"愛してる"の想いを   作:燕尾

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お久しぶりです。

第十四話を献上しました。





14.μ's

「すまないな、桜坂。本来はお前の仕事じゃないのに」

 

申し訳なさそうな声に俺は、いえ、と断った。

 

「これも乗りかかった船ですから……」

 

昼休み。俺は先生方の頼まれごとであちらこちら足を運んでいた。本来なら日直として職員室にクラスのノートを運ぶだけだったのだが、それが終わるやいなや次から次へと頼みごとが舞い込んできたのだ。

目上の人からの頼まれごとを当然断れるわけもなく、今日の昼休みがすべて潰れそうな勢いで頼まれた。本当なら日直の仕事が終わったら穂乃果たちと一年生の所に向かうはずだったのに、今は印刷室で授業の資料を印刷している。この作業を学生がやってもいいのだろうか、と疑問に思うも学年が違うため問題ないそうだ。

 

「それでも、社畜はこうやって形成されていくんでしょうね」

 

「社畜って……お前はまだ若いだろうに」

 

俺の小さな呟きに担任である山田先生は苦笑いを浮べる。山田先生は終始あれこれ押付けられていた俺を見ていて不憫(ふびん)にでも思ったのか途中から手伝ってくれていた。

 

「だが、確かにお前は将来苦労しそうなタイプだな」

 

意地の悪い笑みを浮べる先生に、特に反応するわけでもなく、

 

「そんな将来があるのなら、俺はどんな風になっているんでしょうね」

 

淡々と言う俺に、先生の表情が気まずいものに変わった。

 

「あー、なんだ、その……すまん」

 

「冗談です」

 

(たち)の悪い冗談だな、と先生は若干呆れた表情をする。

 

「俺はいまが楽しいので。それで十分です」

 

「珍しいな、桜坂からそんな言葉が聞けるなんて」

 

以外そうな顔をする先生に俺は少しムスッ、としてしまう。

 

「失礼ですね」

 

「ははっ、確かに。だが、今のお前は心なしか楽しそうな表情をよくするようになった。高坂たちと関わるようになってから特に、な」

 

「それは……」

 

「恥ずかしがることはない。それが普通だ。人は誰かと関わって輝いていく。一人だけの人生なんてつまらないだろう?」

 

「俺は一人でしたから、そう言われてもよくわからないです」

 

「今まではそうだったのかもしれない。だが、今ならわかるんじゃないのか? お前の周りにはあいつらがいるようになった。そして、お前はいい表情をするようになった」

 

「よく見ているんですね。普段は適当そうにしてるのに」

 

「そうじゃなかったら教師なんてやっていけないからな。物事はメリハリだよ」

 

俺の悪態にも、笑って受け流す先生。どうやら俺はこの人には勝てないようだ。

優しい目で見つめてくる先生に俺はふぅ、と一拍置いた。

 

「……俺にも、大切だと思えるものが出来ました」

 

「それはよかった。去年までのお前はなにもかも諦めたような目をしていたからな。少し心配だったんだ」

 

本当に敵わない、すべてお見通しのようだ。

 

「そういえば桜坂、お前はスクールアイドルの手伝いをしているんだったな。どうだ、活動のほうは?」

 

「あいつらを鼻で笑った先生も気になっているんですね」

 

そう言うと先生は苦いものを食べたような顔をした。どうやら意趣返しは成功したようだ。

 

「そうですね、難しいところです。生徒会長が否定的ですから」

 

「綾瀬が? それはまた面倒臭いことになったな」

 

隠すわけでもなく、遠慮するわけでもなく先生はそのまま言った。

 

「あいつは頭が固いところがあるからな、なかなか大変だろ?」

 

「ええ、なんか通ずることをやっていたんでしょうね。スクールアイドルを遊び事だって言って(かたく)なですよ」

 

「なるほど、綾瀬らしい」

 

「それ以外にもまだまだ決まってないことが多いですから、どうなるかはわからないです」

 

「そうか、まあ校則や犯罪を犯すようなことじゃなければ学校側は何もうるさいことは言わんから、好きにやるといいさ」

 

「ええ、言われなくてもそうさせてもらいます。別に綾瀬先輩もどうという事はないですからね」

 

「……無表情な顔と同じようになかなか怖いこと言うな、桜坂は」

 

「失礼ですね……どこも怖いところはないでしょう」

 

「その顔が怖いんだよ。少しは表情豊かになったが、高坂たち以外にも見せていくようにしたらどうだ?」

 

「そういわれても――俺のことは知っているでしょう? 誰も気づきませんよ」

 

「はぁ……その様子じゃ、まだまだ先は長そうだな」

 

自虐的な小さな笑みを浮べる俺に先生が頭が痛そうな顔してため息を吐いた。それと同時に授業資料の印刷が終わる。

 

「さて、早く終わらせましょう。じゃないと、先生だけじゃなくて穂乃果たちにも怒られますから」

 

そして、資料をまとめ先生のところに届けた頃、昼休み終了のチャイムがなった。

 

「桜坂」

 

「なんです――っと」

 

先生から放られたペットボトルを受け取る。

 

「お疲れさん、褒美だ。それと、最後に一つ――お前はまだ生きているんだ。幽霊じゃない」

 

じゃあな、と背中を向けてプラプラと手を振る先生に俺は一礼する。

 

「さて、穂乃果たちは上手くできただろうか」

 

教室に戻った後、大変だったんだよ、と膨れっ面の穂乃果に手を焼いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、あの赤毛の子には断られて、会長からは逆効果だと……」

 

放課後、昼休みの顛末を軽くまとめた俺に穂乃果はガックリと項垂れた。

 

「うん……私、少し軽く考えすぎてたのかもしれない」

 

「なにをいまさら。それは分かりきっていたことだろう」

 

俺の言葉に、ええっ、そうなの!? と目を見開いて驚く穂乃果。俺はため息を吐く。

 

「それで?」

 

「えっ?」

 

「穂乃果は自分が軽く考えていたのに気づかされた。それで、穂乃果はどうしたいんだ? 諦めるのか、続けるのか、ほかの方法を探すのか」 

 

結局のところ、最終的にはそこに行き着く。断られようとも、否定されようとも、スクールアイドルをやるかやらないかの意思は穂乃果たちが決めるのだ。

 

「……」

 

穂乃果は今すぐ答えを出せないでいた。

 

「……春人くんはどうしたら言いと思う?」

 

ようやく出た言葉は俺への問いかけだった。

 

「穂乃果のやりたいようにやればいい」

 

「春人くんのちゃんとした意見が聞きたいんだけどなぁ――」

 

ほしい答えとは違うことに穂乃果は不満げに頬を膨らませるが、俺にはそれ以外言う事は出来ない。

 

「そんな顔されてもな……これは俺が決めることじゃないんだ」

 

「それは、そうだけど……」

 

「答えが出ないなら、一度ゆっくり考えてみればいい。そうするだけの時間はまだあるからな」

 

それじゃあ、戻るか、と校舎へと歩みを進めた俺の後を穂乃果は不承不承ながらも頷いてついてくる。

教室へと戻る道中、穂乃果がピタリと足を止めた。彼女の視線の先にあるのはライブの告知のポスターとグループ名募集の箱。

 

「どうした、穂乃果?」

 

穂乃果はじっと見つめたまま動かない。その顔には色々と複雑な感情が入り混じったような表情が浮かんでいた。

 

「――どう? 練習は」

 

どう言葉を掛けたものか、と考えているところに声が入ってきた。

振り返ればそこにはいつぞやの三人組――ヒデコ、フミコ、ミカが立っていた。

 

「えっ?」

 

「ライブ、何か手伝えることがあったら、言ってね」

 

「照明とか、お客さんの整理とか、音響とか色々やらなきゃいけないでしょ?」

 

戸惑っている穂乃果に矢継ぎ早に声が掛けられる。突然の申し出に穂乃果はポカンとしだした。

 

「え……えっ? ほんとに?」

 

「もちろん。だって穂乃果たち、学校のために頑張っているんだし。クラスの皆も応援しようって言ってるよ」

 

決して反対の人だけじゃない。こうして応援して、手伝うと言ってくれる人だっている。ただ、今まで話してきたのが否定的な人たちだけだった話なのだ。

 

「そうなんだ……」

 

「だから、頑張ってね!」

 

「うん、頑張るよ! ありがとう!!」

 

お互いに別れの挨拶を交わして、ヒフミたち三人は姿を消す。

 

「よかったな」

 

「……うん」

 

それからしばらく黙っていた穂乃果が募集箱を持って振り向いた。

 

「春人くん」

 

なんだ、と聞く俺に穂乃果は笑顔を浮べて言った。

 

「私頑張る、頑張るよ。だって、応援してくれる人たちがいるんだもん。それに海未ちゃんやことりちゃんがいるから」

 

「そうか」

 

ちゃんと見てくれる人がいる。支えてくれる人がいる。それは何よりの力になるだろう。

 

「それに……」

 

「ん、なんだ?」

 

穂乃果は上目遣いで俺を見てくる。そして一歩踏み出した。

ドキリ、としながらも俺は平然を装って穂乃果を見返す。

しばらく何も言わずに見つめあう俺たち。先に顔を崩したのは穂乃果だった。

 

「んふー、なんでもない」

 

よくわからない笑い声を洩らす穂乃果。すると、傾いた箱の中から音が聞こえた。

 

「あれ――?」

 

その音に気づいた穂乃果が箱を開ける。中を覗くとそこには一枚の折りたたまれた紙があった。

俺たちはまた顔を見合わせて、ことりと海未の元へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室にいた海未とことりはそれぞれ部活の準備や衣装の準備に取り掛かっていた。が、穂乃果の一声で、準備そっちのけで寄ってくる。

 

「それじゃあ、開くよ……」

 

緊張した面持ちで穂乃果が言う。彼女の周りに居る俺たちも真剣な表情で頷いた。

ペラッ、と開かれた紙を見るために俺たちはこぞって顔を寄せる。

髪の中心には女の子が書いたと髣髴させるような可愛らしい字で「μ's」と書かれていた。

 

「ユー……ズ?」

 

「穂乃果、最初の字は英字じゃない。ギリシャ文字だ」

 

「はい。読み方は……たぶん、"ミューズ"じゃないかと」

 

発音を効いた穂乃果はポン、と手を叩いた。自信満々の様子だったが、俺は次に穂乃果がなに言うのか大体予想できた。

 

「ああ、石鹸?」

 

「違います……」

 

「そもそもグループ名が石鹸の商品、って繋がりがないだろう」

 

予想通りの反応に俺も苦笑いしてしまう。海未やことりも若干呆れ気味だ。

俺たちの反応に不満を抱いた穂乃果が少しムスッとした。

 

「じゃあ、石鹸じゃないならなんなの?」

 

「おそらく、神話に出てくる女神からつけているのだと思います」

 

「俺もそうだと思う。ミューズっていうのはギリシャ神話に登場する女神たちだ。叙事詩のカリオペ、歴史のクレイオ、悲劇・挽歌のメルポネペ、抒情詩のエウテルペ、恋愛詩・独唱歌のエラト、合唱・舞踊のテルプシコラ、天文・占星ウラニア、喜劇・牧歌のタレイア、讃歌・物語のポリュヒュムニア――それぞれ定められた領域の芸術を司る九柱の女神たちを総称してミューズっていうんだ」

 

「……」

 

語源の説明のつもりだったのだが、穂乃果たちがポカンとしていた。

 

「あー、その……忘れてくれ」

 

俺はバツが悪くなったように目を逸らす。博識だという振る舞いのつもりはないのだが、つい長く話してしまった自分を軽く(いまし)める。

 

「いや、うん。まあ、ミューズは神話の女神ってだけだ。そういうことだ、うん」

 

少し慌てたようにまとめる俺を無表情で見つめる穂乃果。

 

「春人くん……」

 

「……なんだ?」

 

「すごい、物知りなんだね!」

 

一瞬の間が空いた後、穂乃果は目を輝かせて言った。

まったく予想していなかったことに今度は俺が呆気にとられる。

 

「あ、ああ……物知り、というか本で読んだことがあったから、覚えていたというか」

 

好奇心で詰め寄ってくる穂乃果に俺は海未とことりに視線で助けを求める。

だが、海未とことりはしどろもどろになっている俺を微笑ましく見ているだけだった。

 

「ねえねえ、もっと話し聞きたいな!」

 

何が琴線に触れたのかわからないが、興味心身の穂乃果の顔が近い。

俺は仰け反りながらも穂乃果の頭を抑える。

 

「落ち着け。それより……グループ名だろ?」

 

「おお、そうだった!」

 

ようやく穂乃果が離れる。心臓の鼓動が早く感じるがいつものものではない何か緊張したようなものだった。

 

「ことりちゃんと海未ちゃんはどう思う? わたしはいいと思うんだけど」

 

「いいと思う。わたしは好きだよ」

 

「はい。芸術を司る女神たち。私も合っていると思います」

 

同意を得た穂乃果はうん、と頷いた。

 

「よーし、今日から私たちはμ'sだ!」

 

こうして、俺たちは音ノ木坂学院のスクールアイドル"μ's"として活動を始めるのだった。

 

 






いかがでしたでしょうか?

次回更新頑張ります。

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