良いお年を!
「......これで良し、と」
俺は気絶した中島の頭をネクタイで縛り、切り裂かれた顎を圧迫してくっつけ、手錠をかけて木に縛ってから立ち上がる。
「次は、あのお坊ちゃま野郎だな......」
沈んでいく夕陽を一瞥し、早速追跡を開始しようと思った所で、不意に声を掛けられた。
「冴島ァ!此処に居ったか!」
その声に振り返ると、強襲科の蘭豹先生が額に汗を浮かべながら全力疾走で俺の方へとやってきたのが見えた。
「センセー、どうしたんスか」
「どーもこーもないわ!早よ来んかい!歩きながら話すで!」
そう言うと蘭豹先生は呼吸を整えることもせず、すぐに踵を返し校舎......通信科の設備棟の方へ歩いていく。
歩きながら、と言うが実質小走りの様な速度でズンズン進んでいく蘭豹に遅れないように、俺も歩幅を合わせ追従する。
――というか。
なぜか放課後なのに、やけに生徒の出入りが激しい。
服装や顔を見れば、1年から3年まで......通信科や情報科の生徒だけでなく、探偵科や諜報科、強襲科に車両科、更には狙撃科まで慌ただしく各所を走り回っているのが分かった。
「爆破予告や」
「はい?」
「都庁に爆破予告があった。予告犯と思しき人物を発見、警察が追跡するも迎撃され4名が重症、3名が軽傷。更に6人死亡の重大事件に発展した」
――!
「続けるで。死傷者を出したものの、必死こいてこさえたバリケードと機動隊の攻撃誘導、避難勧告の甲斐もあり完全封鎖、厳重警備の敷かれた首都高環状線に大井ジャンクションから犯人を追い込んだはいいがそこからが問題や」
――そんな事になってたのか。
既に死者が出ている、という話を聞いて知らず知らずのうちに拳を握る手に力が入っていく。
「犯人は時速250kmで首都高を逃走中。機動隊が追撃、車両の破壊を狙ったがRPGで迎撃され失敗。被害は拡大するばかりで犯人逮捕には至れない現状や」
武偵高強襲科の3年生が4名付いて警備している第3会議室の前に到着し、蘭豹先生が振り返る。
「警視庁は事態を重く受け止め、首都高に最も近い東京武偵高へ逮捕協力を依頼したんや」
蘭豹先生が、じっと俺を見る。
「この依頼に必要なチームは3つある......1、犯人の搭乗する逃走車両に確実に接近、無力化できる追跡機動隊。2、追跡機動隊をサポートする支援部隊。3、追跡機動隊を有利に動かす工作部隊や」
指を目の前に出して、1つずつ説明していく。
「既に支援部隊のメンバー選出、準備は終わっとる。工作部隊も配置完了、何時でも動ける状態にしてある......で、残るは追跡機動隊は――」
そのタイミングで、救護科の救急車両がサイレンを鳴らして武偵高を飛び出していったのが窓から見えた。
随伴車両には車両科の消防車やレスキュー車、更には衛生科の生徒達を乗せた支援車両も同行していく。
――どうやら、かなり大事になってるらしいな。
「――車両での追跡は不可能。接近された時点でRPGで廃車確定や。まだここの生徒が一人も死んでへんのが奇跡やな」
蘭豹先生は顔を窓の方へ向け、こめかみを軽く押さえて溜息を吐いた。
それからすぐに表情を切り替え、再度俺を見る。
「第一作戦は強襲科と車両科、狙撃科による連携攻撃。しかしこれは悉くが失敗。続く第二作戦で火器の無制限使用許可を出したが、これも成功には至らず。そこで我が武偵高は追跡機動隊は一人のみを選出し、車両もなるべく使わずに逃走する犯人を追跡、逮捕する作戦を提案した」
――なるほど。
「そんな人物居るワケないやろ、と思うが――幸い、ここ、東京武偵高には居る。誰よりも速く、自動車にすら追いつき、追い抜く超偵......お前や、冴島」
「......」
思わず、ニヤリとしてしまう。
身体はまだ痛むし、傷は突っ張るが――知った事ではない。
「受けてくれるか?危険な依頼やぞ」
「勿論です。犯人逮捕に全力を尽くします」
背筋を伸ばし、依頼の受諾を声を張って宣言する。
――絶対に捕まえて、後悔させてやる。
「よっしゃ!早速準備に取り掛かれ!秋吉、冴島用のC装備取りに行け!星野、ヘリ回せって車両科に声掛けに行け!」
「はい!」
「うっす!」
俺と蘭豹先生は会議室の中に入り、箱の中に用意されていたソレを、蘭豹先生が放り投げた。
「通信用のインカムや、着けとけ」
投げ渡されたインカムを、右耳に装着しマイクの確認をする。
「テスト、テスト」
『音声良好。通信異常なし。初めまして、冴島先輩。今作戦のオペレーターを担当させて頂きます、1年の長谷川美紅と申します。全力でサポートを致しますので、宜しくお願いします』
「此方も通信良好。ああ、よろしく頼む」
刀やXVRの点検を終え、異常は見受けられなかったのでそのまま装備を外して、秋吉先輩の持ってきたC装備に着替える。
着替え終わり、C装備の上から刀を背中にマウントさせ、ホルスターベルトをサイドポーチに連結させる。
そのまま、どのような体勢でも無理なく刀が抜けるか、銃を素早く取り出せるかの確認を行い――
「体勢変化に支障なし。モニター確認を行う、どうぞ」
『――.......――脈拍69、血圧91の67。呼吸数17。体温36.3度。バイタルサイン異常なし、クリア』
「C装備状態確認を行う、どうぞ」
「――前面異常なし、ほつれなし、挟まりなし、緩みなし、締め適切。問題なし!」
「......――背面異常なし、ほつれなし、挟まりなし、絡みなし、緩みなし、締め適切。問題なし!」
「C装備管理状態正常、適切に装備された事を確認」
装備の確認やバイタルサインの確認が終わったところで、蘭豹先生に身体を向ける。
完全な直立をして、告げる。
「冴島隼人、戦闘準備完了。問題なし、異常なし。バイタルサイン異常なし!出撃許可を!」
それを受けた蘭豹先生は目を伏せ、少し深呼吸をして――
「許可する!行ってこい!」
大声で宣言した。
女子寮のヘリポートへ繋がる階段を駆け上がりながら、インカムから聞こえる情報を聞き逃さない為に集中する。
『作戦要項を説明します。まず高機動ヘリで可能な限り犯人に接近、危険と判断された時点で冴島先輩を投下、離脱します。ここで冴島先輩は単独による犯人の車両追跡、逮捕がタスクに追加されます。どのような妨害があるか分かりませんが、犯人が現段階で使用した武装はRPG-7、M60が挙げられます』
ヘリのメインローターが、出力を上げていくのが伝わる。
『過剰火力を所持しており、恐らくまだ何か武装を所持していると考えるのが妥当かと。気を付けてください』
「了解、これよりヘリに搭乗する」
『此方パイロット、了解』
『ヘリに搭乗後、再度通信をお願いします』
「了解」
メインローターから吹きつける強い風が顔を撫でる。
風に逆らいながら更に近付き、ヘリの取手に手を掛け腰をヘリ後部の座席に降ろす。
降着装置を足で踏み、完全に固定する。
身体を少し揺らし、問題がない事を確認した後にインカムのマイクを入れる。
「此方冴島。搭乗完了」
『了解しました。警視庁通信隊の回線接続がありますが、人名保護の為に以後追跡機動隊の識別コードをローンウルフと呼称します』
「ローンウルフ了解」
『ありがとうございます、回線接続まで5カウント...3、2、1、接続』
『接続を確認、通信良好。音声異常なし』
『目標は現在首都高を大井ジャンクションから大橋ジャンクション、渋谷方面に向けて逃走中。現在時速60km』
『偵察中のヘリパイロットからの報告、継続中』
『現在首都高全ジャンクションに機動隊、武偵高強襲科の生徒が展開、防衛ならびにバリケード構築中です。バリケード完成までおよそ4分』
『ローンウルフ、応答せよ。此方警視庁対策本部、此方警視庁対策本部。応答せよ、ローンウルフ』
「此方ローンウルフ、感度良好、問題なし」
『犯人は極めて凶暴で残忍な性格の持ち主だ、容赦なく頭部を撃ち抜いてくる。依頼続行が不可能だと君が判断した場合、即座に作戦を中止、撤退せよ』
「ローンウルフ了解」
『......一時的に全回線に接続......接続確認。作戦開始時刻の時計を合わせます』
その言葉に、アナログ時計とデジタル時計をくくり付けた左腕を持ち上げ、ライトで照らす。
『18時43分10秒前。――......7、6、5、4、3、2、1、今』
『現時刻を以て作戦を開始する!』
『了解。此方輸送班、ASM発信、羽田全便に現在地情報、高度、気象情報提供開始。』
『大橋ジャンクション待機車両から通信、目標バリケードを複数回射撃した後に西新宿ジャンクション方面へ逃走。時速76kmとのこと』
『DARP更新。目標位置への最適距離再計算終了。経路情報送信』
『輸送班了解。受信確認。FDMS異常なし、オールグリーン』
『FSCからの通信確認。作戦協力要請が受理されました』
『本部了解。ICAP確認。問題なし』
『作戦予想範囲内の航空交通管制区に存在する航空機なし。何時でもどうぞ』
『輸送班了解。テイクオフ』
メインローターの出力が更に上がり、機体が緩やかに持ち上がっていく。
『現在風速、北北西1.6kt』
『了解』
『必要高度到達。移動を開始』
『本部了解』
『現在目標は依然西新宿ジャンクションへ向けて逃走中』
ヘリが轟音を立てて、陽の沈んだ夜の東京を突き進んでいく。
やや離れた所に見えるレインボーブリッジが、一瞬にして視界から消えてしまった。
代わりに首都高が眼下に広がるが、普段は大量の自動車が駆け抜けているはずのその場所に一定間隔で設置された街灯以外の灯りはほぼ無く、警察車両の赤い警告灯が点滅を繰り返しているばかりだ。
『西ジャンクション付近まで、あと2分30秒』
下道には大量の自動車が詰めかけるが、もしもを想定して其方も規制されている。
信号は機能しておらず、警察が誘導灯等で交通整理を行っているのが見えた。
――大規模な作戦だ。必ず、成功させなければ。
『あと2分。ローンウルフ、降下準備を開始せよ』
「了解」
痛む身体を誤魔化す為に、救護科の生徒から渡された注射型の痛覚鈍化材、並びにドーピング薬。
脳内麻薬を垂れ流し、恐怖心を抑制、痛みに鈍くなり、闘争心が強くなる。
それを打ち込んだ。
カシュッ! カシュッ!
耳から聞こえてくる音が、一瞬で小さくなった様に感じる。
自分の心臓の鼓動が、より強く聞こえる。
――効いて、きた......ッ!
身体の痛みを、一時的に殺す。
更に、コンバットブーツの可動装甲を展開させる。
予想に反して派手な音はならず、静かに、かつ素早く膝までを完全に覆う鋼鉄の装甲ができた。
少し足を動かしてみるが、可動域が狭くなった感覚はない。
『西新宿ジャンクションまで、あと30秒』
『目標、現在位置から更に3km北上』
『了解』
「――ふぅ」
『ローンウルフ、目標を補足した!降下体勢に入れ!』
ヘリパイロットから、先ほどよりも大きな声が聞こえる。
「了解」
降着装置に乗せていた足を上げ、機体と降着装置の隙間に足の甲を差し込み、身体を機体の外へ投げ出す。
頭は真っ直ぐ地面を向き、この体を支えているのは降着装置に掛けている足の甲のみだ。
「降下準備完了。何時でも」
『更に接近する!』
『此方本部、輸送班!それ以上の接近は危険だ、止めなさい!』
『――しかし!』
『敵は対空兵装を所持している!』
『......!了、解』
『貴官の英断に感謝する。隙を見つけ降下せよ』
『輸送班了解、すまないローンウルフ』
「問題ない」
『目標、熊野町ジャンクションを通過!板橋ジャンクションへ移動中!』
『――此方輸送班!再度接近し、降下させる!』
その発言の直後、ヘリが高度を下げ更に速力を手に入れる。
高度不足によるアラートが鳴り始めるが、限界まで下がろうとしているのだろう。高度はまだ下がっていく。
『現在時速311km!ドロップアウト!』
「――了解!」
ドロップアウトの声を聞き、降着装置に掛けていた足の甲を真っ直ぐに、爪先立ちをする様に伸ばして滑り落ちる。
『上昇開始、離脱する!ローンウルフ、幸運を!』
風を切りながら、夜の首都高へ――
その身を、投げ出した。