"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。
とんでもないことをしでかしてしまいました。
申し訳ありません。
一年生が加入してから数日。彼女たちもスクールアイドルの活動に慣れてきたある日の朝。
「いっちに、さんし……」
「……」
朝練にいち早く来ていたことりが柔軟体操をしている。ちなみにほかは俺以外、誰もいない。穂乃果はいま向かっていると連絡があり、海未は今日は弓道部の朝練習。一年生組は少し遅れるかもという連絡が来た。とはいえ、本格的な朝練習の開始にはまだ時間があるから問題ない。それより、いま気になっているのはメンバーたちのことではなかった。
「ねえ、春人くん」
「…ことりも気づいてたか」
「うん…ここまでじっと見つめられていれば、ね?」
俺たちは視線を感じたほうへと顔を向ける。それに気づいた相手方はすぐに隠れるも、一瞬だけ黒い髪の毛の尾を引いているところが見えた。
「見られてる、んだよね? わたしたち」
「そうみたいだな。まあ、見ているだけなら実害もないし、放っておいていいんじゃないか?」
「それは、そうなんだけど…」
言い淀むことりの気持ちもわからないでもない。あそこまであからさまに観察されているとわかると気になってしょうがなくなる。
どうしたものかと、少し考えているところで境内の入り口あたりから元気な声が聞こえる。
「おはよー! ハルくん、ことりちゃーん!!」
「おはよう、穂乃果」
「おはよー穂乃果ちゃん」
「? どうしたの二人とも? なんか元気ないね?」
俺たちの不陰気が変わったことを察した穂乃果が首を傾げる。そんな穂乃果に俺は事情を説明する。
「誰かが私たちを――ファンの人かなっ?」
「それだったら隠れずに来るだろう?」
「シャイなんだよ、きっと!」
「ポジティブだな、その前向きさは本当に感心するよ、穂乃果」
頭を撫でてあげるとえへへ、と破顔させる穂乃果。
「……さりげなくイチャイチャしないで欲しいかな」
「ん、どうしたことり?」
「んーん、なんでもないよ。なんでも……」
そういいながら死んだ目をすることり。まったくわからない俺たちはそろって顔を見合わせる。
「とりあえず、そのファンの人はどこに居るの?」
「ファンではないけど、あそこの本殿の陰に隠れているよ」
「それだったら私行ってくるよ!」
気合を入れて向かっていく穂乃果に俺たちは虚を突かれる。
「えっ!? 穂乃果ちゃん、ちょっと待って!?」
「大丈夫大丈夫、パッと確認するだけだから!」
俺たちの制止も聞かず、穂乃果は足音を消しながら近づいていく。
「神妙にお縄につけー!!」
「それは違わないか、穂乃果?」
間違った声を上げ、穂乃果は勢いよく出る。しかし、
「うわっ!?」
何かに引っかかった穂乃果は前にツンのめる。
「とっ、とっと、うわあ!?」
顔から地面にダイブしようとしたが、ギリギリのところで穂乃果は手を地面について自分の身体を支える。
怪我するようなことにならなくて安心はするが、それだけでは終わらなかった。起き上がった穂乃果が誰かに弾かれた。
「穂乃果!」
「穂乃果ちゃん!」
そこまで強く弾かれてはいないのだが、穂乃果はピクリともしなかった。
抱きかかえると穂乃果はただ驚きで気を失っているだけだった。そのことに俺もことりも安心する。
すると、一つの雑踏が俺たちの前で止まった。
「アンタか、穂乃果に手を出したのは」
「……」
サングラスをかけ、マスクをして、全身を覆うようなコートを着ている明らかに怪しい女に目を向ける。
「朝からくだらないことが出来る暇人なのはわかるが、用があるなら早く言ってくれるか?」
「……認めない」
「は?」
「私はあんたたちを認めない! さっさと解散しなさい!!」
大きな声でそれを言って女は走り去っていった。
「春人くん…」
面といわれて少しショックだったのか、ことりの顔が少し曇る。
「気にするな。ただ覚えておいたほうがいい。極少数でもああいう人間もいることに」
好く人もいれば、嫌う人もいる。すべての人に受け入れられるものなんてないのだ。
「うん、そうだね」
そう頷くも朝練習の間ことりの顔が晴れることはなかった。
「もう、今日も雨だよー! いつになったら止むの――!?」
空を覆う黒い雲を見て、穂乃果が駄々捏ねるように言う。そして怒りをぶつけるかのようにポテトを貪り食う。
「穂乃果、ストレスを食欲にぶつけると後が大変ですよ」
「毎日毎日降っているのに、何で晴れないのさ!」
「私に言われても……」
「練習する気満々だったのに」
「気持ちはわかるけど少し落ち着け穂乃果。八つ当たりはよくない」
「だって、だってぇ~むぅ~!!」
「俺の分のポテトも少しあげるから、落ち着けって」
俺がポテトを穂乃果のトレーに移そうとしたとき、穂乃果は口を開いた。
「あーん!」
「……わかったよ、ほら、あーん」
餌付けのように俺は穂乃果にポテトを食べさせる。自分の分も食べているはずなのに穂乃果は笑顔でおいしい、と食べ進める。
「…なんなの、この二人」
「そのうち慣れますよ」
呆れたように俺たちを見る真姫に海未が言う。
「二人とも、仲がいいのにゃ」
「それで済ませていいのかな…?」
真姫だけじゃない。花陽も、凛もどういうわけか驚いたように見ていた。
そんな一年生三人にことりも気にしないで、と治めていた。
「それより今日で三日連続か、厳しいな」
俺は穂乃果にポテトを与えながら息を吐いた。
「練習が出来ないのは辛いですね……」
「でも、こればっかりは仕方が無いよね」
そういう海未やことりも空の様子を見て眉をひそめる。
真姫、凛、花陽の一年生三人が加わってから二週間ぐらい経ったのだが、季節は梅雨入りの時期で雨が降っていることが多く、あまり練習できていないことが多かった。今日も雨が降ってしまい、練習できずに大手ファストフード店で時間を潰していた。
ことりの言う通り仕方のないこととはいえ、流石にここまで練習できなくなると少し問題だ。
「悪いな三人とも。まともな練習が出来なくて」
「別に気にしてないわ」
「天気がこれではしょうがないですよ」
「春人くんが謝ることじゃないにゃ」
気を使われているのか、そう言ってもらえて助かりはするが、ほんとうにどうしたものかと頭を悩ませる。
「とりあえず急いで練習場所を確保しないと梅雨明けまで満足に練習できない事態になるな……」
「えー、それは困るよ! せっかく一年生たちが入ってくれたのに!!」
「だからこうして考えているだろう、穂乃果も頑張って考えてくれ。このままだと嫌だろう?」
「うーん、誰かの家とか?」
「練習できるようなスペースないだろう……」
「春人、スポーツセンターとかはどうでしょう」
スポーツセンターか、確かにそこなら広さは問題ない。だが、
「一日二日のその場凌ぎの案としてならいいけど、何日もとなるとあそこも意外とお金が掛かるからな。衣装代とかも嵩んでいるから、出来れば金銭に負担をかけるようなことはしたくないが……最終手段としてとっておこうか」
それに時間的な問題もある、ああいうところは予約制なので他の人たちが先に入っていたら無駄足になってしまうこともある。
「学校で空いているところはないんですか、春人さん?」
「それは最初に探したことある。空き教室は鍵が閉まってて使えなかった」
空き教室は先生の許可がない限り使えない。その許可を得るためにはしっかりとした理由が必要だ。こんな言い方はよくないが、穂乃果たちのスクールアイドルの活動は個人でやっているような趣味みたいなものだ。そのために申し出ても撥ねられるのがオチだろう。
「他のスペースはどこも他の部活が――」
そこまで言って俺は止まった。
「春人くん、どうしたの?」
そうだ。部活であれば、空き教室も使えるだろう。以前断られたのは人数不足が主な原因だった。だがそれも一年生たちの加入でクリアしている。あとはあの生徒会長だが、そこは別にどうでもいい。
「春人くん?」
ことりが考え込む俺の顔を覗き込んでくる。
「いや今更だけど、部活申請、出来るよなって」
「部活申請……あっ!」
「出来ますね、申請」
「忘れてたよ。出来るじゃん、部活っ!!」
二年生三人もはっとする。穂乃果たちも部活のことを今まですっかり抜け落ちていたのがわかる。事情を知らない一年生は頭に疑問符を浮かべていた。
「忘れてたって…どういうことかにゃ?」
「いやぁ、メンバー集まったら安心しちゃって……」
「……この人たち駄目かも」
てへへ、と笑う穂乃果に呆れたようなため息をつく真姫。
「面目ないな。俺も部活の体裁は必要じゃないと考えていたから、失念していた」
ともあれ、部活の申請をして設立すれば部室や練習場所の確保は出来るだろう。
「というわけで明日、申請してくるよ!!」
「……ああ、そうだな」
「ん? ハルくん、どうしたの?」
「いや、少し気になることがあっただけだ、気にしないでくれ」
その帰り、みんなと別れて一人で歩いている頃――
「……はあ」
俺はため息をついていた。原因は、俺から少し距離をとって後をついてくる一人の人物。
わざわざ遠回りや、何度か無駄に曲がっていたのだが、ぴったりとついてきているところから俺に何か用があるのは間違い。
それに誰なのかは大体予想はついていた。このまま家に帰ってもいいが、それだと何も進展がなくなるだろう。
「……」
俺はもう一度角を曲がる。
「――」
ついてきた女子は十分に警戒して俺の軌跡を辿り、角から姿を捉えようとする。が、そこには俺の姿はない。
「……いない、どこに行ったのかしら?」
「俺になんのようだ」
「っ!?!?」
バッと振り返った彼女の顔は驚きに染まる。さっきまで前にいた俺が、いきなり後ろにいたことに。
「さっきから人の後をこそこそとついてきて、他の人だと不審者として警察に連絡されていたぞ」
「な、何のことよ。別にあたしはアンタの後なんて――」
「さっきの店で穂乃果や海未のポテトを盗み食いしておいてなにを言う」
俺は隠し撮っていた画像を見せる。そこには仕切りの隙間から伸びている手を移していた。
「ちなみに、店から出るときにあんたの服装は確認している。無駄に言い逃れしようとするなよ」
「……っ」
「もう一度聞く、俺に――俺たちに何の用だ? 朝からこそこそと、いい加減うっとおしい」
「解散しなさいって言ったでしょ!」
「どうしてそれを俺に言うのかはまったく見当もつかないが、何であんたの言うことを聞かないといけない」
「あなたたちがスクールアイドルを貶しているからよ!」
俺はため息をつく。こういう、自分の価値観に合わないものは認めない、というような姿勢の人間はあまり好きじゃない。というより、嫌いな部類に入る。そういう意味ではあの生徒会長と同じな気がした。
「言いがかりも甚だしいな」
「歌もダンスも全然駄目、プロ意識が足りないわ。いい、あなたたちがしていることはアイドルへの冒涜、恥なのよ」
贔屓といわれるかもしれないが、この女が言うほど穂乃果たちは悪くはない。むしろ短い期間のなか、よくやっているほうだ。しかもまだ結成してから二ヶ月あまり。それで完璧さを求めるほうがおかしいだろう。
それにプロ意識ってなんだ。スクールアイドルにプロもアマチュアもあるのだろうか?
本当の気持ちを隠して捲し立てる彼女に俺はため息が出た。
「はぁ……言いたいことはそれだけか?」
「それだけって、あんたね――!!」
「自分が出来なかったことを他人がやっているのを見てそんなに許せないか――アイドル研究部部長、矢澤にこ先輩」
「っ!? あんた、なんで…私のこと……」
「考えればわかるだろ。まだ広く知られていないグループにわざわざ朝から文句を言いに来るような人間なんて限られている」
それに部活申請しようとしているんだ。少し調べようと思っていただけだったが、パズルのピースがどんどん填まるように状況が繋がっていき、この人に辿り着いた。
「あんたはプロ意識だ、冒涜だ、恥だといっているけど、結局は妬みや僻みで言っているだけだろう」
「わ、私は、アイドルを知っている者として――」
「だからなんだ?」
俺は底冷えた声が出る。
「話にならない。結局あんたは八つ当たりしているだけだ。順調にやっている穂乃果たちに。そんな人間にどうして従わなければいけないんだ」
先輩は黙り込む。恐らくだが、自分でも何をしているのかはわかっているのだろう。
「あんたが認める認めないと勝手に喚くのはいいが、これ以上穂乃果たちの邪魔をするのならどうなるか――覚えておくことだ」
脅しのように釘をさした俺は背を向けて自分の家へと歩みを進める。
「ちょっと待ちなさい! まだ私は――!!」
後ろで大きな声を出している先輩を無視して、俺は帰るのだった。
お先に28を見てしまった人、大変申し訳ありませんでした。
えー、お詫びいたします。