"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。
第十三話でっす。
次の日、早朝――
「「はぁ、はぁ……」」
「あと少しだ頑張れ、穂乃果、ことり」
穂乃果とことりは息を上げながら神田明神の階段を
上りきった二人は限界といわんばかりに倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……き、きついよぉ……」
「もう足が動かない」
運動した後にいきなり止まるのは身体によくは無いのだが、二人の様子からすると少し動くのも厳しいようだ。
「二人とも、少し苦しいかもしれないが何度か大きく深呼吸するんだ」
俺の指示に二人は素直に従って深呼吸する。大きく動く胸元に少し目が行ってしまうが、すぐに視線を逸らす。
「海未、タイムは?」
誤魔化すようにタイムを計っていた海未に問いかける。こちらです、と差し出されたストップウォッチを見た俺は、
「……まあ、最初はそうだよな」
そう呟いた。階段の往復ダッシュなんてしたことの無い二人には見ての通り相当辛いのだろう。だが、これくらい出来なければこの先のことは夢のまた夢だ。
「これから朝と晩、ダンスと歌とは別に基礎体力をつける練習をしてもらいます」
海未の言葉に穂乃果とことりはバッと顔を上げた。
「一日に二回も!?」
「ふえぇ~!?」
悲鳴を上げる二人に海未は当然、と頷いた。
「ええ、やるからにはちゃんとしたライブをやります。そうじゃなければ生徒も集まりませんよ」
「海未の言う通りだ、穂乃果。スクールアイドルをやりたいって言っていたのは穂乃果だろう。俺は穂乃果がこれくらいで音を上げないって信じてる」
「う……その言い方は少し意地悪じゃないかな。春人くん」
「意地が悪くてもいい、これも手伝いの一つだ。それに……俺も見てみたいから、穂乃果たちのステージ」
そういって穂乃果に手を差し伸べる。穂乃果は少しポカンとしたあとに顔を背けて、
「……本当に春人くんはずるいよ」
と小さく呟いて俺の手を取った。その顔は若干赤く染まっていた。
「ほら、ことりも」
「ありがと、春人くん」
同じようにことりの手を取り、引っ張り上げる。
「よし、それじゃあもう一セット、行きましょう」
「うんっ、頑張らないとね!」
「よーしっ!」
気合十分のことりと穂乃果。
次のセットの準備運動をしているところで一つの足音が耳に入る。振り向けば巫女の姿をした女性がいた。
「君たち」
そう声を掛けてきた女の子の顔には見覚えがあった。
「副会長、さん?」
「その格好は……?」
疑問を呈す俺たちに副会長は小さく微笑んだ。
「ここでお手伝いしてるんや。神社はいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね――四人とも、神社の階段使わせてもらっているんやから、御参りくらいしてき」
そう副会長に促されて、俺たちは拝殿前で一列に並ぶ。
「初ライブが上手くいきますように」
「「上手くいきますように」」
穂乃果の言葉に合わせて海未とことりが声に出して願う。
切実に願う三人を見て俺も二礼二拍手する。
――どうか願わくば、この少女たちの未来が、明るいものでありますように。
「――ふぅ」
願い終わった俺は瞳を開ける。最初に目に映ったのは顔を綻ばせた穂乃果たちの顔だった。
「……どうした?」
「いやー、随分と熱心に春人くんがお祈りしてたから」
怪訝そうにする俺に穂乃果が嬉しそうに言う。海未やことりも同じことを思ったのか無言で頷いていた。
「そこまで熱心なつもりは無かったんだけどな」
なんともいえない気恥ずかしさを覚えた俺は穂乃果たちから視線を逸らして、誤魔化す。
「そっか……」
それを真に受けた穂乃果は少ししょんぼりしたように見えた。その姿にどことなく罪悪感を感じてしまう。
「悪い、嘘ついた」
「えっ?」
「だから、願い事。こういうのは心から願ったほうがいいだろ? だから、長くなった」
「それじゃあ、春人くんもちゃんとお願いしてくれたんだ」
「それは、まあ……そうだな」
「ふふ、そっかそっか……」
一転して機嫌がよくなる穂乃果。なんか少しからかわれたような気がするが、喜んでいるなら特に気にしない。
「さて、御参りも済ませましたし、練習の続きをしましょう。春人、タイム計ってくれますか?」
「ああ、わかった」
海未は俺にストップウォッチを渡し、改めて三人はスタート位置について俺の合図でスタートを切った。
「あの三人、本気みたいやな」
彼女たちの姿が遠ざかってきたところで、巫女服姿の副会長が話しかけてきた。
「なんのようだ? 副会長」
「そんな邪険に扱わんといてーな。あの子たちの邪魔はせえへんよ」
思ったよりしかめっ面だったのか、副会長は困ったように笑った。この様子だと、彼女は穂乃果たちのスクールアイドルの活動に否定しているわけじゃなさそうだ。
「会長と一緒にいれば、あんたも同じだと思われても仕方が無いと思うが?」
「まあ、そういわれると苦しいんやけど。うちはえりちみたいに否定するつもりは無いで」
「えりち?」
誰だ、と首を傾げる俺に副会長は苦笑いした。
「音ノ木坂学院の生徒会長ことや。綾瀬絵里――えりちって呼んでいるん。ちなみにうちは東条希っちゅうんや」
「そうか」
「そうか、って……なんや寂しい反応やなぁ」
俺の反応に副会長はしょんぼりと肩を落とす。
聞いておいてなんなのだが、あの会長や副会長の名前なんかに興味など無かった。それより二人の名前より俺は気になることがあった。
「そういえば、副会――」
「希でええで?」
「東条――」
「希でええで?」
「……希、先輩に聞きたいことがある。あいつらのスクールアイドルの活動についてはどう思っているんだ?」
副会長――希先輩の押しに俺は負けながらも疑問に思っていることを聞いた。
廃校の知らせを受けた日、そして部活申請をした日の二回、俺たちと話をしたのは会長の綾瀬先輩だけだ。
「それに廃校の知らせを受けたあの昼休みのとき、去り際に希先輩は俺に"何も言うな"って合図していただろ。その行動の意味が俺にはわからない」
結局のところ、希先輩は何も語っていない。ただ、綾瀬先輩の後ろで見守っていただけで、どういう風に思っているのかがまったく見えなかった。
「そうやな……まあ、ほら、君とえりちが反りが合わなさそうだったっていうんが一つ」
それと、と小さく呟いて、少し考える希先輩。数分の後、纏まったのか彼女は口を開いた。
「もう一つは――うちはな、望みを叶えてあげたいんよ。えりちも、あの子らも」
その口調は優しさそのものだった。本心からそう思っていることが
「どっちつかずの理想論、だな」
「バッサリと斬り捨てるなぁ……」
はっきりといった俺に希先輩はまた苦笑いする。
どちらかを取れば、どちらかを捨てざるを得ない。世の中のすべてとまで言わなくても大半はそういう風に出来ている。それは俺が身をもって知っていた。
「意味が無いとは言わない。やらなかったらそれこそ望みが無いからな。だけど、やったところでほとんど失敗する。だから皆しようとはしない」
「……君は、上手くいかなかったんやね」
どうやら、この先輩は勘がいいようだ。俺はハァ、と息を吐く。
「まあ、な。理想を現実にするのはとても難しい。二つの理想を一緒に追いかけるならなおさらな。だから俺はあいつらの手伝いに専念する」
俺の言葉に希先輩は何かを悟ったように小さく微笑む。
「そういえば、君の名前をまだ聞いておらんかったな」
「……桜坂春人」
「春人くんやね。ほな、練習頑張って。あの子たちによろしゅう伝えといてな」
そして、希先輩は神社の奥へと戻っていった。少しだけ、希先輩の印象が自分の中で変わっていくのだった。
いかがでしたでしょうか?
いや~夏風邪って辛いですね。