"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも燕尾です。
第二十五話目です。
「それじゃあ、真姫はいま病院のほうに顔出しているから、少し待っていてもらえるかしら?」
「わかりました」
客間に通された俺たちは西木野さんを待つ。
「小泉さん、落ち着いた?」
「はい、すみません。取り乱して……」
恋人云々の話で慌てていた小泉さんがようやく現実へと戻ってきた。それでも、今度は先ほどの恥ずかしさから顔は赤いままだが。
「まあ、仕方がない。ああいう話が苦手な人はいるからな」
各言う俺もその一人だ。あまり得意ではない。
小泉さんは困ったような微妙だという顔をした。
「そういうことではなかったんですけど……」
「ならどういうことなんだ?」
「それは、その……桜坂先輩ってずっとこんな感じなのかな……」
ずっとこんな感じって、よくわからない表現をする小泉さん。その目は、さっきとは違ってどこか死んだ魚のような目をしていた。
「こ、小泉さん、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です……ただ、高坂先輩たちも大変なんだなぁ、って少し思っただけですから」
どうしてそこで穂乃果たちの名前が出たのか知らないが、恐らく少し呆れられたのだろう。あまり触れないほうがよさそうだ。
そうして紅茶を飲み、小泉さんと話をしながら待つこと数分、玄関から誰かが入ってくる音が響いてきた。
「ただいま――ママ、靴があったのだけれど誰かきているの?」
「あなたにお客さんよ」
私に? といいながら客間に来た西木野さんは俺たちの姿を見て固まった。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは、西木野さん。お邪魔してる」
「な、な……何であなたたちが、家に……!?」
「こら真姫。そういう言い方をしないの。あなたのために来てくれたのよ?」
理由も知らない西木野さんにとっては驚いても無理はない。
「え、あ、その……ごめんなさい」
しかし、こうしてすぐに謝ることができる西木野さんはやはり真奈さんが言う通り、根はいい子だ。
「それじゃあ後は若い人たちに任せておいて、真姫。私は夕飯の支度をしてるから。何かあったら呼んで頂戴」
「あ、うん、わかった……」
状況が理解できていない西木野さんはそのままバッグを置いてソファに腰をかける。
「それで、何の用かしら」
自分で紅茶をいれ、一息ついた西木野さんが言う。俺は小泉さんに目配せをすると彼女は頷いて、バッグから生徒手帳を取り出して、西木野さんに手渡した。
「これ……」
「私の生徒手帳……どうしてあなたがこれを?」
「ご、ごめんなさい……」
訝しそうな目つきで問いかけられた小泉さんは怯えたように謝った。
「いや、どうしてあなたが謝るのよ」
「問い詰めるような鋭い目でそう言われたら誰だって萎縮するだろう。西木野さん、蛇のような目をしているぞ」
「う゛っ……そんなつもりはないのだけれど……」
自覚がなかった西木野さん。それは普段から斜に構えてて素直にならない弊害なのではなかろうか。
「普段からの心がけじゃないか?」
「う、うるさいわね!」
西木野さんがキッ、と睨んできた。余計な一言したことに反省する。西木野さんは気まずそうに目を逸らす。
「その、ありがとう……わざわざ家まで届けてくれて」
「うん。それは大丈夫なんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
聞きたいこと? と聞き返す西木野さんに小泉さんは頷いた。
「その生徒手帳が落ちてた場所のことなんだけど、西木野さん、μ'sのポスター、見てた、よね?」
「私が!? 知らないわ、人違いじゃないのっ……?」
明らかに動揺する西木野さん。それに冷や汗だろうか、少し頬に雫が浮き出ていた。
「でも、そこに生徒手帳が落ちてたんだ。あそこにはそのポスターしかないし……」
「あ、歩いている途中で落ちたのよ! きっとそう!」
往生際の悪い西木野さん。だが、白を切るには甘すぎる。俺は彼女のバックを指差した。
「なら西木野さん。そのバッグからはみ出てることりが描いた勧誘のプリントはどうしたんだ?」
「これはっ…違うの! 私は別に――」
誤魔化そうとした西木野さんは急に立ち上がった。しかし、
「――っ!! いったぁ……」
急に立ち上がった西木野さんは思い切り膝をぶつけてしまう。そしてそのままバランスを崩して、ソファを巻き込んで倒れこんでしまった。
「わわ、西木野さん!?」
「大丈夫か……?」
俺と小泉さんは西木野さんを起こして、ソファを立て直す。
「もう、あなたたちが変なことを言うから!」
「だったら変な言い訳しなければよかっただろうに」
「してない!」
「――ふふっ」
「そこ、笑わないの!!」
「私がスクールアイドルに……?」
ズレた家具や絨毯を元に直して再び腰をかける俺たち。話が途切れたところで、小泉さんがもう一度切り出した。
「うん。西木野さん、放課後いつも音楽室で歌ってたよね? 私、その歌が聞きたくて、放課後いつも音楽室に行っていたの。西木野さんの歌、ずっと聴いていたいぐらい綺麗だったから」
「確かに、俺も最初に聞いたときはそう思ったな」
「ありがとう……」
面といわれて照れたのか、西木野さんは恥ずかしさを隠すように紅茶に口をつける。
「だからね、西木野さん――」
「だけど、それは無理よ」
小泉さんが言い終わる前に西木野さんは言った。
「無理って、どういうことだ?」
西木野さんは息を吐く。そのため息はどこか諦めにも似たようなもので、俺は違和感を感じた。
「だって、私の音楽は終わっているもの」
「悪い、よくわからないんだが?」
西木野さんは何が言いたいのだろうか。
「私、大学は医学部って決まっているのよ。だから私の音楽はもうここで終わっているってわけ」
その言葉を聞いた俺はなるほど、と頷く。しかし――
「――それがなんだ?」
自然とその言葉が出てきた。
「だから、大学は医学部だから――」
西木野さんは少しイラついたように同じことを言うが、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「なら、どうして音楽室で歌を歌っている? どうしてまだピアノを弾いているんだ」
それなら、いましていることは何だというのだ。
「そんなの、息抜きとして……」
「毎日毎日、息抜きとして弾いているのか。それは余裕なことだな。その間に同じような大学を目指している人間はもっと勉強しているぞ」
ぐっ、と言葉に詰まる西木野さん。しかし、俺は言葉を紡ぐことを止めない。
結局西木野さんは諦め切れていないだけ。自分の気持ちに蓋をしているだけだ。
「終わっているって言う前に、そんな自分に言い訳を言い聞かせようとする前に、なにをした?」
「あの、桜坂先輩……!?」
小泉さんが止めようとするが、俺は止まらない。西木野さんは俯いて手をぎゅっと握り締めていた。
「――さい……」
「西木野さんは――」
「――うるさい!」
俺の言葉を遮るように顔を上げて叫んだ西木野さんは、怒りに顔を歪めていた。
「音楽をやめる、私は前からそう決めたのよ!」
「なら、どうして苦悶するような顔をしているんだ? それはまだ未練があるからじゃないのか?」
「あなたに私の何がわかるのよ! 碌に知りもしないで勝手なこと言わないでっ!!」
「そういうのなら教えてほしい。西木野さんはいままでどういうことをしてきたんだ?」
「それはっ……くっ……!」
何も答えられない西木野さん。
「そうやって何もしないで諦めるのは諦めとは言わない」
それはただの逃げ。背を向けているだけ。いまの西木野さんは無理やり目を背けようとしているだけだ。
「じゃあ、どうしたらいいって言うのよ!」
西木野さんから出る苦悩の言葉。それは彼女の底から出てきたものだった。
「西木野さんのやりたいようにやればいい。わがままを言ったっていいじゃないか」
「それはただの子供じゃない」
「俺たちは子供だよ」
親の金で高校に通って、ご飯を食べて、生活している。俺たちはまだ自立すらできないただの子供だ。
「将来のことを考えるのを悪いとはいわない。だが、そのために今を投げ打つのか? それで本当に後悔しないのか?」
「そんなこと言われても、わからないわよ……」
「なら自分がどうしたいのかよく考えて、その考えを自分の信頼できる人にだけでも打ち明けてみろ。勝手に自己完結して、なにもしないで諦めたようなことを言うな」
「っ!!」
「桜坂、先輩……」
「回り道をしたっていいじゃないか――君たちは高校生が一瞬だと思える時間がまだこの先にあるのだから」
話は終わりといわんばかりに俺は紅茶を飲み干して、自分の荷物を持ち、立ち上がる。
「さて、俺はお暇するよ。小泉さんはどうする?」
「わ、私も、もう帰ります。遅くなるとお母さんも心配すると思いますし」
「……玄関まで、見送るわ」
俺たちは真奈さんに挨拶をしてから西木野さんの家を後にした。
西木野さんの家の帰り、日が落ち始めたということで桜坂先輩は私の家の近くまで送ると申し出てくれた。
せっかくの厚意を断るのも悪いと思った私は、お願いしますと頼んだ。それに聞きたいこともあった。
「あの、桜坂先輩」
「なんだ?」
肩を並べて帰るなか、私は先輩に問いかける。
「どうして、西木野さんにあんなことを言ったんですか?」
「どうして、か……」
関わったことは少ないけど、桜坂先輩があそこまで追い詰めるような言い方をするのは珍しかった。先輩は少し悩んだようにしてから口を開いた。
「正直に言えば西木野さんにイラついていたから、かな」
「イラついていた、ですか」
ああ、と先輩は頷いた。
「ああいう風に自分に言い聞かせて、他を受け入れようとしない態度をしていることに、なにもしようとしないことに俺は苛立っていたんだろうな。だから少しきつい言い方になったのかもしれない」
「そうだったんですか……」
西木野さんの家で桜坂先輩が言った話に、私は頭を横から殴られたような気分になった。
理由は単純。私にも当てはまっていたからだ。
自分はアイドルらしくないし似合わない、こんな自分じゃ無理と決め付けて、諦めていた。
μ'sの先輩方はどうだっただろう。歌も踊りも作詞も衣装作りも、始めてやることばかりのはずなのに、悩みながらも頑張って、前に進んでいた。その努力の結晶があの初ライブだ。ステージ上にいた先輩たちはとても魅力的だった。
だけどそれに比べて私はなにをしていたんだろうか。諦めの言葉ばかり口にして、どうにかしようと行動したことは一度もなかったのではないか。
「小泉さん、どうしたんだ?」
「えっ……わ、わわっ!?」
心配したように覗き込んだ先輩の顔がいつの間にか間近にあって、私はびっくりする。
「いえ、なんでもないです!」
ぶんぶんと手を振る私に先輩はそうか、と言って前を向く。
赤くなった顔、バレてないかな……
私は桜坂先輩と別れるまでのしばらく、先輩の顔を直視することがまったくできなかった。
「ここまでで大丈夫ですよ」
小泉さんは俺より前に出て振り返る。
「そうか、ならここまでだな」
「はい、今日はありがとうございました。相談に乗ってくれたり、ついて来てくれたり、それに――買い物まで付き合ってもらって」
俺たちの手にはそれぞれの紙袋。帰っている途中で小泉さんが集めているアイドルグッズの新商銀の販売日だったことを思い出して、もののついでと、付き添いをしていたのだ。
「気にするな。後輩のためになったのなら俺も嬉しい」
俺はそういいながら紙袋を渡す。
「あの、桜坂先輩」
「なんだ?」
「その、また私が悩んだとき……付き合ってくれますか……?」
胸元をぎゅっと握り締めて、上目遣いで、懇願するような表所。それは不安な感情を表していた。
そんな後輩に俺ができることは一つだけ。
「ああ、いつでも」
「――ありがとうございます! それではまた!!」
そうして小泉さんは深く頭を下げてから、そのまま曲がり角で姿を消す。
最後に見せた彼女の表情はすこし、可愛いと思った。
「さて、俺も帰るか」
「ハルくん!!」
再び歩みを進めようとしたところで、誰かに呼び止められる。
振り返ると、練習後であろう穂乃果の姿。しかし、どういうわけか、若干頬を膨らませているように思える。
「穂乃果、練習お疲れ様」
「あ、うん、ありがとう――じゃなくて! 小泉さんとなにしてたの!?」
「なにって……相談を受けて、帰るときに小泉さんが買うものがあるっているから送るついでに買い物に付き合って、いま別れただけだが?」
「ずるい! 一緒に買い物だなんて! 穂乃果だってまだ一回もしていないのに!」
「そんなこといわれても困るんだが……」
「むぅ――!! 私だってハルくんと買い物したい!」
駄々を捏ねるような怒り方をしている穂乃果。どうしたものかと考えているとき、一つの案が浮かんだ。
「それなら穂乃果。今度穂乃果の買い物に付き合うが?」
それを聞いた穂乃果は一瞬にして顔を輝かせた。
「ほんとっ? 嘘じゃない!?」
「穂乃果が良いというのなら」
「もちろん、良いに決まっているよ!」
やったー、と両手を挙げて喜ぶ穂乃果。
「それじゃあ今度のお休みに、一緒にお出かけをしよう!」
「ああ。それじゃあ、帰ろうか」
「うん!!」
俺の手をとって歩き始める穂乃果。
休日にどこに行こうか、なにをしようかと笑顔で考えながら歩く穂乃果に俺はちょっと微笑ましく思いながら一緒に帰るのだった。
いかがでしたでしょうか?
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