翌朝。
「よーキンジ......って、あー......すげー酷ぇ面だな......」
教室にて、妙に艶のある顔と、寝癖のない髪をしていながら――目だけは腐りきっていたキンジに挨拶をした。
顔全体は活き活きとしているのに、目だけ死んでいるのだ。
「畜生、かなめの奴め......あいつのせいでバスでも散々な目にあった」
「そりゃあ急にオメーに妹がいましたー、なんて事になればなぁ」
存外に冷えた教室の中で、未開封の微糖の缶コーヒーを両手で遊ばせて暖を取りながら、昨夜メールで回ってきた内容を思い出す。
「隼人にも知られてるのか......」
「情報が流れてから12時間経過してるんだ。今朝はもっと知られてると思うぜ」
そう言うと、キンジは、マジかぁ~、と、大きく溜息を吐き、机に額をくっつけて項垂れてしまった。
「――これ飲む?」
「無糖にしてくれ」
「俺がどうしたってぇキンジ!」
「武藤じゃない!無糖のコーヒーが飲みたいんだ!」
「おはよう、冴島君、遠山君。僕ので良かったら飲むかい?まだ開けてないよ」
そこに何時もの面子が二人追加。武藤と不知火だ。
武藤と不知火が来てしまった以上、これ以上GⅣの話は続けられない。
「サンキュー不知火......100円でいいか?」
「オッケー」
「ところでよォ、隼人ォ!お前、オフロードバイクに興味あるか!?」
「VMAX買ったばっかだろーが」
「ありゃオフロードじゃあねーよ!」
「じゃあ要らね」
「クソォッ!」
なんて、話題を反らす必要もなく、バカ騒ぎにシフトしていく。
GⅢにGⅣ、『タロット』過激派とやるべき事は増えていくが、こういう束の間の休息があるのは嬉しいことだ。
――本当に、毎日こんな感じならいいんだがな。
「――いいや。それはできねーぜ。セ・ン・パ・イ」
突如、誰の物でもない声が聞こえ――瞬間、俺の座っていた机が急に熱くなった。
「――な」
「にぃ!」
机の足を蹴り飛ばして斜め前方に向かって前回り受け身を取って、すぐさま机の方を向く。
そこには――
「か、火事だッ!誰か、消火器持って来い!急げ!」
「先生に連絡するんだ!早く!」
「燃えそうなモンは全部教室の外に出せ!」
さっきまで俺が座っていた机は、炎に包まれて激しく燃えていた。
こんなことは、普通じゃあ有り得ない。
「『眷属』......いや、『タロット』か!」
「御名答ォ!」
俺が襲撃者を予想し終えた所で、教室の入り口から武偵高の制服の男が突っ込んできた。
「ぐっ!」
回避しようとしたところで、GⅢから受けた傷の痛みが走り、少し反応が遅れた所を、男は的確に突いてきた。
俺をぶっ飛ばす程のパワーで体当たりをかまし、そのまま俺を引き摺る様に窓まで突っ込んでいく。
「て、テメーはッ!?」
「ここじゃあちょいと狭いぜ!俺のフィールドに、ご招待!」
そう言って、男は俺を窓ガラスに押し付け――止まったかと思えば、急に窓ガラスが柔らかく、そして途轍もない熱を帯び......俺は押し込まれる様にして熱されたガラスを潜り抜けてしまった。
「ぬ、ぅ!あ、熱いッ!」
突き落されるような形になったが、空中で姿勢を整え、着地。
即座にガラスのこびり付いた制服の上着を脱ぎ捨て、地面に捨てる。
ワイシャツは熱で所々が焦げ、背中の皮膚の一部は軽い火傷をしていた。
「......制服買い替えたばっかなんだぞ、コノヤロー」
俺は買い替えて2日と持たなかった制服が、既にダメになってしまった事を、窓から追従してきた襲撃者に伝えた。
「そりゃあ些細な問題でしょうよー、センパァイ」
ある程度の距離が取れている為、今度は慎重に、じっくりと観察をする。
普通の武偵高の制服に、赤色の髪が前髪に一部混ざった黒髪。
――腕時計は......げぇ、GUCCIかよ。靴はBallyだと?
随分と高級ブランドばかり身に着けてるな、なんて思いながら銃を探す。
「――あー、俺、銃もってないからさー、探したってムダだぜ、センパイ」
その一言が、ブラフかどうかはさて置き――どうせ撃たれた所で対処は容易だと、探す事を一度止める。
「テメー、見ない顔だな。一つ名乗っておきな」
「――ひとつ、名乗っておきな?......クククケケケ!!!」
「あ?何が可笑しい」
突如笑い始めた男に、俺は不信感を強め、刀に手を掛けた。
「ああ、そりゃ可笑しいさ......」
男は口元を手で押さえ、体を弓形に逸らしながら笑い尽くした後......
静かに口元から手を放し、
「――これから死ぬ奴にィ!名乗るバカは居ねぇだろうからなァ!」
その言葉と共に、突如として俺の足元から、炎が噴き上がってきた。
「――っ!」
一瞬だけ『アクセル』を使い、その場から飛び退くが......
「――......っ......痛......ぇ!」
ボロボロの身体が、それに耐えられない。
普通に動く分には問題ないが、『アクセル』はダメだ。体が軋む。
だが、今の攻撃でなんとなく分かった。
――奴の能力は炎を操る、もしくは発生させる。星伽も炎を使っていたが......あれは受け継いできた物だ。あんな野郎が使えるワケもない。
と、いうことは。
――マジで『新世代』っつーヤツかよ!
何でも無い一般人が、超能力を自由に使えるようになる。
なんと恐ろしいことだろうか。
安全距離は確保できたし、これ以上『アクセル』で負担を掛ける必要もない。
そう判断した俺は即座に解除し、元の時間の流れへと帰ってきた。
「――チィ!なぁるほど......たしかに、予想以上に、速い......だが!」
男は右腕を薙ぐように振ると、俺の後方の地面から、扇状に炎が噴出した。
そしてそのまま、ドームを形成するかのように前へ、前へと広がっていく。
回避するためには――
「突っ込むしか、ねぇよなぁ!センパァイ!!」
顔を上げ、脱出口、その先を見て――焦る。
男は既に、第二波を用意していた。文字通り、炎の壁を作り、何時でも射出できるように待ち構えていた。
「――野郎......!」
「燻製にしてやるぜェッ!」
俺が、一歩踏み出すよりも早く。
炎の壁が、出口を閉ざした。
――タロット組――
「ヒィイハハハハハハハッ!そのまま炎で真っ黒になるまで焼かれろ!」
なぁんだ、強敵って聞いてた割には、随分とアッサリだったなぁ。
このままじゃあ、何か可哀想だしよォー......ぷくくけけけ!!!
ああ、そうだ......メイドのミヤゲ、ってぇ奴だぜ!
「死ぬ前に一つ教えておいてやるぜ、センパイ」
もう何の意味もねーだろうが、俺ってば優しいからナー!
「俺の名前は赤井雅人。歳は15。能力は炎を生み出し、操作すること!与えられたカードは『小アルカナ』の1-棒だぜ!」
さぁ、こんな役に立たない情報を最期に、焼死しな。
「くく、くけけけ!けけけけけー!!!」
俺が受けた、拷問の様に!焼かれて!死ね!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
業火に包まれて、許しを乞いながら無様にもがいて死ね!
地面を掻きむしって爪を剥がしながら、必死に酸素を吸いなァ!
「ひぃははははははははー!!!」
「――随分と、楽しそうじゃあねぇか」
「ああ、そりゃ最ッ高さぁ!あの野郎を丸焼きにしてやれたんだ!笑いが止まらねぇよ!ひぃえへへへへへ!!!ああ、誰かッ!ヒヒッ!俺の笑いを止めておくれぇ~っ!あひへへはへあへへへへ!!」
可笑しくってしょうがないぜ!強敵だと思っていた奴がほんの数分で死んじまったんだ!
こりゃあ世界もラクショーだぜ!
「笑いを止めてほしい?いいぜ、止めてやるよ」
「ほひ?」
そういや、この声は誰の声だ?
「――まずは一発」
振り返った瞬間。
俺は、顔が歪んで、吹き飛んだ。
吹き飛ばされる瞬間、スローモーションみたいになって、俺の歯が、宙に浮くのが見えた。
血と唾液でテラテラと光る前歯が、俺から遠ざかっていく。
地面にぶつかったのか、酷く強い痛みを感じたが、体は止まってくれない。
地面を数度バウンドし、何か窪地のような場所にはまった所でようやく停止した。
「ぶ、うげぇぁああああーーーッ!!!」
歯が!俺の歯がぁー!
そうだ、さっきの声、冴島!冴島隼人だ!
「ば、ばかなぁ~!なぜだ、なぜ、生きているぅー!」
涙で滲んだ視界に、薄らと映る冴島隼人は、ゆっくりと此方へ歩み寄ってくる。
火傷した部位は一切見られず、その顔には僅かながらに煤が付いているだけだ。
あの炎の中で、生きていられるはずが無い!
「どーやって、どうして生きている!そんな!嘘だ!」
俺の能力は、絶対無敵!サイキョーの能力だって言ってたはずだ!
「――どうやって?そりゃあ単純な話だぜ」
目の前、およそ3mとちょっと辺りまで歩みを進めた冴島隼人は、そのまま歩きながら話をしてくる。
窪地にはまって、この俺を!見下すように、話しかけてくるッ!
と、止まらない!奴は近付いて来ている!
こ、攻撃しなくては!身を、守らなければ!
「......なるほど、実習がしたい、というワケか」
冴島隼人の正面から!
小細工無しの、全力を!
「燃え上がれ!マグマ・ブラストォ!」
「――炎っつーのは、燃える物が無ければ発生しない。つまり、だ」
地面を這う様に人一人を丸ごと包んで燃やせるだけの炎の壁ッ!これならどうだ!
窪地から這い上がり、後退る。
そこで、気付く。
「な、にゃんで窪地が――グラウンドにあるんだぁ!?」
そう、ここは校庭。グラウンド。
ほとんど整備されているはずのそこに、30㎝ほどの穴があるはずもない。
「ま、まさかぁっ!」
焦る。恐怖した。
さっきの話の内容を、理解したッ!
そして、次の瞬間。
途轍もない轟音と共に、大量の小石や砂、土の塊が炎を覆い、通過して!
「ぼご、げはぁ!」
俺の口の中にィ~!うごぇー!
見れば、冴島隼人の足下には、俺がはまった窪地のような物が出来ている。
蹴った!あいつは、地面を蹴り飛ばして作った土や砂で!炎を消したんだ!
「......と、まぁ、こんな風に、土や砂をぶちまけてやれば炎は簡単に消えるんだぜ。戦国時代から使われていたやり方だったようだが――知らなかったのか?」
し、知らなかった!
まさか、こんな何もないグラウンドが......俺の炎を消す道具になるなんて!
「知らなかったぁ......!」
「――ちと、勉強不足みてーだな......」
だ、だが!学習した!
ここは、一度、逃げて......ヒィッ!
何時の間にか、目の前に、冴島隼人がいた!
に......逃げられない、この距離は!
逃げられないぃい!
「テメーは自分の能力と、特性を理解できてなかった。それが、敗因だぜ」
こ、殺されるッ!確実にィ、殺されるぅ!
「――ゆ」
「――あ?」
「......ゆるしてくださぁ~い!ほんのっ!小さな出来心だったんですぅ!チョーシに乗ってたんです!ゆ、ゆるしてぇー!」
ヒシッと冴島隼人の足に縋りついて、ベロベロと靴を舐める。
何だこの靴ゥ!き、金属製だぁ!
で、でも背に腹は代えられない!やるっきゃない!
「......」
「もう悪いことはいたしません!反省しましたぁ!だから、どうか!」
テメー冴島隼人!
必ず隙を見つけて、ぶっ殺してやる!
「......本当に、誓うか」
き、きた......ッ!
バカがよォ~素直に信じやがってぇ。
へへ、ヘヘヘヘッ!
「はいぃ~誓います、誓います!私は改心しました!これからは真面目に、生きていきますぅ!決してチョーシになんか乗りません!能力で人を傷つけたりはしませぇん!」
ウソだよォ~!
毎日毎日、誰か焼き殺してやる!
幸せそうな連中の家でも焼いて、奪ってやる!
「――そうか。お前もまだ15だ......やり直すチャンスは幾らでもあるだろうからな。さっさと消えな」
そう言って、冴島隼人は後ろを向いて帰っていく。
4歩...5歩...6歩...今だァッ!
「――なぁんてなぁ!死ねぇ冴島ァッ!」
今度は消されないように!
左右から同時に炎の津波を叩き込んでやるっ!
更に、真上からも炎の滝を落としてー!
完成ッ!
「ファイア・トルネード!」
3方向から同時に襲い掛かる炎が、奴を包んだ!
完全にっ!
今度は自惚れない!確実に仕留めた瞬間を見た!
「勝った!」
うへへへへー!
もっと人を疑うべきだったなぁ~!
「――やれやれ、やっぱりテメー如何し様もねークズだぜ」
「はひぃっ!?」
う、後ろからぁ!
奴の声がする......どういう、ことだ!なんで、なんでぇ!?
「なんで、俺の後ろからぁ......!」
「テメー俺の能力を忘れたか」
の、能力......?
冴島の、能力は......
「あっ!き、キサマ......加速したな!炎がぶつかる瞬間、加速して逃げ出したな!」
「さて、約束を破った罰だ......俺の机を炭にしやがった礼もまだ済んでなかったなァー.......!」
冴島は、握り拳を作って俺の眼前にまで持ってきた!
こ、殺される!今度こそ!確実に!殺されるぅー!
「ゆ、ゆるして――」
「――いいや、ダメだね」
あ、ああ......
ああ、あああ、ああああああッ!!!!
「う、うわあああああああああッ!!!」
――隼人視点――
――コイツ、マジにやりやがったな。
赤井......だったか、奴の目にはまだ闘志があった。
必ず俺を仕留める、という凄みが滲み出ていたから、気付けた。
反省はしていないようだし、机の礼もしなければいけない。
それに、もう許すつもりはない。
「――いいや、ダメだね」
殺しはしない。が、死んだ方がマシだと思えるくらいにはしてやるつもりだ。
「うわああああああああああああああッ!!!」
奴が目を瞑り、敗北の叫びをあげた所で。
「オォラァッ!!!」
顎を蹴り上げ、身体を宙に浮かし、そのまま空中で二度蹴り。
「オラァ!」
追撃の踵落とし。
「ハァッ!」
着地と同時、地面に叩きつけられた赤井の頭部をつま先で蹴り上げ、再び浮かせ――
「――セイヤァアアアアアアッ!!!」
がら空きになった胴体に、回し蹴りを叩き込んでフィニッシュ。
「――げぅばばばばぁああああああああ!!!」
赤井は軽く5mは吹っ飛び、地面を団子みたいに転がりながら、彼方此方を擦り付けてグラウンドに浅い轍を10と数m作って停止した。
「中々に面倒な能力だったが――もうちょいと使い方を勉強するべきだったな」
――まぁ、もう聞こえてないだろうが。
赤井雅人 『タロット』過激派 1-棒の暗示を持つ。
能力-炎を生み出し、自在に操る。
全身の骨にヒビ、一部骨折。前歯を4本失い、更に顎の骨を粉砕骨折し、再起不能!
『1-棒』-出発点。全ての始まりという意味がある。