"愛してる"の想いを   作:燕尾

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燕尾です。
他のタイトルと一緒に更新しました。興味があればぜひそちらも読んでください。






17.曲

 

 

 

「桜坂さん、桜坂春人さん」

 

静かに人が流れていく中、俺の名前が呼ばれた。

 

「はい」

 

俺は案内に従うがまま一つの個室へと通される。

コンコン、と二回ノックをするとどうぞ、と中から返事が聞こえてくる。

失礼しますと言いながら入ると、そこには聴診器を首に掛け、白衣をまとった中年の男性が居座っていた。

 

「久しぶりだね、春人君。調子はどうだい?」

 

「お久しぶりです。特に変化はありません。いつも通りですよ――西木野先生」

 

俺の言葉に担当医である西木野先生はそうか、とだけ呟いた。

俺がいまいる場所は西木野総合病院の診察室で、なぜこんな所にいるかというと俺は月に一度、定期検診のために二日間病院に滞在しなければならないからだ。

 

「それでどうですか。検査の結果は?」

 

その二日目、検査結果が出たということで呼ばれたのだが、俺の問いかけに西木野先生は今までに見たことがない、少し難しい顔をしていた。

ここを見てくれ、とボードに張られた検査結果のグラフの一部を指す先生。

 

「少し値が上下して安定していないんだ。全体としては先月より下がっているからいいことではあるが、どういうことか少し気になってな」

 

それは今まで通ってきた俺も初めて見る結果だった。

 

「なるほど……」

 

だが、その値が上下している時期を見るとどこか納得できるところではあった。

 

「些細なことでもいい、何か心当たりがあるなら教えて欲しい」

 

俺の様子に察しがついた西木野先生は真剣に問う。

こんなことはありえないと思うのだが、心当たりがあるとするとただ一つだけ。

 

「もしかしたら……精神状態に左右されているのかもしれませんね」

 

「精神状態?」

 

「ええ。ここ数日、色々なことがありましたから。良いことや悪いこととか。俺の生活が少し変わったんです。あまりこういうのは参考にならないかもしれませんが」

 

精神論で治ったりするのであれば病院など必要はない、

そう思っていた俺に対して、そんなことはない、と西木野先生は首を横に振った。

 

「病は気から、という言葉もある。そういう小さな変化から治せるきっかけが作られていく。決して馬鹿にできたものじゃないんだ。もちろんそれだけに囚われてもいけないけどね」

 

色々な人を診てきたからこそのこの言葉なのだろう。説得力はあった。

 

「とりあえずこの様子だったら、少し薬の効果を押さえよう。人間と同じで、無理やり押さえ込もうとする分、鍛えられて強くなってしまうからね。少しの間つらいと思うけど大丈夫かい?」

 

「ええ、問題はありません。慣れていますし。それに」

 

 

――支えができましたから。

 

 

そういった俺を少し驚いたように見る西木野先生。だが、それも一瞬のことですぐに顔を綻ばせた。

 

「良い表情をするようになったな、春人君」

 

「前にも別の人に同じことを言われましたよ」

 

「冗談で言っているわけではないよ。きっとその生活の変化が良い影響をもたらしているようだね」

 

さて、と一区切りを打つように西木野先生は立ち上がる。

 

「二日間お疲れ様。何か聞きたいこととかあるかい?」

 

そう言われて俺は一つ思い出す。

 

「西木野先生に一つお願いがあるんです」

 

「お願い?」

 

ええ、と頷く。これはほかの先生方や看護師ではなく西木野先生にしか頼めないことだ。

 

「数日前先生の娘……真姫さんに会いました」

 

「真姫と? そういえば君も音ノ木坂学院の生徒だったな」

 

先生の顔つきが変わった。やはり娘のこととなると気になるのだろう。だが、浮ついた話などではない。

 

「はい、それで色々あって真姫さんの前で発作を起こしてしまったんです」

 

「そっちか……ああ、いやすまない。そういう意味で言ったわけではないんだ」

 

安心したように息を吐く西木野先生は慌てて取り繕う。まあ、娘を持つ父親としては当然の反応なので、気にしないでくださいとだけ言っておいた。

 

「それで、将来医療の道に進もうとしている真姫さんは時々病院のカルテを見ていると聞きました」

 

「っ!」

 

西木野先生に緊張の糸が奔る。

病院関係者や患者の家族などじゃなければカルテなんてものは本来、他人が見ることは許されないものだ。西木野さんは先生の家族ではあっても病院関係者ではない。

 

「そんな強張らなくても大丈夫ですよ。院長の娘として今後のために見ているのは周りも知っていることでしょうし。そこを責めるわけじゃないですから」

 

「なら、どうしてこの話を?」

 

「ここからが本題です。俺のカルテは絶対に見せないようにしてください。それと、真姫さんからなにか聞かれても俺だとわかることは何も話さないでください」

 

「だが、おそらく真姫は自力で調べるだろう。いまの時代、ネットにも色々と情報があるからな」

 

「真姫さんが自分で調べて知る分には仕方がないです。ですが、真姫さんにはまだ知られたくないんで」

 

これは勘なのだが、西木野さんとはこれから何度か顔を合わせることになりそうだと感じていた。限界はあるが、対策しておかないと早々に気づかれかねない。高校生が知るにはまだ重すぎる。知らないでいることが幸せなのだ。

西木野先生は色々考えた後、頷いてくれた。

 

「わかった、このことは真姫には言わないと、約束しよう」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」

 

「ああ、お大事に」

 

一礼して診療室を出て、薬を受け取り、先生に見送られたまま家路へとつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまの……間違いないわよね?」

 

二人の姿を見た私はとっさに物陰に隠れていた。

勉強のために来ていたのに、まさかパパと以前会った先輩が病院で話しているなんて、思いもしなかった。

だが、どうやら先輩は帰る直前だったようだ。見つからずに済みそうだと、私は息を一つ吐く。そのとき、

 

「――このことは真姫に言わないと、約束しよう」

 

聞き逃すことのできない言葉が聞こえてきた。

 

「――私?」

 

聞き間違えではない。パパは確かに私の名前を出していた。先輩とどんな約束をしたのだろうか。いや十中八九、先輩自身のこと。先輩はパパに口止めしたのだろう。私に知られないために。

病院に来ているということは何かしら患っているということだ。少しばかり話したことがあるだけの私に知られたくないという気持ちはわかる。

だけど、こうも根回しして隠そうとすることにどことなく苛立ちを覚えてきた。

 

「でも、それは正しいのかもね」

 

でもその苛立ちは一瞬頭をよぎっただけで、行動自体は間違っていはいないと理解できる。実際、私は先輩のこと調べるためにパパを尋ねようと病院に来ていたのだから。

 

「パパに聞こうとしてもはぐらかされる。さて、どうしましょうか……」

 

私は先輩方がいなくなったのを確認して、あるところへと向かった。

 

しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が来ていたのはカルテが保管されている部屋。本当は病院関係者じゃなければ入ることができない場所。

この部屋に来て一時間。診察を受けている以上記録はあるはず。だが、いくら探しても先輩に関するものは見つからなかった。

 

「どういうこと……?」

 

さすがにおかしい。見つからないはずがない。だって、ここは病院に来た患者のすべての記録が保存されているところなのだから。

 

「意図的に隠している? いったい何のために……?」 

 

いくら知られたくないといってもここまでする意味がわからない。

 

「これは、いろいろと調べないといけなさそうね……あとあっちの作業も進めないと――」

 

やることはたくさんあって大変なのだけれど不思議と嫌だと思うことは一度もなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、一人の少女が教室へと入ってくる。

一学年の上の教室だというのにその少女は気にした様子もなく、堂々と進んでいく。その行き先は――俺の席。

 

「先輩、話があります。私と来てくれますか?」

 

場所が故に普段より丁寧な言葉遣いで同行を求めてくる。

周りがざわめく中、少女の視線は俺だけに注がれていた。

 

「に、西木野さん? 春人くんにお話って……」

 

「話は話です。それ以外には何もありません」

 

きっぱりと言う西木野さんに穂乃果は戸惑っていた。海未やことりも怪訝な視線を送っている。

いつも人目に付くことを嫌う西木野さんが、わざわざ教室まで尋ねてきたほどだ。おそらく重要なことなのだろう。

 

「わかった」

 

「春人くん!?」

 

穂乃果が驚いた目で俺を見る。

 

「それじゃあ、廊下で待ってます」

 

そして西木野さんは周りを一瞥することもなく教室から出て行く。

 

「春人くんどうして受けたの?」

 

「話だけなんだ。別にそこまで不安がることじゃないだろう?」

 

「それは、そうだけど……でも、でも!」

 

何をそんなに焦っているのかはわからないが、安心させるように大丈夫だと言う。

 

「西木野さんの様子から話すのは少しぐらいだろ。終わったらすぐに練習に向かうから」

 

唸る穂乃果をよしよしと撫でてやると、渋々だが引き下がってくれる。なんだか子犬を相手にしている気分だ。

 

「それじゃあ、また後で」

 

「はい」

 

「うん、穂乃果ちゃんの言うとおり、遅くならないようにね?」

 

「ああ」

 

海未とことりに穂乃果を任せ、支度を済まし俺も教室を出る。

 

「すまない、待たせたるようなことになって」

 

「気にしないでいいわよ、突然呼び出したのは私なんだから」

 

周りに人がいないからか、敬語をやめる西木野さん。別に警護でもため口でもどちらでもいいので気にはしないが。

 

「そう言ってもらえると助かる。それで、どこに行くんだ?」

 

「音楽室。あそこなら誰も近寄らないから」

 

西木野さんの後についていくような形で音楽室へと向かう。

掃除が終わった後の音楽室は誰もおらず、西木野さんの言うとおり誰かが来る気配もなかった。

 

「それで、話って何だ?」

 

穂乃果たちと約束した手前、早速本題に移る。

 

「少し聞きたいことがあるの、春人先輩……であってる?」

 

「そういえば俺からは名前を教えてなかったな。桜坂春人だ」

 

何度か顔を合わせていたというのに一方しか名前を知らなかったというのはなんともおかしな話だ。

 

「そう……なら先輩、以前西木野(うちの)病院にきてたわよね?」

 

西木野さんがそういった瞬間、いやな予感がした。二人きりで話したいといったのは俺への最大限の配慮と同時に逃げ場をなくすため。

 

「ああ、定期検診があるから。月に一回、二日間世話になっている」

 

「それは、心臓の検査?」

 

俺は頷く。もはや西木野さんに嘘は通用しない。ついたところでたちまち嘘だとわかってしまうだろう。

 

「そこは認めるのね」

 

西木野さんは一瞬だけ意外という顔をした。

だが、彼女の追撃は止まらなかった。

 

「なら聞きたいのだけれど、何で病院でパパに口止めを頼んだのかしら」

 

「!!」

 

「顔つきが変わったわね」

 

最悪だ。まさか、あのやり取りを聞かれていたとは思わなかった。これだと、知られたくないほどのものを抱えていると自分でいっているようなものだ。

 

「うちの病院に来ているのにあなたのカルテが一切見つからなかったわ。おそらくパパがわざと見つからないところに移したのでしょうね。私にはそこまでする理由が知りたいの」

 

真剣な眼差しで問いかけてくる西木野さん。他人に関心がないだろうと思っていた彼女の認識を改めなければならない。

 

「……俺は心臓に疾患がある」

 

今更知っていることを言われても俺の話に口を挟まないという姿勢で、西木野さんは頷いた。

 

「コレは俺が死ぬまで付き合わないといけない。心臓を移植しない限り、現代の医学じゃ誰も治せないものだ。もちろん西木野先生でもだ」

 

誰にも治せない、という言葉に西木野さんが苦い顔をする。その反応は仕方がない。発作の酷さを見た西木野さんならなおさらだ。

 

「それでだ。この学院でも俺が病持ちだというのは理事長と担任の教師、養護教諭の三人だけにしか知らせていない。そのとき西木野先生に来てもらって直接説明してもらった。どうしてだかわかるか?」

 

わからないこと前提に西木野さんに問う。当然、彼女はわからないと首を横に振った。

 

「俺のこの病気は他人に移ると広まっているからだ」

 

「っ!? どういうことなの!?」

 

西木野さんは狼狽した。それもそうだろう。そんなものを抱えている人間が学校なんかに来ていいはずがない。

そう思い至ったからこそ彼女は一瞬感情的になったものの、すぐに冷静さを取り戻してくれた。

 

「いえ、ごめんなさい。それならあなたがここにいるわけないわよね」

 

「ああ。実際他の人に移ることはない。それは不安がった人たちが遠ざけるために流れた嘘。だけど世間でこの病気にかかったと知られた人は隔離されていることが多い」

 

もうここまで言ったらわかるだろう? という俺に西木野さんは黙ってしまった。

 

「西木野さんが簡単に調べられる環境にいたし、知識もあるから俺は警戒していた。だから西木野先生にも口止めをお願いしたし、簡単には調べられないように頼んだ。今となっては無駄な努力だったが」

 

「そういうことだったのね……」

 

バツが悪そうな顔をする西木野さん。知らなかったとはいえ、罪悪感が芽生えてしまったのだろう。

 

「西木野さんが悪いことはない。不幸な偶然が重なっただけ、気にすることはない。ただ、このことは絶対に誰にも言わないでくれ」

 

「……もちろん、約束するわ。誰にも言わない」

 

病院の娘なら、情報の大切さはわかっているだろう。何より西木野さんなら言いふらさないでいてくれるだろう。

 

「話は終わりか?」

 

「ええ、時間を取らせて――って、ちょっと待ちなさい!!」

 

扉を開こうとする反対の手をがしっとつかまれる。やわらかい彼女の手に少し戸惑ってしまう。

西木野さんもやらかしたというような表情をした。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「い、いや。それで、何かあったか?」

 

そう聞くとさっきまでの真面目な彼女から打って変わって恥ずかしそうに目をそらした。

そして、スカートのポケットから一枚のディスクを取り出して俺に差し出した。

 

「新手のラブレターか?」

 

「違うわよ!!」

 

真っ赤になって否定する西木野さん。ちょっとした冗談にも律儀に反応する彼女はすこしからかい甲斐がありそうだ。

 

「その、μ'sの曲……作ったの……」

 

「曲……?」

 

「だ、だから、スクールアイドルの曲!! 作ったからライブに使いなさい!!」

 

「あ、ああ曲か……って、曲っ?」

 

大声で言う西木野さんに最初は気づかなかったが、だんだんと理解が追いついた俺も大きい声が出てしまった。

 

「何で驚いているのよ、あなたたちが頼んだことでしょ!」

 

「まあ、それはそうだが……ん、あなたたち?」

 

「あ……」

 

やらかしたと言わんばかりに声を漏らす。

彼女の様子から恐らく俺が来たあと、穂乃果が来たのだろう。

 

「悪い。穂乃果が迷惑かけた」

 

「高坂先輩なのは決まっているのね、なんだかあの人が可哀想に思えてくるわ」

 

「逆に言うと穂乃果だけなんだ、行動力があるのは。ことりや海未だとこうはならない」

 

「ものは言い様ね」

 

手厳しい言葉だと思うが、そのとおりではある。

 

「とりあえず、ありがとう。あいつらも喜ぶ」

 

「お礼はいいわ。これは私のためにやったことだから」

 

髪をクルクルと指で回してそっぽを向く西木野さん。だが、その顔は少し紅く染まっていた。

 

「……そうか」

 

「ちょっと、なに笑っているのよ!」

 

「……笑ってないぞ?」

 

「笑っているわよ!!」

 

自分でも気づかないうちに頬が緩んでいたのだろう。西木野さんに指摘されて自分が笑っているのに始めて気づく。

 

「西木野さん」

 

「何かしら」

 

羞恥で頬を膨らませている西木野さんに俺はCDを向ける。

 

「ありがとう、きっといいライブができる」

 

「ええ。私が作ったのだからそうしてもらわないと困るわ」

 

上からものを言うさまはとことん素直じゃない。でもこれは西木野さんなりの応援なのだろう。

それじゃあ、とドアに手をかけたとき西木野さんは俺に釘を刺してくる。

 

「高坂先輩たちには私が作ったことは内緒しておきなさいよ」

 

どうしてだ、と問いかけたかったのだが、西木野さんの顔を見ればその理由はすぐにわかった。

 

「ああ、わかったよ」

 

「っ!!」

 

それだけを言って音楽室から出て行く。

だから笑わないでって言っているでしょ、という大きな声を背にして俺は神社へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いよ、春人君!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――随分と時間がたってぷりぷりと怒る穂乃果を宥め賺すのに一苦労したのはまた別の話。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回更新に向けてがんばります。


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