"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうもー燕尾です。
皆さん新生活はどうですか? 私は会社の研修に追われています。
今回は番外編ということで、書き上げました。
お洒落をしましょう
とある休日。某大型ショッピングモールのある一角にて――
「はい、春人くん。次はこれに着替えてね?」
「……わかった」
渡される服一式を受け取った俺はまた更衣室の中に消える。
服をいそいそと渡された服に着替える。
「――ことり」
着替えながら俺は外で着替えるのを待っていることりに声を掛ける。
「ん、なにかな?」
「ことりは楽しいのか、これ?」
「うん、とっても♪」
「……そうか――着替えたぞ」
どういっても変わらないであろうその答えに俺は諦めながらカーテンを開ける。
「わぁ――」
俺の姿を見てことりは満面の笑みを浮かべる。
「とっても似合ってるよ、春人くん!」
「そうか…それは良かった」
俺は苦笑いしながらちょっと疲れたように息を吐く。
どうしてこうなったかというと、つい先日のことである。
音ノ木坂学院、アイドル研究部――
「ハルくん! 時が来ました!!」
「……いきなりどうした。というか、時ってなんだ、穂乃果?」
「皆の願いを叶える約束を果たす時です!」
「あ、ああ……あったな。そういえば」
「約束ってなんの話かしら?」
俺たちが話しているところで絵里が首を傾げる。
「そっか、絵里ちゃんはまだいなかった頃だから」
「実は――」
ことりが納得したところに海未が絵里に説明をする。
期末テストの勉強のときに赤点候補生や教える人たちのやる気を出すため、苦手科目で80点したら俺がなんでも願いを聞くと、そしてそれを見事にクリアしたことを。
ちなみに希の分も入っているということを絵里は知らなかったようだ。
「にこたちはともかく、どうして希まで?」
「にこの勉強を教えてたのが希だったんだ。俺たちじゃ三年生の数学を教えることは出来ないからな」
「なるほどね…確かに思い返すとその時期希がいなくなることが多くなってたわね。まさか勉強を教えていたとは思ってなかったわ」
「ちなみに、皆のお願い云々とか言い始めたのも希だ」
「違うよ。春人くんが自分で言ってたやん」
「……」
「どうしたん?」
「いや、人はこうもいけしゃあしゃあと嘘をつけるんだなと思ってな」
「ひどいなー。嘘なんて一つもあらへんよ」
白々しく言う希。その顔は面白がるような表情をしている。
「そう……」
そんな希とは違って、絵里はどこか羨ましそうに呟いた。
「絵里ちゃん? どうかしたの?」
「い、いえ、なんでもないわよ……?」
ことりが問いかけるも、絵里は首を横に振る。
だが、なんでもないという言葉からは遠くかけ離れた態度だ。
「――ははーん。私わかったわ」
「なんだ?」
「さては絵里、あんた羨ましいって思っているんでしょう?」
にこがそう言うと、絵里は明らかに肩を跳ね上げた。
「そ、そそんなわけないじゃない! 別に羨ましいなんてまったくこれっぽちも思ってないわよ!!」
「えりち、嘘はいかんよ?」
「希がそれを言う!?」
わちゃわちゃと言い合いをする仲良し三年生たちは置いておいて、俺は一年生たちに向く。
「凛や花陽、真姫も決まったのか?」
「ええ。一応は」
「ただ順番はまだ決まってないにゃ」
「私たちが一斉に言っても春人さんが大変だと思うから」
気遣いを見せる三人。そこでギャーギャー言い合っている三年生たちも少しは見習って欲しいところだ。
すると、くいっ、と隣に座っている穂乃果に袖を引っ張られた。
「ねえハルくん。絵里ちゃんになんかしてあげられないかな? 私たちだけお願い聞いてもらうっていうのも…」
「そうですね。少し不公平かもしれないですね」
「だから、別に気にしなくていいってば!」
強がる絵里。だけど、
「気にしなくても、いいから……」
チラリと俺のほうを気まずそうに見る。
それはどこか期待しているようでもあった。
――まったく。素直に言えば良いのに。
俺はポン、と絵里の頭に手を置いた。
「ちょ、ちょっと……」
「絵里は皆の練習を見てくれたし、手助けしてくれたからな」
うりうりと、彼女の頭を撫でる。
「そのお礼として、受け取ってくれ」
「も、もう…本当に良いのに……」
そういうが絵里は嬉しそうにする。まったく本当に素直じゃない。
そんな絵里を微笑ましく思っていると、
「――むぅ」
隣では穂乃果が頬を膨らませていた。
「? どうした穂乃果?」
「なんでもない!」
「なら、叩くのは止めてくれないか?」
ポコポコと叩いてくる穂乃果にため息を吐く。
「まあまあ! 絵里ちゃんは追々頼むことを考えてもらうとして――トップバッターはわたしです!」
「ことりか――なにをしたらいいんだ?」
「具体的なことは当日発表します。とりあえずは春人くん。今週のお休みは空いてるかな?」
「ああ。予定はないな」
「じゃあそのお休みに――ことりとデートしてください」
「………………え?」
『は……?』
「ことりとデートしてください♪」
曇りのない笑顔で言うことりに、部室に驚愕の声が響いた。
そして約束の当日ことりの願い事を聞くと、一緒に服を見に行こうというものであった。
最初はことりの服を見に行くのかと思いきや、やってきたのは男物を専門に扱っているアパレルショップ。
そして、今に至っている。
「うんうん。なるほど~」
ことりは着替えた俺を見て頷き、なにか納得している。
「春人くんは背が高くて線が細いから、ズボンはこういう身体のラインがわかるようなものが似合うね」
「そうなのか」
「そうなんです!」
断言することり。だが俺は今着ているものにピンとこない、というか、慣れない感覚を受けていた。
「……」
「どうしたの、春人くん?」
慣れないものに無意識にそわそわしてしまったのだろう。ことりが首を傾げる。
「大体学校の制服ぐらいしか着ないから、服とかよく分からなくて。こういうのも今まで着たことないから、ちょっと落ち着かない」
「えっ……?」
買い物などは大抵学校帰りに済ませることが多く、休日もそんなに出掛けない。
だから私服も最低限のしか持ち合わせていない。
そもそもそんなに必要ではないと考えている。
今日着ているのはそんな数少ない私服の内の一つなのだが、かといって派手なものではなく、無地のTシャツに薄手の上着を羽織っているだけだ。
「そう、だったの……」
そんな俺の話しにプルプルと肩を震わせることり。
「ことり?」
「もったいない!」
「うおっ!?」
どうしたのかと心配したのだが、バッと顔を上げ、声を上げて迫って来ることり。
「春人くん格好良いのにお洒落しないなんて、もったいないよ!」
仰け反る俺にことりは強く言ってくる。
「い、いや…俺は別に……」
「駄目です! ことりが我慢できません!」
「頼むから我慢してくれないか?」
「春人くんは良い素材を使っているのにそれが全く活かされないお料理を許せますか!?」
「いや、それは残念に思うかもしれないけど――」
「それと同じです! 今の春人くんは制服を加えるだけという雑な料理をされているのです! これが許せると思いますか!?」
「わかった。わかったから取り敢えず落ち着いてくれ」
ここまでゴリ押してくることりも珍しい。
自分だけではなく、他人にも妥協を許さないあたり、ことりにとって服装関連は譲れない拘りがあるのだろう。
「……今日ここに来て正解でした」
その証拠にことりからは並々ならぬオーラが漂っている。
「これから、春人くんにお洒落というものを徹底的に教えます!」
俺は思わず息を呑む。ことりの目は冗談なしの本気の目をしていた。
「お、お手柔らかに、頼むよ……」
約束が約束だから断ることなど当然できるわけもなく、そう言うことしかできなかった。
「ふう…」
ことりの熱弁に押された後、ことりによる桜坂春人のファッションショーが開催された。
ファッションショーはことりが満足するまで続き、途中からはショップ店員複数人も交えてこともあり、さすがに少し疲れてしまった。
ちなみに選んでもらった服はいくつか購入し、そのうちのワンセットをことりの要望で着てこの後を過ごすことになった。
今は休憩で入った喫茶店にいる。
コーヒーを一口飲み、俺は息を吐いた。
「ご、ごめんね? わたし、周りが見えなくなってて……」
頼んだ紅茶に口つけたあと、申し訳なさそうに言うことり。
「謝らなくていい。今日は一日ことりに付き合う約束なんだから。ことりが楽しかったならそれでいいんだ」
「……」
「ちなみに、この後はどうするつもりだ?」
「……わたしもお洋服を見たいなって思ってた。できれば春人くんに選んで欲しいなって」
「さっきも言った通り、あまり詳しくはないぞ?」
「似合ってるかどうかとか、感想言ってくれるだけでもいいの」
男物ですらわからないのに、女物となるともっと分からなくなる。だが感想を言うだけなら、俺でも出来そうだ。
「それなら大丈夫だ。そろそろ行くか?」
お互い飲み物を飲み終えているので、そう提案して立ち上がろうとする。
「春人くん」
だが、俺の袖を掴んで引き止める。
「――春人くんは楽しい?」
問いかけてくることり。その瞳は不安に揺れていた。
「約束したから、その約束を守るために、義務感で付き合ってくれてるんじゃないかなって。さっきも振り回しちゃったし……」
恐らくさっきのことから、ことりは自分だけが楽しんでいるのではないかと思ってしまっているのだろう。
確かに願いとして一日彼女に付き合っているというのはその通りだ。だが、
「大丈夫だ。俺も楽しいから」
「本当…?」
「ああ、なんていうか…誰かとこうして服を見たりとか、選んでもらうとかしたことなかったから、そういうの含めて新鮮で楽しかった」
それでも慣れないことだから多少の疲れはある。しかしそれは許容範囲内だ。
「それにことりが楽しいって思ってくれているなら、俺も嬉しい。だから振り回してるとか気にしなくて良い」
「春人くん……」
「恥ずかしながら、
「……うん、わかった」
「それじゃあ、行こうか」
お互い立ち上がってカップを片付ける。
「春人くん、その、お願いがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
ことりは恐る恐る手を差し出してきた。
「その、あの、手……繋ぎたいな」
その言葉に、俺は少し鼓動が高まる。
「ほ、ほら! 今日はデートだから! だったら手を繋いでもおかしくはないんじゃないかなーって」
恥ずかしさを誤魔化すように早口になることり。だがその勢いもだんだん尻すぼみしていき、
「……だめ、かな?」
上目遣いで、懇願するように言うことり。
そんな彼女の手を俺は取り、軽く握った。
「……今日はデートだからな」
「……っ、うんっ、ありがと!」
嬉しそうに手を握り返すことりに小さく笑みを返し、俺たちは喫茶店を後にして、デートの続きをするのだった。
いかがでしたでしょうか?
というわけで、テストのときのお願いを聞いたお話でした。
残り八人の構想は、まったく決まっていません!
ではまた次回に