人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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本当に申し訳ない...更新停滞申し訳ない...

活動報告でしていた雪下ろし中に屋根から滑落して左足と背骨、右腕を骨折して入院してました。

注意勧告しておきながら自分がやらかすとはこの李白の目をもってしてもry

日常生活に支障がないレベルまで快復したので投稿です。




タロット-4-剣 & 9-硬貨 ➃

 

――微かにだが、見える。

 

この双眸が認識するギリギリの範囲に、首都高の壁に映るブレーキランプが見える。

 

今、俺はどれくらいの速度で走っているのだろうか。

 

視界の端に映る風景が背中へ抜けていく速度が上がっていく。

 

速すぎるのだろうか。僅かなカーブを曲がる度に遠心力で体が外側へ、外側へと膨らんでいってしまう。

 

かといって走る速度を緩めれば離される。

 

――もっと速度を上げるか?いや、上げた所で、大幅な減速を強いられる。

 

どうする、と悩み始めた所で......M134の狙いがブレた。

 

先程まで正確無比に俺を狙っていた筈のそれが、突如としてその軌道を変えた。

 

そして、その理由が理解できた。

 

――街灯か!

 

陽が沈みきった夜を照らす首都高の街灯が、M134が垂れ流す銃弾に抉られ、砕け、灯りを散らしていく。

 

次第に、次第に――夜に呑み込まれていく。

 

完全な暗闇になれば、それはつまり奴が吐き出すM134の弾丸も、迫撃砲弾も視界に捉えられなくなるだろう。

 

人間が本能的に感じる暗闇への恐怖心に、脚が一瞬硬直してしまった。

 

「っ!お、おおおおああああっ!!!」

 

それを誤魔化す様に、叫んで、自分を鼓舞して、如何にかしてあの無尽蔵・無慈悲な機関銃を黙らせなければ、と考え――走る。

 

視界外に消えてから、闇に紛れて追いかけるか。

 

それではだめだ。きっと逃げられる。

 

なら、どうするか。

 

――もっと速く。

 

もっと鋭く、正確に。

 

駆けるラインから無駄を省いて、最速のラインを駆けるしかない。

 

全力疾走を続けながら、暗闇に浮かぶ標識を見て現在地を読み取る。

 

今は――河北JCTか。

 

こっちはボロボロの身体を酷使して走っているのだが、一向に奴に追いつく気配がない。

 

それどころか、自分はあのクラウンに引き離され、緩いカーブを抜けられた。

 

テールランプの残光が尾を引いて、消えていく。

 

「此方、ローンウルフ!現在の目標と自分の速度を教えてほしい!」

 

アスファルトを蹴る勢いを強めながら、無線に向かって自分の現在速度を聞き出す為に叫ぶ。

 

『此方本部。目標は時速...220、いや...240...260kmを越えた!まだ上がっていく!ローンウルフは180km程だ!置いていかれるぞ!』

 

レース用のエンジンでも積んでいるのか、とインカムの奥から驚愕の声が聞こえる。

 

「分かってる!――すぐに、追いつく!」

 

腕の振りを大きく、一歩の感覚を広く、脚の回転数を上げていく。

 

姿勢は低く。地面を舐める様に、滑る様に。

 

2倍以上の速度だ。もっと飛ばさないと追いつけない。

 

それに、俺としてもこれ以上奴を逃がすつもりは無かった。

 

だからこそ。

 

――『エルゼロ』。

 

薬で痛覚が鈍っている今だからこそ、全力を。

 

あまり酷使したくはなかったが、逃げられるくらいならこのカードを切る。

 

――ああ、久々の、感覚だ。

 

炭酸水が、思いっきり上下に振られ――ギチギチとガス圧で膨れ上がっていくイメージ。

 

身体中の熱が、また新しい熱に上書きされていくイメージ。

 

マグマみたいに膨れ上がっては蒸気を吐き出す、沸騰する血液のイメージ。

 

視界が、上下に揺れる。目が圧力に耐えきれず軋む。

 

が、それもすぐに収まった。

 

痛みを感じないからこそ、デメリットを考慮しない動きが出来る。

 

最近、何となく感覚的にだが把握していたことがある。

 

確証こそ無かったが......抱いていた違和感が今、はっきりと分かった。

 

瞬間的に、世界のすべてが静止する。

 

砕け散った街灯の破片は空を舞い地へ降り注ぐことなく留まり続けている。

 

割れたライトから迸るスパークが、緩慢な動きで弾けて消えた。

 

少し重くなった身体を、前へ倒れ込む様に進む。

 

――『エルゼロ』で、知覚出来る速度が深化している。

 

身体が、この一瞬にも俺の欲する速度で活動できるレベルの強度に作り替えられているのだろう。

 

ということは.....制限時間が伸びたか、もしくは呼吸が続く間だけ可能になっているはず。

 

今、このスローモーションの世界で普段と変わらぬ動きが出来るのは俺だけだ。

 

だが、それで満足してはいけない。

 

更に、一歩踏み出す。

 

最も安全なライン、つまり絶対に攻撃されないライン。

 

想定していない移動経路を通って、接近する。

 

――もっと先へ。

 

地面を蹴りつける。僅かに砕けた地面を気にも留めず、壁へ張り付く。

 

――思い出せ、強敵たちを。

 

壁と壁の、僅かな隙間に指を指し込んで落下しないように固定しつつ、走り出す。

 

スピーディーに、テンポよく、移動するだけだ。

 

――何も出来ずに負けた時を。

 

焦りすぎたせいか、勢いが付きすぎた俺は緩やかなカーブを描く地点で壁を掴みきれず、道路の上空へその身を投げ出してしまった。

 

――嗤うGⅢを。

 

リカバリーはまだ可能だ、慌てなくても良い。視界内に入ってきた、着弾前の迫撃砲弾に冷や汗を浮かべつつ、慎重に掴んで、身体を捻りながら後方へ投げ捨てる。

 

――逃げる目標を追いかけるという意味でも、能力の先へ行きたい、という意味でも、俺はこの言葉を使いたい。

 

 

......もっと先へ......

 

 

――Go for the NEXT

 

 

こんな所で、止まってはいられない。

 

左脚のみで着地し、すぐさま右脚を前に出して走り出す。

 

僅かなカーブを、最小限の動きで抜けてその先の長いストレートへ出る。

 

顔を上げれば、ストレートの終わり、キツいカーブへ消えていくテールランプの灯りが見えた。

 

このままじゃ、引き離される。

 

 

――『スーパーチャージャー』

 

 

心臓が、一気に縮み上がる。

 

「......――っ」

 

呼吸が止まり、血液の奔流のみが勢いを大きく増していく。

 

急激に高まった血液の圧力が、眼球を肥大させ、破裂するのではないかと思う程に腫れ上がる。

 

見開かれた両目から見える景色が真っ白に染まる。

 

それに同調するかのように、身体の節々が、筋肉の全てが、血管が、細胞が、繊維が、骨が変質していく。

 

一瞬だけ膨れ上がった肉体が、拘束具でもない装備を、防護服を引き裂いて縮小する。

 

古い血液を口から、鼻から急激に溢れ出し、吐き出す。

 

新しい血液が、人間の物とはもはや天と地ほどの差があるであろうソレが新しい肉体に走る新しい血管に流れていく。

 

この肉体は古い血を流すだけに飽き足らず、効率の良い消費を求めた様で――身体から赤い、真っ赤な――ドロドロの液体が汗をかくみたいに出てきては、即座に蒸発していく。

 

速く、早く、はやく。

 

誰かを護る為に。一秒でも早く駆けつける為に。手遅れにならない様に。

 

この手で守れる物が限られるのなら。自分に限界許容量があるのなら。

 

もっと速く動いて、もっと多くの物を、守りたい。

 

だから――もっと速さを。

 

そう願って、手に入れたものだから、つかう。

 

 

追いつくための一歩――

 

 

 

を、踏みしめた瞬間、アスファルトが粉々に砕け散る。

 

 

だが、破片が浮くような事は無い。

 

応力が伝わるより、俺の方が早いから。

 

血で真っ赤に染まった視界は、夜と相まって最悪の見通しだ。

 

ばら撒かれているであろう弾丸は勿論、一番目立つ壁さえ分からない始末。

 

――それでも、この目は、身体は。

 

音の壁を突破し、自身の背後に円錐水蒸気を残しながら走り抜ける。

 

一歩。停止したと錯覚するほどスローになった世界に残る弾丸を横目に抜けていく。

 

二歩。爆ぜた榴弾と金属片、破壊されたアスファルトの破片を見て、斜め前方に飛びこみつつ右手で破片を払って道を作り、すぐさま転がり起きて再び脚を前に出す。

 

三歩。長いストレートで引き離された距離だったが.....

 

――逃がす訳ねぇんだよ!

 

......追いついた。

 

キツいカーブへ入っていくクラウンが発するテールランプの残光を視界に捉え、身体の方向を変える。

 

慣性に振られ、引き千切れそうになるがそれを無理矢理抑え込みながら、身体の向きをテールランプの方へ合わせる。

 

痛い。

 

ガンガンと響く頭痛が、本能の警告が肉体の全てに痛みという危険信号を送ってくる。

 

 

――まだ、足りない。

 

 

痛くない。

 

慣性に振られていた身体は突如としてその動きが消え、自分の望む挙動で動ける様に変わった。一番膨らんだ外側の壁へ押し付けられるような体勢から即座に壁を殴りつけ、その反動を利用して無理矢理にでも曲る。

 

喉の奥から込み上げてきた灼熱を、堪える事なく外へ放出する。

 

目標は、目の前......50mくらい先だろうか。

 

空中で静止した鉄錆の匂いを放つであろう、真っ赤でどす黒い、粘着質な液体の塊からピントを合わせるのを止め――代わりに再び、テールランプを光らせるクラウンに集中した。

 

一歩。踏み出して、飛び掛かるように跳躍。

 

視界がぶれ――空へ浮き、眼下にクラウンが居る事が分かった。

 

痛い。痛くない。

 

身体中から皮膚が火傷するんじゃないかと思う程、いやそんな事は無かったいたって普通のぬるま湯くらいの熱量の紅い粘着質な汗が浮き、蒸気が噴き上がる。

 

高濃度の酸素が脳を破壊していく。変わっていく。痛―痛くない。大丈夫。

 

身体が急激な位置変化を受け、風が、大気が身体を押し潰そうとしてくる。

 

血の奔流が、脳に予想以上の負荷を掛けてくる。

 

 

いた、いたく、いた

 

 

あ、

 

 

――ハヤく、『戻らない』と。

 

 

こ れ 以上は、まずい。

 

 

『スーパーチャージャー』を終わらせた瞬間、むせかえるほどの鉄錆の匂いに包まれた。

 

それと同時に、真下に見えるクラウンへ向け落下していく感覚を感じ取る。

 

身体を張った、限界ギリギリの接近。

 

失敗はしたくない。

 

身体を捻って、回転させて、遠心力を右脚へと溜めていく。

 

落下位置、車体左側、フロント。ボンネット、エンジンルーム周辺。

 

全力の、踵落としを。

 

「――ッハァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

口内や喉に残る鉄の味を、脳の血管が切れそうな事も忘れ、叫ぶ。

 

伸びきった右脚が、ボンネットに触れた直後に車体が凹み、曲がり、浮いた。

 

フロントに、有り得ない荷重が掛かった所為だろう。

 

まるで倒立でもするかのように車体後部が浮いたクラウンは、火花を何度も散らし、フロントバンパーをアスファルトへ擦り付けながら滑っていき――粗い路面に反応したのか、少し跳ねて、転がって......車体下部を空へ向け、停止した。

 

俺はその間に五点着地を決め、勢いをかなり殺したものの、『スーパーチャージャー』で稼いだ速度が相当な物だったようで、未だ止まれずにいる。

 

フラフラするが、ここで顔面から道路にダイブすれば紅葉下ろしよろしく顔が大変な事になる。

 

そんな事態だけは避けたいので、展開装甲を用いて膝までガードしたブーツを目一杯利用させて貰う。

 

膝でブレーキを掛けつつ、股を少しずつ広げ、爪先もアスファルトに擦りつける。

 

金属と耐熱板で作られたブーツが、耳がざわつく接触音を鳴らしながら、ブレーキ痕をアスファルトへ刻みつけていく。

 

新調したばかりなのに早速消耗していく辺り、平賀さんに申し訳なく思うが仕方が無かったのだ。

 

言い訳を考えては、平賀さんに、装備ぶっ壊しちゃったー直してーと言うであろう自分を想像して申し訳なさが積もっていく。

 

平賀さんの装備を犠牲にして、速度を落とせてきた。

 

これ以上装備の摩耗を防ぐ為に、立てていた爪先を上げて――膝だけで軽く跳躍する。

 

身体が浮いた、その一瞬を逃さない。

 

脚を内側に......膝を腹へ押し付ける様に前へ持っていき、膝立ちの体勢からしゃがんだ状態になるように脚の位置を変える。

 

そして、そこから脚を下げて、アスファルトに接地――勢いを利用して跳躍。

 

空中で再び回転を行い、勢いをなるべく削ぐ。

 

二度、三度、四度と回転した後で、右手と右膝、左脚をやや曲げ、足全体を使って衝撃を吸収する態勢をとった後――着地。それと同時に上半身へ駆けあがる衝撃を左腕へ伝達させ、背中側へ腕を振って衝撃を逃がす。

 

「――っ~......」

 

ヒーロー着地なる物、詰る所三点着地をしたわけだが、想像以上に痛い。

 

着地に使った右手を振って痛みを紛らわせながら、立ち上がって振り返る。

 

眼前には何処に使われたか分からない金属片と散らばる細かなガラス片、塗装が剥げ、深く傷が付いたり黒焦げた車体。

 

タイヤは空を向いたまま空転。ボディはグシャグシャに潰れ、その巨体を道路のど真ん中へ投げ出していた。

 

ガソリンが漏れているのか、揮発した時の独特の匂いが蔓延している。

 

「......」

 

血の滲んだ目を涙で洗い、負荷が掛かり過ぎた重い身体を引き摺って近付く。

 

運転席側へ回り込むと、既に運転手はベルトを外し、車外へ脱出していたようで――

 

「く......ひ......あ、がぁ゛......っは、ひ、あ、あ、あ......」

 

痛みに苦しみながら、不規則な呼吸を繰り返し、満足に動かない身体を必死に動かしている男が目に留まった。

 

男は、俺に気付いたようで、苦悶に歪むその顔に恐怖と怒りの入り交じったような顔を見せる。

 

「――よォ......は...はぁ...っ、御対面......だな......」

 

此方の衰弱を悟られまいと、必死に下半身に力を籠めて立つつもりだったが、それは叶わなかった。

 

ガクガクと震える脚。肩で息をしてしまう身体。

 

ついに立つことも儘ならなくなり、膝を折って倒れ込んでしまった。

 

――デメリット、キツすぎんだろ......!

 

俺自身も満身創痍だと理解したのか、男の顔には喜色の表情が浮かぶ。

 

「――ぐ、ひは......僕に、追いついたのは――そ、う......予想外、だっ、た......ひゃひはひは......でも、君も、う、は、ぁっ――死に体、みたい、だね」

 

仰向けになった男は、時折苦しそうな表情を見せながらも、俺に話しかけてきた。

 

「き、み......サエジ、マ......っ、ぐ、なぜ、ぼくの、じゃ、ぁ、ま......邪魔、を――した......?」

 

掠れるような声。ガソリンの匂いがより一層きつくなった、車体のすぐ傍で――男は、そんな質問をしてきた。

 

「う――は、すぅ、はぁ、すぅ――――は、ぁ.......君は、この国が――憎く、ないのか?僕は、憎い。幼い頃、父が、冤罪で――この国の法律に――日本に、ころ、された」

 

「......」

 

辛うじて動かせる両腕を、必死に動かして、懸垂みたいに、両腕の力だけで身体全部を引き摺って。

 

クラウンに......クラウンの傍に倒れる男の元へ急いだ。

 

「――だん、まり......かい。いい、ぞ。は、はぁ――かなり、楽になって、きた、よ。は、はは――うぁ゛っ」

 

男は呼吸が楽になってきたのか、饒舌になっていく。

 

「く、くく――証言も、証拠も。アリバイだって、あったのに。この国は、司法は――自分達の間違いを、認めたくないから......再審を拒否して、殺したんだ。検察も、グルになってね」

 

男は、顔だけ此方に向け――歪な笑顔を見せる。

 

口元は笑っているのに、目が泣いている。

 

「僕たちの家庭は、それは、もう――近所の人達からボロクソに言われたよ。想像できるかい?半年前まで、作りすぎたおかずを分けてくれた、おばさんが、父が、逮捕された途端に――犯罪者一家呼ばわりしてくる、そんな光景をさ」

 

男の、身の上話は、強烈な、既視感があった。

 

「どこにいっても、死刑囚の息子、だの、なんだの言われて――母さんも死んでしまったよ。心労による、衰弱で、ね......家族のいなくなった僕は、養護施設に放り込まれたんだけど――そこが研究施設で......あとは、言わなくても分かるだろう?」

 

「――『魔術師』が来るまで、実験体か」

 

男の傍に近付けた。距離はもう、2mと離れていない。

 

「その、通りさ......僕は、遠藤満は、物質の複製が出来る......そんな、能力の持ち主なのさ」

 

物質の複製。それは、とても強力な能力だろう。

 

「仕組みを理解していなくても、見ただけで作れてしまう......恵まれた能力だろう?恵まれていたはずの人生が、終わった代わりに手に入った物だから、僕は、この能力を捨てたいと思っているがね......」

 

力無く笑う男......遠藤の服を掴み、更に近付く。

 

「僕は、日本に、復讐したかった。警察も、司法も、これほど杜撰なのに――なぜ、どうして人を裁くのか、と......でなければ、理不尽だろう?大小あれど、誤審で、誤逮捕で、その人の生活のすべてを終わらせてしまうなんて......あまりにも、あんまりだろう?」

 

遠藤が、問いかけてくる。

 

「――ああ、そうだな」

 

俺は、この男の問いに同調する。

 

「!分かって、くれるのかい?」

 

似たような経験があるから。

 

「――だが」

 

だが、それで復讐に走っていい理由にはならない。

 

「お前のしたことは、間違いだ」

 

遠藤の胸に手を置いて、膝立ちの状態に復帰する。

 

「ぐ、ぅ......!君は、君も、似たような経験があるんだろう!なぜ、そんな君が、司法の犬みたいな事を、している!なんで、武偵なんか!どうして!」

 

遠藤の、ボロボロになった高そうなスーツの襟を両腕で掴む。

 

首が窮屈になったせいか、息苦しそうな表情を浮かべる遠藤に、俺は返答をした。

 

「それが、俺のやりたいことだから、だッ!」

 

遠藤の頭に、思いっきりヘッドバットをかまし――手を放す。

 

「お前のその、親父さんや母さんを想う気持ちは大切だし、尊重すべき物だと思う。だが、それを理由に、復讐なんていうのはダメだ」

 

遠藤に投げた言葉は、帰ってくる事は無く――すすり泣く嗚咽が聞こえ始めた。

 

「――ちくしょう、これで、終わりかよォ......父さん、母さん......ゴメン、ごめんなさい......ダメな、息子で、役目を果たせない僕を......ゆるして......」

 

遠藤は、完全に戦意を喪失している様だった。

 

 

これで、長い放課後が――終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから遠藤には対能力者用の手錠を掛け、首都高へやってきた警察にその身柄を預けた。

 

その後、聞いた話によるとあの中島――爺さんも自分の嫁さんと、息子をこの国の司法によって誤審で殺されていたらしく、恨みの深さと、この国の闇が垣間見えた。

 

復讐なんて考えたこともないし、そこまで強烈な恨みを抱いたこともない俺が、どんな言葉を投げかけた所で奴らには一切刺さりはしなかっただろう。

 

事情聴取の最中でも、彼らは言葉の節々に恨みを籠めているらしい。

 

都庁に仕掛けられた爆弾は、全て回収されたそうだがその総量は一切教えてもらえなかった。

 

そういえば、引き渡しの際にも、警官から嫌味を言われた。

 

「これほどの被害を出して......何が武偵だ、我々警察組織に任せておけば、もっと安全に――」

 

とか

 

「へっ、成人もしてねぇ若造が......ほぉん?随分ボロボロだなぁ、ええ?オイ......なんだ、噛みつく体力もねぇってか」

 

とか

 

「やはり、武偵では信用性に欠ける」

 

等の罵倒を受けた。

 

何か言い返したワケでもないが、遠藤や中島はこういう類の輩に多く触れてしまったのだろう。

 

だが、世の中全てがそういうワケじゃない。

 

世界中の誰もがそんな人間じゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいま」

 

何時も通り、武偵病院で手当てを受けてから、いつもの様に寮の、自室のドアを開ける。

 

「おかえり、隼人」

 

廊下を通ってリビングに出ればカナが。

 

「おかえり、遅かったな隼人。話は聞いている......大変だったな、お疲れ様」

 

キッチンからはジャンヌがわざわざ此方にまで来て労いの言葉を掛けてくれる。

 

ケータイを取り出して待ち受けを確認すると、キンジやアリア、武藤や不知火から大量の不在着信とメールが届いている。

 

不在着信の方は後で確認するとして、先にメールの方から見ることにした。

 

全員が全員、似たような文章ばかりで思わず口元に笑みを浮かべてしまう。

 

それから、一人ずつ順番に電話を掛けて行き――事のあらましを簡単に話した。

 

『タロット』の話は、一切出さない様にして。

 

不知火、武藤、アリアの順番で電話を掛けて、最後にキンジと通話する。

 

「――ああ、キンジか?俺だ、隼人だ」

 

『隼人......蘭豹から聞いたぞ。かなり無茶苦茶やらかしたらしいじゃないか』

 

「ん?まぁ――いつも通りだよ。いつもの、お前らと無茶苦茶やってるときと同じ感じだったぜ?」

 

『口調、堅いままだぞ』

 

「――んだよ、昼行燈の癖にこーゆー所だけは鋭いんだな、オメー」

 

『まて、どういう意味だよ?』

 

「そーゆー意味だって。アリアも大変だなぁ」

 

『?なんでアリアが出てくるんだよ。今はお前の話だろ』

 

「......マジに大変そうだな、アリア。まっいーかー!じゃあなキンジ!こうして俺は元気一杯に帰宅したんで!」

 

『――あ、おい!肝心な所が全然聞けてねぇぞ!......ったく。ああ、また明日な。学校で詳しく聞かせろよ?じゃあな』

 

通話を終了して、ケータイを閉じて、一息つく。

 

「隼人、顔色良くなってる」

 

そんな俺を見て、横からカナが変な事を言ってきた。

 

「顔色?別に普通じゃねェ?」

 

「――ううん、帰ってきた時、暗い表情だったけど......今は、いつもの隼人になってるよ」

 

何か良い事でもあった?と、笑顔で聞いてくるカナに......

 

「別に何も......――いや」

 

別に何でもない、と言おうとして。

 

やめた。

 

「話を聞いてくれて、心配してくれて、待ってくれてる人がいるって――改めて思うとさ、やっぱ、なんか、いいなぁって.......なぁ、なんだよその顔!おいカナ、何笑ってんだよ!」

 

ちょっと恥ずかしいと思ったけど、言ったら途中からカナがニコニコし始め、全部いい終わる頃には満面の笑みを浮かべていた。

 

問い質そうと立ち上がったが、ジャンヌがそれを許してくれなかった。

 

「まぁ待て隼人。食事が出来たぞ。さぁ、腰を降ろせ」

 

「ねぇジャンヌ、なんでジャンヌもそんなに笑ってんの、ねぇなんで!?」

 

「隼人も可愛いところあるのね」

 

「どーゆー意味だカナァ!」

 

「何を言っているんだ、カナ。隼人はだいたい可愛いぞ」

 

「ジャンヌゥ!?」

 

 

 

 

 

自分でも恥ずかしいと思った発言が、今後暫くの間、この2人に弄られることは確定してしまった様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠藤満   『タロット』過激派 9-硬貨の暗示を持つ。

 

 

能力-物質の複製(仕組みを理解していなくても、見ただけで完全再現が可能)

 

 

夜の首都高にて、隼人の一撃を食らい廃車になったクラウンから出てきた所を捕縛され、戦意喪失し中島諸共逮捕。

 

 

 

 

 

 

 

 

『9-硬貨』-物質的な豊かさ、という意味がある。

 

 


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