"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも燕尾です。
第十一話
どうぞ
「なかなか空いてる場所がないね……」
穂乃果が落胆したように言う。
歌と踊りの練習をするために穂乃果たちは場所の確保をしようと学院の色々な場所を捜し歩いたのだが、グラウンドや体育館、広場も部活や遊んでいる生徒で埋まっていた。
空き教室もあったのだが、鍵がかかっており――
「空き教室を使いたい? 一体何に使うんだ?」
「スクールアイドルの練習に……」
「お前らが、アイドル……ハッ……」
「は、鼻で笑った!?」
鍵を借りに職員室まで赴いたのだが、鼻で笑われる始末だった。
「で、ここしかなかったと」
そして、最終的にやってきたのは屋上だった。
「日陰もないし、雨が降ったら練習できないけど……贅沢は言ってられないよね」
「うん、でもここなら音も気にしなくて良いし、誰かに聞かれることもなさそうだね」
ことりや穂乃果の言う通りだ。練習できる場所があるだけ全然マシといえるだろう。それに、ライブ前に見られたら初めて観る楽しさも半減だ。
「よーし、頑張って練習しよう! まずは歌から!!」
「「はい!」」
意気込む三人だったがちょっと待ってほしい。穂乃果たちは大事なことを忘れている。
「練習するのは良いけど、穂乃果たちは何を歌うんだ?」
俺の一言で場がしんと静まり返った。
「えーと、曲は?」
「私は知りませんよ……」
「わたしも……」
始める前から早くも行き詰ってしまう、スクールアイドル活動だった。
「春人くん、この後時間あるかな? 穂乃果の家に来てほしいんだけど」
新たな問題が浮き彫りになったスクールアイドルについて話し合うため、俺は穂乃果に参加を求められる。
「別に構わないけど、一度家に帰らせてくれ」
「何か用事でもあるの?」
「まあ、少し。すぐ終わるから気にしないで先に行っててくれ」
「でも、春人くん。穂乃果ちゃんの家知らないんじゃ……?」
ことりの言葉に俺はあっ、と声を洩らす。するとそこで助け舟を出してくれたのは海未だった。
「でしたら、私が部活終わりに連れてきます。春人、面倒だとは思いますが学校まで戻ってきてくれますか?」
「ああ、わかった。それじゃあ、また」
「あ、春人くん――?」
そうしてそっけないような態度になってしまった俺を穂乃果たちは不思議そうに見つめていたのだが、今は答える時間が無い。
悪い、と心の中で謝りながら急ぎ足で俺は家へと帰るのだった。
「どうしたんだろう、春人くん。急ぎの用事だったのかな?」
だとしたら悪いことをしちゃったな、と少し反省する。
「大丈夫ですよ穂乃果。どうしても外せなかったら春人も断っていたでしょうし」
「そうだね。春人くんは無理なものは無理ってはっきり言う人だと思う。だから大丈夫じゃないかな?」
軽く落ち込む私をフォローしてくれたのは海未ちゃんとことりちゃんだった。
「それなら良いけど……」
それでも私は不安が拭えなかった。
春人くんがスクールアイドルの手伝いをしてくれたのは私が半ば強引に頼み込んだからだ。それを自覚していたからこそ、迷惑じゃないのかと考えてしまう。
「何か不安でもあるのですか、穂乃果?」
「うん……春人くんって結局なんでも引き受けてくれるから、無理しているんじゃないかなって」
一番最初にスクールアイドルの活動に賛成してくれた春人くん。そして応援するといってくれた彼に私は甘えているのではないのか。
「穂乃果ちゃんがそういうことを気にするなんて珍しいね」
「ことりちゃん、それどういう意味!?」
何気にひどいことを言ったことりちゃんに私は思わず声を上げる。
「確かにことりの言う通りですね。穂乃果、何か悪いものでも食べましたか?」
「海未ちゃんまで!? もう! 悪いものなんて私食べてないよ!」
からかってくる二人にムーッと頬を膨らませる。いくらなんでも失礼すぎる。
「ごめんね、穂乃果ちゃん……でも、本当にどうしたの?」
「うーん……」
ことりちゃんに聞かれて私は首を捻る。
なんでここまで春人くんのことを考えているのか、私も分からなかった。ただ、わがまま言い過ぎて春人くんに嫌われてしまうのではないのか、そう思うと不安で仕方が無かったのだ。
「わからないや……」
嫌われたくない。あの差し伸べてくれた手の温もりを失いたくない。
「穂乃果」
グルグルと悩んでいた私に海未ちゃんが落ち着いた声をかけてくれる。
「確かに春人は何でも引き受けてくれています。もしかしたら無理をしているのかもしれません」
「うん……」
「でしたら、私たちは春人に謝るよりも感謝するべきだと思います」
海未ちゃんの話に私は感謝? とポカンとしてしまう。そんな私に海未ちゃんは頷く。
「はい、大切なのは"気持ち"です。手伝ってくれる春人に感謝する。ですが、ただ思うだけではなくそれをちゃんと伝えることが重要だと私は思いますよ」
「そうだね。言葉にしないと何も伝わらないってわたしも思うな」
「気持ちを伝える……」
その言葉がストンと自分の中に落ちる。
春人くんの優しさを当たり前だと思ってはいけない。私たちはありがとうと彼に伝えるべきなんだ。
「ありがとう、海未ちゃん、ことりちゃん」
早速言葉にした私に海未ちゃんとことりちゃんは笑顔で頷いた。
「では、私は部活に出てから春人と向かいます」
「うん、また後でね。行こう、ことりちゃん!」
「わわ!? 待ってよ、穂乃果ちゃん!」
私は晴れた気持ちで帰路へとついたのだった。
海未の練習が終わる時間までに必要なことを終わらせて、再び学校へ行く。
校門前にはすでに練習を終えた海未が立っていて俺を待っていた。
「悪い、待たせたか」
「いえ、私もちょうど練習終えてきたところですから気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かる、それじゃあ、案内頼めるか?」
「はい、では行きましょうか」
海未の後について穂乃果の家へと向かい始める。
「そういえば、春人に聞きたいことがあるんですが……」
「ん、どうした?」
その道中、海未がふと思い出したように口を開いた。
「その……春人はどう思っているのですか?」
「悪い、よく分からない。もう少し説明してくれないか」
質問の内容が抽象的過ぎてよく分からなかった。海未は何を聞きたいのだろうか。
「すみません、言葉が足りませんでしたね。春人は私たちを手伝ってくれますが、私たちがスクールアイドルやるということをどう思っていますか?」
「ああ、いいと思う」
「えっと、もう少し詳しくお願いします」
「そうだな、海未とは考え方が違うかもしれないが、俺は最初からスクールアイドルをやることに反対はしていなかった。穂乃果にも言ったけど、思いつきや好奇心、やりたいからやることは悪いことじゃない。確かに廃校を阻止するのは難しいけど決して駄目なわけじゃない」
こういうことは理屈じゃない、感情だ。理屈を捏ねてやらないというのもなにかの感情があるからだと思っている。
「穂乃果はやりたいって気持ちが根底にあった。だから俺は良いと思ったんだ」
「では、私たちの手伝いをしているのはどうして……?」
難しいことを聞いてくる海未。穂乃果に頼まれたから、というだけでは納得しないだろう。
「そうだな……見てみたかったというのが大きい、と思う。穂乃果が、これからどうなっていくのか、海未やことりたちがどうしていくのか。気を悪くするかもしれないけどな」
「そんなこと無いですよ。私たちは手伝ってもらっていますし。むしろ迷惑じゃないですか? 春人まで巻き込んで……」
俺は首を横に振った。
「迷惑じゃない。あの時、穂乃果がそう望んでたから、出来るだけ応えてやりたかった」
俺の話に海未がポカンとする。
結構恥ずかしいことを言ったことに自覚した俺は慌てて言葉を続ける。
「ま、まあ、俺に出来ることは知れているとは思うけど」
「そんなこと無いですよ、かなり助かっています!」
海未の強い言葉に俺は少し安心する。
「そうか、それならよかった」
「よかったのは私たちもです。特に穂乃果が気にしてましたからね」
なんで、穂乃果が? と聞こうとしたのだがどうやらタイムアップのようだった。
「ここです。穂乃果の家」
海未に連れられて来た穂乃果の家の扉には暖簾が垂れ下がっていた。
「和菓子屋……穂むら?」
暖簾の字を読み上げる。そういえば初めてであったとき実家は和菓子屋をやっているといっていたのを思い出す。
「じゃあ、入りましょう」
「ああ」
扉を開けて、こんばんわ、と入る海未の後に続いて俺も中に入る。
中には団子を食べていた女性が一人。その女性は慌てて手を拭く。
「あら、いらっしゃい海未ちゃん」
「こんばんは、穂乃果はいますか?」
「ええ、上にいるわよ――ってあら?」
俺の姿を確認した女性は不思議そうに俺を見つめる。そして、
「あらあら! もしかして、そちらの人は海未ちゃんの彼氏さんかしら?」
とんでもないことを言い始めた女性に俺は少し眉をひそめる。隣にいた海未はそういう話に耐性が無かったのか顔を真っ赤にして否定する。
「そそそそそんなわけ、あ、あああああるわけ無いじゃないぃですか!!」
「海未、少し落ち着け。すごいことになってるぞ」
もはや慌てすぎて言葉がおかしくなっていた。ショートしたロボットのようだ。
「えっと、音ノ木坂学院二年の桜坂春人です。海未さんの彼氏ではなく友人です」
「ご丁寧にどうも。穂乃果の母、高坂穂波です。ごめんなさいね、海未ちゃんが男の人を連れてくるなんて思わなかったからついからかっちゃって」
悪戯っぽい笑みを浮べる穂乃果の母親。どうやら穂乃果のフランクさは彼女から伝わったらしい。一緒にからかわれた海未はぶつぶつと何かを呟いている。
「ところで、海未ちゃんの彼氏じゃないならうちの娘のかしら? それともことりちゃん?」
どうしてもそういう話にもっていきたいのか、俺には困る話題を振ってくる。
「穂乃果さんともことりさんとも彼氏彼女の関係じゃないです」
「あら、そうなの? でもチャンスはあるのかしら?」
「友人として仲良くさせてもらってます」
「これはなかなかガードが固いわね……」
むむっ、と唸る穂乃果の母親。とにかくこれ以上やましいことも無いのに深追いされたくは無い。
「えっと、穂乃果、さんの部屋は二階ですか」
「ええ、向かって右側よ。ゆっくりしていってね。それともっと普通にしゃべって良いわよ。穂乃果さんなんて普段から言っていないでしょう? わたしのことも穂波でいいわよ」
「あ、はい……ありがとうございます、穂波さん。それじゃあ、お邪魔します。おい、海未?」
「彼氏、彼女、お付き合い……破廉恥です!!」
声を掛けても未だに自分の世界にいる海未の手を掴んで、俺は上がりこむ。
そして言われたとおり二階の向かって右側のノックしてから戸をあけると、
「練習お疲れ様~、もぐもぐ……」
「もぐもぐ、いらっしゃい、春人くん」
団子を頬張ってお茶をしていたことりと穂乃果の姿。
「穂乃果、ことり、ダイエットはどうしたんだ?」
「「ああ~!」」
二人はしまった! と言う表情でお互いを見合わせる。俺は思わずため息をついた。
「本当にダイエットするなら団子はそれで終わりにしておけ海未にばれたらことだぞ」
海未は穂波さんの言葉が余程効いたのか、未だに戻ってきていない。
穂乃果とことりは慌てて団子を片付ける。その最中、穂乃果がピタリと身体を止めた。
「……春人くん」
「どうした?」
低い声色で冷えた視線を送る穂乃果に、若干恐怖を感じながらも俺は聞き返す。
穂乃果の見る目は俺のある一点に集中していた。
「どうして、海未ちゃんと手を繋いでいるのかな……?」
あ、と声が出る。海未の状態のせいか、まったく意識していなかった。穂乃果は片付けそっちのけで俺に迫ってくる。
「なんで、海未ちゃんと、手を繋いでいたのか、説明してほしいなぁ」
「それは、穂波さんにからかわれて、どこか上の空だったから、危ないと思って……」
俺の話に穂乃果はへー、とか、ふーん、としか言わない。
睨まれる俺を助けてくれたのはことりだった。
「穂乃果ちゃんのお母さんになにを言われたの、春人くん?」
「入って早々、海未の彼氏かって聞かれた」
正直に話すとピシッ、と今度こそ空気が凍った。
「海未ちゃんの、彼氏? 春人くんが?」
わなわなと声を震わせてる穂乃果。普段の彼女からは見ることのできないほど穂乃果の顔は無表情だ。
「ああ。海未と一緒にいる俺を見て穂波さんが――」
「それで?」
「え?」
「それで春人くんはなんて答えたの?」
迫ってくる穂乃果に恐怖を感じて思わず目を逸らす。それがいらない勘違いを生むとも分からずに。
「えっと……」
「――!!」
穂乃果が、声にならない悲鳴を上げる。ことりも何故か、顔を紅くして俺と海未を驚いた目で見ていた。
「えぇ! 二人ともいつの間にそんな関係になってたの!?」
「そんな関係ってなんだことり?」
うーん、というか言わないか迷った素振りを見せ、ことりは口にする。
「恋人関係?」
「ぼふっ……」
思わず噴出しそうになる俺。なんでそんな結論が出るのかよく分からない。
「ほら、春人くん目を逸らしてたし……だから、図星だったのかなーって」
「目を逸らしたのはそうじゃない、穂乃果が少し怖かっただけだ」
「それじゃあ、なんて答えたの?」
「友人として仲良くさせてもらってるって言ったよ」
「そっか……穂乃果ちゃん、春人くんと海未ちゃんは恋人同士じゃないって」
無表情で立ち尽くしている穂乃果にことりが小さく耳打ちする。
「――はっ!? 私は一体……」
放心状態だった穂乃果が戻ってくる。それと同時に、場の温度が元に戻った。
「大丈夫か、穂乃果?」
「う、うん! 大丈夫!! それじゃあ、早速始めようか!!」
穂乃果は慌てた様子で団子を片付けてお茶を入れなおす。
俺は何も言うことができずただただ受け入れるのだった。
「春人が、恋人? 彼氏、私が彼女……」
「海未、いい加減戻ってこい……」
海未が正気に戻ったのはもう少し後のことだった。
いかがでしたでしょうか
ではまた次回にお会いしましょう。