人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いします。


タロット-4-剣 & 9-硬貨 ③

『――ドロップアウト!現在高度211ft!』

 

『ローンウルフの投下を偵察部隊が視認、降下位置正常。問題なし』

 

風を切って落下していく中、高度211フィートという言葉を即座にメートル換算する。

 

――約64m、切り離しで投下した俺はもっと下がっていることだろう。

 

だいたい50mないし45m程まで降下している、と予想した。

 

がらんどうの環状線を眺めながら......スピードを落として今にも停車しそうな、俺を待っているかのようなクラウンを、いや、そのクラウンの運転席に座っているであろう男を見据えた。

 

目的が分からないが、このまま落下して――――

 

そこで、よくよくクラウンを見た。

 

クラウンは、あんな形だったか。

 

エンジンが搭載されているであろうフロント部分は、やけに肥大化している。

 

ボンネットのカバーに収まりきっていないエンジンは、ボンネットの形を歪め半月状に膨れ上がっている。

 

一定間隔に配置されている街灯が、完全に停止したクラウンらしき物を鮮明に照らすが光量が足りない。

 

『此方輸送班、目標は完了した。だが目標が対空火器の使用が確認出来ない。このまま目標を照らす』

 

先程俺を送り届けたヘリコプターが高度を上げ、ある程度直進した所で反転し、此方に再接近している様だ。

 

そして、ストロボの様な強い光が上空から降り注いだ。

 

『目標をより鮮明に照らせる。どうだ、ローンウルフ』

 

ヘリのライトがクラウンを照らし始め、鮮明に細部を見る事が可能になった。

 

「ああ、よく見える!」

 

事実、目が潰れる程の光がクラウンに照射され、今まで見えなかった部分がはっきりと見えるようになっていた。

 

だが、今は見ている余裕はない。あと3m程で接地する。

 

身体を捻り、空中で前転を2回ほど行って勢いを緩和させつつ、来るであろう衝撃に備える。

 

残り1m。

 

踵から着地する為に、爪先を上向きへ。

 

肩幅ほどの足を広げ――着地。

 

踵だけで衝撃の全てを受け止めるが、余りの衝撃に思わず歯を食いしばって耐えてしまう程だった。

 

閉じかけた目を無理矢理開いて足元を見れば、道路を鋼鉄のブーツ、その踵が火花を散らしながらガリガリと音を立て、ブレーキを掛けている。

 

一瞬の出来事だ。まだ衝撃の完全吸収は出来ていない。

 

「――ぬ、ぐ、ぉ......!」

 

最初は踵だけで掛けていたブレーキを、爪先を接地させる事で足全体によるブレーキへ。

 

体勢が不安定になったのでそのまま、更に腰をかがめ、前傾姿勢になるように、踵を少し上げ、上半身を前方へ傾けていく。

 

気持ちに余裕が出てきたので、顔を上げ前を見れば――クラウンは俺の到着と同時に再び、緩やかにアクセルを踏み込んで進み――

 

「――は?」

 

クラウンらしき物のトランク部分が歪曲し、突如として変形した。

 

トランクのカバーが吹き飛び、いや......変形?否。作り変わったというべきだろうか。とにかくトランクのカバーが無くなって、積みこんである荷物が見えた。

 

そして、その荷物もまた異質だった。

 

絶対に普通自動車に積んである類のものではない。トランクから這い上がるように、液状化しているのか、まるで水が流れ落ちていくかのようにトランクから出てきた。

 

そして、およそ全てが車外に排出されきった所で、再び水のような何かが形を変え――クラウンの車幅を越える大きさの物が、トランク部分を完全に占拠し、車幅を越えた物体が車高を無視して現れた。

 

――コイツは......!

 

それは、今から60年以上前に登場した。

 

第二次世界大戦中、米海軍が構築した対空火網を知っているだろうか。

 

長射程の5インチ砲......中射程のボフォース40mm機関砲......短射程のエリコン20mm機関砲の3段構えからなる対空火網だ。

 

太平洋戦線における日本軍の航空攻撃は極めて苛烈であり、末期には特別攻撃も加わった事もあり、防空システムは良好であったものの飽和寸前だった。

 

事実米艦艇は大小様々な被害を受けていて、どれだけギリギリの状況で対処していたのかが分かる。そんな中、米海軍は複数の方策を実施した。

 

その中の、ひとつ。

 

それが今、眼前に形勢された。

 

「逃げろ!」

 

『何?』

 

米海軍は、個艦防空力の向上を図った。

 

40mm機関砲と20mm機関砲に代わり、高発射速度を有し、かつV()T()()()を使用できる中口径砲の開発を行った。

 

そいつの名前は――

 

「Mk33 3inch砲だ!マジックフューズが来るぞ!逃げろォ!」

 

Mk33 3inch砲。それは人力装填式だった砲を改良し、人力給弾・自動装填機構を備えた半自動砲である。

 

今では珍しい物でもないが、1945年当時となると驚くべき程に画期的だった。

 

そして、先ほどから俺が冷や汗を流し、叫んでいるVT信管とは。

 

日本語で言うなれば近接信管、という言い方でいいのだろうか。

 

目標物に命中しなくても、目標の一定近傍範囲内に達すれば起爆する信管を使った物の事を指す。

 

詳しい構造の説明は避けるが、要は直撃させなくても、近くに撃てば信管が作動、砲弾が炸裂し、その破片で目標物を撃墜する。

 

今は夜だが、目標を照らす為にライトを使用しているヘリは、さぞ狙いやすいだろう。

 

そして――驚くべきことに、人が操作してもいないのに砲塔が回転を始め、砲身が仰角の修正を行い始めた。

 

『――っ!輸送班、了解!至急離脱する!』

 

ヘリは照射を止め、即座に反転、引き上げていく。

 

が。

 

砲塔は完全にヘリを捉え、仰角はヘリの行く先を予測しているかのように仰角をミリ単位で修正して――終わった。

 

耳を塞ぐ暇も無く、叫ぶようにインカムへ告げる。

 

「来るぞォオオオッ!」

 

叫ぶと同時、射撃が始まった。

 

一瞬のマズルフラッシュと痛烈な発砲音が響き、初速820/sの弾丸が引き上げていくヘリを追尾する。

 

この対空砲から逃れる為には、高度を8200m以上に引き上げるか、もしくは直線距離で13.4km以上離れる必要がある。

 

だが何より恐ろしいのが――

 

ドグガァッ!ドグガァッ!ドグガァッ!

 

轟音とマズルフラッシュを絶え間なく垂れ流す、この発射レートだ。

 

毎分50発。それを連装砲から撃ち続ける。

 

しかも装填は自動化されていると来た。

 

ヘリのパイロットには申し訳なかったが、気にしている余裕はなかった。

 

『此方輸送班!被弾した!コントロール不能!テイルローターが吹き飛んだ!制御不能、繰り返す!制御不能!脱――』

 

通信が途絶えたかと思った直後、ヘリが逃げていった方角の上空で爆発が発生した。

 

それと同時にmk33 3inch砲の射撃が止まった。

 

――死んだ、のか。

 

武偵高の生徒が操縦していたヘリだったが......墜ちてしまった、か。

 

助けられなかった。

 

いや、どうしようもなかったが――どうしても、後悔が生まれてしまう。

 

だが、足を止めている場合ではない。

 

もう、勢いはかなり殺せた。

 

だから――そのまま展開装甲でガードした膝を使って、更にブレーキを掛けつつ、クラウチングスタートの体勢を取る。

 

まだ、手は付けない。

 

――もう少し、もう少しだ。

 

Mk33 3inch砲は、また歪み――姿を変えた。

 

今度は、何に変わる。

 

無形の水が完全に形作られる。

 

「――Pain、less」

 

口から零れ出た言葉。

 

ペインレス。無痛。

 

その名称を持つ物。

 

それは6本の銃身を持つ。それは電気の力で動く。それは機関銃だ。

 

そう、つまりガトリングガン。

 

7.62mm弾を毎秒100発ばら撒く、轟音の怪物。

 

生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死ぬという意味で、『Painless gun』と呼ばれる。

 

別名を、『Minigun』とも呼ばれるソレ。

 

冷や汗が止まらない。銃口は既に此方に向けられていて、少し左右に揺れている。

 

もう言わなくても分かるだろう、その銃の名前は。

 

――M134!

 

「どんなチートだよ!クソッタレ!」

 

砲身が回転を始めるよりも少し早く――減速が完了した俺は、その場から飛び退く様に前へ走り出した。

 

全身の力を、脚に貯めて地を蹴る。地面を蹴り上げた衝撃が反発し、脹脛を抜け太ももへ伝わる。

 

後ろへ消えていく左足に連動するように、右足が前へ出て行き、軽い浮遊感は終わりを告げる。

 

右足の踵を落とし、小指球、指尖球、母指球を使って踏み締め、踵を持ち上げて爪先に力を加え、地面を蹴り、進む。

 

地面を蹴るタイミングで、肩を大きく揺らし、腕を使って風を切りながら突き進む。

 

2歩ほど進んだ所で、M134の銃口から、文字通り炎が上がった。

 

文字で表現する事すら億劫になるような絶え間無い絶叫。

 

点滅するマズルフラッシュは最早ライトの様に常に光を提供し続けている。

 

――『アクセル』、スタート!

 

『アクセル』を使うと、自分が今どれだけ別次元に存在しているかがよく分かる。

 

M134の射撃はこのスローモーションの中であっても、体感で毎秒1発ずつ弾丸を吐き出していた。

 

M134は僅かにその銃身を左右に揺らし、単独で疑似弾幕射撃を行っている。

 

その為M134から吐き出された弾丸の点は繋がって一本の線になっている、様に見えた。

 

――あの弾幕を掻い潜って、接近。目標を確保する!

 

首都高環状線は無人、スペースは広い。これを有効活用しない手はない。

 

右側の車線へ移動し、逃げるクラウンを追いかける。

 

それを追いかける様に、後部銃座の役割を果たすM134が俺を追尾しながら射撃を続けていて、たまに被弾しそうな奴は避けて進む。

 

今足を止めている暇はないし、一々握りつぶしていてもキリがない。

 

そう考えて、俺は避けて進む事を選択した。

 

ある程度追いつき始めた所で、ふとクラウンのエンジン部分が気になった。

 

――たしか、エンジンも形が変だったような......

 

だが、気に留めている場合ではない。クラウンに近付けば近づく程、M134の射撃は正確になっていくのだ。

 

幾ら速くても、ラッキーパンチを貰わないとは限らない。

 

だから、チャンスを見つけたら突っ込むべきだ。

 

思案しながら追いかけている最中にM134の銃口が俺に追いつき始めたので、それを避ける為に左車線......奴の後方に着く。

 

今なら、距離を詰められる。

 

「ここで、仕掛ける!」

 

左車線の更に左――壁へ飛び掛かり、手を着き勢いを殺してから両足を揃え、壁を蹴り飛ばす。

 

ロケットの様な勢いで接近、少し距離が足りない。

 

受け身を取りつつ着地。この距離なら、と思ったがダメだったようだ。

 

立ち上がって進もうとしたが、突如熱風が身体を覆い――クラウンが急加速して視界から消えてしまった。

 

「――!?」

 

何が起きたのか、分からない。確かにクラウンの後方1m辺りまで接近できたはずだ。

 

なのに、すぐに消えてしまった。熱風が吹き抜けた後に、消えてしまった。

 

――ニトロか?

 

いや、ロケットブースター?

 

アイツはもう、何でも有りだと思った方がいい。

 

二次大戦時の米海軍の対空機関砲から、現代のガトリングガンに、謎のエンジン。それに車両科の爆破。

 

絶対に何でも有りだ。

 

その証拠に――クラウンが突き進んでいった方向の上空から......

 

「――マジ、かよ......ッ!」

 

肉眼で視認出来る程の位置に、楕円形に魚の尾ヒレのような物が付いた物が降り注いできた。

 

落下地点は、恐らくこの辺り。

 

落下物は更に近付いてはっきりと見えるようになったから、分かる。

 

尾ヒレのような部分は、安定翼。楕円形の部分は、弾頭。

 

この形の砲弾を使う兵器は、迫撃砲しかない。

 

しかも、この楕円形の形は――恐らく、化学兵器の類でなければ榴弾か、炸裂弾のどちらかだ。

 

榴弾も炸裂弾も、どちらも対人目的に使える事を考えると、弾けるその瞬間まで分からない。

 

最悪の展開、化学兵器の場合はすぐに自分が死んでしまう。それくらいバカでも理解できる。

 

薬がまわる速度すら早いのだ。毒やガスが全身を侵す速度なんて言わなくても分かる。

 

だから、化学兵器じゃないことを祈りつつ、全力で前へ駆け出した。

 

「――っとぉ!」

 

迂闊だった。姿は見えなくてもM134は弾丸を吐き出し続けているのだろう。今、その弾丸の線が見えた。

 

急いでスライディングをして躱した後、立ち上がって......後ろで爆発が発生した。

 

――榴弾か。

 

化学兵器で無かったことに安堵の息を吐き、先程の失敗でなんとなく学習した。

 

奴は俺が追いつけば謎の超加速で逃げ、迎撃手段を増やしていく。

 

これ以上迎撃手段を増やされてしまうと対応が難しくなるが、追いつこうにも追いつく事すら厳しくなる可能性がある。

 

とにかく走って目標を視界に収めつつ、チャンスを確実に掴む。

 

今はそれだけを考えて、全力で走ることにした。

 


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