病室を出ていった。
俺もこれ以上病室に居ても何もできないだろう、という考えからアリアたちに別れを告げ、病室を後にする。
眩しい程のオレンジの光を放つ夕陽が、1階のロビーに入り込む。
もうすぐ、夜が来る。
太い柱が、夕陽に照らされて影を生み出す。
その柱の横を、何ともなしに通った時、
「――失礼します。冴島......冴島隼人、さん......ですよね?」
聞き慣れない女の低い声に、俺は顔を強張らせて足を止め、声のした方向――柱の影に身体ごと振り向いた。
「ああ、どうか――そんなに警戒しないでください。驚かせて、申し訳ありません」
女は柱に身を預け、俺を怯える様に見ていた。
格好はいたって普通のリクルートスーツを着たOLって感じだ。
だが、目だ。目が違う。その辺りに居るOL達とは、目に宿す物が違う。
俺はこれを知っている。この目に秘めた思いを知っている。
――決意だ、決死の覚悟を持っている。この女は、俺に!会いに来るというだけで......こんな決意を秘めてやってくるのか!?
絶対何かトラブルを抱えている。俺は確信した。
――『眷属』からの逃亡者か?いや、囮かもしれない。もしかしたら、特攻なんて可能性もあるかもしれない。
「――テメェ。『眷属』か?」
もしくは――中立か?と、訪ねようとした所で、
「いえ、どちらでも、ありません......私は、『我々』は『師団』でも『眷属』でもありません......」
「なに?」
女はそう答えた。
それが、ますます俺の頭を混乱させた。
じゃあその目に秘めた、燃え盛るような意思は何だ。
並々ならぬ覚悟と、決意がある。この女にはそれがある。
「じゃあ、アンタは何だ。そんな目をして――俺に、何の用だ」
臨戦態勢を取りつつ、目的を無理矢理にでも聞き出そうと刀に手を掛け――
殺気を思いっきりぶつけてやった。
「――......お願いが、あるのです」
殺気をぶつけたのにも関わらず、この女は平然と会話を続けた。
――殺気を、感じ取れていない?もしくは――強い?
おいおい、まじかよ......最近こんなのばっかじゃねぇか、と一人思っていた所で、女の言葉を思い出した。
「――お願い、だァ?」
刀の柄に掛けた手を戻し――話だけでも聞いてみるか、と何となく思った。
本当に、何となく。聞かなきゃ良かったと思うが、この時の俺はそんな事微塵も考えちゃいなかった。
「......はい」
こんな小さい会話が、後々まで俺の運命を縛り付けるんだから。
「貴方にしか、できないのです」
これが、俺に最期まで過酷な運命を押し付けた、最初の出会い。
「どうか、どうか――お願い、します」
『魔術師』の女――木村七海との会合だった。
レストランに場所を移し、注文をしてから暫く。
俺は欠伸を手で覆い隠しつつ、目に溜まる涙を指で擦る。
無言が数分続いたが、俯いていた女は、ついに少し顔を上げ――口を開いた。
「――......最初は、本当に小さな集まりだったのです」
小さく、しかしハッキリと聞こえる声で、女――木村七海は言った。
「私自身が、生まれながらに所有していた規格外の能力が原因で――私は、生まれた町で嫌われていました」
木村はそう言って、スーツの上から二の腕の辺りをゆっくりと撫でる。
嫌われていた、等と浅い言い方をするが、きっと、もっと深く......痛々しい、疎外をされてきたのだろう。
「私は生まれながらの超能力者であり......自他共に認める『新世代』なのです」
「『新世代』?」
聞き慣れない言葉に、俺は砂糖をたっぷりぶち込んだコーヒーを飲む手を一瞬止め、つい聞き返してしまった。
「ええ、そうです。『新世代』......とある人物の出現を境に、超能力者界隈を賑わせ、裏の世界を震撼させ――通常の能力者たちとは違う......特別な超能力を持つ者たちを『新世代』と表現するようになりました」
とある、人物。
「世界各国は誰もが区別を付ける始まりとなった人物を欲しがった。血液、DNA、髪の毛、染色体、唾液、垢、体組織。それらを手にし、解明していけば全く新しい人類が誕生するかもしれない、と考えたからです」
木村は俺を見つめながら、やや早口でそう説明し、一度紅茶を口に含み、一息ついてから――再度、口を開いた。
「世界の誰もがその人物に夢中になったものの......巨大な国家には資金的にも、人材的にも劣る国家が出始めました。そこでその国々は、その人と類似する、『今までの超能力者とは違う能力を持った者たち』を探し始めました」
「......いたのか?」
「ええ、勿論」
俺の静かな問いに対し、はっきりと言葉にする木村。
「なら一つ聞くがよォー......アンタ......えぇと、キムラ、さん、だっけか......えー......アンタの『能力』はどんな能力で、アンタが俺に求めてきた『頼み』とは何だ? ああ、悪ィ。2つになっちまったな」
ズズッ......
わざと音を立ててコーヒーを啜り、不満気にカップを皿に戻す。
――回りくどい言い回しは、あまり好きじゃないぜ。勿論説明もなァー。
「急ぐ男性は嫌われますよ」
「やかましい。初対面のアンタに言われる筋合いじゃあないぜ」
「それも、そうですね」
嫌味を言われてしまい、それとなく不躾に返すが躱されてしまった。
――俺ってやっぱよォー、舌戦はムリっぽいぜ。
自分の弱点をまた一つ発見し、気落ちしていたがすぐに気分を切り替えて、目の前の女に集中する。
もしかしたら敵で、ずっと俺の隙を伺ってました......なんて展開になったら確実に不利だ。
まだGⅢから受けた傷が癒えてない。運動だって制限されてる。
「はぁー......まどろっこしい事は嫌いだ。速く本題に入ってくれ」
「いえ、冴島さん。これまでの話は、『本題』に至るための序章......つまり、プロローグの1頁にも満たないお話だったのです」
「は?」
「未来の為に、貴方には全てを伝えなければならない。だからこそ、申し訳ありませんがじっくりと聞いていただきます。――すいません、紅茶とコーヒーのお代わりを」
木村の話は、本当にまだまだ続きそうだったのか――彼女は店員を引き留め、飲み物のお代わりを注文し始めた。
「では、続きを。私は、その国々の一か国に拉致され――施設でひたすら能力について『教育』と解析を受けました。それはもう、語るにも恐ろしい手段で、容赦なく、昼夜も関係なく」
「――その話って、必要か?」
「ええ、ですのでよく聞いてください。当時の私は、自身の能力をハッキリと理解していませんでした。故に、訳の分からない拷問染みたやり方で能力を発現させようとした......そんな事が何日も続いたのです。何カ月も、何年も......」
「......そうか、俺の知らねー場所でそんな事が起きてたのか......」
慰める言葉も出てこない。
俺はこの女を何一つ知らない。住所も、年齢も、生き方も、性格も、好みも。
何もかもを知らないんだ。だから、迂闊な慰めは出来ない。
「――そして皮肉にも、私はその施設で『能力』の完全な把握が出来ました」
ウェイトレスが、お代わりの紅茶とコーヒーをテーブルの上に並べる。
湯気の立つコーヒーに、角砂糖を5つ程放り込んで掻き混ぜ、更に3つ放り込む。
木村は、周囲に人気がないことを確認し、これまでと違い......重苦しい雰囲気を漂わせながら口を開いた。
「――私の『能力』は、何かに対し強い恨みを持っている人物に、無理矢理能力を宿らせる能力です」
その一言は......余りにも重く――突拍子も無く――前例すら無かった。
だが、もしそれが事実であるとすれば――非常に厄介な能力である事だけは分かる。
「何処でもそうですが、人間には必ず、違いが出るものです......拉致された人の中には『価値無し』と判断された、能力を持たない一般人も少なからず居たのです。そこで、私は処分されようとしていた者たちを救出し、能力を与え、施設から共に脱出しました」
――なるほどね。価値無しと判断された連中に、能力を植え付けたってワケか。確かに恨みも山ほどありそうだ。
「そして、脱出に成功した私たちは、一つの組織を立ち上げました」
「何?組織だと......」
「はい。組織の名は『タロット』。あの、占いに使うタロットです」
タロット。トランプのモデルにもなったと言われるソレ。
――しかし、なぜそんな物を名前に......?
「冴島さん。貴方は――大いなる存在を信じますか?」
「オイオイオイ、宗教はお断りだぜ」
「――大アルカナの『愚者』と『世界』は、知っていますね?」
「無視かよこのアマ......ああ、勿論知っている」
ちょっとした茶目っ気を入れたのだが、スルーされてしまった為に軽く毒吐いてから質問に答えた。
「私は、幾度も似たような境遇に陥った人達を助けていく中で......とある、一人の少女に出会いました」
「ほー......そーかい」
そっけない返事をして、コーヒーを一口啜る。口の中に含んだコーヒーに溶けきれていない砂糖の感触を舌で味わいつつ、飲み込んだ。
「少女も、私と同じ様に、我々『タロット』と同じ様に、深い闇を抱えていました」
「ああ、そう......」
長話の割にはくだらねー事ばかりだったな、なんて考えながら手に出来たタコを数える。
「私は、私は――ちょっとした、好奇心だったのです。悪戯心でもあり、正しい事をしている、という正義の揺らめきを感じ、つい――彼女にも、能力を与えてしまったのです。ああ、それがいけなかった。それがダメだった。それが全ての終わりだった」
木村の声のトーンが、やや下がった事に気付く。
「彼女は『愚者』を発現させ、全てを手に入れてしまった。力で全てをねじ伏せて、あらゆる物を占領してしまいました。そう、『世界』の全てを......簡単に言うと、『タロット』は内部からのクーデターにより、過激派に乗っ取られてしまった、というワケです」
「過激派、ねぇ......」
「最初は、私も容認できるレベルの物でした。痛めつけてきた連中を、疎外してきた者たちを、能力という暴力で痛めつける」
「俺はその時点で容認できないね」
「ええ、そうでしょうね。ですが彼らは貴方とは違う。そうすることが正義だと思っているのです。除け者にされてきた者たちが、体の良いサンドバッグにされていた者たちが、圧倒的上位者だと思っていた存在を一方的に攻撃できる能力を手に入れたのなら......」
――ああ、言いたい事は分かった。
「「必然的に、歪んでいく」」
そーゆーことだろ、と顎を前に軽く突き出して尋ねると、木村は静かに首を縦に振った。
「巨大な力に流され、目的ばかりが肥大化していき――つい先日、とうとう、世界中を敵に戦う、と、過激派のリーダーである彼女はそう言ったのです」
「随分と大きく出るな」
「それだけの能力はありますから......ですが、彼らは世界を敵に回す前に、たった一人の存在に目を付けました」
「マジかよ。そんなヤベー奴らに目を付けられるなんて災難だな」
口の中をホットコーヒーと溶け切っていない砂糖で満たし、飲み込む。
「自分達と同じ『新世代』であるのに――なぜ彼はこれ程までに恵まれた人生を送っているのか。なぜ、そんなに笑顔で生きていられるのか。復讐したいとは思わないのか。許せない、許せない、許せない」
木村は、静かに告げていく。
目を伏せ、何もできなかった無力さを噛みしめるかの様に。
「ならば、我々が彼の腐りきった心を奮い立たせよう。断罪を。一人幸せになった彼の者に断罪を」
木村が、目をゆっくりと開き、その双眸に俺を映す。
「――我らが同胞、『先駆者』冴島隼人に、死を」
その言葉が、響いて聞こえた気がした。
暫く、無言の時間が流れ――
「俺はお前らの言う『タロット』に入った覚えはないんだが」
「ええ、ですが『新世代』からすれば、一番最初に現れ、今も尚進み続けているのは冴島さん、貴方だけなのです。故に彼らは貴方をリスペクトし、貴方を殺そうとしている。貴方を殺せれば、自分たちは次なる段階に進めると、そう信じている。恨みの声は、彼らの掲げる正義を振り翳す為の道具に過ぎません。本質は、自身の満足感を得る為。非常に下劣ですが――私に止められるだけの力はありません」
「だから、せめてもの助けに――前もって連絡はした、ってことか?」
俺と木村は、まともに話をしていた。
「はい。気を付けてください。これから貴方は、何時、どのような場所でも、どのような状況でも、『タロット』の過激派に狙われるかと。私に出来る事はありませんが――私は、彼らを止めたい。復讐は何も生まなかった、と伝えてあげたいのです」
だから、どうか――力を、貸してください。
木村の意思に、嘘偽りはない。今話した言葉の全てが事実である。
俺の直感がそう思っている。そう信じたがっている。
「そいつらをぶちのめしていけばよォー......」
「――はい?」
もし、それが本当なのだとしたら。
「そのリーダーには会えるのかよ、彼女とかいうのに」
「え、ええ......おそらく、きっと」
俺の態度の急変に、木村は少し怯えているのか、呆けているのかよく分からない表情をする。
「俺からケンカは売らねーが......」
短くなった髪を手櫛で雑に乱し、席を立つ。
「売られたケンカならよォ―......ボーナス付けて買ってやるぜ」
どんな奴らか知らないが、丁度良かった。
俺は俺の都合で強くなりたいと思っていたから、向こうから勝手に襲ってくるのなら好都合だ。
――GⅢを、倒せる足掛かりになるのなら。
イメージですら倒せない存在を倒す為に。
俺はそいつらを利用する。
「――相互利用の関係ってやつだぜ」
非戦闘員を傷つけようものなら、それこそ一切の容赦なく叩き伏せてやる。
木村に、手を差し出す。
「......貴方はまだ、強くなろうとしているのですか」
「まだ勝てない奴らが、大勢いるからな」
「――貴方はとても、強い人ですね」
木村は俺の手を握り返し――立ち上がった。
「もう一度、自己紹介を。私の名前は木村七海。『タロット』穏健派リーダーで、大アルカナ組の1番のカード、『魔術師』の暗示を持っています」
「冴島隼人。武偵で、超偵だ」
『魔術師』-物事を始める意思という意味がある。
冴島隼人、11月1日より『中立』GⅢ&GⅣ、『タロット』過激派を相手にする。
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