"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。
第十六話目です。
「……有名になったもんだな。俺も」
俺は歩きながら呟いた。もちろん嬉しいことなど一つもない皮肉だ。
昨日の騒ぎの一件が下級生から上級生へと伝わり、あの場にいた生徒たちが俺の顔を覚えていたのか、登校してきて早々に注目されていた。
視線を背に俺は一人で校舎へと入る。
穂乃果たちには昨日のうちに事情を連絡して噂が鳴りを潜めるまで大っぴらには関わらないようにしようと話をした。
もちろん三人は渋っていた。特に穂乃果は俺に電話で抗議してきた始末だ。
そんなことは気にしないと言ってくれた三人には感謝するが、少しとはいえ噂に敵意が込められてしまう以上、スクールアイドルとしてやっていこうとしている穂乃果たちの近くにいるのは最善ではない。
そのことを穂乃果に納得させるには大変だった。
『――そうだけど、春人くん!』
「だから、噂に影響されなくなる少しの間だけだ。先生方が説明をしてくれるからその間も短い」
『むぅ~』
「少しのだけの我慢だ、穂乃果。放課後の神社での練習には必ず顔を出すし、この埋め合わせもする」
『……わかったよ。でも、本当に少しの間だからね!』
「ああ」
昨日の穂乃果とのやり取りを思い出して自然と笑みがこぼれる。
こんな俺でも一緒にいてくれるのを是とする人ができた。
その人たちが味方でいてくれているだけで、周りからなんと言われようと平気でいられる。
疑心の視線を受けながら教室へとたどり着く。
この時間だと穂乃果たちはもう来ているはずだ。
ガラリ、とドアを開けると俺へと視線が集まる。その間、騒がしかったであろう教室の話し声が消える。
「……ほらあいつだよ」
「一年生の女子生徒を脅迫したっていう……」
「嫌がる女の子に迫って泣かしたらしいよ」
一瞬の静寂の後ヒソヒソと話し声があちらこちらで上がる。
やはりというか、間違った話が広がっていた。
心配そうに見てくる穂乃果やことり、海未を視線で制する。
自分の席に座ったとき、机のなかに数枚の紙折が入っていた。
開いて中を確認すると、そこには俺に対する罵詈雑言が書かれていた。
目だけを動かすと嫌悪感丸出しの目を向けた男女。恐らくこの手紙の差出人だろう。
「くだらないことをするもんだ」
小さく呟いたつもりだったのだが、周りが案外静かだったせいか俺の言葉が周囲にきこえていた。
俺の呟きが耳に入った差出人たちは顔をしかめる。
周りが俺の一挙手一動を見守っているなか、俺は手紙の両端を持ち、それを縦に引き裂いた。
クラスメートたちは俺の行動に驚いていた。
そのなかでも一番驚いていたのは送り主たちだった。
俺はそれを無視して屑となった紙をゴミ箱に捨てる。
「皆おはよう。ホームルーム始めるぞ」
直後、担任の山田先生が教室に入ってきた。
「ん? 桜坂。そんなところに立って何をしているんだ?」
先生が問いかけてくると、生徒たちに緊張が走った。俺の一言でこの後どうなるかを想像したからだろう。
「いえ、勉強で使ってた計算用紙が多くなったんで捨てていました」
「そうか。勉強熱心なのはいいがそういうのは家で処分するようにしろよ。とりあえず席にもどれ」
言われたとおり俺は席へと戻る。その間、先生が俺から目を離すことは一度もなかった。おそらく俺のついた嘘など見破っているのだろう。
「それじゃあ、今日の連絡事項だ――」
席に着いたところでホームルームが始まる。
授業のことや来月に行われる新歓のことやイベントの申請の話、委員会活動の連絡等々、特に変わったところは無いいつも通りの時間だ。
だが、あらかた連絡終わったところで、先生は俺をチラッと見る。それの行動に俺はすぐに気づいた。先生は一つ咳払いをする。
「――最後に、昨日ちょっとした騒ぎがあった。お前たちももう噂は知っているだろう」
その話にクラスの何人かが俺に気づかれないように見た。
「やれカツアゲだの、脅迫だの、痴漢だの、色々出回っているみたいだが、当事者たちに話を聞くとそんなことは一切ないことがわかった」
先生の話にクラスが騒がしくなる。雰囲気を察した先生はため息を吐いた。
「というか、それが本当なら加害者が暢気に学校なんか来られるわけないだろう。なあ?」
先生は全員を見渡す。勘違いした人や噂を信じ込んでいた人たちは気まずくなって俯きがちだった。先生の言う加害者が誰の事を指して言っていることなのか、このクラスでそれを理解できない生徒は誰一人としていなかった。
「まあ、そういうことだ。こういう話は学院側としてもいいものじゃないからな。あまり面倒ごとを増やさないでくれよ。以上、ホームルームは終わりだ」
言うだけ言い放って先生はさっさと教室から出て行った。
気まずい空気の中、ピリピリするような鋭い感覚が俺を襲う。
この調子だと、噂が収まるまでかなり時間が掛かりそうだ。
人は自分の都合のいい解釈をすることが多い。まして正義感を振りかざして排斥しようとしていた人間が真実を知ったところでそれを認めようとはしないのだ。
このあと降りかかるであろう面倒ごとに俺はため息をつくばかりだった。
「信じられない! しかもなにさ、一緒に懲らしめようって!!」
穂乃果は膨れっ面で声を上げた。
「ええ、私もはらわたが煮えくり返る想いでした」
「うん、さすがにあれはひどいよね……」
普段穂乃果をたしなめる立場の海未やことりも今回は彼女に同意している。
放課後、今日は体力トレーニングということで神社へと向かっていた。
三人とはある程度時間を置いて学院から出て、待ち合わせ場所を決めてそこで落ち合う約束をしていた。ちょうど俺がついたところでそんなこと話していたので、
「何をそんなに怒っているんだ?」
「「春人くん(貴方)のことだよ(ですよ)!!」」
「あはは……」
何のことだかわからない俺は穂乃果たちに聞くのだが、穂乃果と海未が同時に叫び、首をかしげる俺にことりが苦笑いした。
「だって春人くん、悪いこと一つもしてないのにあんなことされてて!」
リスみたいに頬をパンパンに膨らました穂乃果の言葉にようやく何のことなのかがわかった。
「いや、穂乃果たちには関係ないことだろう。まさか何かされたのか?」
学校が始まってから一緒にいるところを知っている人間はいるだろう。もし、あの悪意が彼女たちに降りかかっているのなら対処しておかないといけない。
「春人くん。それ、本気で言っているの?」
だが、俺の心配は大きく外れていた。むしろ俺に対して怒っている雰囲気だ。
「?」
不思議に思っている俺に海未が呆れていた。
「どうやら、何もわからないようですね……」
「ねえ、春人くん。逆の立場を考えてみて?」
よく理解できていない俺に師事するようにことりが指を立てる。
「逆の立場?」
「そう。もしことりたちが噂で嫌がらせを受けていたとして……」
「……」
「お友達の春人くんはそれを見てどう思う?」
普段の俺なら、自分と関係ないからなんとも思わないというのだが、穂乃果たちがそういうことをされているのを想像したら胸の辺りがもやもやした。
「嫌……だな。なるほど、そういうことか」
「ええ、私も何度どうやって制裁を下そうか考えたことか」
「本当に、よく我慢してくれたな……」
海未の言葉に初めて出会ったときにされたことを思い出し、しみじみと言った。
「もう我慢の限界だよ!」
「まだ一日しか経っていないんだが……」
「そうは言っても実際見るに耐えないことばかりでしたよ。むしろ春人はどうしてそんなに落ち着いているのですか?」
傍から見られたらそう思われても仕方がない。それほど今日された嫌がらせは多かった。
「反応するときりがないからな。だから飽きるまで放っておくかどこかで一回徹底的に叩き潰すのが一番いい」
「どうしてかな、春人くんが一番怖い気がしちゃうよ」
複雑そうなことり。少し冗談が過ぎただろうか?
「……とにかく、心配してくれてありがとう。だけど俺は大丈夫だから三人はライブのことに集中してくれ。ほら、神社に着いたことだし、早速始めよう」
咳払いして練習を促す俺に納得のいかないような表情をする穂乃果たちだったが、最終的には何も言わず、練習を始めるのだった。
練習が終わり、春人くんと別れたあと、海未ちゃんとことりちゃんに私の家に来てもらっていた。
少し遅い時間だけど、私の話したいことがわかっている二人はついてきてくれた。
お茶で一息ついたところで海未ちゃんが話を切り出した。
「それで、話があるというのは春人のことですか」
私は頷く。春人くんの状況があまりにもよくない。
「うん、春人くんは放って置けばいいって言ってたけど、見ていられなくて」
今日一日、春人くんが受けた嫌がらせはそれほどのものだった。少なくとも私がされたらしばらくは立ち直れないほどだ。
それを流すのは人としての余裕なのか、それとも我慢しているだけなのかよくわからない。だけど、春人くんがあんなことされるのは絶対間違っている。
「そうだよね。このままだとむしろエスカレートしそうな感じかな」
「はい。どうにかしないととは思いますけど、当の本人がなにもしないようにしてますから、私たちが表立ってするのは何か違いますし」
海未ちゃんの言うとおり、春人くんが何もしないでって言ってる以上、私たちが動いちゃうと返って迷惑がかかるかもしれない。
「難しいですね……」
「なにもしないで、春人くんの取り巻く問題を解決する……そんな方法、あるのかな……?」
頭を悩ませる私たち。
本当に私たちにできることはなにもないのかな?
そこまで考えて私は気づいた。
「そうだ、なにもしなくていいんだ」
「穂乃果ちゃん……?」
「私たちはいつもどおりでいいんだよ!!」
私の言っていることがわかっていないことりちゃんと海未ちゃんはお互いに顔を見合わせている。
「あのね――」
思いついたことを二人に話す。二人とも認めてくれるように微笑んで頷いてくれた。
次の日、俺は困惑していた。
「おはよー、春人くん!」
「春人、おはようございます」
「おはよう春人くん、今日もいい天気だね」
穂乃果、海未、ことりの三人が挨拶してくる。そこはいつも集まっている場所から少し歩いた通学路の途中。
「えーと、三人とも? どうしたんだ?」
しばらくは別々で行くと決めたはずなのだが、どうしてこんなところで待っているのだろうか。
「どうしたって、いつも通り学校に行くだけだよ?」
「ええ、ちょっと話し込んでいただけですよ」
「でも、春人くんと会っちゃったってことは大分話しちゃってたみたいだね」
戸惑っている俺に穂乃果たちは普段どおりの調子で言ってくる。
「せっかく会ったんだからこのまま一緒に行こうよ、春人くん」
「そうですね」
「いや、でもな?」
話を進めていく穂乃果と海未に俺は待ったをかける。だが、
「会って挨拶までしたのにここから別々に行くのもおかしいとことりは思います。だから一緒にいこ?」
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ! 行こう、春人くん!!」
穂乃果に連れて行かれるように手を引かれていく。その後ろには微笑みながらことりと海未がついてくる。
「ちょ、穂乃果……?」
「ん、なあに?」
振り返った穂乃果は笑顔だった。いつも一緒に登校しているときのようになにも意識していないいつもどおりの顔。
昨日からの変化はこれだけではなかった。
授業前――
「春人くん次美術だよ、ことりと一緒に行きませんか?」
昼休み――
「春人、いつもの場所でお弁当食べましょう」
放課後――
「春人くん、今日は屋上で練習するから! 掃除終わったら来てね!!」
噂の前のように共に行動するようになった。当然、クラスの人間は奇異の目で見てきている。だけど、これが穂乃果たちが考えて出した結論なのだ。
干渉せず、だけども引くことはしない。あくまでも普段どおりの日常。
取っ掛かりは強引だったが、これからは気を使うことはしないと決めたのだろう。
「……」
「ふぅ――ん、どうしたの春人くん?」
練習の休憩中、俺の視線に気づいた穂乃果が不思議そうにする。
「いや、なんでもない」
そういった俺はどうだったのだろうか。鏡でしか見ることのできない自分はいったいどんな表情をしていたのだろうか。
「そっか、それでね春人くん――」
今後の心配なんて吹き飛ぶくらいの穂乃果たちは明るく、暖かかった。
いかがでしたでしょうか?
次もがんばって書き上げて更新します。