"愛してる"の想いを   作:燕尾

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どうも、燕尾です。
第二十三話です。






23.距離感

「お待たせ、春人くん」

 

「すまないな、海未、ことり。わざわざ時間とってもらって」

 

「いえ、気にしないでください」

 

初ライブを終えてからのある日、俺はことりと海未に空き教室に来てもらっていた。ちなみに穂乃果は呼んでいない。というのも、

 

「それで、相談とはなんでしょうか? 春人」

 

「ああ、穂乃果のことでちょっとな」

 

これが穂乃果に関する相談だからだ。決して悪いことを相談するつもりは決してないんだが、本人がいては話すことはできない。

 

「穂乃果ちゃんのこと……ああ……」

 

「そういうことですか」

 

まだなにも言っていないというのに、二人はわかったような口ぶりをする。ということは気づいているということだ。

 

「わかっているなら話は早い。穂乃果に何があったかわからないか?」

 

「えーっと……それは……」

 

「なんといえばいいのでしょう……」

 

問いただすも、海未もことりも言葉を濁していた。

 

「少しでもわかっているなら話してほしい。俺も戸惑っているんだ、穂乃果の変化に」

 

その変化が訪れ始めたのは週初めからだった。

 

朝の登校では、

 

 

「おはよう、ハルくん!」

 

「あ、ああ……おはよう穂乃果、それじゃあ、揃ったことだし、学校に行くか」

 

「うん!」

 

左からことり、俺、穂乃果、海未の一列で並んで歩く。しかし、

 

「……穂乃果、その、近いんだけど?」

 

「えっ……あ、ごめんね……迷惑、かな?」

 

「いや、そこまで気にすることじゃないんだが、迷惑じゃないから、うん、まあ――大丈夫だ」

 

「――うん! ありがとっ、ハルくん!」

 

「……歩きづらい」

 

穂乃果が離れることはなくいつも以上に気を使う登校になったり。

 

また、昼休みでは――

 

 

「ハルくん、お昼食べよー!」

 

「ああ、いいぞ」

 

「じゃーん、どうかな? お弁当作ってみたんだ!」

 

「珍しいな、穂乃果がパン以外のものを持ってくるなんて」

 

「ふふん、たまにはね――そうだ、ちょっと味見してみてよ!」

 

「味見? それはいいけど、穂乃果の分が減るだろう?」

 

「それならハルくんの弁当も少し頂戴! 弁当のおかずの交換だね!」

 

穂乃果は一切れの卵焼きをとり、それを俺の口元へと持ってくる。

 

「はい、あーん!」

 

「えっ……?」

 

「ほら、ハルくん早く! あーん!」

 

「あ、あーん……」

 

「どう、美味しい、美味しい?」

 

「うん、美味しい」

 

「よかった! それじゃあ、ハルくんの卵焼き食べさせて! あーん!」

 

「え゛……」

 

「あーん、あーん!」

 

「わかった、わかったから、ほら、あーん」

 

「あーん……うん、ハルくんの美味しい!」

 

「そうか……それはよかった……」

 

弁当のおかず交換を迫られて食べさせあったり。

 

放課後、練習終わったころでは――

 

 

「ハルくーん! 一緒に帰ろ!」

 

「悪い、夕飯や明日の弁当の材料を買いに、この後スーパーに行く予定なんだ。だから今日は――」

 

「なら、穂乃果も一緒に行くよ!」

 

「いや、穂乃果の家はスーパーと逆のほう――」

 

「大丈夫だよ、私もお弁当の材料買いに行こうかなって思ってたから!」

 

「それじゃあ、一緒に行くか」

 

「うん! あ、それじゃあ、明日のお弁当また交換しよっ」

 

「あ、ああ。いいけど……」

 

「そうだ! せっかくだから、お互いに何か一つ一緒のもの作ってみようよ!」

 

買い物についてきたり、次の日の弁当の話をあわせてくる等々――

最近の穂乃果はなんと言えばいいのか、心も身体も距離が近いというか、俺に凄い懐いてきているのだ。感情表現も起伏が激しく、まるで子犬が尻尾を振ったりしているかのような状態だ。

それが悪いこととは言わない。仲良くなれて、色々な表情をみせてくれていると考えれば嬉しいことだ。

だが、これが普通の距離感なのかが、俺にはよくわからない。

いつの間にか呼び方も、春人くんからハルくんという、あだ名のような呼び方になっているし。

 

「基準があるとは思ってない。だけど、穂乃果のそれは少し行き過ぎているような気がする。そういうところで二人はどう思っているか聞きたい」

 

そう問いかける俺にことりと海未は気まずそうに顔を逸らした。

 

「春人くん、ちょっと待ってて! 海未ちゃん、こっち」

 

「ああ、わかった」

 

そしてことりは海未だけを連れて俺には聞こえないところまで離れてなにやら話している。

 

「どう思う? 海未ちゃん……なんか穂乃果ちゃんも春人くんも少しずれているから」

 

「基本二人とも鈍感ですからね。自分の気持ちに気づかないまま接している穂乃果に、春人も距離感を測りかねているというところでしょう」

 

「だよね……穂乃果ちゃん、初ライブを終えてから春人くんに対してスキンシップが増えてたもんね。しかもそれも無意識だから……」

 

「正直に言ってしまえば私たちにはどうしようもないことですよね」

 

「そうなんだよねぇ……まあ、とりあえずそれっぽいアドバイスを言って様子を見させたほうがいいんじゃないかな」

 

「ええ、私もそう思います」

 

相談が終わったのか、笑顔というより、しょうがないといった少し呆れ笑いのような二人が戻ってくる。

 

「春人くん、話し合った結果を発表します」

 

「お、お願いしま、す?」

 

「はい。それでは海未ちゃん、よろしくお願いします!」

 

人任せだった。ごほん、と軽く咳払いして一歩前に出る海未。

 

「えーっとですね。穂乃果のあの距離感は信頼しているという表れです。ですから基本的にはきにしないほうがいいです」

 

そうなのか、と聞き返す俺に海未は頷いた。

 

「春人も戸惑うことはあると思いますけど、拒むようなことはしないであげてください。穂乃果が行き過ぎたことをした場合は私たちも止めるので」

 

「そういうことなら、拒むことはないだろう。むしろ、嬉しい」

 

自然と頬が緩む。こうして誰かと信頼関係が築けているのは初めてだのことでもあるから。

 

「「――」」

 

そんな俺の顔をじっと見つめたままことりと海未は動かない。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「いえ! 何でもありませんよ!?」

 

そういいながらも二人はまた後ろを向いた。

 

「海未ちゃん」

 

「ええ。言わなくてもわかりますよことり。これは卑怯ですよね、それでいてなにもわかっていないんですから、困ったものです」

 

呆れた息を吐く二人に俺は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メンバー集めだよ、ハルくん!」

 

顔をずいっ、と近づけてくる穂乃果。あまりの近さに俺は思わず仰け反ってしまった。

 

「……穂乃果。取り敢えずは春人から離れなさい。それではまともに話が出来ませんよ?」

 

すかさず海未が穂乃果の襟首を掴み、俺から引き離してくれる。

 

「えへへ、ごめんごめん。早く知らせないとって思ったら、つい」

 

「いや、気にしないでくれ――それより、メンバー集め、するのか?」

 

「うん、いい候補がいるんだ!」

 

穂乃果の頭の中で浮かんでいる候補には俺も心当たりがある。恐らく思い浮かべている人物は一緒だろう。

 

「小泉さん、か?」

 

「そうだよ!」

 

穂乃果はすぐさま頷いた。確かにアイドル好きの小泉さんはもってこいの人材だ。だが、あの子は何というか、一筋縄ではいかないだろう。

それは穂乃果も分かっていたようで、少し表情が崩れた。

 

「でも今朝アルパカ小屋で会ったとき、思いきって勧誘してみたんだけど、いい返事は貰えなかったよ」

 

「そこですぐ、やります、なんて言えないだろう」

 

タイミングが悪すぎる。突然にも程がある。

しかし、これはタイミングばかりの問題でもない。小泉さんの性格も問題になっていくだろう。

 

「小泉さんはそのとき、何て言っていたんだ?」

 

ことりが、アルパカ小屋でのやり取りを思い出していく。

 

「えっーと、確か……私より西木野さんの方がいいと思う、って言ってたかな?」

 

そこで西木野さんを推してくる辺り、自分に対する自信の無さが伺える。

 

「小泉さんだって可愛いのにね」

 

「そういうことではないでしょう、穂乃果」

 

海未の言う通りだ。小泉さんは、願望はあれど加わろうとする勇気が出ずにそのまま諦めてしまうタイプ――もっとはっきり言えば、物怖じして、踏み出すことができない子だ。

しかしひとたび踏み出せば、愚直に突き進んでいくだろう。

俺たちは無理矢理手を引くことはできない。できても精々差し伸べる程度だ。その手を掴むか掴まないかはあくまで小泉さん次第。本人の意志がないとそのあとも上手くいく筈もない。

 

「どうしましょうか、春人?」

 

案を求めてくる三人。

正直、どうするもなにもない。だが、ここで手をこまねていても仕方がない。

 

「取り敢えず、初ライブの時みたいにポスターと、チラシを作ろうか」

 

まずは小泉さんだけではなく、全体に向けての告知が必要だ。

 

「それなら、元のイラストの文字を変えるだけで十分じゃないかな?」

 

「デザインはことりに任せる。この中で一番センスがあるのはことりだから」

 

「うんっ、任せて!」

 

やる気を見せることり。それに対して穂乃果と海未は少し不機嫌そうにしていた。

 

「春人くん……」

 

「どうした? そんなあからさまな顔して」

 

「なんか、穂乃果たちがセンス無いような言い方だね、ハルくん」

 

「そんなことは……」

 

「思ってないと言い切れるのですか、春人」

 

「……」

 

決して二人のセンスを疑ってことりに頼んだわけではない。衣装製作のためのイラストや初ライブのポスターを描いたことりだったからという、ただの偶然だ。

だが、改めて言われると少し考えてしまう。

この二人は絵心やセンスがあるのだろうか、と。

海未は作詞しているところから文才はあるが、絵に関してのセンスがまったくわからない。

穂乃果に至っては小さい頃の、"おまんじゅう、うぐいすだんご、もうあきた"の話を思い出すとセンス以前の話になる。

これらを総合すると――ことりに任せた方がいいだろう。

 

「ほら、皆でやるのも非効率だろ」

 

「ああっ、話逸らした! やっぱり無いって思ってたんだ!」

 

「そんなことはない。穂乃果や海未の絵を見たこと無いからことりに頼んだだけだ」

 

「なら、今の間で何を考えていたんですか」

 

「特に、なにも……」

 

海未の問いかけにまともに答えられなかった俺はしばらくの間、穂乃果と海未に冷たい目で見られるのだった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……



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