"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも燕尾です。
一年生たち、どうしましょう……
私の小さい頃からの夢はアイドルになることだった。
ステージ上で可愛い衣装を身にまとって、楽しそうに歌って、それでいてキレのあるダンスを披露する彼女らをテレビで見た私はすごく憧れた。
いつかは私もこの人たちのように、アイドルになって、歌って踊りたいと思っていた。しかし、
「はぁ……」
授業中、私は誰にも聞こえないように息を吐いて、教科書の下においてある一枚の紙を見つめる。紙には可愛らしい三人の女の子の絵とメンバー募集中の文字。μ'sのメンバー募集のプリントだ。
μ'sはこの間出来たばかりの音ノ木坂学院のスクールアイドルで駆け出しのアイドルグループだ。
私は先日の新入生歓迎会でμ'sの初ライブを見に行った。
ステージで自分たちの曲を歌って踊る先輩方はとても活き活きしていて、どこか輝いて見えた。それと同時にわたしは羨ましいと思った。私もこんな風に出来たら、と。
だけど私はすぐに首を横に振った。
「無理だよね、こんなんじゃ……」
アイドルになりたいという願望はあるけど、私には絶望的に向いていなかった。人前に立つだけで緊張して、声が小さくなったり、動けなくなったりする。こんな私がアイドルなんて出来るはずがない。
「――さん、ここ読んでくれますか?」
「でも、それでも……いいなぁ……」
「小泉さん――?」
「あの先輩だったら、なんていうのかな……」
スクールアイドルの活動の手伝いをしているこの学校では数少ない男の人。失礼なことをしてしまった私にもすごく優しくしてくれたあの人は、なんと言うのだろう。
「小泉さん――!」
「は、はい!?」
大きな声で呼ばれた私は思わず起立してしまう。私を呼んだ先生は、少し苦笑いしていた
「授業には集中するようにね?」
「はい、すみません……」
私は顔を真っ赤にして返事する。
やりたい、でも出来ない――
そんな板挟みのような気持ちのせいで、私はこの後もぜんぜん授業に集中できないのだった。
「それで、俺に相談しようと」
放課後、小泉さんから連絡を受けた俺は一年生の教室に赴いていた。
俺がやってきたことで小泉さんはまるで救世主を見るような目をしていたのだが、他の一年生たちは気まずさからか、ほとんどが居なくなってしまった。残っている一年生は特に気にもしていない人たちだけだ。
俺は椅子を持ってきて、面談のような感じに小泉さんの前に座った。
「無理を言ってすみません、先輩方の練習もあるというのに」
「こういうのも、先輩としての役目? らしいから。穂乃果たちもわかってくれてる。気にしないでいい」
俺が来たのは小泉さんが俺を指名したのもあったけど、これは穂乃果たちのお願いでもあったからだ。
――ハルくん、小泉さんの勧誘をお願い!
メールの内容を知って、自分たちに出来なかったことを俺に託してきたのだ。
とりあえず頷いてきたけれど、小泉さんの相談に乗るのはまだしも、勧誘するのは気が引けた。
とにかく、まずは小泉さんの相談を聞かずには始まらない。
「で、なにに悩んでいるんだ?」
「はい、実は――」
小泉さんがポツリと話し始めた。
昔からアイドルが好きで憧れていたこと。
穂乃果たちに勧誘されたときは断ってしまったけど、心の底ではやりたいって思っていることなど、いろいろなことを話す小泉さんに俺はただ黙って聞いていた。
「――私、小さい頃から人見知りや引っ込み思案が激しくて、こんな私がアイドルなんてって思っているんですけど、やっぱりやりたいとも思っていて……どうすればいいのかわからないんです」
「なるほど……ちなみに星空さんには相談したりしているのか?」
星空さんは小泉さんの幼馴染だ。今は陸上部に顔を出しに行っているらしい。
「凛ちゃんにはなにも言っていないんです。ですけどやっぱり私の考えていることはわかっているみたいで、陸上部に行く前は私を先輩方のところに連れて行こうとしてました」
「そのまま引っ張られて来てしまえば良かったのに、なんて言えないな」
話を聞いているのにそういうのは、無責任というやつだ。だが、今の小泉さんは誰かが引っ張らないと行動出来ないと思う。
「穂乃果たちが誘ったときは西木野さんを推していたらしいけど、それは何か意味があったのか?」
「それは……私より歌が上手でしたし、綺麗ですから」
だんだんと俺は小泉さんのことが理解できてきた。
「桜坂先輩が来る前にも凛ちゃんと話してて、誘ってみたんですけど、自分には衣装とか似合わないからって、断られちゃって……」
「そんなことないと思うけどな」
「ですよねっ!?」
興奮気味に前のめりになる小泉さん。俺は思わず仰け反ってしまった。
「小泉さん、近い」
「……」
一瞬呆けていたが声が聞こえた小泉さんは自分の状態を知って頬を赤らめて慌てて下がった。
「ご、ごめんなさい! 私……」
「いや、それはいいんだ。小泉さんと星空さんの仲の良さがわかっただけだから」
それよりも、と一区切りを打つ。だけどその後の言葉が見つからない。
「……なかなか難しいな」
「あ、あの……そこまで悩む必要はないですよ! 私がただウジウジしているだけですから……」
「自分じゃどうにもならないから、俺に連絡を送ったんだろう?」
「それは、そうですけど……」
「だったら一緒に悩むことぐらいする。解決までできなくても、少しでも道が開けるように考えるさ」
「桜坂先輩……」
結局のところ小泉さんは自分に自信がないということだ。他の人の魅力はいくらでも見つけられるが、自分の魅力は一つもないと考えているような人だろう。
それは言葉の節々にも感じられていた。穂乃果たちが誘ったときに西木野さんを推していたあたり、自分の自信のなさが伺える。
そしてその自信のなさが小泉さんの足を止めているのだろう。
「小泉さん」
「は、はい!」
考えがまとまった俺が小泉さんの名前を呼ぶと小泉さんは改めて姿勢を正した。
「海未ってアイドルっぽいと思った?」
「はい?」
予想もしなかったことだったのか、小泉さんは目をパチクリさせて聞き返してきた。
「だから園田海未。あの藍色の長い髪をした礼儀正しい女の子。海未を最初見たとき、アイドルらしいと思った?」
「えっと、それは、はい……」
「そうか――俺はそうは思わなかった」
俺の言葉に小泉さんはええっ、と驚いた。だが、
「正直に言うと海未だけじゃない。穂乃果もことりも、アイドルらしいなんて思わなかった」
小泉さんは唖然としていた。まさか俺がこんなことを言うとは思わなかったんだろう。
「そもそも穂乃果たちがアイドル活動を始めたのは、廃校を止めるためにいま人気のスクールアイドルをやればいいんじゃないか――って、興味を持った穂乃果が言い出したのが始まりだったんだ」
純粋に、アイドルが好きだから、という理由で始めたわけではない。あくまで人気にあやかった一つの手段だった。
「最初はそんな理由だったんだ。思いつきと興味。小泉さんのように好きだからとかじゃない」
「そうだったんですか……」
「ああ。だけど初ライブの日、続けても意味がないと思うって言った生徒会長に、穂乃果がなんて言ったか覚えているか?」
「え、えっと……」
「やりたいから、と、穂乃果は答えたんだ」
「あっ……」
声を漏らす小泉さん。どうやら思い出したようだ。
「小泉さんや途中から来た星空さん、俺のような手伝いしかいなかったライブだったけど、穂乃果たちはこのまま続けることを選んだんだ。ただやりたいから、続けたいから、というだけで」
廃校を阻止する、という理由は忘れてはいない。だけどそれがいつの間にか、副次的なものに変わっていた。
「いまはそれだけの理由なんだ。穂乃果たちがスクールアイドルをしているのは。だから、小泉さんも大丈夫だ」
「桜坂先輩……ありがとうございます……」
小泉さんは少し晴れたような顔をしていた。少しは役に立てただろうか。
「それじゃあ俺はこれで。小泉さんも気をつけて帰って。スクールアイドルやりたいと思ったらいつでも来てくれ。穂乃果たちも歓迎するから」
「あ、あの!」
そう言って立ち上がる俺を小泉さんは引きとどめる。
「どうした?」
「あの、その……今日はこの後どうされるんですか?」
「この後は家に帰るよ」
穂乃果たちには今日は練習に来ないで小泉さんの話に集中してあげてといわれていた。それに、今から行ってもほとんど手伝いする時間はない。
それを聞いた小泉さんはもじもじしながら小さい声で言った。
「それでしたら、あの……帰り、ご一緒してもいいですか?」
出会った頃のときには思うことができなかった言葉。最初は先生の計らいだったのだが、まさか小泉さんから言ってくるとは思わなかった。
「ああ、かまわない」
否定する用事もないので頷いた俺に、小泉さんは今日一番の笑顔を見せたのだった。
穂乃果たちには今日は帰るという旨をメールして自分の教室に置いてあるバッグを取って小泉さんのところに向かう。
戻ってきたとき、小泉さんは空き教室の前でしゃがんでいた。
「小泉さん?」
「うっひゃあああ――!?」
「っ!?」
その背中に声をかけると小泉さんは大声を上げて跳ね上がった。
何者かと振り返った小泉さんは俺の姿を見て安心したような息を吐いた。
「桜坂先輩でしたか……すみません、大きな声を出して」
「いや、こちらこそ急に声をかけてすまなかった。しゃがみこんでいたからつい」
「ほんとに気にしないでください。私が悪かっただけですから」
「いや、俺が――」
「いえ、私が……」
「「……」」
些細なことなはずなのにこうもこじれてしまうのか。
「……ふふっ」
「はは……」
お互いおかしくなって笑い出してしまった。
「もうどっちでもいいか」
「そうですね。なんだか、どちらも変わらない気がします」
小泉さんが譲らない性格をしているとは思わなかった。彼女の新しい一面を見たような気がする。
「それで、空き教室の前でなにをしていたんだ?」
「えっと、さっきまで西木野さんがここにいて、これを落としていったみたいなんです」
小泉さんが見せてくれたのは音ノ木坂学院の校章が入った手帳。
「西木野さんの生徒手帳……」
ここはμ'sの勧誘のプリント以外なにもない空き教室の前。西木野さんの生徒手帳がここに落ちていたということは間違いなくこのプリントをも見ていたということになる。少なからず興味を持っているというところだろう。
「どうしましょうか、先生に預けたほうがいいですよね?」
と、なれば――
「小泉さん、今からその生徒手帳を西木野さんの家に届けに行こうか」
「えっ? 桜坂先輩、西木野さんの家知っているんですか!?」
「ああ、西木野さんの父親が家族の主治医だった時があって、家族を待っているとき何度か家に呼ばれたことがあるんだ」
病院だと暇だろう、と言った西木野先生がまだ幼かった頃の俺を自宅まで連れてきてくれたことがあった。
まあ、話を聞かせたくなかった体のいい追い払いだったのだが。
「ご家族の方、病気だったんですか?」
小泉さんの表情が曇る。いけないことを訊いてしまったと思っているのだろう。だが、そんなことは一切ない。
「まぁ、な。今ではすっかり治ってどこかで頑張って仕事をしているんじゃないか?」
「連絡は取られていないんですか……?」
少し言葉を間違えたようで、余計な疑問を小泉さんに与えてしまった。
「……うちの親は基本的に放任主義なんだ。自分達が居なくなるかもしれないと思ったのか、最低限の家事とか料理とかは仕込まれたけどな。今は、向こうも仕事に専念したいだろうし、俺の自立という事でお互いに連絡はとってないんだ」
「そう、だったんですね……」
いくつかの疑問を持っていそうだったが、取り敢えずはこれで大丈夫だろう。
「話がそれたな。それで、どうする? 見つけたのは小泉さんだから小泉さんの意見に合わせる」
「そうですね……西木野さんも早く自分の手に戻ったほうが安心すると思いますから」
「決まりだな。遅くなる前に行こうか」
俺と小泉さんは一緒に西木野さんの家に向かうこととなった。
「す、すごい……桜坂先輩、おっきいです……」
「そのうち慣れると思う。だけど、やっぱり初めては緊張するか」
「はい。私、こんな大きいのを見るのは初めてで……」
「大丈夫、俺もしっかりするから。ほら、早くして。じゃないとなにも始まらないから」
小泉さんは頷いて手を伸ばす。ぷるぷると震えた手は黒い物に触れようとしていた。そして――
『はい、どちら様ですか?』
インターフォンを鳴らしてスピーカーから聞こえてくるのは女性の声。小泉さんは緊張した面持ちで答えた。
「あ、あのっ、西木野さんのクラスメイトの小泉花陽です。真姫さんにお届け物があって来ました!」
『わかりました、少し待っててください』
通話が切れてから数分、西木野さんの母親が出迎えてきた。
「こ、こんにちは、小泉花陽です。真姫さんの生徒手帳を届けに来ました」
「ありがとう、よく来てくれたわね。そちらの子は――あら、春人くん! 久しぶりね! 元気にしていた?」
「お久しぶりです真奈さん。この通り、問題はありません」
「そう、よかったわ。それより、やるじゃない。女の子と放課後デートなんて♪」
「で、でででででデートっ!?」
西木野さんの母親――真奈さんの茶々に小泉さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
何だかこういうやり取りを穂乃果の母親、穂波さんと海未の三人でした覚えがある。母親というのは年頃の娘の恋愛事情を知りたがるものなのだろうか?
「違います。デートでしたら他の女の子の家に来ませんよ」
「んもうっ、つまらないわね――あ、だったらうちの真姫ちゃんはどう? ちょっと捻くれちゃってるところもあるけれど、根はいい子よ?」
「根はいい子、というのはわかりますけど、自分の娘を推すのは止めましょうよ……」
「あら、意外と真姫ちゃん高評価?」
「それよりも」
もう話が進まないから強引に進める。
「真姫さんの、落とし物を、届けに来ました」
「ああ。ごめんなさいね、ついはしゃいじゃって――せっかく来てくれたのだから上がっていって? お茶くらいご馳走するわ」
「そう言ってるけど、小泉さんはどうする?」
決定権を持つ小泉さんに顔を向けると、
「デート……恋人、先輩……年上の恋人……!?」
「ダメそうだな、これは……」
頭から湯気が出るほど熱を出している小泉さん。
「どうするんですか、これ……」
「えっと、ごめんなさい。冗談が過ぎたわ」
本気で謝ってくる真奈さんに俺は疲れたように息を吐き、西木野さんの家に上がらせてもらうのだった。
いかがでしたでしょうか。ではまた次回にお会いいたしましょう。
ではでは~