"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。
第十八話目です。
「それじゃあ、入れるぞ」
「うん……」
μ'sと書かれたディスクがパソコンにのまれる。
昨日、西木野さんから受け取った穂乃果たちのための曲だ。
約束どおり、このディスクの出所に西木野さんのことは何も言わずに、適当にとごまかした。
パソコンにセットしたCDから音楽ファイルを選択して再生する。
流れ出したピアノの音。ついにお披露目のときが来た。
『――――♪』
伴奏から始まり、綺麗な一人の歌声が空へと溶けていく。それは当然ながら西木野さんの声だった。
「すごいね……」
「はい……」
「これが、私たちの最初の曲……」
集中して聞いていた三人の口から小さな呟きが漏れる。その言葉の根源にあるのはこの曲を作った人への賞賛だろう。
俺も三人と同様に、この曲に魅せられていた。
暗い暗い闇の中に光が降り注ぎ、新しく突き進む人たちに力を与えていくような、そんな感覚が感じられる。
これが穂乃果たちが歌う最初の歌。
これからスクールアイドルとして活動していく彼女たちにはぴったりの曲。
ディスクに付随されえていたメモの紙にはタイトルとテーマが書かれていた。
始まりの曲"START DASH!"と――
曲が終わり、静寂が再び訪れる。
俺も含めた全員がすぐに曲の感想が言うことができず、余韻に浸っていた。
その余韻を打ち消すかのようにパソコンから通知の音が鳴った。
画面を覗くと、以前登録したスクールアイドルのランキングサイトから通知が来ていた。
サイトに描かれていたのは"congratulations!"と"999位"の二つ。
登録したときはランキング外だったのだが、こうしてランクインしたということは誰かが投票してくれたということ。
確認してみると案の定、得票数のカウントが1あがっていた。
「票が、入った……」
「うん。誰かが入れてくれたんだよね」
「ええ、まだ何もできてないですけど、うれしいですね」
俺はその一票を誰が入れたものなのか見当が付いた。
クルクルと自分の髪の毛を巻いてそっぽを向いている姿が思い浮かぶ。
「本当に、素直じゃない」
「ん、どうしたの、春人くん?」
「いや、なんでもない。これからだな、穂乃果」
顔を向けると穂乃果はやる気のある笑顔でうんと頷くのだった。
それからの日々は光の速さで駆けていった。
体力トレーニングも行いつつ、曲に合わせて振り付けを含めたダンス練習。ボイストレーニングに衣装作りにそのほか雑用。時間はいくらあっても足りなかった
が、しかし――
「やっぱり私には無理です……」
ある日、海未が突然消えるようにいなくなったと思ったら、屋上の陽の当たらない場所で自分の膝を抱えてそういった。
「無理っていきなり……どうしたんだ」
「そうだよ、海未ちゃんなら大丈夫だよ!」
穂乃果が励ますと海未は顔を上げる。だが、その表情は弱々しかった。
「ええ、大丈夫なんですよ」
「なら、なにが無理なんだ?」
無理といったり、大丈夫だといったり、いまいち海未の言いたいことがわからない俺たちは困ったように顔を見合わせる。
「歌も踊りもこれまで練習していましたからできます。ですが……ですが、人前だということを考えると――」
そこで俺たちはようやく理解した。
「緊張しちゃう?」
核心を突くことりに、海未は無言で頷いた。
「そうだ、海未ちゃん。そういう時はお客さんを野菜だと思えってお母さんが言ってたよ!」
「お客さんを……野菜……」
穂乃果がよくある緊張をしないための方法を挙げると海未は少し思案する。
「わ、私に一人で歌えと!?」
何を想像したのか海未は壁にしがみついて怯え始めた。
「そこなの?」
さすがの穂乃果も思わずツッコミを入れていた。
「人前じゃなければ大丈夫だと思うんです、人前じゃなければ――!」
それだと何の意味もない。パフォーマンスは見てくれる人がいなければただの一人遊びと同じ。誰にだってできてしまうことだ。
「んー、困ったなぁ」
「でも海未ちゃんが辛いんだったら、何か考えないと」
だがことりの言うとおり、辛いのは我慢しろなんていってもうまくいくはずがない。どうにか海未が人に慣れる方法が必要だ。
「いろいろ考えるより、慣れちゃったほうが早いよ!」
穂乃果も同じことを思ったのか、うずくまっていた海未を無理やり引っ張り上げる。
「ほ、穂乃果……?」
「それじゃ、行こう?」
どこに行くのかと思ったが、答えはすぐにわかるのだった。
「じゃあ、ここでチラシを配ろうか!」
穂乃果がつれてきた場所は秋葉原の街中。放課後の時間や帰宅時間が近いせいなのか、たくさんの人が行き交っている。
「ひ、人が……たくさん……!!」
海未は生まれたての小鹿よろしくプルプルと震えていた。
「当たり前でしょ、そういうところを選んだんだから。ここで配ればライブの宣伝にもなるし、大きな声を出してればそのうち慣れてくるよ」
少し強引な気もしなくはないが、今の海未に必要なのは他人に怯えないことだろう。そういう意味ではいい方法ではある。
「お客さんは野菜……お客さんは野菜……お客さんは野菜……」
自分に暗示をかけるように何度もつぶやく海未。
「よし……――っ!?!?」
そして決心して一歩目を踏み出そうとした瞬間、その足が素早く引っ込んだ。
「ことりちゃんは大丈夫?」
「わたしは平気よ、でも――海未ちゃんが……」
「ん――って、海未ちゃん!?」
ことりが指差してようやく穂乃果が気づく。
「……あ、レアなのが出たみたいです」
そして海未は腰を落として日陰にあるガチャを引いていた。
「どんな想像をしたのか察しはつくが、海未、現実逃避している場合じゃないだろう」
「うぅ、春人ぉ~……」
よしよし、と頭を撫でてやると普段の海未からは想像できないような泣き声で
やはり、海未にはハードルが高すぎたのだろう。
「いきなり街中は無理だと思っていた――穂乃果、場所を変えないか?」
「――そうだね、場所を変えよっか」
「何でそんな不機嫌そうなんだ」
別に不機嫌じゃないもん、とそっぽを向く穂乃果。明らかに不機嫌な態度だった。
「あはは……」
ただ一人、ことりだけはこの混沌とした状況を苦笑いしていた。
場所を移して次にやってきたのは音ノ木坂学院。俺たちは校門前にいた。
「ここなら平気でしょ?」
大分時間が経ち、校舎から出てくる生徒は少なめ。これなら海未でもできるだろう。
「まあ、ここなら……」
海未も自信はないようだがさっきのようにはならないと思っているようだ。
「それじゃあ、始めるよ――μ'sファーストライブやります、よろしくお願いします!」
海未を残して穂乃果とことりはビラ配りをはじめる。
「μ'sファーストライブ……よろしくお願いします……」
海未も勇気を出して目の前を通る生徒にビラを渡そうとするが、一瞥されることなく通り過ぎていく。
「ファーストライブ、お願いします……」
声をかける努力はしているが、恥ずかしさが勝るのか、声が小さくなってしまう。
差し出された女子生徒はジッと海未を見て、いらない、とはき捨てるように行って去っていった。
「海未ちゃん、そんなんじゃだめだよ!」
見かねた穂乃果がだめ出しに戻ってくる。
「穂乃果はお店の手伝いとかで慣れているからできるかもしれませんが、私は……」
「ことりちゃんはしっかりやっているよ?」
穂乃果が指差した先には、笑顔で大きな声でビラを配ることりの姿。
言い訳にならなかった海未は言葉に詰まる。そんな海未に穂乃果がさらに追い討ちをかけた。
「それ、なくなるまで止めちゃだめだよ?」
「なっ……そんなの無理です!」
無理、といった海未に対して穂乃果は意地の悪い笑顔を浮かべた。
「海未ちゃん……私が階段五往復できないって言ったときなんて言ったっけ?」
「う……」
「それじゃあ、頑張ってね」
そして再びビラ配りに戻っていく穂乃果。
「海未」
いままで、黙って見守っていた俺も少しアドバイスを与える。
「海未たちが今までやってきたことに自信が持てないのか?」
「春人……」
「海未がやっていることは自分で思うほど恥ずかしいものなのか?」
「そ、そんなことありませんっ!!」
大きな声で海未が否定する。ここで頷いたのなら今までの努力を全部否定するようなものだ。
「なら、もう大丈夫だな」
「もう、春人は意地が悪いです……」
頬を膨らました海未はどこか
「ありがとね、春人くん」
「お礼されるようなことはしてない。海未が自分で前に進んでいったんだ」
「もう、素直じゃないなぁ」
俺が西木野さんに思っていたことをそっくりそのまま穂乃果に言われた。
俺と穂乃果は遠目から海未を眺める。
もう慣れたのか、海未は次々とビラを捌いていっていた。
「あのっ!」
すると、話しているところに声が割り込んでくる。
「あなたはこの前の!」
穂乃果が、喜んだ顔で対応する。どうやらどこかで知り合ったようだ。
俺は後ろで見ていたのだが、彼女はちらちらと俺を見てくる。このまま挨拶もなしにやり過ごすのも悪いだろう。
「小泉さん、この前以来だな」
「桜坂先輩。こんにちわ」
「っ!?」
「いまから帰りか。ずいぶんと残ってたんだな」
「はい、今日はいろんな所を見てきました。まだ回りきれてないところがあったので」
小泉さんは笑顔でそう言う。
「そうか、それでどうしたんだ?」
「あ、その、チラシもらえないかなって」
「ああ、そうだよな――穂乃果?」
なかなか渡さない穂乃果を見ると、じっと、俺のほうを見ていた。というより、睨んでいた。
「穂乃果?」
「あっ、うん、ごめんね!? はいこれ!!」
促されてようやく手渡す。その姿に俺も小泉さんも不思議に思っていた。
「ありがとうございます――ライブ、見に行きます」
「本当!?」
小泉さんの言葉で穂乃果は一変し、喜んだ顔をする。話が聞こえていたのかことりや海未も寄ってきた。
「来てくれるのっ?」
「では、一枚二枚といわずにこれを全部……」
「海未?」
残っているビラをまとめて渡そうとしていた海未の頭を軽く小突く。
「じょ、冗談ですよ……」
「冗談には聞こえなかったけどな」
やっぱり、完全とは行かなかったようだ。そんなやり取りをしていると、小泉さんが小さく笑った。
「ふふ、桜坂先輩と皆さん、仲が良いんですね。それじゃあ、失礼します」
「ああ、ありがとな。小泉さん」
「――っ」
小泉さんは一礼して帰路へついてく。
完全に姿が見えなくなった後、誰かに横腹を
「穂乃果、痛いんだが……?」
「春人くんの馬鹿」
そういって、穂乃果はビラ配りに戻る。
何でそう呼ばれたのかわからないまま問いかけることもできずに俺は終わるまで待ち続けていたのだった。
いかがでしたでしょうか?
これからもがんばります。