"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも燕尾です。
十九話目、少し本編から外れます。
ファーストライブまで後数日に迫ってきたある日の放課後、俺はまた担任の山田先生に連れられて、空き教室へと来ていた。だが前回と違うのは、俺の両隣に穂乃果、ことり、海未、小泉さんに星空さんがいることだ。
「――まあ、大方こんなところです。すみません、迷惑はかりかけて」
「先生、春人くんは――」
勢いよく、声を上げる穂乃果を山田先生は手で制する。
「落ち着け高坂。私だって桜坂が悪いと思っちゃいない。悪いのは先にこいつに手を上げたやつらだ。それに関してはちゃんと信用できる証人もいるし証拠もあるからな」
「それでも、やり過ぎてしまったのは否めないですから」
まあそれはな、と担任の山田先生は頭を抱えて溜息を吐く。
「はぁ、どうしてうちの生徒は馬鹿どもしかいないんだ……」
「気持ちはわからなくはないですけど、教師がそれを言うのは駄目だと思いますよ」
俺は先生を宥めるように注意する。今はいないからいいものの、こんなことをほかの教師が聞いてたらさすがに洒落にならない。
「それに――」
「わかっている。私だって全員があいつらみたいな馬鹿だと思うほど落ちぶれちゃいない。あんなのはごく少数だ。だからこそ、そんなやつらに振り回される身にもなってみろっていう話しだ」
「まあ、騒ぎの元の俺が言うのもおかしいと思いますけど、お疲れ様です」
俺は頭を下げる。
こうして俺がまた呼ばれた発端はついさっきのことだった。
「春人くん、今日の練習なんだけど――」
いつも通り穂乃果たちと練習について話して屋上に向かっているときのこと。四人の男女が道を塞ぐように立ちはだかってきた。
集団の先頭に立っていたリーダのような男子は俺だけを睨んできている。
最初は誰だかわからなかったが、少し考えて気づいた。俺に嫌がらせをしてきたクラスの人間だ。他にも、それに加担した生徒たちもおり、中には初めてみるような顔もあった。穂乃果たちも気づいたのか、少し表情が崩れる。
「えっと、どうしたの?」
お互い無言で対立している中、一番最初に口を開いたのは穂乃果だった。
男子は先ほどとは変わって、笑顔で穂乃果の言葉に答えた。
「そこの彼に用事があるんだ。少し話したいことがあってね」
「申し訳ないのですが、春人は先約があるのでまた今度にしてもらえないでしょうか」
海未が一歩前に出る。声色は普段どおりで穏やかなのだが、拳を握り締めているところを見ると、かなり無理しているみたいだ。
「すぐに終わるから、そこを何とかできないかな?」
「ごめんなさい、わたしたちもあまり時間がないので……」
ことりがやんわりと断る。が、引き下がることはなかった。埒が明かないと思った俺はため息を吐いた。
「穂乃果、海未、ことり。行っていてくれ」
「えっ……でも……」
「その人たち曰くすぐ終わるらしいから、先に行って練習の準備とかしていたほうが時間を無駄にしないで済むだろ?」
「そうだけど……」
「ですが、この人たちは……」
三人は食い下がる。すぐに終わることではないのと、碌でもないことだとわかっているからだ。心配なのか不安そうな目をしている。
「春人くん……」
「大丈夫だ。すぐに終わらせる」
俺は穂乃果の頭を撫でる。そして穂乃果たちは素直に従ってくれて、また後で、と別の道から屋上へと向かっていった。
この集団も穂乃果たちには手を出さないつもりなのか、そのまま見送っていた。
「女子三人侍らせていいご身分だな」
穂乃果たちが見えなくなった途端に、嫌悪丸出しの視線を向けてくる男子。
「侍らしていない。友達と一緒にいるだけだ」
「はっ、どっからどう見ても侍らしているようにしか見えなかった。なぁ、みんなもそう思うだろう?」
男子が問いかけると、周りのやつらはそうだ、と叫んだり、頷いていたりしていた。
正直に言って下らない、本当に下らない。こんな茶番に付き合うつもりは俺には毛頭なかった。
「あんた等がどう思おうが俺たちには関係ない。用がないなら俺は行くぞ」
そのまま集団の横を通り過ぎようとしたのだが、
「おい」
「待て」
意地でも俺を通さないつもりらしく、周りの奴らが俺の両肩をつかんだ。
「抵抗しないほうが身のためだぞ。そいつらは柔道部の中でもかなり強いほうなんだ」
勝ち誇ったようにリーダーの男子が言う。自分で押さえに来ないところを見るに、この男子はそこまで力は強くないらしい。
俺は息を漏らして男に向き直る。
「それで、一体何のようだ。遊びに行くのならほかのやつを誘えばいいだろう」
「俺たちはお前と遊びたいんだよ、簡単な遊びだ。お前はただ黙ってついてくればいいだけ」
面倒だが、この集団を抜けていくのには無理がある。仮に抜けられたとしても、また同じことの繰り返しになるだろう。
「頃合か……」
「言っておくが、変なことはするなよ。万に一つお前が勝てることなんてないんだからな」
その自信はどこから来るのだろうか。リーダー格の男子は不敵に笑う。
そして俺はそのまま外へと連れ出される。
「今の、間違いないよね……」
その様子を見た一人の少女があとをつけてきていることに誰も気づくこともなく――
俺が連れられたのは誰も来ないような校舎裏だった。
「おらっ!」
「痛っ――」
ついて早々、俺は壁に放り投げられる。背中からの衝撃で息が少し吐き出される。
「……手荒いな。なにする――」
「おい、やれ」
抗議をする暇もなく、リーダー格の男子の合図でバケツを振りかぶった女子が中身をぶちまけるように振る。
バシャン、と中身が俺を襲った。どうやら、どこかの水を汲んできていたようだ。話している途中だった俺は口の中まで水が入り込んできた。
「――げほっ、げほっ!」
喉の奥まで浸水してきた水で俺は
「酷いな……あんたらに恨みを買われるようなことはしてないはずなんだが」
その言葉を聞いた周囲は一瞬で沈黙した。
「お前、なに言ってんの?」
底冷えた声が届く。声だけでなく冷たい視線も周りから突き刺さる。
「あんた、教師に金を積んで、自分のしたことを揉み消そうとしていたでしょう?」
曲解にもほどがある。どうなったらあの話をそう捉えられるのかが俺にはわからない。
「カツアゲに脅迫にわいせつ、そんなことをしたお前がのうのうと学院に来ているのが俺たちは許せないんだよ」
だが、この人たちが自分たちに都合のいい解釈しているのだけはわかった。
「そんな事実は一切ない、ホームルームでも話があっただろう」
「だから、それはお前が先生を脅したんだろうが。裏は取れているんだ」
どんな裏を取ったというのだろうか。山田先生を脅した覚えは微塵もない。山田先生がほかの教師を脅したという線もないだろう。そこまでする理由もないし、そもそも職員会議でしっかり説明されているはず。ということは、ただの嘘だろう。
「そこまで勘違いを拗らせてるとむしろ感心――ぐっ……」
腹部に痛みが走る。どうやら話の途中で殴られたようだ。
「口には気をつけろよ犯罪者」
「げほっ……はぁ……こんなことして、よく言――がっ……!」
「罪には罰。俺たちはいま、罪人を裁いているだけさ」
「裁判官でもないただの学生が、何を言っているんだか。罪も、罰せられる理由も俺にはない。あんた等が勝手に作り上げただけだ。妄想は頭の中だけにしておけ」
「俺の父親は裁判官なんだよ」
「あんたはその子供だろう。親の七光りで威張り散らしていると碌なことないぞ」
「減らず口をする元気がまだあるようだな」
おいっ、とリーダーの男子が叫ぶ。
苛立ちが頂点に達したのか、ついに俺を引っ張っていった柔道部や男子たちが動き出す。
「いいだろう、二度と学院にこれないように徹底的に罰を与えてやるよ――やれ」
屈強そうな男子たちが俺へと迫る。一人が俺の体を脇から締め上げて、もう一人が思い切り顔を横殴りしてきた。
「……」
柔道部だけあって力は強かった。切れた口から血がこぼれる。
周りは薄汚く嗤っていた。どうやら無抵抗で殴られているのが可笑しいらしい。
だが、これで――全員が手を出してきた。
「おら、もう一発いけっ!」
興奮したリーダーらしき男子の指示でもう一度振りかぶる柔道部の男子生徒。だが、
「――ぐはっ!!」
『………………はっ?』
地面に伏したのは柔道部の男子の方だった。周囲の人間は何が起きたのかわからず、素っ頓狂な声を出す。
その間に、脇を固めている柔道部の男子を背中の上に上げて、そのまま背中から地面へと落とした。そして、怯んだ隙に足で相手のあごを蹴り飛ばす。
ピクピク痙攣している柔道部の二人に、リーダーの男子は戸惑いを隠せなかった。
「お、おい、何してんだよ。何でそこに寝転がってんだよ」
二人からの反応はない。男子の矛先が俺に向く。
「お、お前っ、一体なにをしたんだ!?」
俺は無言で歩みを進める。対照にリーダーの生徒は後ずさっていた。
唯一の女子生徒は腰が抜けたのか、その場にへたり込んでいた。
「いくら体を鍛えているようなやつでも、人間の構造的に弱い部分がある。そこを狙っただけだ」
「ひっ……」
一歩、また一歩と、リーダーとの距離が縮まっていく。
「う、うわあああああ!!」
無表情の俺の恐怖に絶えられなくなったのか、やけくそに殴りかかってきた。が、当然さっきの柔道部のより力も強くない男子は相手になるわけもなく、
「ぐへっ!?」
同じように顎を打ち抜いて、気を失わせる。
最後の一人になった女子生徒はもはや泣いていた。
じりじりと歩み寄ってくる俺に、女子生徒は声を震わす。
「や、やめて……私に――女の子に、手を上げるの?」
かろうじて出た言葉はどこまでも自分勝手なものだった。そんな人間に手加減など必要ない。
「あんたから先に手を出してきたんだろう。やってもいいのは仕返しを受ける覚悟のある人間だけだ」
「あの男子に言われてやったのことなの、私は悪くないっ!!」
「
どんどん退路を防がれていく女子生徒は、ガタガタ震えていた。
「いや……ごめんなさい。許して……」
「それは最初に言うべき言葉だったな。安心しろ――痛いのは最初だけだ」
女子生徒めがけて振りかぶる。そのとき――
「ダメ――!」
誰かが、叫びながら背中に抱きついてきた。
「春人くん、それ以上は駄目だよ!!」
しがみついて必死に声を上げているのは、穂乃果だった。
「放してくれ、穂乃果」
普段どおりの声で腰に回されている穂乃果の手にやさしく触れる。
「だめ、春人くんがやめるって言うまで絶対に放さない!!」
だが、頑なに離れようとせず、むしろ抱きつく力を強めてきた。
「……」
へたり込んでいる女子生徒に目を向けると、顔を歪ませて怯えている。まるで異形のものを見るような目で。
「お願い、春人くん……もう、やめてっ……!」
「……わかった」
穂乃果の泣きそうな懇願に力が抜けていく。自分では気づかないほど力が入っていたのか、やさしく触れていたと思っていた穂乃果の手に薄っすらと赤い自分の手の跡がついていた。
「ごめんな、痛かっただろう」
「ううん、私は大丈夫だよ」
今度こそ優しく穂乃果の手を擦る。それに対して穂乃果は安心したように答えた。
「穂乃果ちゃん、春人くん!」
「桜坂先輩! 大丈夫ですか!?」
その直後、ことりと、どういうわけか小泉さんが携帯を片手に駆け寄ってきた。
「先輩!」
「先生、こちらです!」
そして海未とことり、またなぜか星空さんが俺たちの担任の山田先生を引き連れてきた。
倒れ伏している男子生徒たちと、泣きじゃくっている女子生徒、そして俺の状態を見た山田先生は溜息をついて、
「この状況の説明はきちんとしてくれるんだろうな、桜坂?」
「――ええ、わかっています」
そしてジャージに着替え、先生に連れられて、事情を説明して、今に至る。
「とりあえずこのことは理事長にも報告する。だから桜坂、お前明日は自宅待機だ」
「「「えっ――!?」」」
先生の判断に、穂乃果たちが目を見開く。
「この沙汰は追って連絡するから。今日のところは帰れ、もう時間も遅いしな」
「ちょっと、待ってください先生! 春人くんは悪いことしてないじゃないですか!?」
「その春人くんがどうして自宅待機なんですか!?」
「そうです、納得できません!!」
納得できなかった穂乃果たちは立ち上がってすぐさま山田先生に抗議する。
「あの……皆さん、落ち着いてください……!」
冷静でいた小泉さんが宥めようとするも、穂乃果たちの興奮は収まらない。
「小泉さんの言うとおりだ三人とも。こうなった以上は仕方がない。少し落ち着け」
「高坂はともかく南や園田までそこまで熱くなるとは、珍しいものを見た」
「そんなこと言っている場合では――」
わかっている、と先生は海未の言葉を遮る。
「お前たちの納得できない気持ちはわかる。だがな、学院側は最大限公平に事を判断しないといけないんだ。善悪関係なく問題を起こした生徒たちの対応が必要なんだよ」
「まあ、俺が手を出したのは間違いないからな」
「だったら、春人くんがあのまま暴力を受け続ければよかったっていうの!?」
身を乗り出して剣幕に迫ってくる穂乃果にさすがに仰け反ってしまう。
「だから落ち着け高坂」
先生の真剣な声色に穂乃果は押し黙る。
「最初に言ったとおり、私だって桜坂が悪いとは思ってない。だが、まだ学院側も全部の状況を理解したわけじゃない。判断してから処遇を決めるためには時間が必要になる。自宅待機といったのはその間に当事者たちがあれこれしないようにするためだ」
まあ、ただの高校生ができることはないと思うがな、と先生は付け足す。
「それに、俺も殴られたりしたから、そこには療養って意味も含まれている」
「でもそれって、都合のいい理由付けってやつなんじゃないんですか?」
感覚の鋭そうな星空さんが指摘する。その通りではあるのだが、それを言い出したらキリがない。
まあそれもある、と先生も認める。そして、一つの拍手を打った。
「とりあえずは明日、理事長を交えて詳しく話しをする。伸びているやつらもそろそろ目を覚ますだろうし、そいつらからも話を聞かないといけないからな。だからもう今日は帰れ。鉢合わせると面倒になる」
穂乃果たちは不満そうな顔をしているが、この場ではどうすることもできず、追い払われるように今日のところは解散した。
「おかしいよ、あんなの!」
帰り道、穂乃果がプリプリと怒っていた。
「いつまで怒っているんだ、穂乃果」
「だって……だってぇ――むう――!!」
頬をリスのようにパンパンに膨らませている穂乃果。顔とは対照的に気持ち本気でご立腹の様子だった。
こうなってはもうどうしようもないので取りあえず置いておく。それより俺には気になっていることがあった。
「そういえば、どうして練習に行かなかったんだ。そもそも、一体どうやってあの場所がわかった?」
責めているわけではない、単純な質問。あのとき穂乃果たちは屋上へと向かったはずだ。
「それは私がかよちんから連絡を受けたんです」
答えたのは星空さんだった。口調も以前とは違ってちゃんとした敬語だ。
俺は一年生二人の存在にも疑問に思っていた。どうして小泉さんや星空さんがいたのか。だがそれは、簡単なことだった。
「桜坂先輩がただならない雰囲気で連れて行かれるのを見て、後を付いて行ったんです。それで、校舎裏についた途端に乱暴されているところを見て、凛ちゃんに連絡したんです」
「最初は戸惑いましたけど、かよちんも何か怯えていましたし、ただ事じゃないって思って、急いで先生のところに行こうとしたところで高坂先輩たちと会ったんです」
そこからの説明は海未とことりが引き継いだ。
「私たちも、屋上には行かずに職員室に行こうとしていたんです。あの方たちが春人にまともな用事なんてあるはずないと感じていましたから」
「それで、海未ちゃんと星空さんに先生への連絡を頼んで、わたしと穂乃果ちゃんが校舎裏に向かったの」
「そういうことだったのか……」
どうして小泉さんがあの場にいて、星空さんが海未と一緒に先生を連れてきたのかようやくわかった。どうやら、とんでもなく迷惑をかけていたみたいだ。
なのに、小泉さんは申し訳ないように頭を下げる。
「ごめんなさい……私、怖くて、一人じゃ何もすることができなくて、出ていって先輩を助けることができなくて、でも、証拠だけでもって思って動画を撮っていたんです……ほんとうに、ごめんなさい……」
「いや、小泉さんが謝ることじゃない。自分の身を守るのは当たり前だろう? その上に証拠までとっていてくれたのだから、むしろ感謝するほどだ」
仮に小泉さんがあの場に出てきたとしても、危険になるだけ。彼女は正しい判断をしただけのこと。
「これに懲りて、少しは大人しくなってくれると有難いんだけどな」
「たぶん、手出しはもうしてこないんじゃないかな?」
「ええ、女子生徒もあれだけ怯えていましたし、大丈夫だと思いますよ」
ことりと海未が確信めいた口調で言う。
件の生徒たちは今頃目が覚めて、山田先生に問い詰められているだろう。
噂を嘘で補強して、人に危害を加えてきたやつらだ。きっと自分の都合のいいことも言うだろう。だが、事情をわかっている先生と証拠の動画がある以上、あの生徒たちには勝ち目はない。
「まあ、そうだろうな」
とりあえず、一段落着いたと息を吐きながら、彼女たちと肩を並べて帰った。
次の日、山田先生からの連絡で俺は二日間の停学を言い渡されるのだった。
いかがでしたでしょうか?
こうして執筆していてわかるのですが、自分で話を作るというのは本当に難しいですね。
ライトノベルを書いている人や小説家さんは本当に尊敬します。
ではまた次回に